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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第249話:ナタリア その2

 部屋の中に沈黙が満ちる。どこか居心地の悪い空気を感じ取ったレウルスは、無言のままで酒に口をつけた。


(うーん……美味い。美味いんだけど、この状況でなきゃもっと美味かっただろうな……)


 ナタリアに視線を向けてみると、ナタリアも静かに酒を飲んでいる。しかしレウルスの視線に気づくと、笑みを浮かべた。


「そんなに堅苦しい話でもないのよ? せっかく作った料理が冷めてしまうし、食べながら聞いてちょうだいな」

「……それならそうさせてもらうよ」


 このままで空気がもたない。そう判断したレウルスはナタリアの勧めに従い、フォークを使って料理を食べ始める。


「どう? 美味しい?」


 レウルスが口にしたのは、魔物のものと思しき肉を野菜と共に炒め、塩と胡椒で味付けをしたシンプルな料理。出来たてというのもあるが、シンプルだからこそ味が良く、同時に作り手の技量も感じ取れる。


「……ああ、美味いよ」

「そう……それなら良かったわ」


 “普段”ならばレウルスもオーバーリアクションを取って料理の味を褒めちぎるのだが、さすがにそれは戸惑われた。

 ただし、美味いという感想は心からのもので、それを悟ったのかナタリアは柔らかく微笑む。


 そして再びレウルスとナタリアの間に沈黙が下りる。レウルスが料理を食べる音だけが響き、それが余計に居心地を悪くさせた。


(姐さんの手料理も酒に負けず劣らず美味いんだけど……さすがにこの状況じゃあ心から楽しむのは無理だな)


 そう思うレウルスだが、料理を食べる手は止まらない。現状に困惑する心とは裏腹に、日中の訓練で疲労した体は貪欲に栄養を求めているのだ。

 だが、そんなレウルスの心境を見抜いたのか、ナタリアは頬に手を当てながら微笑みを苦笑に変える。


「ごめんなさいね。どうやら話の切り出し方がまずかったみたいだわ……これじゃあせっかくの料理も台無しね」

「……いや、そんなことはないさ。姐さんの料理は相変わらず美味いって。ただまあ、いきなりの話で驚いたってのは否定できないけどさ」


 ナタリアに苦笑を返し、レウルスは黒パンを噛み千切る。普段食べている黒パンと違い、歯応えが柔らかく感じられたのは気のせいか。


「それもわたしが焼いたのよ?」

「へぇ、そうなのか? うん、これも美味いよ」


 すると、ナタリアがパンを自分で焼いたのだと告げてくる。レウルスは目を見開くと、笑って感想を告げた。


 そうやって手料理を食べ進めることしばし。十分ほどかけてほとんどの料理をレウルスが食べ終えると、ナタリアがコップに酒を注ぎ直す。レウルスのコップにも酒を注ぐと、一口飲んでから口を開いた。


「この料理もね、王都で学んだの。正確に言うと王都にある騎士団でね」

「……騎士団?」

「ええ。王都にいたことがあるって言ったでしょう? 王都ロヴァーマが保有する騎士団……王都を守り、国内を巡回し、更には国境にも顔を出す国軍。わたしはそこにいたの」


 どうやら話が戻って本題に入ったらしい。それを察したレウルスはそれとなく椅子に座り直し、姿勢を正す。


「先に確認しておきたいんだけど、これって俺が聞いて大丈夫な話なのか?」

「でなければ話さないわ。坊やは知らないでしょうけど、この町に長くいる人はみんな知っていることよ。普段は口に出さないけれど、ね」

「そうか……話の腰を折ってすまない。続きを頼むよ姐さん」


 一応の確認として尋ねるレウルスに対し、ナタリアは苦笑しながら答える。


「用心深いのね? でも……そうね。先に“自己紹介”をした方が話が早いかしら?」

「……というと?」


 ナタリアという名前は知っている――が、そういった次元の話ではないだろう。


 レウルスが酒を飲んで唇を湿らせると、ナタリアは薄く微笑みながら名乗りを上げた。


「ラヴァル廃棄街の管理官、ナタリア=バネテス=マレリィ=アメンドーラ……それがわたしの立場と本名よ」


 その名乗りを受けたレウルスは、思わず動きを止める。そしてまじまじとナタリアの顔を見つめるが、冗談の類とは思えない雰囲気だった。


「……ルイスさんが言ってた管理官ってのは、姐さんのことだったのか。というか、名前が……貴族でいらっしゃる?」

「あら、名前でわからない?」


 どこか探るように問われ、レウルスは顔の前で手を振って否定する。


「むしろ何で俺がわかるって思ったんだ……まあ、エリザやエステルさんに話を聞いて少しは勉強してるけどさ」


 そう言いつつ、レウルスは以前エリザやエステルから聞いた話を思い出す。


「えっと……とりあえず騎士じゃないんだよな? 騎士は名前にネイト? ってつくんだし……それ以外は……あー……」


 だが、所詮は付け焼き刃だった。興味がないからとそこまで詳しく聞いた覚えもなく、気まずそうに視線を逸らして酒を飲むレウルス。


「わたしが管理官ということには驚かないのね?」


 レウルスの反応をどう見たのか、ナタリアが静かに尋ねる。その問いかけを受けたレウルスは再度手を振った。


「組合長……バルトロさんかもしれないとは思ったけどさ。姐さんがそうだって言われたら、ああそうか、としか言えないよ」


 ナタリアとは冒険者組合の受付として接してきたレウルスだが、“これまで”のことを思い出せば嫌でも納得できた。


 何か特殊な依頼があれば、その場でナタリアが判断して割り振ってきたこともある。組合長であるバルトロを通さずに決断したようにしか見えない時もあり、不思議には思っていたのだ。


「ただ、管理官ってのが何をするのかは知らないな。姐さんが貴族……かどうかはわからないけど、この町の運営をしてるってことか?」


 レウルスはナタリアの口振りから何か“勘違い”があるのではないか、と思考する。話を聞きはするが、前提となる知識の大半がレウルスにはないのだ。


 ナタリアは静かにコップを傾け、酒を飲む。しかしその瞳はレウルスに向けられており、その内面を見抜こうとするかのように力強かった。


「貴族ではないわ。ただし、平民というわけでもない……準男爵という地位を知っているかしら?」

「準男爵? エステルさんから聞いた覚えはあるけど……騎士と似たような立場だっけ? 騎士と違うのは世襲制かどうかって聞いたような……」


 レウルスは必死に記憶を手繰り寄せて答える。依頼で城塞都市アクラに赴いた際、そのような話を聞いて覚えていたのだ。

 そして、そこまで思い出したレウルスはナタリアの顔をまじまじと見つめる。


「準男爵様?」

「正確に言うと、女準男爵ね。バネテス=マレリィと名乗ったでしょう?」

「……俺、剣だけじゃなくて勉強もした方がいいのかな」


 明らかにナタリアとの間に前提となる知識の差がある。ナタリアがエリザならば同席させても良いと言ったのは、この辺りの補佐をさせるためだったのかもしれない。


「まあ、それは置いておきましょう。わたしは準男爵で、ラヴァル廃棄街の管理官を務めている。それさえ覚えていてくれればいいわ」

「王都の騎士団にいたっていうのは?」

「先代の管理官……わたしの父が存命だった時に、知見を広めるために放り込まれたのよ」


 そう言いつつ、ナタリアは普段の様子と違ってどこか悪戯っぽく笑う。


「十三歳から父が亡くなる二十歳までの七年間の話ね。でも、成人する前に一人娘を王都の騎士団に放り込むなんて酷いと思わない?」

「俺が奴隷として鉱山に売り払われたのは成人してからだったしな。いやまあ、成人したから売り飛ばされたんだけど」

「ふふっ、そうだったわね」


 互いに軽口を叩き合い、酒を飲む。少しずつ空気が解れていくのを感じながら、レウルスはつまみ用に残しておいた料理を口に運ぶ。


「ということは、昨晩コルラードさんを捕まえてたのもその縁かい? 俺の聞き間違いでなければ、隊長とか呼ばれてた気がするんだけど……」

「聞き間違いじゃないわ。国軍の一つ、第三魔法隊で隊長を務めていたの」


 コルラードは当時は従士で部下だったわ、と事も無げに述べるナタリア。


「ふーん……はぁっ!?」


 レウルスは軽く聞き流しかけたが、すぐさま目を見開いて驚愕を示す。もしも酒を口に含んでいたら盛大に吹き出していたことだろう。


「姐さん、魔法が使えたのか!?」


 驚愕しつつも魔力を探るレウルスだったが、ナタリアから魔力は感じ取れない。初めて出会った頃から今に至るまで、一度もナタリアから魔力を感じたことはなかった。


「常日頃から魔力を隠してるのよ。今の坊やみたいに油断を誘えるでしょう?」

「えっ……いや、嘘だろ……」


 魔力の感知に関してはそれなりに自信があったレウルスだが、目の前のナタリアからは相変わらず魔力が感じ取れない。あのジルバでさえ、至近距離まで近づけば魔力を感じ取れたというのにだ。


 疑いの目を向けるレウルスに対し、ナタリアは微笑みながら椅子から立ち上がる。そして寝室に向かったかと思うと、布に包まれた物体を運んできた。


「それは?」

「坊やも使ったことがあるでしょう? 『魔力計測器』よ」


 ナタリアにそう言われ、そういえばそんなものもあったなぁ、と思い出すレウルス。触れた者の魔力を視覚的にわかりやすく伝えてくれる魔法具である。


(あれ? 俺が初めて使った時も姐さんが運んできたよな? 魔力を持ってるのなら何かしらの反応があるはず……)


 レウルスはラヴァル廃棄街に来たばかりの頃の記憶を引っ張り出す。


 初めて冒険者組合を訪れた際にも、ナタリアが『魔力計測器』を運んできたのだ。そして今も“布に包まれた”『魔力計測器』を運んできたわけだが――。


(ああ……くそっ、そういうわけか。そういえば姐さんは『魔力計測器』も『魔計石』も一度も素手で触ってねえ……)


 常日頃から魔力を隠しているとは聞いたが、どこまでも徹底しているのだろう。レウルスからすれば魔力を感じ取れず、『魔力計測器』を運んできても何の反応もないのだから魔力がないのだと思い込んでいたのだ。


「なるべく手の内を明かしたくないから魔力は隠したままだけど、こうやって実際に測ってみれば納得できるでしょう?」


 そう言ってナタリアは『魔力計測器』に素手で触れる。すると、『魔力計測器』に設置された円柱状の『魔計石』の色が徐々に変わっていく。


 紫色から藍色へ、藍色から青色へ、青色から緑色、緑色から黄色。そして黄色がかすかに色を変えたところで変化が止まった。


「……本当に魔力があったんだな……しかも、滅茶苦茶魔力が多いような……」


 魔力を感じ取れないため予測でしかないが、さすがに火龍であるヴァーニルには到底敵わない。先日交戦したレベッカも魔法人形越しとはいえ莫大な魔力を発しており、敵わないだろう。

 だが、レウルスの身近なところでいえば精霊であるサラやネディを上回っている。


(これは……サラとネディが少ないのか? それとも姐さんが多いのか?)


 そんな疑問を抱くが、魔力の大きさが強さとイコールで紐づくわけでもないだろう。魔力の量が大きくとも、サラやネディには勝てない可能性もある。


「……魔力が多いし、国軍で隊長を務めてたって言ってたよな? もしかして、姐さんって滅茶苦茶強かったり……」


 恐る恐る、といった様子でレウルスが尋ねると、ナタリアはどこからともなく取り出した煙管を弄びながら微笑んだ。


「開けた場所で距離を離した状態で戦えるのなら、ジルバさんにも負けるつもりはない……とりあえずそう答えておきましょうか」


 その返答に、レウルスは無言で天井を仰ぎ見るのだった。











作中でもたまにしか出てこないので補足説明。

・『魔計石』の色の変化

紫→藍→青→緑→黄→橙→赤の七段階で変化。

紫色で並の魔法使いが保有する魔力量に匹敵し、色が変わるにつれて倍々に魔力量が増える。

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