第237話:報酬 その1
一連の騒動から一週間が経ち、アクラの住民達も落ち着きを取り戻した頃。レウルス達は出発の準備を整え、精霊教の教会の前に集まっていた。
ラヴァル廃棄街に帰還するのはレウルス、エリザ、サラ、ミーア、ネディの冒険者五名。そこに護衛対象であるエステルが加わり、更に追加でジルバの姿もある。
ジルバがいる分、アクラに向かう旅と比べてもその安全度は桁違いだろう。もしもレベッカが再来したとしても、ジルバがいれば心強いことこの上ない。しかもアクラを出てしまえばサラが全力で魔法を撃てるのだ。
翼竜に乗ったレベッカが現れても十分に撃退できる戦力である。運悪く野盗に遭遇しても、“運が悪い”のはレウルス達ではなく野盗の方になるだろう。
街道を進む分には過剰とも言える戦力だろうが、そんなレウルス達は今、少しばかり困った事態に直面していた。
「これがヴェルグ子爵家からの報酬……ですか」
エステルが困ったような声を出し、エリザやミーアが同意するように眉を寄せる。
ルイスは宣言通り今回の報酬を教会まで送ってきた。引き渡しの責任者としてディエゴが任命され、たしかに報酬を送り届けてきたのだ。
――人間が二人ほど寝そべることができる大きさの荷車に満載して。
「……荷車に山盛りってのは貴族らしいと言うべきなんですかね?」
「さて……」
荷車を見たレウルスが尋ねると、ジルバも怪訝そうに眉を寄せた。
荷車には封がされた壺や大きく膨らんだ麻布の袋、質の良さそうな布地、木箱などがところ狭しと並べられている。
中身がわからないものが多いが、報酬と聞いて現金を想像していたレウルスとしては予想外の品々だった。
(お金じゃなくて現物をたくさん贈ることでありがたみが感じさせるとか……いや、今からラヴァル廃棄街に帰るっていうのにこの大荷物は嫌がらせか?)
ルイスの考えがいまいち読めない。レウルスを除いて全員が『強化』を使えるため、ラヴァル廃棄街への帰還は最低限の荷物だけを背負って走っていくつもりだった。
それだというのに大荷物が増えたのでは移動速度も下がってしまう。人力でも曳けないことはないだろうが、速度を出せば道中で壊れてしまう可能性もあった。レウルスとジルバが二人がかり持ち上げて運ぶという手もあるが、何かあった際の対応が遅れるだろう。
サラがいるため不意打ちは早々通じないが、先日のレベッカのように上空から翼竜ごと落下して奇襲してくればどうなるか。
「……レウルスさん達への報酬は現金で払って、この大荷物はアクラの教会に寄付しましょうかー」
エステルもレウルスと同じことを考えたのか、この場で荷物を置き去りにすることを検討し始めた。報酬として受け取った以上、それ以降の扱いはエステルの望むがままなのだ。
ここまで荷車を運んできたディエゴは、エステルの言葉を聞いて苦笑する。
「ルイス様も全て現金で払うことを検討されたのですが、せっかくなので皆様が喜ばれる物を贈りたいとのことでして……こちらもどうぞ」
そう言いつつ、ディエゴが布袋をエステルに向かって差し出す。エステルは少しだけ嫌そうな顔をしたが、ディエゴ相手に文句を言っても仕方がないと思ったのだろう。表情を平常のものに戻して布袋を受け取った。
「ありがとうございます……重いですねー」
「大金貨が十枚入っています。荷車に積み込んだ報酬に関しては目録がこちらに」
続いて一枚の紙を差し出すディエゴ。エステルは大金貨が入っていると思しき布袋をジルバに手渡すと、目録を受け取って目を通し始める。
「っ……これはこれは。なるほど、そういうことでしたかー……」
しかし、すぐさまエステルは頬を引きつらせた。そして目録を末尾まで読み進めると、ため息を一つ吐いてからレウルスへと渡す。
「ん? 俺が見ても良いものなんですか?」
エステルへの――正確に言えば精霊教への報酬にして迷惑料なのだ。レウルス達への報酬に関してはエステルやジルバの判断次第になるだろうが、この場で目録を見ても良いものなのか。
「エリザ」
「そうくると思ったわい」
もっとも、目録を受け取ってもレウルスは読むことができない。いまだに自分の名前と数字、あとは簡単な文字程度しか読めないのだ。
そのため即座にエリザを招き寄せると、エリザが呆れたような顔をしながら目録を読み始める。
「ふむふむ……大金貨十枚に亜麻布が五巻き、絹布が三巻き、塩が十壺、砂糖が二壺、香草が五袋……こ、しょう? が一壷。あとは干した果物や肉が大袋で四つ……」
エリザが目録を読み上げていると、レウルスの目がギョロリと動く。
(塩はラヴァル廃棄街でも手に入るからいいとして、砂糖に香草、それに胡椒……だと?)
干した果物や肉も気になるが、それ以上に香辛料の類がレウルスの気を引いた。
(なんてこった……これからは生で丸かじりと塩焼き以外の選択肢が増えるっていうのか? これだけでも今回頑張った甲斐があったってもんだ!)
焼いた魔物の肉に塩を振って食べるだけでも美味だというのに、香草や胡椒があればどのような境地が待っているのか。食事におけるバリエーションが増えるなど、レウルスとしては喜ぶ他ない――。
(……なんて、素直に喜びたいんだけどなぁ)
レウルスは深々とため息を吐く。
今回の報酬は嬉しくないはずがない。しかし、報酬として選ばれた物が“あからさま”過ぎて素直には喜べなかった。
(砂糖に香草……俺がこの前買ったやつじゃねえか。そこに胡椒が追加……あのおっちゃんがルイスさんに知らせたのか、元々ヴェルグ子爵家の人間だったのか……)
他にも複数の物品が積み込まれているため、偶然だと言われれば納得せざるを得ない。だが、これを偶然だと言われてはいそうですか、と頷けるほどレウルスも楽観的な人間ではいなかった。
(んー……でも、あのおっちゃんとは“普通に”喋って買い物しただけだしな……ラヴァル廃棄街とか精霊教に関して詳しく話したわけでもないし……)
だが、何を思ってルイスが報酬を用意したのかわからない。そうやってレウルスが頭を悩ませていると、困惑したようなエリザの声が響いた。
「最後に……レベッカが使用していた魔法人形の残骸が一つ?」
「……なに?」
聞き逃せない言葉に気を取られ、レウルスが視線を向ける。すると、ディエゴが荷車の上から小さな木箱を手に取り、蓋を開けてレウルス達に見せた。
「こちらです。中身を確認していただけますか?」
そう言われてレウルスは木箱を覗き込むが、そこには半分に割れた魔法人形が納められていた。三十センチに届くかどうかという大きさで、外見は木彫りの人形に見える。
縦に真っ二つに割れているため、レベッカを模していた魔法人形なのだろう。動くことはないと思うが、レウルスとしては呪いの藁人形でも見た気分である。
「ふむ……今回の騒動の元凶、言わば証拠を我々に渡すと?」
レウルスと同じように魔法人形を確認していたジルバが怪訝そうな声色で尋ねた。その問いかけを受けたディエゴは真剣な表情で頷く。
「“戦利品”を独占するわけにもいきますまい。使い手の人格はともかくとして、魔法具としては非常に高度な逸品であることはたしか……それが二つあるのです。片方はお渡しするのが筋でしょう?」
「そうですか……それではありがたく受け取らせていただきましょう」
珍しいことに、ジルバは周囲の誰にも確認を取らず受け取ることを了承した。レウルス達はともかく、対外的には“上司”であるエステルにも何も言わずに、である。
レウルスが視線を向けてみると、エステルは訝しげにしながらも何も言わなかった。ジルバの判断に間違いはないと信頼しているのだろう。
(そんな残骸を受け取って何を……って、そうか、こっちにはミーア達がいるからか)
ラヴァル廃棄街にはミーアやカルヴァンといったドワーフが住んでいるのだ。おそらくはミーア達に確認させて少しでも情報を得ようとしているのだろう。
そう納得したレウルスはディエゴの意識を逸らすべく気さくに笑った。
「こんなに色々な物を用意してもらってありがとうございます。ところで、この荷車も報酬に含んでるんですか?」
「ええ、荷車も報酬の一部ですよ。車体に『強化』の『魔法文字』を刻んであるので、多少手荒に扱っても壊れない優れものです」
「つまり、荷車の魔法具ってことですか……」
荷車には木製の車輪が四つ設けられており、摩耗することを防ぐためか車輪の接地面には鉄と思しき金属が巻かれている。また、曳くためのハンドルが前方に設置されているが、木製ながらも頑丈そうだった。
馬に曳かせれば馬車として使えそうである。幌を設置すれば幌馬車にもなるだろう。荷物の運搬には非常に便利そうだった。
――曳く者のことさえ考えなければ、だが。
(これをラヴァル廃棄街まで曳いていく……良い鍛錬になるかもしれないけど、エステルさんの言う通り置いていった方がいいんじゃないか?)
一ヶ月近くラヴァル廃棄街を留守にしていたため、できる限り早く帰りたいのである。その際は持てる限りの香辛料を抱えていくつもりだが、嫌がらせに近い気がした。
そんなレウルスの考えに気付いたのか、ディエゴは苦笑を浮かべる。
「ルイス様も“このまま”渡しても邪魔になるのはわかっています。それに、帰路でこの報酬目当ての野盗などに狙われてご迷惑をおかけすることがあれば、ヴェルグ子爵家の名折れになると。そのため……」
そう言いつつ、ディエゴが視線を外して自身の後方を見た。
レウルスも釣られて視線を向けると、そこには馬を曳いて近づいてくる兵士らしき男達の姿があり。
「……吾輩が運搬の責任者を仰せつかったのである」
胃の辺りを押さえながら頬を引きつらせる、コルラードの姿があったのだった。