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第254話:一手

 今日も今日とてレウルスは朝から剣の訓練に励む。


 『龍斬』を訓練に使用し始めて既に十日が、訓練自体は一ヶ月もの月日が過ぎ、レウルスも少しずつだが訓練に慣れ始めていた。

 晴れの日も曇りの日も、雨の日ですらも訓練の毎日である。特に雨の日は普段よりも厳しく訓練が行われ、さすがのレウルスもへとへとになるほどだった。


 視界が悪く、音も聞こえにくく、武器が雨で滑りやすい。それに加えて雨が目に入って視界を遮り、呼吸すらも妨げるという悪環境での訓練だ。

 天気が悪いから戦えないなど、それはただの泣き言に過ぎない。もちろん雨中の戦闘を会得するには到底至らないが、数度だけでも体験しておくと実戦で遭遇した時に混乱せずに済むというのがコルラードの言だった。


 ナタリアとの飲み会から既に十日余り。レウルスはこれまで以上に熱を入れて訓練に励んでおり、それを認めたのかコルラードがどこか満足そうに口を開く。


「うむうむ……元々熱意があったが、ここ最近の気合いの乗り方は目を見張るものがあるな。何かあったのであるか?」

「ええ、まあ。姐さん……ナタリアさんにコルラードさんから出来る限り、しっかりと学んで来い、なんて言われましてね」


 レウルスがそう言うと、コルラードが真顔になる。しかしその頬が僅かに引きつっており、視線が急速に泳ぎ始めた。


「なん……な、何か聞いている……の、であるか?」

「コルラードさんが姐さんの元部下だとか、姐さんが王都で一軍を率いていたとか……それぐらいですよ」


 レウルスの言葉を聞いたコルラードは腕を組み、小さく首を傾げた。


「ぬぅ……その辺りの事情を明かすとは……この小僧、隊長に重用されておるのか……こうやって吾輩にも小僧の口から伝わるように言って……もしや……いや、しかし……」


 ブツブツと小声で呟くコルラード。休憩がてらネディから水を受け取っていたレウルスはコルラードの呟きを聞いて眉を寄せる。


 ネディは無言でコップに水を生み出してレウルスに渡したかと思うと、手拭いを手に持ち、背伸びをしてレウルスの額の汗を拭き始めた。


「コルラードさんって姐さんと付き合いが長かったんですか?」

「む? ああ……その辺りは聞いておらぬのか。吾輩は王都であの方の従士として働いたことがあってな。多少……うむ、多少、目をかけていただいたのだ」


 何故か額から冷や汗を流しながら遠い目をするコルラード。指先が僅かに震えているように見えたのは、レウルスの目の錯覚だろうか


「廃棄街出身ということで自前の従士がおらず、そこで何故か吾輩に話が回ってきてな。いきなり準男爵家の令嬢……それも成人もしていない少女の部下として立ち回る羽目になったのだ……」


 震えた右手がそっと胃の辺りに添えられるが、レウルスは努めてそれを見ないようにする。


「……大変だったんですか?」

「大変ではない仕事などこの世には存在しない……それだけ答えておくのである」


 そう語るコルラードの顔は、どこか煤けて見えた。


「姐さん曰く、遮蔽物がなくて距離が離れていればジルバさんにも勝てる自信があるそうなんですが……元部下としてはどう思います?」

「そんな危険な話を振ってくれるな! ええい! この話はここまでだ!」


 ついでにレウルスが尋ねると、コルラードは慌てた様子で話を打ち切った。そして休憩は終わりだと言わんばかりに訓練用の剣を手に取る。


「訓練の続きを行うのである! あ、ネディさ……いや、ネディ嬢は離れておくように。それとレウルス! 貴様は何故汗を拭かせているのだ!?」

「え? いや……ネディがしたそうにしてたんで、つい……」


 背伸びをしながらレウルスの汗を拭こうと奮闘しているネディの姿に、コルラードが怒りの声を上げた。しかしすぐさま深呼吸をして精神を落ち着けると、右手で顔を覆いながら呟き始める。


「ジルバ殿は何故止めないのだ……ジルバ殿だからか……」


 ぶつぶつと呟くコルラードの姿に、大丈夫だろうか、とレウルスは心配そうな顔をした。ネディはコルラードの言葉を聞き入れたのか、レウルスが使っていたコップを回収し、小走りに駆けて距離を離す。

 そんなネディの後ろ姿を見送ったコルラードは大きく頭を振り、何度も深呼吸をした。そうして気を取り直し、レウルスをじっと見る。


「では……うむ、そうだな……最低限は仕込めたし、隊長の言葉も気になる。ここは……」


 そしてレウルスを頭から爪先まで眺めると、納得したように頷いた。


「ここ一ヶ月、毎日のように貴様の訓練を見てきた。そこで、今日は貴様に一手授けたい技がある。貴様が使えるようになれば、おそらくかなり有効な技となるだろう」

「技、ですか?」

「うむ……もっとも、大それた名前があるわけでもない。貴様のように殺気が強く、なおかつ我流の者に向いていそうな“小細工”があるのだ」


 技なのか小細工なのか、どちらなのか。そんな疑問を覚えつつもレウルスは頷く。


「まずは実際に受けて体験してもらうのである。大剣ではなく訓練用の剣を使って……一応、『強化』も使っておくように。吾輩としては不慣れな戦い方になる故、寸止めに失敗する可能性がある」


 しかし、続いたコルラードの言葉に小さく驚いた。この一ヶ月で技量はある程度理解しているが、コルラードが寸止めに失敗するかもしれないなど余程のことだろうと思ったのだ。


「……危ないのなら、事前にどんなことをするのか教えてもらえますか?」

「それは駄目だ。何も知らない状態で体験した方が貴様のためになるのである」


 そう言いつつ、コルラードは剣を鞘から抜いた。続いて剣を右肩に担いだかと思うと、前傾姿勢を取って腰を落とす。

 それは、レウルスがよく取る構えだった。


「先に言えることがあるとすれば、これから見せるのは吾輩が以前見た貴様の戦い方だ。そこに一手、“貴様にはないもの”を付け加えるのである。まずはこちらの攻撃を避けるなり受けるなり、好きにするのだ」

「なるほど……じゃあ、お願いします!」


 レウルスも訓練用の剣を抜き、構えを取る。ただし技を受ける立場のため、普段と違って中段に構えた。そして『熱量解放』を使い、コルラードの動きを待つ。


「それではいくぞ……オオオオオオオオオォォッ!」


 レウルスが構えを取るやいなや、腹の底から咆哮し、地面を陥没させる勢いで踏み込むコルラード。両手で握った剣は大きく振りかぶられており、多大な殺気と共に勢い良く振り下ろされる。


「っ!」


 大振りかつ雑な、それでいて力強い一撃だ。『熱量解放』を使ったことで緩やかに見える視界の中、レウルスは訓練用の剣で受けては叩き折られると判断し、横に動いて斬撃を回避する。


「ヌウウウウウウンッ!」


 レウルスが横に動いた瞬間、コルラードが振り下ろした剣が跳ね上がる。コルラードは『強化』を使ったのか、それともレウルスが横に避けると見越していたのか、即座に刃が切り上げられる。


 思い切り剣を振り下ろし、避けられたら横に薙いで牽制する。それはレウルスがよく取る戦法だ。違いがあるとすれば、レウルスならば地面まで斬り込んでしまい、土ごと持ち上げてしまうことだろうか。


 そこから繰り広げられるのは、ひたすら斬撃を繰り出すコルラードとそれを回避し、時折剣で弾くレウルスの斬り合いとも呼べない戦い。


 コルラードの繰り出す斬撃は常に大振りだ。それ故にレウルスも余裕で対処することができ、心の中で唸り声を上げる。


(コルラードさんに教わってから見ると、たしかにこれは酷いな……)


 振るう武器が『龍斬』ではなく、レウルスの“全力”と比べれば斬撃も遅く、軽い。それでも自分が普段どんな動きをしていたのかがよく理解でき、レウルスは眉を寄せた。


 コルラードもレウルスの動きに似せるため大袈裟に行っているのだろうが、大きく振りかぶられた剣が、力強いが荒々しい踏み込みが、その視線が、何よりも殺気がどこを狙っているのか伝えてくる。

 フェイントもなく、ただただ身体能力に任せて振るわれる剣。それは好意的に捉えれば天然の剛剣と呼べるだろうが、捌けるだけの技量と度胸があれば大した脅威にはならないのだとレウルスは理解した。


 もっとも、『契約』による助力を得た状態で『熱量解放』を使い、なおかつ殺気を抑えもせずに全力で『龍斬』を振るえば違った結果になるが、レウルスはそこまでは気付かない。


(でも、これで一体何をするつもりなんだ?)


 ここに“レウルスにはないもの”を加えると言っていたが、それは何なのか。


 僅かな疑問を抱きながら、レウルスはコルラードの斬撃を捌き続ける。避けられるものは避け、受けられるものは受け、可能ならば剣を傷めないよう受け流すことを心掛ける。

 そうやって一分ほど動き続けるレウルスとコルラード。森の中に刃金が噛み合う音が響き渡り、幾度も火花を散らす。


 コルラードの戦い方は相変わらず大振りばかりだが、斬撃を交わす内に少しずつ殺気が強くなっていく。レウルスはその殺気を感じ取りながらも冷静に動き、コルラードが繰り出す斬撃を防ぎ続けていた。


(上段からの振り下ろし……横薙ぎ……もう一つ横薙ぎ……今度は斜め下からの切り上げ……)


 掬い上げるようにして放たれた斬撃を、僅かに身を引くことで回避する。剣が振り上げられた以上、今度は振り下ろされるしかない。


(なるほど、殺気が強いと本当にわかりやす――)


 心中での独白が途切れる。“気が付けば”左肩に衝撃が走っており、レウルスはその衝撃に押されるようにして尻もちをついた。


「…………え?」


 自分が尻もちをついたことに数秒遅れてから気付き、レウルスは呆然とした声を漏らす。革鎧を身に着けており、『熱量解放』も使っていたため痛みはないが、その衝撃はまったくの予想外のものだった。


「む……やはり『強化』を使わせておいて正解だったか。寸止めが間に合わなんだ」


 見れば、コルラードは剣を空中で止めた状態でそんなことを呟いている。そしてゆっくりと構えを取ってから一息吐くと、剣を鞘に収めてからレウルスに右手を差し出した。


「骨を折った感触もなかったが……大丈夫であるか?」

「え、あ、はい……大丈夫……です」


 狐につままれたような気分を味わいながら、レウルスはコルラードの手を取って立ち上がる。そして自身の左肩を見てみると、斬撃を受けたことで僅かに革が凹んでいた。


「不思議そうな顔をしているのである……驚いたか?」


 にやりと笑い、からかうように尋ねるコルラード。レウルスが何度も頷くと、コルラードは満足そうに笑った。


「がっはっはっは! 見事に引っ掛かりおったな!」

「いや……今、何をしたんですか?」


 コルラードが剣を振り上げたところまでは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧だ。そのためレウルスが素直に問いかけると、コルラードは剣の柄を叩く。


「貴様にこの一ヶ月で教え込んだことだ。無駄に振りかぶらず、必要最小限の動きで剣を振り下ろした……ただし、殺気を極力消して、だ」


 そう言いながらコルラードは口の端を吊り上げて笑う。


「殺気でどこを狙っているかよくわかったであろう? それに、最後の一撃を繰り出す前に何度も同じ動きを繰り返し、殺気を叩きつけたのだ。突然殺気が消えて動きも変化したのでは、認識が追いつかん」


 そう言われてレウルスは思い返す。


 それまでの動きから、コルラードが繰り出すであろう斬撃は脳裏で明確に思い描けるほど明瞭だった。それは何度も似たような斬撃を繰り返されたことで、未来予知にも近いほどはっきりと、コルラードの動きを予測“してしまった”のだ。

 それに加えて、それまで叩き付けられていた殺気が消え失せたことでコルラードの動きが変化したことに気付けなかった。視界で捉えてはいたが、脳と五感が反応しなかったのだ。


「貴様の場合、吾輩よりも遥かに殺気が強い。完全に消すのは無理だろうが、ある程度操ることができればこうやって戦闘中の“一手”になり得るのである」

「すごいですね……これは格上にも通用しそうな……」


 剣の振り方や戦闘時の心構えではなく、純粋に“技”だと納得できるレウルス。同時に、これは技量が上の相手にも通じるのではないかと期待を抱いた。


「いや、そこで過信をされても困るのだ。さっきも言ったがこれは小細工に過ぎん。貴様が会得すれば大きな力になるだろうが、初見でしか通じない上に貴様の動きから看破されかねん」

「……そうなんですか?」

「うむ。だが、見破られても良いのだ。それまで明らかに力任せに振るわれていたものが、不意を突くように技術を感じさせるものに変わる……そうなると相手も警戒する。他にも何かしてくるのではないか、と疑心を抱く」


 今しがたレウルスが感嘆した技すらも、見せ札にしろとコルラードは言う。


「一撃で仕留められれば良いが、外されたとしても警戒して動きが鈍る。そうなればこちらはより自由に動ける。相手の選択肢を縛り、こちらの取り得る手段を増やす……そういった技、いや、“戦い方”もあるのだ」


 そう締めくくるコルラードに、レウルスとしては納得を示すように頷くことしかできない。コルラードはそんなレウルスの様子を見てどこか誇らしげに笑うと、剣の柄に手を乗せた。


「あとは実際に剣を振るう中で覚えて……む?」


 だが、不意にコルラードが表情を真剣なものへと変える。それに気付いたレウルスが声をかけようとするが、それよりも早くコルラードがその場に伏せ、地面に耳をつけた。


「……三……いや、四……五か……そこまで速くない……」


 目を閉じ、何かを確認するコルラード。一体何事かと警戒するレウルスに対し、コルラードは立ち上がりながら口を開く。


「蹄の音だ……数はおそらく五。音の間隔から判断するに、速度はそれほど出ていないから急いでいる様子ではないのだが……」


 そう言いつつ、コルラードは視線をずらす。


 その視線の方向には、ラヴァル廃棄街があるのだった。

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