第242話:閑話 その8 分け前
レウルス達がラヴァル廃棄街に戻ってきてから三日の時が過ぎた。
頻繁に空けている我が家での久しぶりの生活によって心身を休めるレウルス達だったが、片付いていない問題が残っている。
それは、今回の一件で受け取る報酬に関してだ。
レウルス達に護衛を依頼したエステルは精霊教の人間だが、これまでの付き合いからラヴァル廃棄街の身内に準ずる間柄である。そのため法外な依頼料を請求するつもりはないが、冒険者として依頼を受けた以上は“正当かつ適正”に報酬を受け取る必要があった。
もちろん、エステルも護衛依頼の報酬に関して支払いを渋るような性格ではない。むしろレウルス達をグレイゴ教徒との戦いに巻き込んだ迷惑料として、最低限度の金銭だけ手元に残してヴェルグ子爵家から与えられた報酬の大半を差し出そうとしていたほどだ。
だが、これに待ったをかけた者がいた――それも三人も、である。
「ジルバさんにはスライム退治の名声を背負ってもらった借りもあるし、サラのお嬢ちゃんやネディのお嬢ちゃんの件で手を貸してもらってもいる……それに、組合としても不当な依頼料を受け取らせるわけにはいかないわ」
反対の声を上げた三人の中の一人、ナタリアは呆れたようにそう言った。
「気持ちはわかりますが、過剰な報酬はレウルスさん達に迷惑がかかります。それに、渡された物を右から左へと流してしまっては、ヴェルグ子爵家としても面白くないでしょう。ご自重ください」
エステルの考えを聞いたジルバは、腕組みをしながら窘めるように言った。
「金も布もいらないんで、食べ物と調味料を全部ください……え? 駄目?」
砂糖と胡椒の壺を抱きしめながらレウルスはそう言った。
最後のレウルスはともかく、反対意見ばかりである。
話し合いは冒険者であるレウルス達の報酬ということで冒険者組合で行われているが、それらの意見を聞いたエステルは拗ねたように頬を膨らませた。
「な、なんでですかー? わたくしは今回ほとんど役に立ってませんし、ジルバさんにいたっては勝手に動き回った挙句、アクラで大暴れしてヴェルグ子爵家にも迷惑をかけていたじゃないですかー!」
アクラでの戦いで矢面に立ったのはレウルス達だ。それはエステルの言う通りだろう。ジルバも大暴れしてレベッカ達の目論見を粉砕したが、それは敵の暗躍に気付いて勝手に突撃した結果だとエステルは思っている。
「あの害虫共を殲滅するのは当然の行いです……いえ、それは置いておきましょう。私もレウルスさん達には十分な報酬を支払う必要があると思っていますが、それが過剰になっては迷惑になると申しているのです」
「むぅ……」
苦笑しながら宥めるジルバに対し、エステルも強く出ることができない。そんな二人の様子に、レウルスもまた苦笑していた。
「まあまあ、ここは専門家である姐さんの意見を聞きましょうよ。姐さんはどれぐらいが適切な相場だと思ってるんだい?」
「そうねぇ……」
レウルスが水を向けると、ナタリアは煙管を弄びながら“今回の報酬”に視線を向ける。
物が物だけに冒険者組合で預かってもらっているのだが、レウルスとしては何度見ても貴族の財力にため息を吐くばかりである。
大金貨十枚に亜麻布が五巻き、絹布が三巻き、塩が十壺、砂糖が二壺、香草が五袋、胡椒が一壺、干した果物や肉が大袋で四つ。そしてそれらを乗せてきた『強化』の『魔法文字』が刻まれた荷車が一台。
この中で分配しやすいものは大金貨だろう。働きの割合に応じて分配するだけで済む。しかし、それ以外の物に関しては扱いが難しかった。
亜麻布と絹布は質の良いものらしく、レウルスの素人目から見ても高価であろうことがうかがえる。
塩はラヴァル廃棄街でも手に入るが、砂糖や香草、胡椒は希少も良いところだ。レウルスとしては是が非でも欲しいが、さすがに全てを独り占めするわけにもいかないだろう。
干した果物や肉に関しても、ラヴァル廃棄街で手に入る――が、貴族が口にするものだからか、これも質が良い。材料もそうだが、日持ちするようしっかりと干して乾燥させてあるのだ。
荷車に関しては頑丈さが折り紙付きで、レウルスが振り回しても壊れないほどである。
これらの品々をどう分けるのか、あるいはいくつかは売って金銭を報酬に充てるのか、そこが悩みどころだった。
「坊やは調味料の類が絶対に欲しい、と……ちなみに受け取ったらどうするつもりかしら?」
「受け取った分の内、七割はおやっさんに渡して、残りは外で魔物を食う時にでも使おうと思ってるよ」
三割程度は今回の依頼の報酬として自分達で使うつもりだが、残りをドミニクに渡しておけば、ラヴァル廃棄街全員は無理でも料理店を訪れた者達が普段と違った味わいの料理を楽しめるだろう。
口福は独り占めするものではないのである。
「……なるほど、ねぇ」
だが、レウルスの返答に何か思うところがあったのか、ナタリアが意味深に呟いた。その反応にレウルスが疑問を覚えていると、ナタリアは僅かに考え込んでからエステルへ視線を向ける。
「ひとまず調味料に関しては坊や達が引き取るということでよろしくて? ああ、さすがに全部とは言いませんわ。教会の子どもに食べさせる分も必要でしょう?」
そう言いつつナタリアはレウルスに視線を移動させた。それに気付いたレウルスは戸惑うことなく頷く。教会の子ども達も喜ぶだろう。
「ええ、構いませんよー」
エステルも異論はなかったのか頷きを返した。
「エリザ達は何かあるか?」
ひとまず香辛料を確保したレウルスは同席していたエリザ達にも話を振る。しかし、サラとネディの精霊組は揃って首を横に振った。
「香辛料があればいいんじゃない? わたしが焼く時に使うわ! 塩に代わる新たな調味料! これはレウルスも喜ぶこと間違いなしね!」
「……いらない」
物欲がないのか、興味がないだけなのか、サラとネディの反応はこれだけだった。
その代わりにというべきか、エリザとミーアは迷いながらも自分の考えを口にする。
「ワシは布……かのう。質が良いから色々と使い道があるじゃろうし」
「荷車かなぁ……ボクが、というか、父ちゃんが使いそう。でも、自分で荷車を作って『強化』の『魔法文字』を刻めばいいだけの話なんだよね。あとは例の魔法人形の調査を任せてもらえればそれでいいかな?」
それぞれ希望を口にするものの、レウルスと違って強く固執するものはないようだ。レウルスが香辛料に食いつき過ぎだというべきか、エリザ達が無欲だというべきか。
「あれほど危険な目に遭わせてしまったんですし、渡す報酬があまりにも少ないとこちらとしても心苦しいのですがー……」
エリザ達の発言を聞いたエステルは困ったように眉を寄せる。
エステルも無欲ではなく、教会の子ども達のことを思えば蓄えは多い方が良いが、払うべきものは払わないと落ち着かないのだ。
加えて、ここ一年ほど――レウルスがラヴァル廃棄街に住み着いてからというもの、食料に関しても金銭に関してもそこまで困っていない。
ジルバがレウルスに同行して金を稼いでくることもあり、エステルとしては報酬を値切る必要もないのである。
「ちなみに、ジルバさんは何か意見はあるのかしら?」
これまでの話を聞いたナタリアは、最後にジルバへ意見を求めた。すると、ジルバは薄く微笑んでナタリアへ言葉を返す。
「いえ、私は何も。これらの報酬はエステル様とレウルスさん達の活躍によって得られたものですからね。それに、それぞれが欲しい物を提示すれば、ナタリアさんが“上手く”分配してくれるでしょう?」
「……ご期待に沿えるよう、頑張りますわ」
ナタリアは疲れたようにため息を吐くと、紙と羽根ペンを取り出した。
「それでは両方の意見を汲み取りましょうか」
そう言いつつ、ナタリアは報酬の分配に関して述べていく。
大金貨十枚に関しては六枚をレウルス達が受け取るが、その内一枚を税として冒険者組合に納めること。
布に関しては亜麻布二巻きと絹布を一巻きレウルス達が受け取り、冒険者組合への税として亜麻布一巻きを納めること。
香辛料に関しては九割をレウルス達が受け取るが、その内七割をドミニクの料理店に納めること。
干した果実と肉に関してはレウルス達と教会で一袋ずつ受け取る。残った二袋に関しては冒険者組合で買い取り、別途代金を支払う。
荷車に関しては冒険者組合で買い取り、今後は必要に応じて貸し出すこと。
「ふむふむ……俺としては文句はないな。エリザ?」
ナタリアの仲裁案を聞いたレウルスは納得したように頷き、エリザに意見を求める。
「そうじゃな……ちと税が重い気がするが、今回は物が物だけに多く受け取るのも憚られるしのう」
「わたくしとしては、なんだかんだで半分以上手元に残りそうなのがちょっと……」
エリザの発言を聞き、エステルがどこか嫌そうに呟く。
(エステルさん、妙に嫌がってるな……ルイスさんのことを警戒してたみたいだし、貴族が嫌いなのか?)
レウルスとしては金はあるだけあった方が良いと思うのだが、エステルはそうは思わないのか。あるいは報酬を渡してきたのがルイスだからなのか、不満そうな表情を隠そうともしない。
「まあまあ、落ち着いてくださいエステル様。今回の一件で『傾城』が裏にいたこともわかりました。“色々と”手を打つ必要がありますし、お金や贈り物に良さそうな布地はありがたいですよ」
エステルの反応に対し、ジルバはどこか微笑ましいものを見るように目を細めている。
「あら、面白そうなことを話していますわね? 是非ともわたしもお話をお聞きしたいところですわ」
そして、そんなジルバの話に何故かナタリアが食いついていた。微笑みを浮かべながらも、どこか真剣な空気を漂わせている。
「おや、興味がおありですか? そうですね……では、話がある程度まとまったらお知らせしますよ」
「楽しみしていますわ」
そう言って微笑み合うジルバとナタリア。
そんな二人のやり取りに引っかかるものを覚えるレウルスだったが、この場で聞いても答えることはないだろう。
(よし、おやっさんのところに香辛料を持って行って料理を作ってもらおう……そうしよう……)
そのため、まずは分配が決まった香辛料を持ってドミニクの料理店を訪れよう、などと現実逃避することにした。
――そんなレウルスを、ナタリアがじっと見つめていたのだった。
放置していた報酬の話など。
ちなみにレウルスが事前に購入していた幸せの粉(砂糖)については毎日少しずつ、大切に舐めています。
閑話も挟んだので、次話からは7章に移る予定です。
なお、章が切り替わる度に各キャラの外見を再描写していましたが、7章では試験的に省いてみようかと思っています。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。