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第245話:師事 その3

(さあて……構えてはみたものの、どうしたもんかねぇ……)


 刃が潰された剣を構えつつ、レウルスは内心で呟く。『龍斬』を使う時と同じように、柄を両手で握って右肩に担ぎ、前傾姿勢を取って腰を落とした構えだ。


 レウルスに相対したコルラードは半身開き、片手で握った剣を突き出すようにして中段に構える。気負った様子はなく、レウルスの出方を待つように動かない。


 そんなコルラードを視界に納めながら、レウルスはどうしたものかと思案する。


 これはあくまで訓練で、互いに握る得物も訓練用の剣だ。もちろん刃を潰しているといっても金属の塊である以上、急所に叩き付ければただでは済まないだろう。

 二メートルほど距離を開けて真正面から向き合い、剣を構え合うという状況。それがあまりにも“普段”と違い過ぎて、レウルスの感覚が違和感を訴えてくる。


 冒険者になって一年余り経つが、剣を構えて真正面から向き合う機会は少なかった。それも現状のように訓練として武器を構え合うなど、何度あっただろうか。

 対峙するコルラードは動かず、レウルスの一挙手一投足を確認するように目を細めている。


「……来ないのであるか?」

「こういった機会に乏しいもんで……どう攻めたものかな、と」


 『熱量解放』を使わず、エリザとサラの魔力によって『強化』された状態でもなく、素の身体能力でどこまで動けるかもわからない。


「遠慮は無用である。これはあくまで訓練で、貴様の動きを見るのが目的でもある。それに……」


 どう攻めたものかとレウルスが悩んでいると、コルラードは小さく笑ってから口の端を吊り上げた。 


「『強化』も使わぬ素人の剣など、目を瞑っていても対処できるぞ? ひたすらに、必死になって打ち込んで来ることだ。どうせ当たらん。吾輩は寸止めするが、貴様は不要だ」


 そこにあるのは、絶対の自信だった。素人の剣など当たるはずがないと、いくらでも対処できるのだとコルラードの表情と声色が語っている。


 それを聞いたレウルスは挑発と捉えて怒りを露わにする――などということはない。


(このまま見合ってても時間の無駄だし、胸を借りるつもりでいくか……)


 静かに気息を整え、彼我の間合いを測りながら剣を握る両手に力を込めていく。


 そんなレウルスの反応に、コルラードは僅かに眉を寄せた。


「いきます」

「かかってこい」


 短いやり取りと同時、レウルスは地を蹴る。駆ける速度は遅く、普段ならば一歩で詰められる距離を二歩かけて踏み込む。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」


 コルラードの言葉に甘え、寸止めなど微塵も意識せずに斬り込む。突き出された剣先に構わず真正面から踏み込み、実戦ならば相打ちすら織り込んで全力で上段から剣を振り下ろす。


「……ふむ」


 小さな呟きと共に、コルラードの右手が僅かに動く。金属同士が擦れ合うような音がレウルスの耳に届き、それと同時に斬撃がコルラードの右側面へと流れていく。


「っ!?」


 ――斬撃を流された。


 レウルスがそう判断した次の瞬間には、コルラードの剣が首を薙ぐようにして迫っていた。それに気付いたレウルスは瞬時に上体を右へと倒し、紙一重のところで斬撃を回避する。


「グ……オオオオオオォォッ!」


 両腕に力を込め、振り下ろした剣を跳ね上げる。狙いはコルラードの右胴だが、レウルスが斬撃を回避すると同時にコルラードは背後へと跳んでおり、剣先が触れることすらない。

 それでも距離が開いたことでレウルスは体勢を立て直す。その間もコルラードは動かず、剣を突き出すように構えたままレウルスの挙動を見つめていた。


 レウルスは再び地を蹴り、コルラードとの間合いを詰めていく。剣を振りかぶり、上段からコルラードの右腕を狙って斬撃を降らせる。


 だが、それも無意味だ。再びコルラードの剣先が動いたかと思うと、振り下ろした剣が横へと逸らされる。

 そして、今度は切っ先がそのまま飛んできた。レウルスの横腹目掛け、片手で突きを放ってきたのだ。


「っと! んのっ!」


 体を捻って突きをかわすレウルスだったが、コルラードは剣を引くなり再び突きを放ってくる。鎧によって完全に覆われた前面ではなく、脇腹にある留め具の隙間を縫うように刃先を滑らせてくる。


 レウルスは必死に突きを回避し、再度放たれた突きも剣で弾いていく。それを見たコルラードは突きの狙いを散らし、レウルスが身に着けている防具の関節部分を狙い始めた。


「……なるほど」


 何かを確かめるようなコルラードの声。レウルスがそれを気に留める暇もなく、コルラードは剣を繰り出してくる。


 レウルスが剣を振るう時は受け流し、返す刃で防具に覆われていない部分を狙うのだ。

 その動きに派手さはない。確実にレウルスの斬撃を捌き、少ない動きで反撃を繰り出してくる。


「身のこなしは中々……しかし剣を“振った後”にどう動くか意識しておらんな」


 必死に斬り合うレウルスとは対照的に、コルラードは余裕を保った様子で告げる。


「それに、剣の振りが大きすぎるのである。あの大剣を使う以上は仕方がないのだろうが、必要以上に振りかぶる必要もない」


 縦の斬撃では捉えられないと判断したレウルスは剣を横に薙ぐが、それも当たらない。コルラードはレウルスが踏み込んだ位置と、これまでの斬り合いから見抜いた間合いの広さを計算し、最小限後退するだけで剣先を回避してみせる。


 レウルスは次から次へと斬撃を繰り出すが、その全てが当たらなかった。


「良いか? 相手が魔物ならばともかく、人間ならば首を僅かに斬るだけでも勝負がつく。もちろん治癒魔法の使い手や魔法薬といった存在も忘れてはならんが、貴様の攻撃は首を刎ねるどころか体を叩き潰してやると言わんばかり……それはさすがに過剰である」


 レウルスが繰り出す斬撃を回避しつつ、コルラードが言葉を投げかける。コルラードからは魔力が感じられないため『強化』を使っているわけではないのだろうが、その動きは外見に反して俊敏だった。


「それに、踏み込みも剣の構えも、殺気すらも“素直”過ぎる……それでは打ち込む場所を教えているようなものである」


 数度、数十度と剣を振るっても、コルラードにはかすりもしない。悠々とレウルスの剣を受け流し、時に受け止め、言葉を続けていく。


「下段に構えた剣が上段から振り下ろされることなどないであろう? 大仰に構えを取ってしまえば、斬撃の方向は自ずと限られる。剣筋を変化させる腕がない以上、まずは無駄な動きを減らして相手が対処に割ける時間を削るのだ」


 そう言いつつ、コルラードは自身の発言を実践するように動きを変化させる。

 レウルスから見れば非常に僅かな時間で剣を構え、即座に斬撃が繰り出される。一撃の重さよりも速度を優先し、それでいて真剣ならば痛手になる適度な力強さを込め、次から次へと剣を奔らせる。


 その速さと正確性は、レウルスにはないものだ。レウルスはこれまでの戦闘経験を総動員し、時には勘に頼ってコルラードの斬撃を捌いていく。

 手数と速さもそうだが、コルラードは時折フェイントを織り交ぜてくるのだ。踏み込んだ際の足の向き、手や肩の些細な挙動、果てには目線の動きでレウルスの意識を逸らそうとしてくる。


(くそっ、フェイントが鬱陶しい……)


 コルラードのフェイントに釣られて反射的に体が動きそうになるが、フェイントには殺気がないことを嗅ぎ分けて辛うじて自制する。それでも動きがワンテンポ遅れてしまい、レウルスは徐々に手が回らなくなっていった。


「グ……ガアアアアアアアアアアァッ!」


 このままでは押し負ける。

 そう判断したレウルスは僅かな斬撃の隙間をついて反撃に出るが、それを見越したようにコルラードの剣が弧を描いた。


「…………あ?」


 気付いた時には、レウルスの手から剣が姿を消していた。コルラードの剣に巻き上げられ、弾かれてしまったのだ。

 数瞬とはいえ思考が停止する。それでもレウルスは拳を構えてコルラードと相対しようとするが、それよりも早く、剣の切っ先が喉元に突き付けられていた。 


「とまあ、これが“お綺麗な”騎士の戦い方である」


 レウルスが握っていた剣を弾き飛ばしたコルラードが、小さく笑いながら言う。レウルスは勝負がついたことを悟ると、握りかけていた拳を解いて両手を上げた。


「……参りました」

「うむ。存外に礼儀を弁えているようで結構なことである」


 そう言いつつコルラードが剣を引く。そして視線をずらし、剣を弾き飛ばした方向を見た。それに釣られてレウルスが視線を向けると、剣を拾うべく小走りに駆けるネディの姿があった。


「剣を飛ばすにしても、方向を考えねばならんか……いや、何でもないのである」


 剣を拾い、レウルスの元へと走ってくるネディ。それを見たコルラードは何故か冷や汗を一筋流していたが、レウルスが指摘するよりも先に首を振る。


「さて……もう一本やるか。だが、次はもっと実戦的に動くのである」

「……というと?」


 剣を拾ってきたくれたネディに感謝しながら首を傾げるレウルス。そんなレウルスに対し、コルラードは意地悪げな笑みを浮かべた。


「言ったであろう、今のは“お綺麗な”騎士の戦い方だと……次は何でもありで戦うのである。剣だけで攻撃してくると思っていたら痛い目を見るぞ?」


 今度は拳や蹴りなども飛んでくるのだろう。それを悟ったレウルスは剣を握りながら頬を引きつらせる。


(……この人、実はけっこう厳しい?)


 思ったよりもスパルタな訓練になるかもしれない。そう考えたレウルスだったが、これも自分が望んだことである。


 気合いを入れ直し、剣を構えて再びコルラードに挑みかかるのだった。


 






(この小僧……“コレ”は一体どういうことだ?)


 レウルスの訓練相手を務めるコルラードだったが、その内心は疑問に満ちていた。


 レウルスの剣の構えは隙が多く、踏み込みは明らかに素人のもので、剣で斬るというよりも剣を叩き付けるといった振り方をしている。だが、型にはまらない斬撃は妙に鋭く、重たいのだ。


(必要以上に振りかぶり、勢いをつけているから斬撃が重いのは理解できるが……こちらの動きにほとんど釣られんのはどういうわけだ?)


 加えて、レウルスが見せる反応が異常だった。

 虚実を織り交ぜて斬撃を繰り出しても、本命の一撃が回避されてしまうのだ。


(吾輩の動きから見抜いているわけではあるまい。目が良いのか……いや、“獣のように”勘が良いのか。挑発しても食いつかない用心深さもある。それでいて剣を振る際に躊躇がない……)


 戦い方は素人の域を出ないが、その精神性が異常だった。


 ただの素人ならば、剣を握って振るうだけでも何かしらの躊躇なり葛藤なりがあるものだ。戦いに身を置かない者ならば、剣で斬りつけるという行動を取るだけでも戸惑うものである。

 訓練を繰り返す内にそういった枷を取り除き、覚悟を固め、そこで初めて実戦で人や魔物を斬れる。


 レウルスがこれまで冒険者として活動してきたことを思えば、他者に斬りかかることに躊躇がなくても不思議ではない――が、訓練抜きで実戦に飛び込んで一年程度とは思えない。


(この獣のような剣は長所にもなる……無駄を削りつつ長所を伸ばす、か。うむ、難しいことだが面白くもあるな)


 冒険者になって一年程度だとは聞いているが、ある程度とはいえ基礎を“叩き込めば”どう化けるか。


 自身の訓練にもつながることもあり、コルラードは笑みを浮かべて剣を振るうのだった。











新年あけましておめでとうございます。

昨年は更新の度にご感想やご指摘、評価ポイントやお気に入り登録をいただき、ありがとうございました。


今年も拙作にお付き合いいただければ幸いに思います。


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