第244話:師事 その2
コルラードに教えを乞うことを決めたレウルスだったが、お互い仕事も立場もあるため毎日付きっ切りで訓練を行うわけにはいかない。
コルラードは騎士として何かしらの目的を持って動いているらしく、時間を取りやすいレウルスの方が合わせる形となる。
コルラードがいない時はそれまでに教わったことを反復練習すれば良いだろう、とレウルスは考えていた。
しかし、である。コルラードから教えを受けるとしても、それを黙っているのは問題である。レウルスも冒険者として仕事をこなす必要があり、エリザ達にも説明をする必要があった。
(レベッカのことを引き合いに出せばエリザ達は納得してくれそうだけど、姐さんが何て言うか……)
レベッカを模した魔法人形との戦いを知るエリザ達は、そこまで説得が必要とは思えない。だが、冒険者組合の受付として依頼に関して取り仕切るナタリアがどんな反応を返すのかが不安で――。
「あら、構わないわよ?」
事情を説明するなり、これまたあっさりと承諾をもらえてしまったのだった。
何かしらの条件をつけられるのではないか、文句の一つでも言われるのではないか。そう考えていたレウルスは、肩透かしをくらった気分になりながら尋ねる。
「……俺が言うのも変だけど、良いのか?」
後々問題になっても困る、という意図を滲ませると、ナタリアは小さく苦笑した。
「誤解しているようだから教えておくけど、あなた達冒険者には仕事を強制しているわけではないのよ? こちらは依頼を提示する。あなた達はそれを請け負う。急を要する場合は“お願い”することもあるけど、受けたい依頼がないのなら自由にしてくれて構わないわ」
そう言われてレウルスは納得する。他所に出かける依頼を斡旋されることが多いため忘れがちになるが、冒険者はあくまで依頼を選んで請け負う立場なのだ。
「大金が入ったから働かずに遊び呆ける……そんなつもりなら苦言の一つも呈するけど、坊やはそうじゃないでしょう?」
ナタリアの言う通り、当面遊んで暮らすだけの金はある。しかしそんな真似をするつもりなどレウルスにはない。遊興に無駄金を投じるぐらいなら、老後の資金に回すだろう。
「それに、坊やに動いてもらうような依頼もないのよねぇ……町の近辺に強力な魔物が出たという話も聞かないし、他所の廃棄街から救援依頼が来ているわけでもないの」
レウルスが頷いていると、ナタリアは頬杖をついて気だるげな流し目を向ける。
「あと、坊やを動かすと戦力的に安全なのは確かだけど、他の冒険者の仕事が減るのよね……これは廃棄街としては贅沢な悩みなのだけど、ね」
「あー……安全だけど稼ぎが減るって話だっけか」
「そうね。でも、戦えない町の皆が安全に過ごせて、冒険者の子達も危険な目に遭うことが減ったわ。わたしとしては嬉しい限りよ」
ラヴァル廃棄街に戻ってきてからレウルス達も近辺を確認して回ったが、強力な魔物が縄張りを広げてきた様子はない。レウルス達が離れていた間に多少魔物の姿が増えていたが、それらは既にレウルスの腹の中である。
「南の森で訓練をするのでしょう? 魔物が近づいてきても坊やなら問題ないでしょうし、剣を教わる騎士様もいる。訓練していても治安の維持につながるわね」
「そりゃ魔物を見つけたら食べに行くけどさ」
魔力を補充する意味でも、腹を満たす意味でも、魔物を見逃す必要などありはしない。
「ただ、エリザのお嬢さんには依頼を回してもいいかしら? 農作業者の護衛をお願いしたいのよ」
「それこそ受けるのはエリザ次第だろうけど……帰ったら話をしとくよ。中級以上の魔物が出た時に備えてミーアと……あとはサラにも頼んでみる」
下級の魔物が逃げ出すエリザと、熱源を探知して索敵ができるサラ。そこにミーアを加えれば、仮に中級の魔物が襲ってきてもどうとでもなるだろう。
ネディも同行させれば戦力的にはより万全になるだろうが、レウルスとしては自分に同行してほしかった。コルラードの教えを受けるにあたり、色々と試したいことがあるのだ。
「“当面は”坊やに緊急で依頼する用件もないし、この機会に好きなだけ自分を鍛えてみなさいな。坊やが強くなれば、それだけこの町のためになるわ」
「そう言ってもらえると助かるし、嬉しいよ……当面はってところが怖いけどさ」
ナタリアの言葉から、何か依頼を回す予定でもあるのかと疑うレウルス。すると、ナタリアは微笑んでレウルスの耳元に顔を寄せた。
「時が来ればわかるわ……それまで自由にしていてちょうだい、レウルス」
どうやら何か考えがあるらしい。
それでもナタリアの言うことだからとレウルスは追求せず、冒険者組合を後にするのだった。
そして翌日。
エリザとサラ、ミーアには農作業者の護衛を頼み、ネディに同行を頼んだレウルスはコルラードと合流した。
相変わらず冒険者の格好をした上で、何やら荷物を背負っているコルラード共に南の森へ赴く――その前に、コルラードは怪訝そうな顔をする。
「何故せい……いや、こちらのお嬢さんも連れてきたのだ?」
「何かあった時に援護を頼もうかな、と……まずかったですかね?」
どこを見ているのかわからない、ぼーっとした視線を中空に向けるネディ。そんなネディの頭に手を乗せながらレウルスが尋ねると、コルラードの右手が何故か宙を彷徨う。
「き、気になっただけである……その、だな。もしかしてだが、ジルバ殿もいたり……」
コルラードは挙動不審としか言えない様子で周囲に視線を向けるが、レウルスとしては困惑するしかない。
「いませんよ? 今回の件は話してませんし、いつも一緒に行動しているわけでもないですから」
「そ、そうであるか……」
コルラードはほっとした様子で安堵の息を吐く。そんなコルラードの反応を見たレウルスは、思わず片眉を跳ね上げた。
「ああ……もしかするといつの間にか背後に立っていたり、木陰にいたりするかもしれません。でも、気にしないでください。いつものことですから」
レウルス達が――正確にはサラやネディが自宅にいる時は、毎日欠かさず“礼拝”をしているのがジルバである。ネディを探して密かに周囲に忍んでいてもおかしくはないだろう。
「それを気にしないというのは無理というものだぞっ!?」
(いや、うん……ジルバさんが無言で木陰に立ってたら俺も悲鳴を上げる自信があるけどさ……)
目を剥いて怒鳴るコルラードに対し、レウルスは悟ったような目を向けた。
自宅の裏手でジルバが祈りを捧げている姿を見て驚いたのは、一度や二度ではないのだ。
「っと……」
そうやってレウルスがコルラードと話しながら進んでいると、徐々に体が重くなっていく感覚を覚えた。背負っている『龍斬』や身に着けている防具が重く感じられ、歩く速度も遅くなる。
エリザやサラと離れたことにより、『契約』による魔力の供給が途切れつつあるのだ。
(北の畑からここまでは……直線距離で三、四キロってところか?)
完全に魔力が途絶えたわけではないが、距離が離れるごとに“つながり”が弱まっていく。あと数分も歩けば完全に魔力が届かなくなりそうだ。
これがわざわざエリザやサラから離れて訓練をする理由である。二人の魔力によって身体能力が『強化』された状態ではなく、素の自分を鍛えるために距離を離しているのだ。
普段ならば、余程の事態がなければエリザやサラとここまで離れることはない。訓練というのなら、それこそ“普段通り”の環境で行うべきかもしれない。
だが、魔力の供給を自在に切ることができない以上、機会を設けなければレウルスも本当の意味で自分を鍛えることができないのだ。
(意味があるかはわからないけどな……)
普段と環境が違い過ぎて訓練がはかどらない可能性もある。その場合は元の環境に戻すつもりだが、まずは色々と試行錯誤するつもりだった。
「レウルス、弱くなった?」
エリザとサラの魔力が途切れると、ネディが不思議そうに尋ねてくる。
「……ああ、今回は訓練だからな。『強化』を切ったんだよ。いつもと比べれば弱くもなるさ」
コルラードがいるため、『契約』のことは口に出さず説明を行うレウルス。すると、ネディは首を傾げる。
「弱く……うん、弱く……ん……ぅ?」
「どうした?」
ネディの反応をレウルスが不思議がると、ネディは右に左にと頭を傾けた。
「うん……ん……それなら、ネディがレウルスを守ってあげる……ね?」
どうやら言葉を選んでいたらしい。
『熱量解放』もあるため仮に戦闘があっても全力で戦えるのだが、レウルスは何も言わず、ネディの気遣いに小さく微笑んで頷きを返したのだった。
こうして始まったコルラードとの訓練だったが、コルラードは開口一番にレウルスが予想していなかったことを話し始める。
「最初に教えておくことがあるのだが、剣術を学んでも“戦える”とは限らん……まずはそれをしっかりと覚えておくことだ」
「……と、言いますと?」
何かの言葉遊びかと思ったレウルスだが、コルラードの表情は真剣そのものである。そのため真意を確認するように話の続きを促すと、コルラードは背負っていた荷物を地面に下ろした。
荷物は布で覆われていたが、コルラードは手早く紐を解いて中身を取り出す。
――それは、鞘に収まった剣だった。
「剣術という言葉に騙されるな……そういう話である。剣術と一口に言っても戦いにおいては決して万能ではなく、手段の一つでしかないのだ」
そう言いつつ、コルラードがレウルスに向かって剣を差し出してくる。レウルスはコルラードの言葉に首を傾げながらも、剣を受け取る。
「理解ができんようだな……ふむ、それならば一つ昔話をしてやるのである」
おもむろにコルラードが剣を抜く。刀身の長さは80センチ程度で幅は広く、柄も両手で握れるよう長さが確保されている。だが、訓練用なのか刃が潰されていた。
「吾輩がかつて従士だった頃、王都で共に剣を学んだ者がいた。その者の才能はすさまじく、一年と経たぬ内に並の騎士を超える腕前になったのだ」
真剣な表情で語りながら、コルラードは握った剣に視線を落とす。
「教師役を務めていた騎士すらも打ち倒すほどの腕に成長してな……なるほど、英雄と呼ばれるようになる人種とはこのようなものなのかと吾輩は思ったよ」
剣の状態を確認しているのか、それとも自身の記憶に思いを馳せているのか。それはレウルスの目から見てもわからない。
「吾輩が羨むほどの才能であった……だが、初陣として野盗退治に向かい、死んだ。それはもう、あっさりとな」
「……才能があったのでは?」
思わず、といった様子でレウルスが質問をする。
当時はいざ知らず、今のコルラードは騎士として働いているのだ。そんなコルラードが言うのならば確かに才能があったのだろうが、そんな人物があっさり死んだと言われると本当に才能があったのかと疑問に思ってしまう。
「剣の才能はあったとも……ああ、今だからこそ言える。間違いなく、“剣の才能は”あった。だが、それだけだったのだ」
コルラードはそう話しつつ、ぽりぽりと頭を掻く。
「なんと言ったものか……剣術には秀でていても、殺し合いには向いていなかった。そう言えば伝わるか?」
「それは……いや、わかります」
レウルスが知る騎士や従士、兵士といった者達はそれぞれ優れた技量と連携技術を持っていた。だが、初陣となると話は変わるのだろう。
「死因はなんだと思う?」
「野盗と斬り合って……って、それなら勝てますか」
「うむ。相手が剣で挑んできたのなら、委縮していても斬り伏せたであろうな……投石が頭に当たり、怯んだところを槍で突かれて死んだのだ」
「……なるほど」
たかが投石、と笑えはしない。レウルスとて、かつては石で魔物を撲殺したことがあるからこそわかる。石というのは立派な凶器で、それが頭に当たれば危険だろう。
「初陣で心構えができていなかった、従士としてまだまだ訓練が足りなかった、敵の練度が想像以上だった……理由を探そうと思えばいくらでも探せるが、吾輩はこう思うのだ。要は“戦い方”を知らなかったのだ、とな」
そう言いつつ、コルラードは剣の切っ先をレウルスに向ける。
「その一件以来、吾輩はそれまで以上に訓練に励んだ。剣、盾、槍、弓、徒手格闘に馬術……一通り修めたと自負しておる。もちろん秘奥に到達したとは口が裂けても言えぬが、それらの技術を学んだことで相手の取り得る戦法もある程度は予測ができるようになった」
剣を向けられたレウルスは『龍斬』を近くの木に立てかけると、コルラードに倣うようにして剣を抜く。レウルスの剣もまた、刃が潰された訓練用の剣である。
「貴様の戦い方は荒削りに過ぎるし殺気も強すぎる……が、戦いにおいては不正解とも言えぬ。故に、まずは“無駄”を削って矯正するのである」
「よろしくお願いします!」
――これは予想以上の“当たりくじ”を引いたかもしれない。
そう考えながら、レウルスもまた剣を構えるのだった。