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第250話:ナタリア その3

 ナタリアの話を聞いていたレウルスは、思わずといった様子で天井を見上げていた。


(姐さん……ただ者じゃないとは思ったけど、あのジルバさんに勝てる自信があるのかよ……)


 過信ではなく、ただの事実としてそう認識しているのだろう。そう感じさせるナタリアの語り口に、レウルスとしてはため息も出ない。


(……いや、一国の軍で隊長を務めたっていう姐さんに、開けた場所かつ距離を離した状況じゃないと勝てないって言わせるジルバさんがおかしいのか?)


 手段さえ選ばなければ、レウルスも辛うじて相打ちに持ち込めるとは思う。だが、ジルバが閉所や視界が遮られる森の中で襲ってきたらと考えると、相打ちに持ち込むことすら困難ではないかと思った。


(アクラの町では、いきなり石壁をぶち抜いてグレイゴ教徒を引きずり込んだって話だしな……ん? でも、姐さんがそんなに強いってことは……)


 レウルスは現実から逃避するようにあれこれと考えるが、ふと引っ掛かりと覚えた。


 所属していた第三魔法隊という名前から考えるに、ナタリアは魔法使いが属する部隊にいたのだろう。その隊長を務めていた以上は生半可な力量ではないはずだ。


「そんなに強いのなら、キマイラが出た時にどうして手を貸してくれなかったんだ?」


 それは責めるというよりも、確認のための言葉だった。


 レウルスがラヴァル廃棄街に来たばかりの頃に現れたキマイラと呼ばれる魔物。中級上位に位置する強力な魔物で、当時は冒険者として駆け出しに過ぎなかったレウルス含め、ラヴァル廃棄街に所属する冒険者が総力を挙げて戦う羽目になった。

 仮にナタリアの力量がジルバと同等かやや劣るぐらいだとしても、キマイラの一匹程度どうにかできたはずである。


 そんなレウルスの疑問も当然と思ったのか、ナタリアは苦笑を浮かべて酒を傾けた。


「管理官という立場上、手を出せなかったのよ。キマイラではなくそれ以上の、それこそこの町を滅ぼせる力を持った相手なら話は別だけどね」

「……町の仲間が危険に晒されたとしても、か?」


 ナタリアの返答に納得ができず、レウルスも酒を飲みながら尋ねる。


「そう、ね……あなたにもわかるよう説明しましょうか。たとえ話だけどレウルス、あなたが一国の王だとして、外敵と戦う場合はどう動くかしら?」

「魔物が相手なら真っ先に仕留めに行く……って答えたいところだな」

「敵が野盗や下級の魔物で、“保有している戦力”だけで対処できそうな場合は?」

「……それでも仲間を危険に晒すぐらいなら自分が動く。そう言いたいんだが、それじゃ駄目ってことか」


 ナタリアの言いたいことを理解しつつも、レウルスとしては自ら動くことを念頭に置いてしまう。


「ええ。管理官というのは、その名の通り“管理”を行うのが仕事よ。あなたからすれば魔物の対処も管理の内と言いたいのでしょうけど、国や町を治める者が先頭に立って戦うというのは余程の事態なの」


 そう語るナタリアだが、そこにレウルスを責める空気はない。淡々と現実を語る。


「外敵に対処する戦力が存在しない、あるいは統治者自身が戦わざるを得ないほど戦況が不利……あとは戦場で士気を高めるために敢えて前に立つとか、戦場に出たという箔をつけるために戦うとかかしら。とにかく、キマイラ程度でわたしが出るわけにはいかなかったのよ」

「……世界中を探してみれば、王様とかが先頭に立って戦う国がありそうなもんだけどな。敵陣を突破して敵の大将と一騎打ちするとかさ」

「そうしなければ負けるという状況ならそれもあり得るけど、滅多にないわよそんな話」


 どうやらゼロではないらしい。レウルスとしても総大将が一騎打ちをするという時点でどうかと思うが、魔法が存在するこの世界ならば文字通り一騎当千と呼べる者も存在しそうだ。敵にそんな者がいたとすれば、形振り構ってなどいられないだろう。


「……でも、ルイスさんは自分で戦ってたぞ? 指揮を執って戦う形だったけど、危険なことに変わりはないだろ?」


 実際に起こった例としてレウルスが挙げるが、ナタリアは苦笑しながら酒をレウルスのコップへと注ぐ。


「ヴェルグ子爵家の跡取り息子ね……あの家は国境を預かる武門の家柄だもの。それに、魔物が相手ではないというのも戦うに足る理由だわ」

「人間が相手なら戦ってもいいのか?」

「魔物が土地を占領して治めると思う?」


 ナタリアの返答が理解できず、レウルスは首を傾げる。そんなレウルスの表情を見たナタリアはクスクスと笑い声を零した。


「他の国ならいざ知らず、この国ではグレイゴ教徒の浸透を許すつもりはないわ。グレイゴ教徒は確かに戦力としては魅力的かもしれないけど、手を借りればそれ以上の戦力は保有していないと宣言するようなもの……外部の力を頼りにする領主というのは、領民から見てどう映るのかしらね?」

「なるほど……そういった面では力を示す必要があるのか」


 先のナタリアの話で言えば、ルイスはそれほどまでに不利な状況に追い込まれていたということだろう。レベッカに操られていたとはいえ、ヴェルグ子爵がグレイゴ教徒を領内に招き入れた失態を自らの手で晴らす必要もあったのだ。


「実際の問題として、グレイゴ教徒を招き入れたことで精霊教徒が反発して騒動になってたんだしな……領主ってのは大変だな」


 領主やそれに準ずる者が矢面に立つのは危険かつ推奨されないが、状況に応じて臨機応変に対応する必要があるのだろう。

 ナタリアがキマイラの一件で手を出さなかったのも、納得はできずとも理解はできた。


「というか、ずいぶんと踏み込んだことまで聞いちまった気がするんだけど……これも町の人達が薄々察してる話……じゃあないよな?」

「わたしが管理官でどんな思惑を持っているかを知ってるのは、この町では片手の指で足りるぐらいの人数でしかないわね」

「お、思ったよりも少ないな……」


 事態の重さを誤魔化すように酒を呷るレウルス。それほどまでに重要な情報を明かされたことを喜ぶべきか嘆くべきか、判断ができないほどだ。


(これまでの話から考えるに、姐さんの“正体”を知ってるのは組合長と上級下位の冒険者だったおやっさん……それぐらいか? 他に可能性がありそうなのは……)


 レウルスが知る限りで、ナタリアと関係が深そうな人物が一人いる。それはラヴァル廃棄街の冒険者の中でも希少な、属性魔法の使い手で――。


「ええ、察しの通りシャロンもそうよ。あとはニコラもね」

「ニコラ先輩もか……って、今、俺の考えを読んだ?」


 もしやそんな魔法があるのか、と警戒するレウルスだが、ナタリアは酒を一口飲んでから笑う。


「顔に出ていたわよ?」

(本当かよ……でも、そうか。この町に来たばかりの俺の“監視”を任せてたし、シャロン先輩は当然か。ニコラ先輩は……『強化』が使えるから、か?)


 かつてのナタリアとシャロンのやり取りを思い返したレウルスだったが、中級中位の冒険者であるニコラとシャロンがナタリアの正体を知っているのは何故なのか。

 そこに疑問を覚えたレウルスに対し、ナタリアは窘めるような笑みを浮かべる。


「その辺りの事情は本人から聞きなさいな。話しても良いと思うなら話してくれると思うわよ?」

「それもそうか……」


 何か事情があったとしても、それを人伝(ひとづて)に聞かれるのは気分が良くないだろう。そう判断したレウルスは納得を示し、コップに残っていた酒ごと疑問を飲み干す。

 ナタリアはそんなレウルスに酒瓶を差し出しつつ、真剣な表情を浮かべた。


「坊や……いえ、レウルス。この廃棄街の冒険者として、“他の町”に何度も訪れたことがあるあなたに一つ問うわ」


 その真剣な様子に、“本題”に戻ってきたのだと悟ってレウルスは姿勢を正す。


「他の町に訪れて、そこに暮らす住民を見て、そしてあなたに向けられる視線を感じてどう思った?」


 それは予期せぬ質問だった。少なくともこの場で聞かれるとは思ってもみなかった言葉に、レウルスは飾ることなく答える。


「一言でいえば別世界……かな。ラヴァル廃棄街と比べれば綺麗に整備されてて、町に漂う空気は穏やかで、住民も平和そうで……冒険者(おれ)を見る目は冷たかった。いや、異物を見る目って言えばいいのか……」


 椅子に背を預け、天井を見上げて想起するレウルス。


 ラヴァル廃棄街とどちらが良いかと聞かれればラヴァル廃棄街だと断言できるが、客観的に見れば雲泥の差があるだろう。それこそ別世界のようで、廃棄街とはここまでの差があるのかと思ったものだ。

 そんなレウルスの言葉をどう受け取ったのか、ナタリアはすらりと長い足を組みながら苦く笑う。


「ふふっ……そう、“あなたも”そう思ったのね」

「俺もってことは、姐さんも?」

「ええ、わたしも同じ思いを味わったわ。今となっては良い経験だけど、初めて王都に足を踏み入れた時は驚いたもの」


 酒が回ってきたのか、僅かに頬を赤らめながらナタリアが言葉を続ける。普段にも増して艶やかに見える唇が、どこか不快そうに歪められる。


「準男爵の家系だからわたしはまだ良い方だけどね……なんといえば良いのかしら。あなたの言う通り、異物として扱われるあの感覚は……」


 そう言ってナタリアが酒にコップに口をつけるが、中身が空だったようだ。レウルスは酒瓶を取って瓶口を向けると、無言で酒を注ぐ。


「不思議なものよね……同じ人間なのに、廃棄街で生まれ育ったというだけで奇異の目を向ける。わたしが第三魔法隊の隊長になったのも、それが悔しくて見返してやりたかったから……」


 酒の熱に浮かされたように、ナタリアは目を細める。レウルスはそれに何も言わず、ただ静かに耳を傾けた。


 ナタリアに高い魔法の才能があったのだとしても、一軍の長になるのは並大抵の努力ではなかったはずだ。それでもナタリアを発奮させたのは、それに足る激情があったということなのだろう。


 コップを揺らし、合わせて揺れる酒に視線を落としながらナタリアが呟く。


「わたしには夢があるの」

「……夢?」


 普段の様子とは異なり、どこか弱々しさすら感じられるその姿。レウルスが相槌を打つと、ナタリアははにかむように笑う。


「ええ……夢。わたしはね、このラヴァル廃棄街を“普通の町”にしたいの。他の町の民から向けられる蔑視もなく、強力な魔物への囮にされることもなく、ただ普通に、平穏な毎日を送れる……そんな普通の町に」


 そう語るナタリアは、普段よりもどこか幼く見えた。それでいて酒によって上気した頬は艶やかで、レウルスも酒を一口飲んでから笑う。


「ああ……そいつは、素敵な夢だな」


 この世界に生まれてからの十五年間を思えば、心から賛同できる夢だ。レウルスは心底からそう思う。


「俺はこの国の仕組みを知らないんだが、それを実現するにはどうすればいいんだ?」


 ナタリアの立場と口振りから、何かしらの案があるのだろうと推察して問いかける。


「準男爵というわたしの立場……アメンドーラ家はわたしで四代目なの。村を興すだけなら先代の時点で可能だったんだけどね」

「……と、いうと?」

「あなたが生まれたシェナ村ぐらいの大きさの村なら、国に申請すればすぐに許可されると思うわ。ただ、このラヴァル廃棄街を丸々一つの町として興すとなると、いくつか問題があるの」


 そう言いつつ、ナタリアは茶目っ気を見せるようにウインクをする。 


「ではここで問題よ。町を興すに当たって必要となるものは何かしら?」

(ぐっ……こんな状況だけど、姐さんって可愛いところもあるな……いやいや、今は真面目に考えないと……)


 思わぬギャップにレウルスはぐらりときたが、それを堪えて思考を巡らせた。


「そこに住む人間……は当然だよな。あとは衣食住に、町を守る戦力……」


 考えをまとめるように呟くと、ナタリアの眉がぴくりと動く。その瞳はどこか興味深そうで、レウルスは少しだけ気まずかった。


(あとは他に何が必要だ? 姐さんの反応を見るに、もっと大事なものがありそうだけど……)


 そこまで考えたレウルスは、真っ先に必要になるであろうものに思い至った。


「……町を造るための土地?」

「正解よ」


 ナタリアが頷くが、その表情は先ほどまでと異なり、真剣なものである。


「実際にその土地を維持発展させられるかは別として、人が足を踏み入れないような深い森の奥でも土地の所有者が存在するわ。正式に町を興すには、その土地を治める権利を得なければならないの」


 そう言いつつ、ナタリアは床を指さす。


「そういう意味で言えば、このラヴァル廃棄街もラヴァルとその周辺を治める領主に頼んで“間借り”させてもらっているようなもの。そこを管理するから管理官という役職がある……わかるわね?」

「税金を取って何をしてるのかとか、なんで畑がこの町よりもラヴァルに近い場所にあるのかとかは考えたけど、そういうことか……」


 レウルスは納得したように頷く。以前から色々と気にはなっていたが、その疑問が氷解した気分だった。


 ナタリアはそんなレウルスの反応をどう思ったのか、真剣な表情を崩して薄く微笑む。


「そう……今の話も全部“理解できた”のね?」

「……姐さん?」


 ナタリアの雰囲気が僅かに変わった。それを察したレウルスが疑問の声を上げるが、ナタリアは薄く微笑んだまま――その瞳は真剣なままに、問いかける。


「ねえ、レウルス……あなたは“何者”かしら?」

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