第247話:師事 その5
ドミニクの料理店から徐々に喧騒が消え失せていく。
その原因となったのはナタリアとコルラードで、ドミニクから料理と酒を受け取ったレウルスは無言のままで困惑を覚えていた。
(コルラードさん、姐さんと知り合いなのか? いや、知り合いにしては何か態度がおかしいような……)
笑顔で歩み寄るナタリアとは対照的に、コルラードは跳ね起きるようにして椅子から立ち上がり、直立不動の体勢を取った。そして目を見開きつつ、額から冷や汗を流している。
例えるならば、ジルバを前にした時の状況に似ているだろうか。コルラードの視線は忙しなく左右へと動いており、ナタリアに対してどんな反応を返せば良いか迷っているようだった。
「あら……どうしたのかしら? 冷や汗がすごいわよ?」
「は……はっ! こ、これは失礼を……」
コルラードは懐から取り出した手拭いで冷や汗を拭い、引きつった笑みを浮かべる。
そこには明らかな“上下関係”が透けて見え、レウルスは首を捻りながら出来立ての焼いた骨付き肉を齧り始める。良い匂いがしたため、無意識の内に手を伸ばしてしまったのだ。
「んぐっんぐっ……こりゃ塩に胡椒を混ぜたやつを振ってあるのか。うめぇわ」
ナタリアとコルラードの会話に割り込んで良いかわからず、レウルスは静観の構えを取った。それでもさすがに放置するわけにもいかず、レウルスは厨房のドミニクへと視線を向ける。
「おやっさんはコルラードさんと顔見知りなんですよね? 何か知ってますか?」
「……いや、俺もわからん」
店内が静かになったことに気付いたのか、ドミニクも怪訝そうにナタリアとコルラードを見ている。その返答も本当かどうかはわからないが、少なくともレウルスは嘘だと感じ取れなかった。
「ま、まさかこのような場所でお会いするとは思わず、驚いた次第でして……」
「ふうん……そう。つまり、貴方は“何も知らず”に派遣されたというわけね。ヴェルグ子爵家の跡取り息子は詰めが甘いようだけど、中々の打ち手ですこと」
しどろもどろなコルラードに対し、ナタリアは艶然と微笑んで見せる。それはレウルスからすれば非常に魅力的な笑顔だったが、コルラードは頬を引きつらせて顔色を青くし始めた。
「あ、いえ、何も知らないかと言われますと、その……ご、ご用件をお聞きしても?」
訓練の時の威厳はどこにいったのか、これ以上の下はないと言わんばかりに下手に出るコルラード。大きな体を縮こまらせて用件を確認するその姿は、レウルスから見ても異常の一言だろう。
ナタリアはコルラードから視線を外してレウルスを見る。しかしレウルスが骨付き肉を齧っているのを見て、小さく苦笑した。
「坊やを……レウルスを鍛えてくれているんですもの。冒険者組合を代表して一言お礼を、と思ってね?」
「は、はぁ……そ、そうですか……って、おいレウルス貴様! 呑気に肉を齧ってないで吾輩を助けんかっ!」
ナタリアに釣られてレウルスを見たコルラードだったが、レウルスが肉を齧っているのを見て目を見開く。レウルスは申し訳なさそうに頭を下げるが、ナタリアは何が面白いのか笑みを深めた。
「あら? わたしとの会話は坊やに助けてほしいと思うぐらい嫌なのかしら?」
「いっ!? い、いやいや、滅相もない! 吾輩としても貴女のような美人との会話は大歓迎ですとも!」
コルラードは慌ててナタリアの言葉を否定すると、盛大に眉根を寄せた。
「し、しかしですな? 吾輩……いえ、私としても立場がありまして……」
「ああ……そういえば、無事に騎士として取り立てられたと聞いたわ。遅ればせながら、おめでとう」
「ご、ご存知でしたか……ははは、いや、隊長殿も人がわる――」
コルラードの言葉が不意に途切れる。ナタリアは笑みを浮かべたままだが、コルラードが口をつぐむほどの変化があったのだ。
「ここでは場所が悪いわね。ついてきてくださる?」
「……はい」
笑顔で促され、素直に頷くコルラード。料理店の入口に向かって歩き始めたナタリアを追うように、重たい足取りで歩き始める。
「えーっと……コルラードさん? どうにも誘ったのがまずかったみたいで……」
それまで事態の推移を見守っていたレウルスだが、夕食に誘った手前声をかけないわけにもいかない。すると、コルラードはどこか恨めし気にレウルスを見た。
「貴様、まさかこれを狙って……いや、違うか。あの方ならば吾輩がこの町に足を踏み入れた時点で……まさか以前訪れた時に既に……」
ぶつぶつと呟きながらレウルスから視線を外すコルラード。そこに鬼気迫るものを感じ、レウルスとしてもかける言葉が見つからなかった。
それでも何かを言おうとしたものの、それを制すようにナタリアの声が響く。
「みんな、食事の最中にごめんなさいね。ここのお代はわたしが持つわ」
そう言ってナタリアは傍にいたコロナに金貨を手渡し、ドミニクの料理店を後にする。コルラードもそれに続いて姿を消すが、さすがに追うわけにもいかないレウルスだった。
明けて翌日。
レウルスはネディを伴い、朝から南の森へと足を伸ばしていた。
コルラードが“どうなった”かはわからないが、ここ最近の日課通り訓練を行おうと思ったのだ。
「……今日も時間通りであるな」
だが、訓練に使用している森の中にコルラードの姿があった。普段通り冒険者を装っているような防具を身に着け、訓練用の剣を握っている。
「……おはようございます」
「うむ……」
レウルスが挨拶をすると、コルラードは重々しく頷いた。
「おはよ?」
「はい……っ、いや、う、うむ」
ネディが挨拶をすると、コルラードは僅かに頷いてから慌てたように取り繕う。そんなコルラードの反応に、レウルスは内心だけで首を傾げた。
(この人、ネディが精霊だって気付いてるよな……こんなに簡単にボロが出るなんて、姐さんに何をされたんだ……)
レウルスも薄々気付いてはいたが、ネディに対するコルラードの態度がおかしい。だが、昨晩のナタリアに対する態度を思えば誤差にしか思えないぐらいだ。
一晩経っただけで痩せこけたように見えるのは、レウルスの目の錯覚だろうか。
「……昨晩のことを聞いても大丈夫ですか?」
「それは……いや、吾輩の口からは何も言えんな。気になることもあるだろうが、今は目の前の訓練に集中するのだ。気がそぞろでは怪我をするぞ?」
やはりというべきか、コルラードは口を閉ざして何も語ろうとはしない。
(まあ、何かあるなら姐さんの方から声をかけてくるか)
色々と気になるが、レウルスはナタリアのことを信頼している。ナタリアも必要があれば話し、必要がなければ話さないだろう。
ラヴァル廃棄街の仲間としても、これまでの付き合いからしても、そう断言できる。
「それじゃあ今日もよろしくお願いします。また素振りをしてから打ち合いですか?」
そう言いながらレウルスは背負っていた『龍斬』を近くの木に立てかけ、準備運動を始めようとするが、コルラードは首を横に振った。
「いや、今日からはその大剣を使っての訓練を行うのである」
「この剣を使って打ち合うんですか?」
「……仮にそんなことをすれば、刃を受け止めた瞬間にこちらの剣が斬られそうであるな」
コルラードは遠い目をしながらそう言うが、すぐさま気を取り直して咳払いをする。
「ここ三週間ほど剣を振らせてみたが、貴様が使うのはその大剣であろう? 一応聞いておくが、武器を変える、もしくは複数持つ気はあるか?」
「ない……ですね。この剣以上の相棒はいませんし、使うとしても短剣ぐらいですよ」
『龍斬』以上の強度と切れ味を持つ剣は滅多に存在しないだろう。レウルスとしても愛着があり、『龍斬』を使って勝てないのならば仕方がないと割り切ってしまいそうなほどだ。
「それに、訓練用の剣ならまだしも、複数の剣を使ったらコイツが拗ねるじゃないですか」
「……そ、そうであるか」
レウルスは心底から『龍斬』という大剣に惚れ込んでいる。だが、それ以上に複数の剣を持ち歩いて状況に応じて使い分ける器用さが自分にあるとは思っていなかった。
「そんな話を聞いてから切り出すのは恐ろしいのだが……貴様の戦い方に関して、吾輩なりに色々と気付いたことがあってな」
「気付いたこと……ですか?」
「うむ……自覚しているだろうが、貴様の戦い方はあくまで魔物相手に磨いてきたものに過ぎぬ。優れた技術を持った相手には通じにくい……ここまでは良いな?」
コルラードにそう言われ、レウルスは素直に頷く。それは前々から痛感していたことだ。
「それに加え……まあ、なんだ……武器が悪いのである」
レウルスの顔を見ながら、コルラードは非常に言い難そうに告げた。
それを聞いたレウルスの頬が僅かに動いたが、コルラードも意味のないことは言わないだろう。そう判断して話の続きを待つ。
「切れ味や頑丈さに関しては大したものだと言う他ない……貴族の家宝だと言われても納得できるほどであるな。だが、単純に“大きすぎる”のだ」
「…………」
コルラードの言葉を聞いたレウルスは、静かに目を伏せる。
「ここ三週間ほど貴様の面倒を見てよくわかった。人間と比べて大柄な傾向がある魔物相手ならばともかく、人間を相手に振るうには過剰なのだ。それに、貴様の戦い方も大剣を振るうことを意識しすぎている」
「……でしょうね」
「自覚があるならけっこうである。貴様が剣を大きく振るのも、踏み込みが過剰なのも、大剣を振るうことを前提としているからだ」
その指摘はもっともな話で、レウルスとしては反論のしようもない。
冒険者になってから――正確にはキマイラを倒して“ラヴァル廃棄街の正式な一員”になってから、レウルスは大剣を振るい続けてきた。
ドミニクから譲られた大剣を振るい、ヴァーニルとの戦闘で壊れても『龍斬』が手に入るまでは質が悪くても大剣を振るい、『龍斬』を手に入れてからは常にその手にあった。
戦闘の補助として短剣を使うことはあったが、そこまで思い入れがあるわけではない。
「貴様の魔法ならば、大剣を用いるに足る身体能力を発揮できるであろう。だが、それが通じるのは並の使い手が精々であろうよ」
そう言われてレウルスが思い出すのは、カンナやローランといったグレイゴ教徒の面々だ。
カンナは小太刀、ローランも曲刀と“小回り”が利きやすい得物を使っていた。初めて交戦したグレイゴ教の司祭――ヴィラも、短剣を使っていた。
素手で戦うジルバやレベッカはさすがに例外だろうが、レウルスの『龍斬』と比べると刃渡りも重量も小さいものばかりである。
これは他の武器を使えというコルラードなりのアドバイスだろうか。
そう考えたレウルスだったが、おかしな点に気付いた。
「……ん? 並以上の使い手には通じないのに、これからはこの剣を使って訓練するんですか?」
それは一体どういうことかと問いかけると、コルラードは苦笑を返す。
「簡単な話である。通じないのなら、通じるようにするのだ。訓練とはそのために行うものだぞ?」
軽く言ってのけるコルラードだが、レウルスとしてはすぐさま納得のできる話ではない。それでも、コルラードには何かしらの予想が立っているらしい。
「貴様本来の戦い方を活かしつつ、格上にも通じる一手を持つ。そのための下地を作るのだ」
妙に気合いが入った様子でそう断言するコルラード。
レウルスはそんなコルラードの様子を不思議に思いつつも、大きく頷いた。
「つまり、これからが本番ってわけですね」
もしかするとナタリアが何か吹き込んだのかもしれない。レウルスは頭の片隅でそう思考したが、すぐさまその考えを霧散させた。
何かあるならばナタリアの方から言ってくるはずだ。何も言わないのならば、必要がないということである。
レウルスはそう判断し、気合いを入れて『龍斬』を握り締めるのだった。
「こんばんは、坊や。今夜は空いているかしら?」
――その日の晩、ナタリアの自宅に誘われるなど、この時のレウルスは知る由もなかった。




