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第238話:報酬 その2

 城塞都市アクラからラヴァル廃棄街への旅は、何事も起きることなく進む。


 荷物を満載した荷車を見れば野盗が目を付けて襲ってきそうなものだが、街道を通って進んだからか、単純に運が良かったのか、野盗が襲ってくることはなかった。

 もっとも、サラの熱源探知を潜り抜け、レウルスやジルバの警戒を乗り越えて襲ってくるような野盗がいれば、それはただの野盗ではないだろう。


 エリザがいるため下級の魔物が寄ってくることもなく、平穏無事にラヴァル廃棄街への帰路を辿ることができるというものだった。


 ――荷車の運搬責任者である、コルラードの境遇さえ除けば平穏だった。


「今日も良い天気ですな、コルラード殿」

「は、はい! ぜ、絶好の旅日和というものですなジルバ殿!」


 馬に荷車を曳かせ、その手綱を握っていたコルラードにジルバがにこやかに声をかける。だが、それに答えるコルラードは冷や汗を流し、普段の口調を放り投げていた。


「ははは、エステル様ならばともかく、私は騎士様に敬称を付けて呼ばれるような身分ではありません。道中で何度もお伝えしていますが、どうかお気軽に接してください」

「は、ははは……そうは申されましても……」


 笑顔で告げるジルバに対し、コルラードの冷や汗は量を増す一方である。


 この道中で何度か繰り返されたやり取りだが、コルラードはジルバを下にも置かず、むしろ上位者に接するような態度を崩さなかった。手綱を握る手も僅かに震えており、その振動が伝わったのか荷車を曳く馬が迷惑そうな顔をしている。


 おそらくだが、ジルバに悪意はないのだろう。今回の同行には色々と“裏側”がありそうなコルラードだが、その立場を勘案し、純粋な厚意から話しかけているに違いない。

 むしろ不機嫌なのはエステルの方で、コルラードや配下の兵士には近づかずにエリザ達にばかり構っている。精霊教師という立場で問題はないのかと思うレウルスだが、エステルはまだまだ若いのだ。感情の折り合いがつかないこともあるだろう。


 そんなエステルに代わってジルバは率先して会話を行おうとする――が、そんなジルバの言動をコルラードがどう取るかは別の話である。


「……コルラードさんも精霊教徒らしいですし、精霊教徒第二位のジルバさんには敬意を払ってるんじゃないですか?」


 そのため、レウルスが助け船を出すことになるのだ。サラが警戒しているため余裕を持って進むことができて暇なのもあるが、コルラードに対して同情や親近感を抱いているのである。


「う、うむっ! そうなのだレウルスよっ! 騎士という立場ではあるが、吾輩とて精霊教を信じる一人の人間であるからな!」

「そうですよね。それに、ジルバさんの方が年上だから敬意を払ってるんですよ」


 ラヴァル廃棄街での生活を思えば年上だからと敬意を払う文化はなさそうだが、この場での“それらしい理由”になれば十分だろう。


「ふむ……そうですか。コルラード殿がそれで良いと言うのなら、私も何も言いませんが……」


 納得したように頷くジルバと、そんなジルバの言葉にほっと胸ではなく胃の辺りを撫で下ろすコルラード。


「それでは、信仰する宗教を同じくする者の(よしみ)として“色々”とお聞きしても?」

「……勘弁してください」


 だが、続いて笑顔と共に放たれたジルバの言葉に、コルラードは大量の冷や汗を噴き出しながら弱々しく首を横に振る。


 そんなジルバとコルラードの会話を横で聞いていたレウルスは、思わず快晴の空を見上げるのだった。








 旅の道中にそのような“心温まる”一幕があったものの、レウルス達は無事にラヴァル廃棄街へと戻ることができた。

 アクラからラヴァル廃棄街までは二週間近くかかったが、荷車がなければその半分もかからなかっただろう。


 それでも野盗や強力な魔物に襲われることもなく――むしろ魔力の補充と食料の確保を兼ねてレウルスが魔物に襲いかかることがあったが、無事に帰ってくることができたのである。


「何者だ……って、レウルス達か」


 ラヴァル廃棄街に近づくと、門番のトニーが駆け寄ってくる。そして誰何の声を上げようとしたものの、それがレウルス達だと気付くと気さくに笑顔を浮かべた。


「おいおい、久しぶりじゃねえか。ジルバの旦那とエステルの嬢ちゃんも元気そうで……」


 トニーはレウルス達だけでなく、ジルバとエステルの帰還も喜んでいるのか笑顔のままだった。だが、その視線がコルラードとその部下達に向けられると、不審そうに眉を寄せる。


「……そちらの騎士様達は何用で?」

「警戒は当然のものだろうが、我らは護衛である……護衛が必要だったかという問題は横に置くとしても、な」


 トニーの態度を咎めることもなく、コルラードは肩を竦めて答えた。トニーの態度に腹を立てるよりも、ようやく護衛が終わると安堵しているのだろう。


「……護衛たぁ穏やかじゃありませんな。おいレウルス、どういうことだ?」

「色々あったんだよ。アクラを治めている貴族様……あー、ヴェルグ子爵家の当主代行、ルイス様からエステルさん達に対して報酬をもらったんだけど、量が多いし高価だから護衛をつけられた……みたいな?」


 これも税として納める必要があるのだろうか、などと思いながらレウルスが首を傾げると、トニーは顔を顰めながら頭を掻いた。


「そいつはまた……俺じゃあ何とも言えねえから、まずは組合に行きな。姐さんと組合長がどうにかしてくれるだろ。一応、中身は確認させてもらうぞ?」


 そう言いつつトニーがエステルに視線を向けると、エステルは笑顔で頷く。それを了承の意と見たトニーは早速荷車に積まれた物を確認し始めた。


「ここまで運んでもらったら大丈夫ですね。コルラードさん達はこれからアクラに戻るんですか?」


 多少なりトニーの確認で時間がかかると判断したレウルスは、コルラードに話を振った。ラヴァル廃棄街は目と鼻の先であり、あとはレウルスやジルバが荷車を曳けば良いだろうと判断してのことである。


「……いや、まずはラヴァルに泊まるのである。この格好では廃棄街の者が警戒するであろう? 後日改めて訪ねるのである」


 だが、返答は少しばかり予想外のものだった。どうやらコルラードは荷物の護衛以外にも何か目的があるらしく、レウルスは片眉を跳ね上げる。


「ほう……何か御用が?」


 コルラードの言葉に引っかかりを覚えたのはジルバも同様だったらしく、笑顔で尋ねた。すると、荷車から馬具を外していたコルラードが慌てたように手を振る。


「け、決してラヴァル廃棄街の不利益になるような真似は! し、信じてもらいたいのであるっ!」


 コルラードにとっては部外者であるトニーがいるからか、口調は威厳があるものだった。ただし声が震えていたため、それを聞いたジルバが『何故そこまで怯えるのか?』と不思議そうにしている。


「そうですか……私達もラヴァル廃棄街にお世話になっている身ですから大きなことは言えませんが、来訪をお待ちしていますよ」

「う、うむっ! それではレウルスよ、荷車を任せても良いか?」


 ジルバとの会話を切り上げるためか、コルラードはレウルスに話を振った。その必死さを目の当たりにしたレウルスは苦笑しながら頷く。


「ええ、任せてください」

「任せたのであるっ! それでは我輩達はこれで失礼するのであるっ!」


 荷車から馬具を外し終わったコルラードはエステルとジルバに一礼すると、部下を引き連れてラヴァルに向かい始めた。そんなコルラード達の背中を見送ったレウルスは、荷車を検めていたトニーへ視線を向ける。


「トニーさん、何か問題はあるかい?」

「いや、問題はないんだが……」


 トニーは荷車に満載している品々を一つ一つ丁寧に、壷や大袋の中身まで確認したかと思うと、何故か荷車の真下や側面まで調べ始めた。そしてエリザやサラ、ミーアやネディの顔を確認し、エステルとジルバまで見てからレウルスへと真剣な視線を向ける。


「新しく連れ帰ったガキはどこだ? 後から来るのか?」

「真剣な顔をして何を言ってんだアンタ!?」


 思わぬトニーの発言に、レウルスは目を剥いて叫ぶのだった。








「トニーさんが俺をどんな目で見ているのかよくわかった……憂鬱だ……」


 ラヴァル廃棄街に帰還したレウルスは、冒険者組合に向かって荷車を曳きながらうなだれていた。


 “これまで”のことを考えれば仕方ないのだろうが、冗談混じりではなく真剣に尋ねられたことがショックだったのである。

 二度あることは三度あり、三度続けばそれ以降も続くと思うのは仕方ないだろう。しかし、荷車を徹底的に調べてまで疑問をぶつけられるとは思わなかったレウルスである。


 そうやって落ち込みながらも冒険者組合に到着したレウルスは、エリザ達に荷車を任せて扉を開ける。そしてエステルやジルバと共に冒険者組合へ足を踏み入れ、受付に座るナタリアの元へを歩を進めた。


「おかえりなさい、坊や。それにお二人もご一緒で」

「ただいま、姐さん。なんとか無事に……とは言えないけど、帰ってきたぜ」


 レウルスがそう言うと、ナタリアが小さく眉を寄せる。そして説明を促すように煙管をくるりと回した。


 そのため、レウルスはラヴァル廃棄街を出発してからのことを話し始める。


 アクラには問題なく到着したこと。


 ヴェルグ子爵家では歓待を受けたこと。


 ――グレイゴ教の司教、レベッカと戦ったこと。


 それらをエステルと共に説明し、ヴェルグ子爵家から精霊教に対して報酬を与えられ、ラヴァル廃棄街まで運んできたことを話す。


 コルラードとその部下達がラヴァル廃棄街までついてきたことも付け加えるが、ナタリアは目を細めて煙管を弄るだけだ。


 そんなナタリアの様子にレウルスは内心で疑問を覚えるが、他にも話すことがあったため、懐から一通の手紙を取り出しながら口を開く。


「あと、ルイスさんが最後に言ってたんだけど……」


 そう言いながら、レウルスはじっとナタリアを注視した。


「『ラヴァル廃棄街の管理官殿によろしく』だってさ。誰のことかわからないけど……あとこれ、冒険者組合に渡してくれって言われた手紙な」


 何でもないことのように言いながら、レウルスはルイスから預かった手紙をナタリアへと差し出した。ナタリアは手紙を受け取ると、煙管を机に置きながら薄く微笑む。


「たしかに受け取ったわ。あとで組合長に渡しておくわね」


 ナタリアに大きな変化はない――が、ルイスからの伝言に何かを言うこともない。


 そこに何かしらの意図を感じ取ったレウルスは、努めて明るく笑った。


「んじゃ、これで依頼も完了だな。精霊教に……というか、エステルさん宛に贈られた報酬はどうなるんだ?」

「貴族から精霊教に対して贈られた物となると、税を取るわけにもいかないわね……坊や達への報酬は“いつも通り”税がかかるけど」

「そこは手心を加えてほしかった……」


 どんな基準があるのか不明だが、護衛依頼を達成した報酬は丸々もらえるわけではないようだ。


「具体的な報酬に関しては、精霊教のお二人と相談してからになるわ……わたしから言えることは一つよ」


 そのことにレウルスが肩を落としていると、ナタリアが柔らかく微笑む。


「――無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」


 言葉にはどこか含むところを感じたが、その笑顔は真っすぐなものだった。そのため、レウルスは肩を竦めて応える。


 ルイスの言葉や手紙の内容は気になるが、“必要があれば”ナタリアの方から何か言ってくるだろう。

 ナタリアのことは冒険者組合の受付として、ラヴァル廃棄街の仲間として、そして個人的にも信頼している。そのためレウルスは潔く引き下がることにした。


 今は無事に帰還できたことを喜び、今回の報酬で何をもらえるか期待しながらエリザ達を労うべきだろう。エステルやジルバが報酬の支払いを渋るとも思えない。


(帰ってきたんだし、まずはおやっさんのところでメシを食うか……)


 そんなことを考えながら、レウルスは冒険者組合を後にするのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイント等をいただきましてありがとうございます。


話数が増えましたが、これにて6章も終了となります。

話数が多い上にレベッカ戦の後が間延びしてて凹みますが、少し閑話を挟んでから7章を始められればと思います。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。






以下、感想欄で感想をいただくまで第50話から忘れていたネタ。


・名前がある登場人物の男女比率(の変化)


男性6名→19名(30歳以上3名→9名)、女性4名→13名、??1名(シャロン→ヴァーニル)の合計33名


パーセンテージでいうと男性54.5%→57.6%(30歳以上27.3%で変わらず)、女性36.4%→39.4%、??9.1%→3%


200話弱開いていたからか、キャラ数が増えました。

おじ様の割合が変動していないことを嘆くべきか、喜ぶべきか……

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