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第243話:師事 その1

 ラヴァル廃棄街から南に下った場所に存在する森の中。

 進み続ければシェナ村に到達する細い街道から外れたその場所に、レウルスの姿があった。


 周囲を木々に囲まれているものの、愛剣である『龍斬』を振り回しても問題がない程度には広さが確保されたその場所で、レウルスは黙々と剣を振るい続けていた。


 上段から振り下ろし、刃が地面につく前に切り上げ、立ち位置を入れ替えて横薙ぎに一閃。そこから二度、三度と斬撃を繰り出し、最後に突きを放ってから動きを止める。

 そして気息を整えるように深呼吸をしていると、そんなレウルスに向かって男性の声がかけられた。


「ふむ……以前と比べれば動きが良くなっているのである」


 男性――コルラードの声にレウルスは振り返った。そこには木に背中を預け、レウルスの動きを観察していたコルラードの姿がある。


 コルラードの服装は騎士よりも冒険者に近く、どこから手に入れてきたのか革鎧を身に着け、腰には長剣を差していた。手甲や脚甲も革製のもので、コルラードを知らない者が見れば冒険者にしか見えないだろう。


「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、本当に良くなってるのか自分じゃ中々わからないもんですね」

「そういうものだ。そういったものは実際に敵と戦った時に実感するもの故な」


 額に浮かんだ汗を拭いながらレウルスが苦笑すると、コルラードも苦笑を返す。すると、そんなレウルスとコルラードの会話が聞こえたのか、木陰からひょっこりとネディが顔を覗かせた。


「……終わった?」

「ひとまずは、ってところだ。見張りを任せて悪いな、ネディ」


 レウルスがそう言うと、ネディは気にするなと言わんばかりに無言で首を横に振る。


 レウルスとネディ、そしてコルラード。この三人が森の中で共にいるのには、当然ながら事情があった。


 それは、一ヶ月ほど前まで遡る。








 城塞都市アクラでの戦いを乗り切り、ラヴァル廃棄街に戻ってきて一週間の時間が過ぎた頃。


 故郷とも言えるラヴァル廃棄街に戻ってきたというのに、レウルスは悩みを抱えていた。


(……どうやったら強くなれるんだろうな?)


 それは、自身の技量に対する不安と、それを解消する手段の不透明さに関してである。


 事の発端は、レベッカを模した魔法人形と交戦した時のことだ。

 勝利を収めはしたが、エリザ達の援護がなければどうなっていたか明白である。仮にレウルスが一人で戦っていた場合、良くて相打ちに持ち込むのが精々だっただろう。だが、相手が魔法人形だった点を思えば、相打ちに持ち込んでも敗北でしかない。


 この世界に生まれ変わってから、これほど強くなりたいと思ったことはないだろう。自分一人で全てを片付けられると思うほどレウルスは自惚れてはおらず、外見はともかくとして若くもない。


 それでも、思うのだ。あと少しだけ強ければ、もっと強ければ――レベッカの本体に勝てるほど強ければ、と。


 レウルスがただの冒険者として生きるだけならば、そこまでの強さは必要ないだろう。もちろん強いに越したことはないが、単独で上級の魔物を狩れるグレイゴ教の司教に勝ろうと思うのは過剰にもほどがある。

 だが、これまでも“その傾向”があったが、アクラでの一件でグレイゴ教と本格的に事を構えてしまった。


 グレイゴ教の教義を思えば人間のレウルスが過度に警戒する必要もないのだろうが、明らかにレベッカから狙いを定められてしまったのである。


 加えて言えば、レウルスの傍にはグレイゴ教に狙われる危険性がある者達がいる。


 吸血種のエリザに、精霊であるサラとネディ。特に、エリザは既にグレイゴ教から狙われた過去がある。


 レベッカの話を信じるのは危険だろうが、ネディに関してはグレイゴ教の“狙い”から外れているらしい。しかし、ジルバの話を聞いた限りでは過去に精霊を殺したこともあるらしく、楽観するのは危険だろう。


 サラに関してはレウルスもよくわかっていない。火の精霊だというのに、カンナもローランも、レベッカでさえも特に言及はしなかった。それでも精霊である以上、グレイゴ教の標的にされる危険性がある。


 仲間内で安全なのはミーアぐらいだろう。ミーアはドワーフだが、その強さは中級の魔物と同程度である。上級の魔物を狙うグレイゴ教の標的にはならない“はず”だ。


(……全部が推測と願望でしかないってのは、笑えねえなぁおい)


 エリザほどではないが、ミーアも――ミーアが所属していたドワーフの集団もグレイゴ教に狙われていた節がある。それを思えば、安心などできるはずもない。


 それらの事情により、レウルスは以前と比べて切実に強さを欲していた。


 ラヴァル廃棄街にいて、ジルバの助力を得られる状況ならば、グレイゴ教の司教が襲ってきてもどうにかなりそうではある。しかしながら常にジルバと行動するわけにもいかず、相手もいつ、どこで襲ってくるかわからないのだ。

 そもそも、いつ襲ってくるかわからない、襲ってくるのかすらわからない相手を待ち受けるなど、現実的ではない。


 そのため、レウルスにできるのは普段から警戒しつつ、少しずつでも己の腕を磨くことだけだった。


 護衛依頼によってレウルス達が一ヶ月以上離れていたことにより、ラヴァル廃棄街周辺に少しずつ戻りつつあった魔物達。それを片っ端から狩って回り、手に入れたばかりの香辛料を使って食べて回っても、己の強さが磨かれたようには思えない。

 以前から素振りなども行っていたが、根本的に“足りない”気がしてならないのだ。


 レベッカを模した魔法人形との戦いの最中、命を賭けた実戦の中で色々と見えてくるものがあった。しかし、平時に戻れば指の隙間から零れるようにして実戦感覚が鈍っていくようにも思える。


 開き直ってエリザ達との連携を磨くか、それとも魔法具などの道具に頼るか。


 投げ出すには早すぎるとひたすら足掻くか、それとも別の戦い方を模索するか。


 町中で訓練をしては迷惑になるからと、ラヴァル廃棄街を離れてひたすら素振りを繰り返すレウルス。しかしながら今一つ身が入らず、どうしたものかと思案し――。


「む? そこにいるのはレウルスではないか。訓練とは感心であるな」


 何故か冒険者の格好をしているコルラードと再会したのである。


「コルラードさんじゃないですか。久しぶり……というにはまだ早いですかね? その格好はどうしたんです?」


 愛剣を下ろしつつレウルスが言うと、コルラードは苦笑を浮かべた。


「仕事の一環である。先ほどまでラヴァル廃棄街にお邪魔していたのだ」

「ラヴァル廃棄街に?」


 どういうことだ、と疑問を覚えるレウルス。だが、コルラードは答えるつもりがないらしく、清々しいほどに話題を逸らした。


「しかしレウルスよ。せっかく訓練をするのならもっと“きちんと”するが良い。それでは時間の無駄でしかないぞ?」

「……どういうことです?」


 時間の無駄と言われ、レウルスは僅かに眉を寄せる。レウルスも意味があるのか、これで強くなれるのかと迷ってはいたが、真正面から『無駄』と言われるとさすがに理由が気になった。


「む? お主はただ剣を振っているだけではないか。いや、お主の戦い方を考えれば、それはそれで正しいのかもしれんが……」


 怪訝そうなレウルスの表情に、コルラードも同じような表情を返す。


「……剣は振るものでしょう?」

「それはそうであるが……」


 レウルスとコルラードは互いに違和感を覚えながら言葉を交わす。


 一体何なのか、などとレウルスが思考していると、コルラードは不意に納得したようにため息を吐いた。


「ああ……なるほど、“そういうこと”であるか。レウルス、貴様は我流……いや、それ以前の話か。剣を持ってそれほど経っていないのではないか? おそらくは一年程度だと吾輩は見ているが……」

「っ……よくわかりましたね」


 コルラードの言葉にレウルスは驚きの声をあげる。レウルスが剣を振るうようになったのは冒険者になってからで、一年程度でしかないのだ。


「わからいでか。これでも騎士として真っ当に剣を学んだ身なのだぞ? 従士の頃から数えれば、二十年以上剣を振ってきたのだ。さすがに素人の剣ぐらい見抜けるわ」


 そう言ってコルラードは腰元の剣の柄を叩く。自信満々というよりも、それが当然のものとして語るコルラードにレウルスは強く興味を引かれた。


「そんなにはっきりとわかるんですか?」


 たしかにこれまで戦った者達からも、我流だということはすぐに見抜かれた。それどころか、獣のような剣だと評されたこともある。


「当然である。吾輩でなくとも、ある程度剣を学んだ者ならばすぐに見抜けよう。吾輩としては我流の全てを否定するつもりはないが、お主はそれ以前の問題であるな」


 どうやらコルラードから見れば我流にも届かない、剣術とは到底呼べないものを振るっていたらしい。


「世の中には型破りの才気を持つ者もいるが、“型”を知った上で破るから型破りなのだ。貴様の場合は何も知らない、ただの型無しの剣でしかないのである」

「なるほど……」


 辛辣というわけではなく、それが当然と言わんばかりにコルラードが指摘する。

 あまりにも自然体で指摘されたため、レウルスは反発するよりも先に納得してしまった。


(素人が力任せに剣を振ってるだけだもんな……きちんと剣を学んだ人から見ればすぐにわかるほど酷いのか)


 レウルスの場合、エリザやサラとの『契約』や『熱量解放』によって引き上げられた身体能力を頼りに、切れ味鋭い『龍斬』を叩き付けて両断するというのが基本的な戦闘スタイルだ。

 それで倒せるならば良いがレウルスの戦い方が通じない、高い“戦闘技術”を持つ者が相手だと一気に不利になってしまう。


(……あれ? 一目で俺の欠点がわかるなんて、コルラードさんもかなりすごい……のか?)


 レウルスは思わず目の前のコルラードを見る。


 恰幅が良く、下手すれば太っているようにしか見えないが、ヴェルグ子爵家の庭園で戦っていた時は騎士の名に恥じない働きを見せていた。


 人は見かけによらない――などと考えては失礼になるのだろう。


 レウルスはコルラードとの会話から、おぼろげにしか見えていなかった“何か”が掴めるのを感じ取っていた。


「……コルラードさん」

「なんであるか?」


「――俺に剣術を教えてくれませんか?」


 気付いた時には、そう頼み込んでいた。


 コルラードは突然の申し出に対し、困惑したように目を瞬かせる。


「いや、騎士として学んだ技術をおいそれと教えるわけには……」

「もちろん対価も払います」


 ここは自分の直感を信じるべきだろう。


 そう判断したレウルスが畳みかけるように言うと、コルラードは視線を彷徨わせた。


「……吾輩も修練を欠かすわけにはいかないのである。そこに偶然部外者がいて、吾輩が“独り言”を漏らすこともあるかもしれない……」


 つまり、独り言の体で助言をくれるということだろう。


 そう判断したレウルスは、満面の笑顔で頷くのだった。











ネディがいた理由に関しては次話以降で……。


どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、評価ポイントやお気に入り登録をいただきましてありがとうございます。

これより7章に移りたいと思います。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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