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第239話:閑話 その5 ミーアの悩み

 アクラから帰還した翌日。


 ラヴァル廃棄街に建てられたレウルスの自宅の一階にあるリビングでは、ミーアが真剣な表情で“とある作業”を行っていた。


 レウルスの自宅で一番広いリビングの床には革製の敷物が敷かれ、その上には『龍斬』やレウルスの防具、エリザの杖、そしてそれらを整備するための工具が置かれている。


 レウルス達の武器や防具を預かったミーアは、今回の旅でそれらに問題がないかを確認しているのだ。

 本格的な整備を行うならばカルヴァンが寝床にしている鍛冶場を借りるべきだろうが、簡単な確認や整備ならば多少の広さと工具があれば可能である。そのためリビングを即席の作業場としているのだ。


 家の中にいるのはミーアだけで、レウルス達は全員外出している。

 レウルスは今回の護衛任務の報酬に関してエステルやジルバと相談するために教会へ赴き、エリザはサラやネディと共に買い物に出かけていた。ミーアも買い物に誘われたものの、武器や防具の手入れをしたいからと断っている。


「エリザちゃんの杖は……うん、異常なし」


 父親であり師匠でもあるカルヴァンと違い、ミーアはまだまだ未熟だ。それでもレウルスやサラから愛用の武器や防具を託されたため、真剣な表情で一つ一つ確認をしていく。


 その中でも特に『龍斬』が難物だ。持ち主であるレウルスやレウルスと『契約』を結んだ者以外が握ると、そのまま発火して燃やし尽くそうとするのである。

 そのため『無効化』の『魔法文字』が刻まれた特製の革手袋で両手を包み、慎重に確認していく。


「レウルス君の剣は……刃毀れも歪みもなし、重心が狂ってもいない……と。うん、良い子だね。あとで軽く研いで綺麗にしてあげるからね?」


 レベッカを模した魔法人形と何度も斬り合っていたが、『龍斬』に異常はない。その頑丈さと切れ味はすさまじいものがあり、それこそスライムを斬りでもしない限り切れ味が大幅に落ちることもない。


(スライムを何度も斬って切れ味が落ちるだけっていうのもおかしいんだけど……)


 人間魔物を問わず、取り込まれればそのまま溶かされるのがスライムだ。その体液によって刃が溶けて摩耗したことがあるが、致命的なまでに切れ味が鈍ったことはない。仮に切れ味が鈍っても、その頑丈さから鈍器として使用できるだろうが。


 カルヴァンの最高傑作とも言えるであろう『龍斬』を前に、ミーアは深々とため息を吐いた。


「あっと……いけないいけない。次はレウルス君の鎧を見なきゃ」


 溜息を吐いても作業は進まないのだ。そう自分に言い聞かせ、ミーアは“問題”の鎧を確認し始める。


「うーん……やっぱりこっちはきちんと直さなきゃ駄目だなぁ。打撃がかすっただけなのに、なんでこんなことになってるんだか……」


 レウルスが身に着けていた鎧だが、左の脇腹部分の被害が酷かった。


 一見するとただの革鎧に見えるものの、その実、三種類の素材を組み合わせた複層の鎧である。

 表面にはヒクイドリの革を、中層にはドワーフが精錬した鉄を、体に接する部分にはコリボーと呼ばれる巨大ミミズの魔物の革を使った、ドワーフ特製の鎧なのだ。


 斬撃だろうと刺突だろうと、生半可な攻撃ならばヒクイドリの革が弾いてしまう。仮に貫けたとしても勢いを殺し、鉄の層が完全に受け止め、内部に伝わる衝撃は柔軟性に富んだ巨大ミミズの革が緩和する。着心地も良く、動きを阻害することもない頑丈な鎧である。


 それだというのに、ジルバを模した魔法人形の打撃がかすめただけで各素材の留め具が破壊されていた。多少は衝撃を殺したのだろうが、鎧を破壊した上でレウルスの肋骨を圧し折るその殺傷力は鍛冶師泣かせにもほどがある。


「これは……さすがに父ちゃんにお願いするかな……」


 完全に元通りにするには技量が足りない。自身の腕前からそう判断したミーアは再び溜息を吐いた。


(結局、ボクにできるのは手入れぐらい……かぁ)


 今回の旅で、一体どれほどの役に立てたのかと暗鬱な気分になる。


 エリザやサラ、ネディはレウルスと共に戦ったが、ミーアはエステルの護衛として後方に控えていただけなのだ。


 他の部分――知識の面に関しても、仲間内で役に立っていたのはエリザだけだろう。


 人間社会、それも貴族階級にも通用する知識を持っている方が稀で、ドワーフであるミーアが知る由もないのだが、戦時でも平時でもレウルスの役に立てなかったことがミーアの気持ちを落ち込ませる。

 ミーアがレウルス一行の中で優れている面は、鍛冶に関することだろう。レウルスも愛剣である『龍斬』のために簡単な整備方法は学んだが、ミーアと比べれば素人の域を出ない。


 同年代の人間の鍛冶師と比べれば、ミーアは優に技量で勝るだろう。あるいは年齢を倍にしてもミーアの方が優れているかもしれない。

 だが、ドワーフという種族で見ればまだまだ未熟者だ。言い訳にするつもりはないが、ミーアの技術者としての才能は鍛冶師よりも魔法具作りに向いているというのもある。


(でも、魔法具に関しても……)


 剣や鎧を作るよりも、魔法具を作る方が得意だとミーアも自覚していた。同年代のドワーフどころか、ある程度年上だろうと勝るだろうと。だが、僅かなり存在していた自信も木っ端微塵に吹き飛んでいる。


 それというのも、ヴェルグ子爵家での騒動で得られた報酬が原因だった。


 ミーアの傍には木箱が置かれており、ミーアはその蓋を開けて中身を取り出す。

 “それ”はレベッカが作った魔法人形の残骸だ。魔法具に関してはミーアが詳しいからと渡され、調査を進めているのである。


 レウルスが破壊したため動くことはないが、残骸を確認するだけでも逸品だとわかった――わかったからこそ、ミーアの自信は砕け散っていた。


(動力は『魔石』で、姿を変えるのはスライムの『核』を使った『変化』の魔法……それでいて肉体はレウルス君の剣と打ち合えるぐらいに頑丈……ボク達ドワーフが精錬した金属と同等か、それよりも上? そこに『強化』の『魔法文字』を刻んで……)


 敵が使っていたものだが、調べれば調べるほどに技術の高さに感心してしまう。

 各部に使われている素材やその役割についてはある程度理解できる。しかし、各素材に『魔法文字』を刻み、魔法人形という一個の魔法具として『変化』を可能とさせる理屈がわからない。


 『変化』させたい対象の人格や技術、使用できる魔法、そして魔力までもがある程度とはいえ模倣できるのだ。素材の貴重さを考えれば大量に生産するのは難しいだろうが、一つ存在するだけでもかなりの脅威となるだろう。


(レウルス君が破壊した部分にも色々と秘密があったのかも……うーん、気になる……)


 それほどの逸品となれば、ミーアも技術者として興味が引かれる。破壊する前の魔法人形を分解してみればもっと理解が深まるかもしれない。だが、“そこまで”だろうとも思う。


(これを作った人は天才……ううん、そんな言葉じゃ足りないかも……)


 敢えて言葉にするならば、鬼才だろう。

 魔法に関する類稀なる才能と、人並外れた莫大な魔力。そこに執念と努力を混ぜ合わせ、上級の魔物の素材だろうと入手できる実力がなければ到達できないほどの領域だ。


 ミーアはそう結論付けるが、問題があるとすればこの魔法人形を作ったのが自身と大差ない年齢の少女に見えたことである。


 父親であるカルヴァンや、年嵩のドワーフが作ったというのなら理解できる。


 人間が作ったのだとしても、才気溢れる老練の作り手によるものだというのなら納得もできる。


 だが、レベッカ本人を模したと思しき魔法人形の外見は非常に若かった。仮にレベッカが魔法人形から推測できる通りの年齢だとすれば、如何なる才能と境遇があれば成し得るのか――。


「はぁ……」


 止めたはずのため息が再びミーアの口から零れ出る。ドワーフにして大柄な、同年代の人間と比べれば小柄な両肩をがくりと落とす。


「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」

「っ!?」


 そして、背後からかけられた声に大きく体を跳ねさせた。座って作業していたにも関わらず、そのまま立ち上がれそうなほどの飛び上がりぶりである。


「れ、レウルス君っ!? い、いつからそこに!?」


 振り向いたミーアの視線の先にいたのは、苦笑を浮かべるレウルスだった。








 ラヴァル廃棄街に無事帰還したことで、エステルをアクラに送り届ける護衛依頼は完了となった。


 そのため一夜明けてから報酬の相談をするべく教会に向かったレウルスだったが、一ヶ月ぶりに帰ってきたエステルやジルバに甘える孤児達の姿を見て、そのまま踵を返したのである。


 護衛依頼は冒険者として受けたため、エステルやジルバだけでなく冒険者組合にも話を通す必要がある。

 その辺りの調整がいるからと足を運んだものの、ラヴァル廃棄街に帰還して一晩経ったにも関わらずエステルとジルバに抱き着いている子ども達の姿に、余程寂しかったのだろうと察したのだ。


 一度家に帰り、時間を置いてから再度訪ねよう。


 レルウスがそう即断する程度には、“心温まる”光景が繰り広げられていた。

 エステルが子どもに懐かれているのはいつものことなので脇に置くとして、両腕と背中と首元に子どもがしがみ付き、困ったように微笑むジルバの姿がそこにはあったのだ。

 さすがのジルバも泣く子には勝てないらしく、しがみ付かれるがままにして必死にあやしていた。


 エステル達が依頼料を踏み倒すとも思えず、そんな状況で金の話をしにいくのは無粋が過ぎる。そのため家に戻ってきたレウルスだったが、結果としてそれが間違いではないと悟ることとなった。

 家に帰って『ただいま』と声をかけても返事がない。ミーアがいるはずだが、と短剣に手をかけて警戒しながらリビングに向かうと、そこには深々とため息を吐くミーアの姿があったのだ。

 そして、声をかけてみるとすさまじい反応が返ってきた。その場で飛び跳ね、音の立つ速度で振り返ってきたのだ。


「あー……何か取り込み中だったか?」

「う、ううんっ! 全然そんなことないよ!?」


 必死に否定するミーアだが、明らかに様子がおかしい。手元には『龍斬』や革鎧が置いてあるため、予定通り手入れをしていたはずである。

 それにしてはあまりにも深すぎるため息を吐いていたため、レウルスはミーアの目をじっと見た。


「何もないならいいんだけど……何かあるなら聞くぞ?」

「うっ……えっと、あの……」


 レウルスが真剣に尋ねると、ミーアは困ったように視線を彷徨わせる。そして数十秒ほど悩むと、降参したとでも言わんばかりにため息を吐いた。


「いやほら……今回の旅でボクは全然役に立たなかったからさ。それでちょっと……ううん、けっこう落ち込んでたり……」

「…………?」


 肩を落として事情を説明するミーアに対し、レウルスは不思議そうに首を傾げる。すると、そんなレウルスの反応にミーアも首を傾げた。


「あの……レウルス君?」

「ん? ああ、いや……ミーアが何を言ってるのか理解ができなくてな」


 互いに首を傾げ合い、認識の齟齬があることを把握する。


 レウルスは必死に頭を回転させてミーアの真意を見抜こうとし、ミーアはそんなレウルスの反応に困惑していた。


(ミーアはエステルさんを守ってくれたし、色々と気が付くから俺としても大助かりなんだけど……)


 ここまで落ち込んでいるということは、ミーアにとって思うところがあるということなのだろう。だが、レウルスとしては『何故?』と思う気持ちもある。


 今回の旅――特に、レベッカとの戦いではミーアがエステルを守ってくれたから前に出ることができた。護衛の依頼として一番重要な、『護衛対象を守る』という仕事を十二分に成し遂げてくれたのだ。


 それ以外の面に関しても、ミーアにはいつも助けられている。相性が悪いエリザとサラの間に入って仲を取り持ち、ネディが相手でもそれは変わらない。


(……ミーアの表情を見る限り、気にしてるのはそういうことじゃないんだろうけど)


 正直なところ、レウルスのミーアに対する印象は悪くない。むしろエリザやサラ、ネディと比べても高いぐらいだ。


 近接戦闘が可能という点も頼りになるが、レウルスがミーアを評価しているのはその性格である。


 たしかにエリザ、サラ、ネディの三人と比べると印象が弱いだろう。しかし、ミーアは他の三人よりも落ち着きがあり、誰と組ませても不和が起きず、戦い方も相性が良い。

 レウルスとミーアは完全な前衛で、エリザとサラは完全な後衛である。ネディは羽衣を使用しての物理攻撃が可能だと判明したが、分類するならば前衛ではなく中衛寄りの後衛といった戦闘スタイルだろう。


 別れて戦う際は近接戦闘が可能なミーアと三人娘の誰かを組ませると、非常にバランスが良さそうである。しかも、人間社会の知識は乏しくても“常識”がある。その点をレウルスは高く評価している。


 エリザは元々の生まれと家族からの教育により、ラヴァル廃棄街の中では高い知性と知識を持っている――が、冒険者としては雷魔法を数発撃てるだけで魔力が切れると一気に無力になる。


 サラは高い魔力を持ち、上級に到達する火炎魔法の使い手で、広範囲の熱源を探知して索敵が可能という火の精霊の名に恥じない能力の持ち主だ。

 ただし、顕現の仕方が悪かったのか素の性格なのか、抜けていることがある。最近は鳴りを潜めているものの、うっかり索敵を忘れていて魔物に接近されたこともあった。加えて、誰の影響なのか過激なところもある。


 ネディも精霊らしく高い魔力と能力を持つが、行動原理が曖昧な部分がある。羽衣を使った打撃戦、氷魔法や水魔法を使った遠距離戦が可能と頼りになるものの、レウルスとしてはどこまで頼れるかわからない面がある。


 その点、ミーアは非常に安定している。ドワーフらしい膂力に『強化』を使った高い身体能力。打ち負けたとはいえ、グレイゴ教の司祭であるローランを凌げるだけの近接戦闘能力もある。

 爆発力はなくとも安定した強さがあるため、エステルの護衛を任せたように頼りになるのだ。


 少なくともレウルスはそう考えている。だが、それも言葉にしなければ伝わらないだろう。ミーアの様子を見る限り、放置するには根深そうである。


 そう判断したレウルスは、自身の思うところを述べていく。


 普段からミーアを頼りにしていること。


 エリザやサラ、ネディと比べても決して劣ってなどいないこと。


 むしろサラの暴走を止めてくれるため感謝していること。


 レベッカとの戦いではミーアがエステルを守ってくれたからこそ心置きなく戦えたこと。


 それらを滔々と語り、最後にレウルスは『龍斬』や己の鎧を見ながら言う。


「それに、武器や防具の手入れを率先して引き受けてくれてるんだ。命を預ける武器と防具だからな……その辺の奴には任せられねえよ。そういう意味では、ミーアには俺の命を預けてるって話でもあるな」


 レウルスが過剰なほどにべた褒めすると、ミーアの顔が徐々に赤くなっていく。そして、最後には困ったように両手を振り始めた。


「わ、わかったからっ! もう十分だからっ!」

「そうか? 普段からこういう話はしてなかったし、ミーアをどれだけ頼りにしてるかわかってくれたなら良いんだが……」


 真顔で褒め殺しを敢行するレウルスに、ミーアは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向く。


(うぅっ……恥ずかしいけど嬉しい……ぼ、ボクって単純なのかなぁ?)


 そう思うものの、先ほどまで感じていた暗鬱な気分が晴れたミーアだった。











どうも、作者の池崎数也です。

最近ミーアの出番が少なかったので閑話で描写してみました。


話の中でレウルスのエリザ達に対する評価が出てきましたが、ついでにレウルス一行での互いの評価など(非常にアバウトですが)。


レウルスから見た同行キャラの平時の安定性(性格や各キャラとの相性)

ミーア>エリザ>ネディ>サラ


レウルスから見た同行キャラの戦闘時の安定性(どれぐらい頼れるか)

サラ≧ミーア>ネディ≧エリザ


レウルス以外から見た他のキャラの評価(どれぐらい暴走しないか、無茶をしないか)

・エリザ

ミーア>ネディ>サラ≧レウルス


・サラ

ミーア>エリザ>ネディ>レウルス


・ミーア

エリザ>ネディ>サラ≧レウルス


・ネディ

ミーア>エリザ>サラ>レウルス

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