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第233話:後始末 その2

 ジルバとルイスの視線が交差する。


 ジルバの視線は咎めているわけではなく、事実の確認をしたいだけなのだろう。ジルバの視線を受け止めたルイスは困ったように微笑む。


「最初におかしいと思ったのは、父上がグレイゴ教徒を領内に招き入れたことでした」


 そうして出てきたのは、ジルバの問いかけとは関係のない言葉だった。その返答にジルバの眉がピクリと動くが、ルイスはそれに構わず話を続ける。


「身内自慢になるようですが、父上は決して凡庸な人間ではありません。息子の目から見ても二国……イールンとコラーチとの国境を預かる者として、何ら不足のない人だと思っています」


 そう言うなり、ルイスは傍にあった椅子に腰を下ろした。長い話になるということなのだろう。


「我が領内にあるヴァレー鉱山で崩落が相次いだ時も、国境の守備以外に割ける人員の多くを投入して調査を進めていたんです。鉱山開発に伴い自然に発生したのか、他の原因があるのか、早急に調べる必要がありますからね」


 ルイスは視線でジルバにも着席を促すが、ジルバは話に耳を傾けるだけで動く様子がない。


「その結果、ヴァレー鉱山の崩落は自然に発生したのではなく、他の何かが原因で起こったとわかりました。おそらくは大型の魔物が原因だろう、とね。俺はディエゴ達騎士を動員して事態の収拾を図ると思いましたが……父上の判断は違った」


 そこで“何故か”カンナとローランを呼び込んだのだろう。ジルバに倣って黙って話を聞いていたレウルスは内心だけで頷いた。


「手練れを連れてきた、と言われてグレイゴ教の司教と司祭を紹介された時の心境がわかりますか?」

「その場で殺せば良かったのでは?」

「ははは……ジルバ殿は冗談がお上手ですね」


 真顔で首を傾げるジルバに対し、ルイスは引きつったような笑い声を返す。しかしすぐさま気を取り直すと、疲れたように眉間を揉み始めた。


「もちろん俺は反対しました……ですが父上は聞き入れなかった。おそらく、あのレベッカという司教が手を回していたのでしょうね」

「それじゃあ、ルイスさんがコルラードさん達を連れて見回っていたのって……」


 それまで話を聞いていたレウルスが尋ねる。すると、ルイスは小さく頷いた。


「グレイゴ教徒よりも先に元凶の魔物を倒すつもりだったんだ。ただ、用意できる戦力が少なくてね。コルラード殿に助力を頼んで、領内の見回りという名目でどうにか兵士を確保して……」


 当時の苦労を思い出しているのか、ルイスは遠くを見るように目を細める。


「元凶の魔物を倒して、グレイゴ教徒の助力なんて必要ない……父上にそう突き付けようと思ったんだ。まあ、結局レウルス君から引き取った魔物以外は空振りで、後々“どこかの誰か”が『城崩し』を倒して立ち去ったのに気付いた有様でね……」

「へぇ……以前も聞きましたけど、『城崩し』といえば上級の魔物ですよね。そんな魔物を倒しておきながら放置して立ち去るなんて、ずいぶんと奇特な奴がいたもんですね」

「まったくだね……その後はヴァレー鉱山の崩落も収まったし、父上がグレイゴ教徒を招き入れたこと以外は問題が片付いたと言って良い」


 今度はレウルスとルイスの視線が交差するが、空惚けるレウルスに対してルイスが追及することはなかった。


「そういえば、奇妙なことにアクラでは騒動の原因がドワーフだと噂になっていたんだ。噂の広がり方から考えると、グレイゴ教徒が関係していたんだろうね……その目的まではわからないけど」

「あの異教徒共の考えなど理解しようと思うだけ無駄でしょう」


 ルイスの言葉に答えたのはジルバである。どこか冷たさを感じさせる声色だったが、ルイスは苦笑するに留めた。


「あの『人形遣い』と戦った今となっては、その意見に同意しますよ……と、話を戻しますが、辛うじてグレイゴ教徒が元凶を倒すという事態は免れました。しかし、今度はヴェルグ子爵家がグレイゴ教徒の手を借りたという噂が広がり始めたんです」

「噂……ですか」

「実際に手を借りている以上、噂ではなく事実ですが……ジルバ殿やエステル殿の前で言うことではありませんが、それによって領内の精霊教徒が反発し始めました。司教と司祭の二人はすぐに追い出したんですがね」


 そこまでルイスが話すと、先ほどまでジルバをポコポコと叩いていたエステルも真剣な表情を浮かべる。


「そこからは以前レウルス君達に話した通り、グレイゴ教徒の手を借りたことと統治の不備が王都にも伝わりました。王都との距離、それに情報の正確さを考えるとこれにもグレイゴ教徒が絡んでいそうですが……」

「証拠はない、と」


 レウルスが相槌を打つと、ルイスは真剣な表情で頷く。


「そうなんだ。グレイゴ教徒が噂を広めたと思ったんだけど、『人形遣い』の力を知った今となってはどんな方法を取ったのか予想するのは無駄だろうね。“打てる手”が多すぎる」


 その意見にはレウルスも同意するしかない。レベッカの厄介さは身をもって知ったのだ。そして、それと同時に少しだけ思考を逸らして疑問を抱く。


(ルイスさんに初めて会った時、コルラードさんが寄り道せずに帰れって言ってたっけか……精霊教の客人がグレイゴ教徒と遭遇する危険もあったんだろうけど、ヴェルグ子爵家がグレイゴ教徒の手を借りたって知ったら口封じされてた……とか?)


 もしもそうならば、コルラードは本当に善意で忠告してくれていたのだろう。胃の痛みで顔を歪めるコルラードの姿を思い出し、今度胃薬でも差し入れようかとレウルスは思考した。


「話を戻そう……父上の件もそうだが、他にも異常があってね。それがルヴィリアとカルロのことなんだ」

「ルヴィリア様の治療を依頼されましたが……あの件ですか?」


 エステルが尋ねると、ルイスは頷きを返す。


「そうです。俺が当主を代行する直前に、父上が腕の良い治癒魔法の使い手がいるからと……カルロが大変な無礼を働いたと聞いて卒倒しかけましたよ」


 そう言ってルイスは頭を振るが、その辺りの事情をエステルから聞いたレウルスとしては何とも言えない。


「ですが、さすがに“おかしい”と思いました。たしかにカルロは昔から気性の荒いところがありましたが、正式に騎士として教育を受けています。あの変化……いや、変貌ぶりは明らかに異常でした」

(あー……さすがにアレが素の性格ってわけじゃないのか。そう考えるとレベッカの『加護』は本気で洒落にならんな……)


 ルイスの話を聞いていたレウルスは、嬉々として襲い掛かってきたレベッカの顔を思い出し、盛大に顔をしかめた。


(ん? そうなるとカルロを使ってエステルさんとジルバさんに喧嘩を売ったのって、精霊教とヴェルグ子爵家の仲裁を難しくするため……か? いや、それだと他にいくらでも方法がありそうだけど……)


 レベッカが――グレイゴ教が何を考えてそんなことをしていたのか。


 これまでの情報から思考を働かせていたレウルスだったが、どうにも考えがまとまらない。


(ジルバさんはカルロやルヴィリアさんと会って、精霊教徒がヴェルグ子爵家の領地内で反発していると聞いて、すぐに動いた……その後ルヴィリアさん達の馬車がキマイラに襲われて……そういえばカルロは先行してあの場にいなかったんだっけ……)


 キマイラには不自然な点があり、おそらくはレベッカが操っていたのだろうと思う。レウルス達が駆けつけなければ、ルヴィリア達は更なる危険に晒されていた可能性が高いが――。


「……ふと疑問に思ったんですが、街道上で魔物や野盗に襲われて怪我なり死ぬなりしたら、それって誰の責任になるんですか?」


 話の腰を折るのを承知でレウルスが尋ねる。すると、ルイスは何故か目を細めてレウルスを見た。


「自己責任という面もあるけど、街道の管理者……つまりその土地の領主に責任がないとは言えないね。街道に危険な魔物や野盗が出るとなると、その悪影響は計り知れない。それを取り除くのも領主の務めさ」

「……もしもの話ですけど、キマイラに襲われた時にルヴィリア様の身に何かがあっていたら?」


 嫌な予感を覚えながら質問を重ねるレウルス。そんなレウルスに対し、ルイスは感情の見えない声で答えた。


「魔物や野盗を撃退できなかったこちらの護衛にも問題があるのだろうけど――“責任”がゼロとは言わせないね」


 その返答に、レウルスは頬が引きつるのを感じた。同時に、背中に嫌な汗が浮かび上がる。


(つまり、なんだ……俺達が“偶然”通りかからなかったら、ヴェルグ子爵家はラヴァル周辺に対して色々と思うところができたわけか?)


 言葉を失ったレウルスをどう思ったのか、ルイスは表情を柔和なものに戻した。


「まあ、そういった色々な情報を集めた結果、追い出したと思ったグレイゴ教徒が継続してちょっかいをかけてきているとわかったわけさ」


 表情と一緒に話を戻すルイスだが、レウルスとしては非常に危ういところだったのだと冷や汗を流してしまう。そして、グレイゴ教の厄介さを再認識すると同時に、ルイス達貴族が何をどこまで考えて動いていたのか戦慄する思いだった。


「誤算があったとすれば、想定よりも敵が厄介だったことか……司教一人に司祭一人程度ならこちらの戦力で対処できると思ったけれど、“アレ”は予想外に過ぎる」


 レウルスの心境に気付いていないのか、気付いて無視しているのか、ルイスは苦笑を浮かべて首を横に振る。


「そして、間抜けにも予想を外した我々を助けてくれたのがレウルス君……君達というわけさ。ジルバ殿に関しては……」


 そこで言葉を切ったルイスは、困ったように頬を掻く。


「あの『膺懲』殿が動いているのならグレイゴ教徒がいるのは確定だと判断したものの、こちらも予想外というか、予想という壁に穴を開けて潜り抜けたというか……その……」

「ヴェルグ子爵家のお膝元で不埒な真似をしようとした輩を“自発的に”止めただけです。お気になさらず」


 どうやらルイスはジルバの動きを把握した上で利用しようとしたらしいが、ジルバやレベッカの規格外さによって目論見がとん挫したらしい。


 自分達の主導でグレイゴ教徒を仕留めようとしたルイス。


 そんなルイスや周囲の状況に従って動いたレウルス達。


 そして独自の嗅覚で動きを察知し、レベッカを仕留めようとしたジルバ。


 その三者三様が絡み合って今回の結末を迎えたらしい。そう結論付けたレウルスだったが、何故ルイスがそれを明かしたのかと首を捻る。すると、その仕草で全てを察したのかルイスが椅子から立ち上がった。


「こうなってしまった以上、すべて話すのが筋というものだろう? 迷惑をかけたお詫びに、協力への褒賞……そういった話もしたいけど、まずはしっかりと体を治してほしい」


 そう言ってルイスはレウルスに向かって小さく頭を下げる。そして、まだまだ処理すべきことがあるからと退室した。


「…………」


 そんなルイスの背中を、どこか不満そうな顔をしたエステルが見つめていたのだった。

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