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第241話:閑話 その7 冒険者は仲間思い

 時を遡り、レウルス達がラヴァル廃棄街に戻ってきた日のことである。


 日が落ちて辺りが暗くなった頃、ドミニクの料理店に多くの人間が集まっていた。


 ドミニクの料理店が人出で賑わうのは珍しいことではない。ラヴァル廃棄街におけるドミニクの知名度、料理の美味さ、そして看板娘であるコロナの存在もあり、毎日のように多くの客が詰めかけるのだ。


 普段と違って少しばかり豪勢な夕食を取ろうと思う者。


 仕事帰りに一杯飲みながら食事を楽しみたい労働者。


 依頼が終わってドミニクの店で飲み食いしたい冒険者。


 目的は様々だが、普段からドミニクの料理店が賑わっているというのは間違いのない事実である。

 しかし、今晩は普段と毛色が違った。何故か普段よりも多くの冒険者が詰めかけ、店の一角を占拠しているのである。


「……それで、どうだった?」


 真剣な顔で尋ねるのはラヴァル廃棄街でも有数の冒険者であるニコラだった。ひとまず酒で乾杯し、一息吐いてから声色にも真剣なものを滲ませながら話を振る。

 その視線の先にいたのは、ラヴァル廃棄街で門番を務めるトニーだ。周囲の冒険者達も真剣な表情を浮かべ、トニーに視線を向けている。


「お前らも知っての通り、レウルスの奴が帰ってきた……エリザの嬢ちゃん達も、エステルの嬢ちゃんも無事だ。全員怪我一つねえ。何故かジルバの旦那も一緒だったが、それは横に置いておくぜ」


 周囲の視線を受け止めたトニーもまた、真剣な表情を浮かべていた。木製のコップに注がれた酒で唇を湿らせると、周囲の冒険者達を見回しながら話を続ける。


「今回の依頼も無事に乗り切ったらしい……ああ、こりゃ喜ばしいことだ。身内が無事に帰ってきたんだからな」


 トニーはそう言うと、手に持っていたコップを掲げる。


「“発表”の前に、まずはもう一度乾杯といこうや。あいつらが無事に帰ってきたことを祝って――」

『乾杯!』


 この場に集まった冒険者達は、それぞれが笑みを浮かべながら近くにいる者とコップをぶつけ合う。


 ラヴァル廃棄街の冒険者が、仲間が、身内が、無事に戻ってきたのだ。


 レウルス達はこれまで何度も遠出をしては無事に戻ってきたが、毎度上手くいくほどこの世の中は甘くない。しかも、今回の依頼には貴族が絡んでいたと聞く。魔物を倒せば良かったこれまでと異なり、厄介な事態に巻き込まれるであろうことは想像に難くない。

 だが、レウルス達は誰一人欠けることなく、無事な姿で戻ってきたのだ。何故か出発前にはいなかったはずのジルバも一緒だったが、誰も気にしない。ジルバだから、という無言の納得があった。


 トニー達はコップの酒を飲み干すと、互いに笑い合いながら酒を注ぎ直す。そして本格的な宴会に移行する――その前にトニーが本題を切り出した。


「よし、このまま飲み食いしてえがその前に結果発表だ!」


 そう言いつつ、トニーは懐から“不正防止用に”封がされた手紙を取り出す。すると、周囲にいた冒険者達がコップを掲げながら歓声を上げた。


「よっしゃ待ってたぜぇっ!」

「今回こそは当てるぞ!」

「一ヶ月以上待ったんだ! 今回は俺が総取りさせてもらうぜ!」


 急にテンションが跳ね上がった冒険者達に、周囲の客が何事かと視線を向ける。しかし、不思議なことに文句は言わず、それどころか客の数人が席を立って輪に加わり始めた。


「よしよし、お前らの気持ちはよくわかるけどほどほどにな? 騒ぎすぎるとおやっさんに追い出されちまう」


 トニーは苦笑しながら注意を促し、手紙を開き始める。紙面には文字と名前、そして数字が並んでいた。


「一ヶ月近く前に書いたし、当時は酔ってたから覚えてないところもあるが……んー?」


 手紙を上から下まで読んでいくトニーだが、徐々に眉が寄っていく。


「おいトニー、あんまり焦らすなよ」

「そうだぜトニーさん」


 周囲から野次のような声が飛んでくるが、トニーは答えない。困ったように眉間の皺を濃くするだけだ。


「あー……それじゃあ結果発表するぞ。今回の『レウルスがどんな奴を連れ帰るか』の賭けなんだが……」


 トニーがそう言うと、冒険者達は騒ぐのを止める。


 彼らが集まって騒いでいるのは、トニーが言葉にした通りレウルスを対象とした賭けの結果を発表するためだ。


 吸血種であるエリザを町に連れてきたかと思えば、その正体を知る者は少ないが火の精霊であるサラを連れ帰り、その次は五十人近いドワーフの集団を連れ帰る。それに驚かされたかと思えば、直近ではネディを連れてきた。


 エリザは違うが、レウルスは遠出する度に誰かしら連れ帰ってくる。それに目を付けた冒険者達が賭けの対象にしたのだ。


 もちろん、これは悪意があってのことではない。そもそもの話、レウルスが帰ってこなければこの賭けは成立しないのだ。

 依頼のためにあちらこちらへと出かけるレウルスとエリザ達が無事に帰ってこれるよう、“帰ってくることが前提”で賭けをしているのだ。


 そこにあったのは、遠出して危険な目に遭う仲間を心配する純粋な思い。


 ――それとレウルスをネタにして楽しもうという不純な思いだった。


 言わば酒の席の馬鹿話の類である。


 客観的に見た場合、吸血種に火の精霊にドワーフの集団に水と氷の精霊と、普通の冒険者ならば一生に一度遭遇するかどうかという存在と連続で遭遇しているのだ。

 それならば次はどんな相手を連れ帰ってくるのか、これ以上賭けの対象として相応しいものもないのではないか。そんなことを考え、門番として真っ先に確認できるトニーが取り仕切って開催しているのだ。


「お前、今回は何に賭けた?」

「前回がネディの嬢ちゃんだったから、今回は幼い感じの双子の精霊。お前は?」

「貴族の幼いお姫様」

「それが実現してたらこの町がやばいことになってねえか……」


 何故か言い淀んでいるトニーを他所に、冒険者達はひそひそと言葉を交わす。


 半分冗談、半分本気で賭けたのだ。当たれば大穴も良いところだろう。


「……まず、一番倍率が低かったのは『亜人の少女』だが、これは外れだ。次点の『亜人の幼女』も言いたいことはわかるが、とにかく外れだ」


 トニーがそう言うと、落胆混じりの声が響く。


「そして次に倍率が低かったのは『精霊の少女』もしくは『精霊の幼女』……おい、俺も酔ってたから何も言えねえけど、年齢の指定が下すぎやしねえか? あと精霊を頻繁に連れ帰られたらジルバの旦那が喜びすぎて狂喜しちまう」

「これまでの結果から見れば妥当では?」

「うん、そうだな、俺が悪かった」


 それもそうか、とトニーは納得しながら紙面を目で追う。


 誰がいくら、何に賭けたかを書き殴ってあるが、下手すると今回は当たる者がいないのではないかと危惧する。

 これまでレウルスが連れてきた者達の傾向からか、賭けた者の大半は亜人もしくは精霊を選んでいる。しかも何故か『少女』や『幼女』という文字があちらこちらで踊っているが、それも仕方のないことか。


 亜人や精霊と比べると、人間を連れ帰ってくると判断した者は非常に少ない。『貴族のお姫様』や『女中』に賭けた者もいるが、それは今回レウルス達が受けた依頼に関して知っている者だろう。

 受け狙いなのか大穴狙いなのか、『エルフの集団』や『龍種』に賭けている者もいる。『グレイゴ教徒』という文字もあったが横線で潰されていた。ジルバの存在を思い出して無理だと判断したのだろう。


「おいおい、まさか今回は全員外れか?」

「俺達全員の予想を上回るようなナニカを連れてきた、とか……」

「少女、幼女に賭けてる奴が多かったから……赤ん坊?」

「上回るどころかある意味下回ってるな、おい」


 トニーが外ればかり発表していくため、冒険者達は今回は的中者がいないのかと顔を見合わせる。

 場の空気が白けていくのを感じ取ったトニーは、必死になって正解者を探し出す。酔った時に書いたからか、文字が見にくいのだ。


「……いや、いた」


 トニーがそう言うと、『おおっ!?』と声が上がった。外れたとはいえ、どんな結果が出てくるのか楽しみなのだ。


「当てたのは一人か? 大穴だな、おい」

「総取りかぁ……羨ましいねぇ」


 冒険者達は口々に呟く。賭けが外れたのは残念だが、大きな額を賭けたわけではない。一人当たり大銅貨一枚程度で、総取りでも銀貨五枚ほどになるだけだ。


 夜間の見張りも必要なためこの場には全員がいるわけではないが、五十人近くが面白がって賭けたのはレウルスの人徳がそうさせたのか、ただ騒ぎたかっただけか。


 周囲の冒険者達を見ながら、トニーが結果を告げる。


「今回の結果だが……レウルスは誰も連れて帰らなかった!」

「…………」


 だが、結果が告げられるなり奇妙なほどに沈黙が満ちる。そして数秒経ってから喧騒が爆発した。


「はああああああああぁぁっ!? 嘘だろおいっ!?」

「ちゃんと調べたのかよトニーさん!」

「そうだそうだ! 荷台を持って帰ってきただろ!?」


 納得がいかないと言わんばかりにトニーに詰め寄る冒険者達だが、周囲の気持ちがわかるのかトニーは静かに首を横に振る。


「ちゃんと調べたさ……荷台の底も確認したし、荷台に乗ってた物は壺の中まで確認した……後から合流することもないそうだ……」


 トニーがその辺りの確認に手を抜くとは思わなかったのだろう。冒険者達は興奮を抑え、ため息を吐く。


「チィッ……なんてこった……」

「これまでがおかしかったってことか……」

「三回続いたんだから四回目もあると思ったってのに……」


 うなだれるようにして口々に呟く冒険者達。それを見たニコラは、むしろ何故一人しか『誰も連れ帰らない』と判断しなかったのかと疑問を抱いた。


「それでトニーさん、賭けたのは誰だったんだ?」


 それでもそろそろこの騒ぎもおしまいにしないといけないだろう。さすがにドミニクの目つきが危ない領域に入ってきているのだ。

 そう判断したニコラが尋ねると、トニーは気まずそうに視線を逸らす。


「……おやっさんに殺されそうなんだが……コロナちゃんだ」


 その言葉に、その場にいた多くの冒険者が顔を引きつらせる。コロナが賭け金を総取りしたことは問題ではない。問題なのは、コロナが賭けに参加していたことだ。


 トニーは頭を掻きむしり、机に突っ伏す。


「あー……くそっ、思い出した! コロナちゃんに何の話をしてるのかって聞かれたから、レウルス達が無事に帰ってこれるよう祈って賭けをやってるって言ったんだんだよ!」

「そ、それで?」

「……そうしたら、『レウルスさん達が無事に帰ってきてくれればそれで良い』って……誰も連れてこなくても良いから、無事に帰ってきてくれればそれで良いって……それで一口賭けてた……」


 そう言いながら、トニーは恐る恐るといった様子で視線を動かしていく。馬鹿話はともかく、ドミニクにとって愛娘であるコロナを賭け事に巻き込んだのだ。


 ドミニクがどんな行動に出るかわからず――視線を向けた先には、包丁を片手に歩み寄ってくるドミニクの姿があった。


「やべえ、殺される!?」

「逃げろ逃げろ! 金はちゃんと置いて逃げろ!」

「おやっさんご馳走様でしたっ!」


 生存本能が働いたのか、素早い身のこなしで逃げ出すトニー達冒険者。食事代と一緒に賭け金もきちんと置いていく辺り余裕があったのかもしれないが、その表情は恐怖で強張っていた。


「まったく……コロナ、トニー達からお前への“小遣い”だ。受け取っておけ」


 ドミニクが厨房で皿を洗っていたコロナに声をかけると、不思議そうな表情をしながらコロナが顔を出す。そして机に置かれた大銅貨の山を見ると、ますます不思議そうに首を傾げた。


「えっと……受け取る理由もないし、今度お店に来た時の代金にするね?」


 当のコロナは賭け事のことなど覚えておらず、心底不思議そうにしていたのだった。






 ――なお、騒ぎを聞きつけて店に顔を出したレウルスが事情を聞いて笑顔で飛び出して行ったが、それは余談である。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん?サラとネディが精霊だってこと分かってるのってこの場だったらドミニクだけだった記憶があったんだけどいつのまに周知の事になってるんだ?
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