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第226話:人形遣い その5

 『熱量解放』を使って全速力で疾走するレウルスに対し、無手のレベッカが選んだのは翼竜に指示を出すことだった。


「お願いするわね、『オトモダチ』」

『グルゥアアアアアアアアアアアァァッ!』


 庭園の木々を揺らがせる咆哮と共に、大きく開かれた翼竜の口から炎が放たれる。煌々と輝く真紅の火炎がレウルス目掛けて一直線に放射され、焼き尽くさんと迫った。


「わたしの前で火炎魔法? 良い度胸じゃない!」


 それに対抗するのはサラである。翼竜が口中に炎を生み出した瞬間、対抗するように右手を掲げて炎を生み出し、レウルスに迫る火炎へ向かって解き放つ。


 上級にも届き得る翼竜と火の精霊による、真っ向からの火炎魔法の撃ち合い。両者共に放つ魔法の威力は高く、人間が飲み込まれればそのまま消し炭になるだろう。ドワーフ手製の防具で身を包んだレウルスでさえ、まともに食らえばそのまま燃え尽きかねないほどだ。


 それでもサラの火炎魔法が相殺すると信じ、レウルスはそのまま駆けた。例え押し負けたとしても、サラとの『契約』で炎には耐性がある。威力が減衰した炎でも火傷を負うだろうが、エリザとの『契約』で多少の怪我は勝手に治るのだ。

 火炎魔法を隠れ蓑にしてレベッカに接近し、一撃を叩き込む。翼竜も操られていると考えれば、それが最も効果的なはずだ。


 駆けるレウルスの僅か先でサラと翼竜の火炎魔法が激突する。それは熱風と爆音を伴って衝突し合い、激突の衝撃で紅蓮の炎が周囲に飛散した。


 威力は互角。


 僅かな拮抗と共に火炎が弾け合い、爆発すると同時に爆炎が周囲へと広がる。その熱は庭園の草木が瞬時に燃え上がるほどだが、それに構わずレウルスは前へと突き進み――爆炎を突き破るようにしてレベッカが飛び出してきた。


「アハハハハハッ! さあさあ踊りましょう? 円舞はお好きかしら?」


 考えることは一緒だったらしいが、レベッカは無手のままである。


 スカートの裾を翻し、レウルスにも迫る速度で間合いを詰めてくるレベッカの姿にレウルスは警戒心を抱いて動きが鈍る――その前に『龍斬』を真横に振るっていた。


 レベッカが武器を使わないというのなら、どう考えてもレウルスの方が間合いが広い。レベッカから感じ取れる魔力は強大だが、仮に至近距離で何かしらの属性魔法を使われようとも斬って捨てる。

 翼竜は火炎魔法を相殺したサラを警戒しているのかレウルスの後方へと視線を向けるばかりで、レベッカを庇うこともなかった。


 つまり、相手が素手とはいえグレイゴ教の司教と一対一である。


 そう考えて放たれたレウルスの斬撃だったが、“腕が勝手に”上方へと跳ね上がって軌道がずれた。

 レベッカの胴体を薙ぐように繰り出した斬撃は、髪の一本すら斬れずに空を斬る。突如として発生した事象にレウルスは目を見開くが、その動揺を突くようにしてレベッカが踏み込んできた。


「えーいっ」


 相変わらず陶然とした笑みを浮かべつつ、華奢な外見にそぐわぬ軽やかな足音を立てての踏み込み。かける言葉は童女のように甘く、幼く――繰り出された拳は空間すら打ち抜くように重い。


「っ!?」


 咄嗟に上体を捻り、顔面目掛けて繰り出された拳を回避するレウルス。左耳の横を通り過ぎた拳撃が立てる轟音と風圧で鼓膜が揺れ、僅かに視界が揺れた。


「グ――オオオオオオオオォッ!」


 勝手に上方へと逸れた両腕に力を込め、懐に潜り込んだレベッカ目掛けて振り下ろす。間合いが近すぎるため鍔元で斬ることになるが、『龍斬』の切れ味ならば縦に両断することもできるだろう。


 当たれば、だが。


「あらあら、すごい風圧だわ」


 くるりと、ダンスでも踊るようにレベッカはその場で回転して斬撃を回避する。そして斬撃を回避したついでといわんばかりに繰り出されたのは、レウルスの横腹を狙った回し蹴りだった。

 レウルスは咄嗟に左手を柄から離し、肘を折り畳んで回し蹴りを受け止める。『熱量解放』を使った状態ならば右手一本でも剣を振るうことができるため、蹴りを受け止めてレベッカを斬ろうと思ったのだが――。


「ぐっ!?」


 拳と同様に、その蹴りもまた重かった。『龍斬』と各種防具を含めれば百キロ近いレウルスの体が浮き上がり、両足が地面から離れる。蹴りを受け止めた左腕からは骨の軋む音が聞こえ、痛みを伝えてくる。


 体が浮いて隙を晒したレウルスと、そんなレウルスを蹴り飛ばしたレベッカの視線が宙でぶつかる。レベッカは追撃しようと一歩を踏み出したが、それよりも先にレウルスは心中で声を上げていた。


『サラ!』

『火の精霊、サラの名において命ずる! 我が契約者に火の恩寵を!』


 レウルスの意図を即座に読み取り、サラが応える。そして次の瞬間、『龍斬』から渦巻くように炎が吹き上がった。


「シャアアアアアアアァァッ!」


 空中で体を捻り、右手一本で『龍斬』を振るうレウルス。これまでレベッカ相手に見せたことがない、サラの力を使った“燃える斬撃”だ。

 最初から使っていればレベッカも警戒して近づかなかっただろうが、既にレウルスを追撃しようと一歩踏み込んでいる。体勢は不十分だが、『熱量解放』による身体能力を駆使して放たれる斬撃はかわしようがない。


「まあ怖い。とっても怖いわ」


 レベッカは斬撃を回避しなかった。むしろさらに一歩前へと踏み込み、斬撃の軌道に左腕を差し込む。


 ――ガキン、と鳴るはずのない音が鳴った。


(受け止め――ッ!?)


 服の袖は瞬時に燃え尽きたものの、レベッカの腕はほとんど斬れていない。刃が僅かに食い込んだだけだ。


 レウルスがその事実を受け止めるのに要した時間はほんの一瞬だったが、それだけあればレベッカにとって十分だった。


 『龍斬』を受け止めた状態で、更に前へとレベッカが踏み込んでくる。そしてレウルスの胴体目掛けて拳を繰り出した。


「させんのじゃっ!」


 拳が直撃する直前、エリザが放った雷撃がレベッカを貫く。それによって僅かにレベッカの動きが止まり、レウルスは足が地面に着くなり後方へと跳んだ。


「ごほっ! がっ……とんでもねえなぁ、オイ……」


 レベッカの蹴りを受け止めたからか、先ほど魔法人形に負わされた傷が疼いてレウルスはむせた。咳き込むと同時に口から血が溢れ、ボタボタと地面に落ちていく。


「お褒めに預かり光栄だわ、わたしの王子様」


 口元から血を流しながらも歯を剥き出しにして威嚇するレウルスの姿を、レベッカは愛おしいものでも見るような目つきで眺めていた。そして『龍斬』を受け止めた左腕に刻まれた僅かな傷口から流れる血を舐め、笑みを深める。


「さっきみたいに防御をしていなかったのならともかく、“この体”に傷をつけるなんて大した武器ね? それともあなたの力? ああ、興味が深まるわ、惹かれるわ」


 心底嬉しげに微笑むレベッカに、レウルスは無言で『龍斬』を構え直す。


 レベッカはヴァーニルほど全てにおいて規格外というわけでもなく、ジルバやカンナほど優れた技術を有しているわけでもない。

 日頃からジルバと接しているレウルスから見ると、技術という点ではジルバよりも遥かに劣るだろう。ただし、レウルス自身と比べれば高い水準にある。


 それだけでなく、『熱量解放』を使うレウルスに匹敵する身体能力の高さがレベッカにはあった。


 それに対するレウルスは『熱量解放』によって痛みは抑えられているが、妙に体が動かしにくい。内臓の怪我が酷いのかと考えたレウルスだったが、それよりもレベッカの能力を疑うべきだろう。


(腕が勝手に動いたのもコイツの力か? そういえば、キマイラと戦った時にも不自然な動きをしてたよな……まさか、『人形遣い』ってのは魔法人形を使うだけじゃないのか?)


 『魅了』の『加護』によるものか、あるいは別の何かか。口中に溜まった血を吐き出して呼吸を整えながら思考するレウルスだったが、その間にもレベッカは悠々と体勢を整え、にこやかな笑顔を向けてくる。


「チィッ、これで本当に五割程度の力しかないのかよ。司教ってのは化け物揃いだな……」

「それは誤解よ、ええ、誤解だわ。わたしの『加護』はたしかに半分ぐらいしか使えないけど、この体は特別製だから――」


 レウルスの呟きに笑顔で答えていたレベッカだったが、不意に動きが止まった。瞬時に笑みが消えて真顔になり、その視線を僅かにずらす。


「まあ……まあまあ、姿が見えないと思ったら“そういうこと”なのね? さすがと言うべきか呆れるべきか……『加護』は何もないという話だったけど、わたし達グレイゴ教徒の場所がわかる『加護』でもあるのかしら?」


 そう呟くレベッカの視線はここではない、どこか遠くを見ているようだった。


「――ッ!」


 それは隙か、誘いか。勘で前者だと判断したレウルスは全力で踏み込み、『龍斬』を振り抜く。


 直接斬るのではなく、距離を開けたままで魔力の刃を放つ。それもただの魔力の刃ではなく、サラの力を使った炎の斬撃だ。

 どんなタネがあるのかわからないが、さすがに放った後の斬撃は逸らせないだろう。そう判断して放った燃える魔力の刃を前にしたレベッカの口元が、緩やかに弧を描く。


「あらすごい――でもそれは悪手だわ」


 そう呟くなり、レベッカの魔力が高まる。そして右手を突き出して真正面から魔力の刃を受け止めたかと思うと、そのまま握り潰して霧散させた。


「カンナちゃんに似ている戦い方をするのね? でもカンナちゃんほど“練れて”いない……それじゃあ壊されてあげられないわ」


 どこか残念そうに唇を尖らせるレベッカ。そんなレベッカの様子に、レウルスは心中で舌打ちする。


(『無効化』……か?)


 回避されたことならばあるが、真正面から受け止めて“消された”ことはない。それも、サラの『加護』が乗った状態でとなると初めての経験だった。

 そもそも、体勢が不十分とはいえ『龍斬』を素手で受け止められたこと自体初めてだった。魔法人形を素手と言って良いかは甚だ疑問だったが。


「大きな魔力を持つ相手と戦うのは初めてかしら? 後ろの赤い髪の子や青い髪の子も大きい魔力を持っているけど、わたしほどじゃないものね?」


 そういって微笑むレベッカの魔力は、言うだけあって非常に大きい。サラやネディを上回るだけでなく、二人の魔力を足しても届くかどうかという巨大さだ。


(五割……これで五割、か)


 魔力の大きさまで“本体”の五割程度なのかは不明だが、レウルスは司教という存在の出鱈目さを実感する。単独で上級の魔物を倒せるというのは伊達ではないのだ。


 レウルスもこれまで『城崩し』や『国喰らい』といった上級の魔物を倒しているが、仲間の助力があってこそ成し得たことである。


 その点から考えれば、レウルスとレベッカ――グレイゴ教の司教との間には大きな差があるのだろう。『熱量解放』によって身体能力(スペック)は比肩していても、技術や戦闘経験が遠く及ばない。


 エリザやサラの助力があってどうにか互角の戦いに持ち込めるかどうか。それぐらいに差があるのだ。


「大きな魔力を持っているのなら、それだけで警戒するべきだわ。魔力が大きいのなら『強化』だけでもとてつもない脅威になるの。補助魔法だけでも“色々と”できるのよ?」

「……敵に助言とは余裕だな?」


 『龍斬』を握る手に力を込めながらレウルスは鋭く睨み付けるものの、レベッカは不思議そうに首を傾げた。


「敵? 違うわ、ええ、違うわ。あなたはわたしの王子様。わたしの全てを受け止めて、そして終わらせてくれる、大事な大事な王子様――敵なら殺してるわ」


 付け足すように放たれた言葉には、冷たい殺気と空虚な響きが宿っている。レベッカはにこやかな表情を浮かべつつも、暗闇のように光の欠片も存在しない瞳をレウルスへと向けて首を傾げた。


「本当ならあなたを攫ってしまいたいぐらい……でも、時間も状況もそれを許さないわ。ずっと、ずーっと一緒に踊っていたいけれど、ね」


 自分の何がレベッカの琴線に触れたのか、レウルスにはわからない。そもそも興味もない。レベッカにどのような事情があろうと、敵であるという一点だけで考慮するに値しない。


 レベッカが好意的な言動をしていることを思えば、口先三寸でどうにか言い包めることもできるかもしれない――が、レウルスはそれを愚考だと切って捨てた。


 ローランのように“話が通じる”手合いならばまだしも、レベッカの目を見れば話をするだけ無駄だと判断せざるを得ないのだ。

 レウルスだけを見ているようで、その瞳には何も映っていない。情熱的なようでいて空虚な狂気が伝わってくる。


 ――情熱的に思えるのはレウルスがレベッカの中にある“何か”に触れたからだろうが。


「勝手に一人で踊り狂え」

「まあひどい。一人遊びはつまらないでしょう? もっと、時間の許す限り一緒に踊りましょう?」


 吐き捨てるように呟くレウルスと嬉しげに応えたレベッカは同時に地を蹴り、再びぶつかり合うのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

更新の間が空きまして申し訳ございません。


気が付けば拙作も掲載を始めて一年が経過しました。

毎度ご感想やご指摘、評価ポイントやお気に入り登録等をいただきありがとうございます。

拙作を書き続けられているのもお読みいただいている皆様のおかげです。感謝いたします。


活動報告にて書籍版に関するお知らせを更新していますので、よろしければご確認いただければと思います。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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