第23話:作戦会議
ラヴァル廃棄街の南門。キマイラの追撃を受けることなく安全地帯まで撤退したレウルス達だったが、南門にはニコラの警鐘の音を聞いて冒険者達が集まっていた。
「……とうとうこの町の近くまできやがったか」
苦々しく呟いたのは、先日レウルスと顔を合わせたバルトロだった。
筋骨隆々の上半身を金属製の部分鎧で覆い、更には巨大な戦斧を肩に担いでいる。予備の武器なのか、それとも投げるためか、腰元には二本の手斧を下げていた。
そのバルトロの隣にはドミニクが立っており、こちらは革鎧を着込んでいる。背中には大剣を背負い、腰の裏に固定するよう短剣を差しているのが見えた。ドミニクはいつもと同様に落ち着いており、慌てた様子で戻ってきたレウルス達を静かに見詰めている。
(なんだアレ……昔どっかで見たことあるぞ。包丁の一種だったような……)
ドミニクの武器を前世の知識で例えるならば、鯨包丁だろうか。幅が広く長大で、片刃で反りのある刀身は一見すると分厚い日本刀のようにも見える。
長身のドミニクが背負っているからこそ剣先が地面についていないが、剣先から柄尻まで含めれば全体で二メートル近い長さがあった。
高い身長と鍛えられた筋肉を持つドミニクだからこそ扱えそうだが、レウルスが持てば大剣の重さだけで潰されそうである。シェナ村での悲惨な食生活の割に身長が伸びたレウルスだったが、その分筋肉は乏しいのだ。
(なんか文字が書いてあるな……読めないけど)
大剣の造形もそうだが、刀身に何かしらの文字が刻まれているのがレウルスの目を引いた。この世界の文字をほとんど読めないため内容はわからないが、刻まれた文字は淡い光を放っており、どこかで見たような、とレウルスの疑問を刺激する。
「とりあえず、南側の面子は全員集まったな」
首を傾げるレウルスを他所に、バルトロが低い声を発した。続いて周囲を見回し、この場に集まった面々を確認する。
この場に集まった冒険者は合計で二十名。ラヴァル廃棄街全体の冒険者の数と比べれば少ないが、キマイラ迎撃のためだけに全戦力を集中させるわけにはいかない。キマイラに追われた魔物に備え、町の各所にも防衛の戦力を割り振る必要があるのだ。
「ニコラ、キマイラ以外の魔物はどうだ?」
「索敵ついでにレウルスに四匹ほど仕留めさせたんですが、キマイラに追われてあちこちにバラけて出てきてましたぜ旦那。そっちもどうにかしねえと町に来ちまう」
「ふむ……そうなると、キマイラにぶつけられる戦力はさらに減るか」
ラヴァル廃棄街の一方向だけを防衛するとしても、戦力が足りない。それは冒険者としての質もそうだが、単純に数も足りなかった。
バルトロは思案するように潰れていない右目を細めるが、すぐに決断したのか傍に立つドミニクを見やり、次いでシャロンへと視線を向ける。
「俺とドミニクが前に立ってキマイラを押し留める。その間にシャロン、お前は『詠唱』して全力で魔法を叩き込め」
「わかった。全力で撃てばボクは魔力切れで動けなくなるけど……」
「その時はニコラが……と、怪我で満足に動けないか。仕方ねえ……おい小僧」
冒険者組合の長が先頭に立って戦うと宣言したことにレウルスが驚いていると、何故か視線を向けられてしまった。
「えっ? お、俺?」
「ああ、お前だ。レウルスと言ったな? シャロンが動けなくなったらお前が後方まで運べ。それぐらいはできるな?」
「……キマイラを直接相手にすることと比べたら、簡単すぎる仕事だな。鼻歌混じりにこなしてみせるさ」
暗に『それぐらいしかできないだろう』と言われている気がして、レウルスは余裕を装って答える。しかし、そんなレウルスの言葉をバルトロは鼻で笑い飛ばした。
「何を言ってんだ? もしも俺とドミニクがキマイラを止められなかったら、お前が壁になってでも『詠唱』の時間を稼ぐんだぞ?」
(それって壁は壁でも肉壁じゃ……)
ドミニクやバルトロが止めきれない相手に時間を稼げと言われても、一秒も稼げる気がしないレウルスである。それこそ命を賭しても大した違いはないだろう。
「シャロンの魔法は今後もこの町に必要になる。ニコラもシャロンの護衛につけるが、優先度はシャロンの方が上だ。死んでもシャロンを守れ」
「了解だぜ旦那」
シャロンを守るために死ねと言われ、それを当然のものとして受け入れるニコラ。その返答にレウルスは絶句したが、周囲の誰もが止めようとしない。
殺伐としているというべきか、命が軽いというべきか。ニコラからすればシャロンは“家族”なのだろうが、それでも躊躇いなく命を賭けられる辺りにレウルスは今更ながら前世との差異を感じた。
シェナ村での生活は過酷だったが、レウルス達最底辺の農民を管理する村の上層部の方針は基本的に生かさず殺さずだった。時折加減を誤って命を落とす者もいたが、極力労働力が減らないようにしていたのである。
レウルスとて人が死ぬところを見たことがないわけではない。自分よりも幼い子どもの遺体を埋葬したこともある――が、あっさりと死を受け入れられるニコラの姿に形容しがたい感情を覚えてしまった。
「……俺じゃあ時間稼ぎにもならないと思うけど、やれるだけやってみるよ」
レウルスにできたのは、曖昧な返事だけだった。
「あー……やばいやばい。近いっつーか絶対向こう気付いてるって。こっち見てるんじゃねえ?」
先程キマイラの咆哮が聞こえた場所まで移動していたレウルスだったが、その途中で思わず足を止めてそう呟いていた。
全身が粟立つような悪寒が足を重くし、できることならこの場から走って逃げたいほどである。それでも両足に力を込め、地面を力強く踏みしめることでなんとか堪えた。
「……ニコラ?」
そんなレウルスの発言をどう思ったのか、バルトロは怪訝そうな顔でニコラへと説明を求める。しかしニコラとしてもどう説明すれば良いかわからず、頭を掻いた。
「最初にキマイラの接近に気付いたのはレウルスだった……ような? そういや前に指導した時も、俺やシャロンより早く魔物に気付いたことがあったような……」
「えーっと、なんというか勘? みたいなものが働く時があって……近くに魔物がいると反応するんだけど、割と曖昧なんで俺としても説明が……」
隠していたわけでもないが、率先して話していたわけでもない。キマイラから放たれる威圧感に怯えつつも説明を行うレウルスに対し、バルトロはため息を吐く。
「そういうことは事前に言っておけ……何か使い道があるかもしれんだろうが」
呆れた様子でそう言ったバルトロだったが、咎めるつもりはないらしい。事前に話していたとしても、レウルスの言葉が本当ならば確実にアテになるわけではないからだろう。
勘という曖昧なものを根拠にされても、傍から聞けばただの妄言にしかならない。
「で? その勘とやらはどういう時に働くんだ? 詳しく話せ」
「それがわかれば苦労はしないって……魔物が近くにいると反応してるのかと思ったけど、イーペルは反応が微妙だったんだよな。でも、シトナムとトロネスにはきちんと反応した。あとキマイラは段違いだけど、反応の強さにも差があるんだ」
イーペルが相手だときちんと反応しない以上、魔物全般に勘が働いているわけではない、とレウルスは考えている。他の魔物とイーペルにある共通点、あるいは違いがわかれば何か判明するかもしれないが、魔物に対する知識などほとんど持ち合わせていなかった。
「ふむ……その四匹だけで考えると、イーペルだけ魔力を持っていないな」
「あっさりと答えが!?」
レウルスがドミニクに説明していると、話を聞いていたドミニクが顎に手を当てながら呟く。すんなりと答えが出てきたことに驚くレウルスだったが、ドミニクが上級下位まで到達した冒険者ならば魔物に詳しくてもおかしくはない。
「魔力か……おい小僧、お前が反応してるのは魔物の魔力だけか? この場にいる面子はお前以外全員が魔力を持っている。そっちには反応しないのか?」
「え? あー……言われてみればたしかに。魔物とは違うけど何か感じる……ような?」
意識を集中してみると、違和感のようなものがあった。しかしそれは魔物相手に覚える悪寒ではなく、意識しなければ気付けない熱気のようなものである。
「そういばレウルス、トロネスと戦った時に風魔法を避けてたよな。あれも魔力に反応してたのか?」
レウルス達の話を聞き、周囲を警戒していたニコラが思い出すようにして尋ねた。
「……多分? 何か飛んでくると思ったから避けたんだけど……」
「魔力がないくせに魔力の感知に長けてやがるのか……今の状況だと役に立つが、有用だと言い切れるほど便利なものじゃねえな」
レウルス本人が知らなかった能力について結論付けたのか、バルトロは呆れたように鼻を鳴らす。
魔法使いでもないのに魔力の感知ができるのは便利だが、言われるまで気付けないのではあまりにも“感度”が悪すぎる。その上、感知できるだけでは使い道もそれほどない。
たしかに相手の魔法を回避することも可能になるだろうが、それは効果範囲が狭いものに限られるだろう。下級の魔法ならば立ち回り次第で回避できると思われるが、中級以上の魔法は基本的に範囲攻撃だ。
レウルス自身に高い回避能力がなければ宝の持ち腐れにしかならないだろう。
「精々、町の門番にして魔力を持っている奴を見分けるぐらいが限界だろうよ。厄介な奴が紛れ込むのを防げるって意味じゃあ有用だがな」
そう締め括るバルトロだったが、魔力の制御に長けていれば魔力を隠すこともできるのだ。自分が言葉にしたほど役に立つとは思えなかった。
「……来る」
そうやって言葉を交わす中、シャロンが注意を促すように呟く。それを聞いた瞬間レウルスを除く全員が戦闘態勢を取り、レウルスは目を瞬かせた。それまで雑談に興じていたというのに、すでに油断の一片もなかったのだ。
『ガアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!』
次の瞬間、遠くに見えていた木々の奥から咆哮が轟く。それはキマイラのものであり、反応が遅れたレウルスにバルトロがため息を吐いた。
「お前の能力は無差別に働くのかもしれねえが、シャロンの方が反応が速いだろ。魔法使いにとっちゃあ相手の魔力を読むことは基本中の基本だ。お前の能力はムラがありすぎるな」
「今さっき自覚したばっかりなんだから手加減してくれよ……」
自分の“嫌な予感”が魔物の魔力に反応していたのだとしても、使い手であるレウルスの程度が低ければ意味は薄い。
現状では悪寒の強さ――魔力の強弱で相手を測ることぐらいしかできそうになかった。魔法の兆候も読み取れるだろうが、バルトロの言う通り回避できるかは話が別である。
結局、この場ではほとんど役に立たないのだろう。それを自覚したレウルスは剣を抜き、シャロンの前に立つ。今の自分に課された役目は、シャロンの護衛という名の肉壁兼運搬係だ。
バルトロとドミニクが前衛を務めるが、もしかするとキマイラ以外の魔物が襲ってくるかもしれない。その場合はレウルスとニコラも戦う必要があった。
「最後の確認だ。俺とドミニクがキマイラを足止めするが、シャロンはキマイラが射程に入ったら『詠唱』しろ。『詠唱』が終わり次第こっちも離脱する」
戦斧を両手で握り、具合を確かめるように軽く素振りをしたバルトロが今回の戦いに関する作戦を伝える。
「ニコラとレウルスはシャロンの護衛だ。キマイラがここにいる以上は大丈夫だろうが、他の魔物が寄ってきたら潰せ。キマイラは雷魔法を使ってくることがあるが……そっちは俺とドミニクが撃たせん」
そう言われてレウルスは剣を握る手に力を込める。ニコラが負った怪我の重さを考えると、寄ってきた魔物は自分が対処する必要があるだろう。
「シャロンの『詠唱』が終わるよりも先に俺達がやられたら、すぐに退け。死ぬ前になるべく時間を稼ぐが、俺とドミニクが死んだ場合はニコラが殿に立て。レウルスはシャロンの身を最優先にして町まで撤退だ」
レウルスではキマイラ相手に時間稼ぎもできないという判断だった。それはレウルスとしても否定できず、なおかつ作戦を説明するバルトロが最も危険な立ち位置にあるということで素直に頷く。
「それと、『詠唱』が終わってから俺とドミニクが離脱できなかったら……その時は構わねえ。俺達ごとキマイラを仕留めろ。いいな?」
続く言葉は、“もしも”の際には自分達を見捨ててキマイラごと撃てという命令だった。バルトロの口からそんな言葉が出たことにレウルスは驚くが、シャロンは顔色を変えることもなく頷く。
「わかった。そうならないよう努める」
実にあっさりと、それでいて決意を感じさせる声だった。仲間の命がかかっているというのに、シャロンはしっかりと前を向いている。
「頼むぜシャロン。ま、旦那とおやっさんで抑えきれなかったらラヴァル廃棄街の誰にもできねえ。そん時ぁさっさと逃げな」
ドミニク達もそうだが、ニコラも覚悟を固めている。命を落とすかもしれないというのに、笑ってすらいる。
(死ぬこと前提かよ……)
躊躇なく命を賭けられる彼らがレウルスには理解できなかった。ラヴァル廃棄街での生活で冒険者に関して多少は知ることができたレウルスだが、これほどまでに命を軽く扱うバルトロ達との意識の乖離に眩暈すら覚える。
「レウルス、もしもの時は旦那の言う通り俺が時間を稼ぐ……まあ、つっても? 今の体じゃあ稼げて一分ってところだ。その間になんとかシャロンを逃がしてやってくれや」
周囲の会話に絶句していたレウルスに対し、ニコラは親しげに笑いかけた。身内の人間を預けるに足る信頼関係もないはずだというのに、ニコラはもしもの際にシャロンを頼むと頭を下げていた。
「……やめてくれよ」
そんなニコラの態度もレウルスには理解できない。この世界に生まれて十五年生きてきたが、ここまで潔く覚悟を決められるその精神がレウルスには理解できなかった。
前世では平和な日本で生きていたからか、あるいは辛く厳しいシェナ村でも農民として過ごしていたからか。魔物と戦えば命を落とすこともあるだろうが、ほぼ確実に殺される相手に立ち向かうことは無謀であり蛮勇でしかない。
もちろんバルトロもドミニクも、ニコラもシャロンも、キマイラに勝つためにこの場所にいるのだ。今しがた話していたことはもしもの――本当にもしもの時の備えでしかないはずだった。
「これが“もしも”の時の話だってことはわかってる……でも、戦う前から諦めてんじゃねえよ!」
それでもレウルスにはバルトロ達が己の死を前提としているように見え、思わず声を上げてしまう。自らは命を賭けることもできないというのに、命を賭ける他者を非難するように叫ぶ。
「おやっさんにはコロナちゃんがいるじゃねえか! 死んだらあの子を残すことになるんだぞ!」
「そうだな……だが、俺がバルトロの依頼を断れば他の者が戦うことになる。俺は既に一線から退いた身だが、ニコラでも駄目だったとなると他に適任者がいない。バルトロの補助も務めきれずに死ぬだけだ」
淡々と語るドミニクに対し、レウルスは言葉に詰まってしまう。ドミニクが他に適任者がいないと言うのならば、それは嘘ではないのだろう。ドミニク以外の戦力をキマイラにぶつけた場合、最初から生還できないことを前提として戦うことになるのだ。
「おい小僧、それ以上グダグダ言うならテメエ一人で町に戻れ。キマイラの前で泣き言を聞いてる暇なんざねえんだよ」
レウルスが言葉を失っていると、バルトロが吐き捨てるように言い放つ。キマイラを警戒しているため視線は向けないが、その声色には硬いものが宿っていた。
「短いとはいえ、お前だってあの町で過ごしただろうが。もしドミニクが死んでも町全体でコロナを助ける。俺達はあぶれ者だが、だからこそ“身内”を助けて支え合うんだよ。その環境を守るために俺達はここにいるんだろうが」
「あの町と……今の暮らしを守るために、か?」
「ああ、そうだ。それ以外に優先すべきことは何もねえんだよ」
それが当然だとバルトロが断言する。
ラヴァル廃棄街の在り方はレウルスとて理解していた。身内には過ごしやすく、余所者には冷たいあの町のことを、レウルスなりに理解していたのだ。
強力な魔物が現れたというのに、すぐ傍のラヴァルの町から救援すら訪れない見捨てられた町。そもそも強力な魔物への囮として置かれたのがラヴァル廃棄街なのだ。そんな町を守るためにバルトロ達は命を賭けると言う。
(……結局、俺の決意なんて“その程度”でしかなかったわけか)
レウルスとてこの世界では何度も命を賭けて生き延びてきた。それはシェナ村から逃げるためであり、一日でも長く生きるためだ。あとは精々、ドミニクとコロナへの恩義のためである。
レウルスにできることは、ドミニクやコロナという個人に対する恩義で命を賭けることが精々だ。しかし、バルトロ達はラヴァル廃棄街という一つの集団のために命を賭けている。
レウルスにもそれができるかと言えば――。
「難しく考えることはない。俺達は家族のために命を賭けるだけだ。それは当然のことだろう?」
するりと、バルトロの言葉が滑り込んでくる。
身内を家族という言葉に言い換えれば、それはたしかに命を賭けるに足る理由になるだろう。少なくとも、ラヴァル廃棄街や己が所属する組織のために命を賭けると言われるより余程理解しやすい。
「家族……」
今世において、レウルスの家族は既に存在しない。両親は幼い頃に死に、他の親族がいると聞いたこともなかった。それどころか友人と呼べる者すらいた記憶がない。ラヴァル廃棄街に辿り着いてからも、友人と呼べる存在はいなかった。
――家族のために命を賭ける。
それは前世において日本という国で生まれ育ったレウルスにも理解しやすく、共感しやすく、納得もできる理由だった。
問題があるとすれば、レウルスにとってラヴァル廃棄街の面々が家族なのかどうかだが。
「お喋りはそこまでだ……向こうも様子見は止めるつもりらしい」
バルトロが注意を促したその直後。木々の合間から悠々とした足取りでキマイラが姿を見せる。
獅子に似た姿の、三メートルを超える体長。二つの頭を持ち、額には頑丈そうな角が生えている。三本の尻尾や黒い外殻に覆われた四肢は、レウルスが以前見た時と変わりがない。
何か違いがあるとすれば、体のあちらこちらに傷が出来ていることか。数はそれほど多くないが、何かに抉られたような痕が刻まれていた。
「ボクと兄さんが戦ったキマイラに間違いない……怪我が治りきってないのは好機かな」
その傷は、キマイラと交戦したニコラとシャロンによって与えられたものである。ただし、傷の多さに反してキマイラの動きに淀みはなかった。
「手負いの魔物か……気が抜けんな」
「まったくだ」
ドミニクが大剣を構え、バルトロが戦斧を構え直す。シャロンは杖を構えて『詠唱』の態勢に入り、レウルスとニコラはシャロンを守るべく剣を構える。
そうして、レウルスにとって確固たる決意が定まらぬまま、キマイラとの戦いの幕が上がったのだった。