第234話:後始末 その3
部屋の中に残されたのはレウルスとエステル、そして合流したジルバの三人になった。そのためレウルスは肩の力を抜くが、エステルの不満そうな表情に気付いて眉を寄せる。
「エステルさん? どうかしたんですか?」
ジルバをポコポコと叩いていたことといい、不満そうな顔といい、今回の旅では初めて見ることばかりだ。そう思いながらレウルスが尋ねると、エステルは頬に手を当てながらため息を吐いた。
「いえー……さっきのルイスさんのお話ですけど、何か気付きませんでしたかー?」
「……レベッカもそうですが、貴族ってのもやばいなぁ、とは思いましたね」
情報を元に、自分やその周囲だけでなく、敵の動きまで織り込んで打てる手は片っ端から打っていく。そうすることで己の望むままに“流れ”を誘導していくなど、レウルスには真似したくても真似できない芸当だ。
もっとも、今回の場合は敵にレベッカがいたため詰めを誤ったようだが。
「そうですねー……甘いところがありますが、さすがは子爵家の跡取り息子といったところでしょうかー。それに……」
そこまで話したエステルは、盛大に顔をしかめた。
「すべて話すのが筋だとは言っていましたけどねー……あれって“話せることは”すべて話すって意味ですよー」
非常に不満そうな表情と声である。特に声色には嫌悪すら滲んでいるようで、レウルスとしては話の内容よりもエステルの反応に驚いてしまう。
今回の一件に関してはレウルスも巻き込まれた側だが、レベッカのインパクトが強すぎてルイスへ隔意を抱くのが難しかった。レベッカに対して抱いた怒りと比べると、どうしても見劣りしてしまうのである。
一応は味方として共に戦ったという意識があるのも理由の一つだろうか。少なくとも『戦友』呼ばわりしてきたローランよりは素直に受け入れられる。
「珍しい反応をしますね……警戒しすぎじゃないか、なんて考えるのは俺が冒険者だからですか?」
情報を集め、つなぎ合わせて的確な手を打つ。それは一つの技能とも呼べるのだろうが、レウルスとしてはどこか迂遠に感じてしまう。
敵は斬る。謀略を仕掛けられても正面から殴り倒す。シンプルで良いと思うのだが――。
(って、それができるのはジルバさんぐらいか……今回は巻き込まれた側でもあるんだしなぁ)
ジルバならば、グレイゴ教徒が相手となると道理も理不尽も不条理も粉砕して襲い掛かりそうだ。そんなジルバほど強くないレウルスとしては、エステルの言葉を重く受け止めるべきなのだろう。
「先ほどルイスさんが言っていましたよねー……『カルロさんは騎士として正式な教育を受けている』って」
ただ目の前の敵を斬るだけでは駄目なのだ。そう結論付けていると、ルイス達が出て行った扉を見ながらエステルが言葉を紡ぐ。
「あれって、ルイスさんにも当てはまるんです。将来ヴェルグ子爵家を継ぐ者として、幼少の頃から教育を受けてきた……その事実を忘れないでくださいね?」
そう語るエステルは、それまでの不機嫌さを忘れたように真剣な表情をレウルスに向けた。その声には真剣さと同時に心配の色が宿っているようにも感じられる。
「ルイスさんは予想が外れたと言っていましたが、それもどこまで本当なのか……“わたくしなら”ルヴィリアさんと一緒に避難させたアネモネさんを使います」
そんなエステルの言葉にレウルスは首を傾げた。アネモネはルヴィリア付きのメイドだが、ルヴィリアと共に避難させたアネモネをどう使うというのか。
「セバスさんがカルロさんを気絶させた後、アネモネさんに向かって放り投げたじゃないですか……あの人、片手で受け止めてたんですよね」
「そういえば……そうでしたね」
成人男性であるカルロを片手で放り投げるセバスもそうだが、受け止めるアネモネも尋常ではない。さすがに素の身体能力ではなく『強化』を使ったのだろうが、それでも大したものだろう。
「ルヴィリアさんを避難させるという名目で敵の視界と意識から外して、要所で不意打ち……距離を離していれば『傾城』の力も通じないでしょうし、属性魔法が使えるならまとめて仕留めることもできたかもしれません」
「……なるほど」
エステルの言葉に相槌を打つレウルスだったが、内心では疑問を覚えた。
(“それ”がわかるってことは、エステルさんってもしかして……)
チラ、とジルバに視線を向けてみると、首を横に振られる。どうやら触れるべきではない話題らしい。
「今回のところは無事に乗り切れたから良しとしましょうよ……いやまあ、いつあの女が襲ってくるかって考えると無事とは言い難いですけど」
レウルスは自分で口にした言葉に眉を寄せてしまう。
今回はレベッカを退けることができたが、いつ、どこで再び遭遇するかわからないのだ。レベッカ本人ではないとしても、魔法人形やレベッカに操られた者が襲ってくることもあり得るだろう。
「……そう考えると本当に厄介だな、あの女」
『魅了』によって他者を操り、魔法人形によって他者になりすまし、なおかつ本人も強い。そんなレベッカに執着心を抱かれてしまった現状に、レウルスはため息を吐きたい気分だった。
「安心してくださいレウルスさん。あの女はたしかに厄介ですが、軽々とは動けないでしょう。魔法人形に関しても、そこまで心配する必要はないかと」
レウルスの心境を慮ったのか、ジルバが慰めるように言う。その理由は何なのかと問いかけるようにレウルスが視線を向けると、ジルバは指を三本立てる。
「あの女は人格こそ破綻していますが、非常に用心深い性格をしてもいます。三日三晩ほど追い回したことがありますが、用意した戦力を前に出して本人は逃げるか隠れるかの二択でした」
「……三日三晩追い回されれば誰でも逃げるか隠れるのでは?」
「そういう極限の状況でこそ本当の性格が表に出るものですよ」
そう言ってにこやかに微笑むジルバには、問答無用の説得力があった。
「それに、私が知る限りあの女の能力はグレイゴ教徒の中でも特異で貴重です。グレイゴ教徒の上層部……大司教の連中も容易には動かさないでしょう」
「あー……さすがにアレ以上はいないんですか」
直接的な戦闘能力も大概だったが、『魅了』や魔法人形の厄介さはそれ以上である。いくらグレイゴ教徒といえど、レベッカ以上に“厄介”な者はいないらしい。
「あくまで私が知る限りですがね。ただし、油断して良いわけではありません。『双閃』などは特殊な『加護』は持たないと聞きますが、『傾城』と戦っても確実に勝つでしょう。他の司教もほとんどが『傾城』に勝てると思います」
「…………」
厄介さでは劣っても、単純な強さではレベッカ以上の者が複数存在するらしい。ジルバに限ってグレイゴ教徒に関して嘘は吐かないだろうが、レウルスとしては気が滅入るばかりだ。
「最後に、魔法人形は簡単に作れるものではありません。私も詳しい作り方を知っているわけではないですが、上質な素材と優れた技術がなければ難しいはずです」
「材料や技術の問題ですか……今回レベッカやジルバさんを真似た人形はものすごい出来に思えましたけどね。アレが上限だと思えばまだ救いがある……かな?」
レベッカは五割程度、ジルバは六割程度の力しか発揮できなかったとはいえ、どちらも厄介だった。
それでも、最大でも本人の六割程度の力しか発揮できないというのなら対抗できるはずだ。そう思いたいレウルスである。
「――私を真似た魔法人形、ですと?」
そして次の瞬間、そんな呟きと共にジルバから強烈な殺気が溢れ出す。あまりにも濃密かつ圧倒的な殺気と怒気に、レウルスの体は反射的にベッドの上から転がり落ちて少しでもジルバから距離を取ろうとした。
どうやらジルバはレウルス達がどんな戦いをしたか知らなかったらしい。
『~~~~~~!!』
すると、その殺気を感じ取ったのか、あるいはレウルスがベッドから転がり落ちた音が聞こえたのか、隣の部屋から驚きを押し殺したような声が聞こえた。
「なんじゃ今の殺気は!?」
「敵!? 敵なのね!? 今度こそ丸焼きにしてやるわっ!」
続いて、扉を開けてエリザとサラが飛び込んでくる。今まで眠っていたのか髪がボサボサだったが、二人とも既に臨戦態勢に入っているようだった。
「エリザちゃん杖! 杖がないと!」
「……敵?」
僅かに遅れてミーアとネディも部屋に飛び込んでくる。
「って、ジルバじゃないの! アンタ何して……」
「油断するでない! また人形かもしれんぞ!」
「えっ!? そ、それじゃあエステルさんはこっちに!」
そして、殺気に満ち溢れたジルバを見るなり驚愕と混乱と誤解が飛び交う。
ミーアから杖を受け取って構えるエリザに、威嚇するようにジルバへ向かってシャドーボクシングをするサラ、ジルバの動きに注意を払いながらもエステルを守ろうとするミーア。
ジルバはそんな三人の行動に少しだけ傷ついた顔をしたが、そんな騒ぎに構わずネディがベッドへと近づき、羽衣を伸ばしてベッド脇に落下したレウルスを釣り上げた。
「……レウルス、寝相悪い?」
「これにはやむを得ない理由があってだな……まあ、なんだ、助かったよネディ。あとみんな、そのジルバさんは本物だから」
羽衣が体に巻きついたかと思うと、そのまま持ち上げられてベッドへと戻される。レウルスは大人しく元の位置に戻されると、警戒する子猫のようにジルバを威嚇しているエリザ達を宥めた。
「な、なんじゃ、本物じゃったか……」
「隣の部屋で寝ててもわかるぐらいの殺気だったから、昨日の今日でグレイゴ教徒が襲ってきたのかと思ったわ!」
「うん……心臓が止まるかと思ったよ」
エリザ達は口々にそう言うが、傷ついたジルバの表情は中々戻らない。そんなジルバを見たレウルスは、思わず内心で唸り声を上げた。
(こうして本人かどうかも疑われる……本当に厄介だなあの女……)
どうにかして魔法人形かどうか見分ける方法を発見しなければ、安心して町を歩くこともできないだろう。
レウルスがそんなことを考えていると、相変わらず凹んだ様子のジルバが小さな声をかけてきた。
「まさかサラ様に敵だと思われるとは……今回の一件、『傾城』本人が出てこなかったのが心底悔やまれますね。国境を預かる貴族に手を出すほどの案件となると、本人が出てきてもおかしくはなかったのですが……」
レベッカ本人が出てきていたならば、今頃ジルバによって倒されていたのではないか。そうレウルスが思ってしまうほどに、ジルバの声色には殺気が溢れていた。
「用心深い性格ってのは本当みたいですね……最初見た時は、ただの面倒くさがりに思えたんですが」
「それもあの女の一面でしょう。ただし……」
そこでジルバは言葉を切り、レウルスに真剣な視線を向ける。
「人間というものは、時に理屈に合わない行動を選択するものです。全てを振り切ってレウルスさんに会いに来るという危険性もあります……警戒は怠らないように」
「……肝に銘じておきますよ」
レウルスがそう答えると、ジルバは満足そうに頷いた。
(“次”がないのが一番だけど、そうもいかないだろうな。怪我が治ったらもっと鍛えないと……)
レベッカ本人が襲ってきても勝てるよう、強くならなければならない。
レウルスはそう決意し――それよりも先に、心配そうな顔で駆け寄ってくるエリザ達をどう宥めようかと頭を悩ませるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
以前あとがきにてお知らせいたしました拙作の書籍版の続報に関して、活動報告を更新いたしました。
よろしければそちらも覗いていただけると嬉しく思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。