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第224話:人形遣い その3

 エステルのその言葉を受けたレウルスは、口元の血を拭いながら問いかける。


「……それは『詠唱』して何か魔法を使うってことですか?」


 精霊教師であるエステルが大精霊に『詠唱』で呼びかけて行使する魔法。それは一体どんな効果があるのか。

 そんなことを考えたレウルスだったが、エステルは余計に困り顔になる。


「いえ、『詠唱』して魔法を使うわけではないんですよー。レウルスさんと初めて会った時に見たでしょう? あの時は向こうからわたくしを通してレウルスさんを見ていたようですが、今回はわたくしからの呼びかけてお力を借りようと思います」


 どうやらレウルスの予想とは異なるらしい。一体どのような効果があるのか、この状況を打開することができるのかと疑問に思うレウルスに対し、エステルは表情を引き締めて行った。


「ただ、どうなるかは保証できません」

「……え?」

「レウルスさん達に危害を加えることはないと思いますが、どこまで力を貸していただけるかは……」


 不穏なことを言うエステル。そのあまりにも不確実な提案にレウルスは頬を引きつらせ、自力でどうにかするべきではないかと思った。


「ああもうっ! 撃っても撃っても止まらない! 後ろの女を狙っても魔法が消されるし、早くどうにかしてっ! ねえ、レウルスってば!」


 サラの焦ったような声が飛んでくる。相変わらず火球を連射してジルバを押し留めているが、それ以上の効果は得られないようだ。時折エリザが雷魔法を撃ち込んでもいるが、二人に魔法を撃たれてもジルバは容易く対応してみせる。


(二人がジルバさんを抑えてる間に、俺があの女を……翼竜が動いたら俺一人じゃ抑えきれないか。ミーアとネディはエステルさんの傍から離せない……)


 エステルが足りない“一手”を埋めてくれるかと思ったが、そこまで上手い話はないようだ。そう思ったものの、エステルは真剣な表情を浮かべて言う。


「最低でも、大精霊様の目を借りることができると思います。それ以上は状況次第ですが、敵の司教の手の内は見破れるかと」

「……よくわかりませんが、信じてもいいんですか?」


 この状況で言い出したことなのだ。エステルにも何かしらの勝算があるのだろうが、レウルスとしては完全に信頼できるはずもない。

 だが、それでも何かしらの手が必要なのはたしかだ。状況は良くて五分、ジルバが『無効化』を使い続けることで魔力を消耗させられるかもしれないが、レベッカの存在を思えば五分以上に持ち込めそうにない。


「任せてください……実はさっきから試しているんですけどねー。そろそろ……」


 そう言うなり、エステルの言葉が途切れた。そして体を脱力させたかと思うと、崩れ落ちるようにしてその場に倒れる。


「ちょっ、エステルさん!?」


 いきなり倒れたエステルにレウルスは慌てて駆け寄った。時間を稼げとは言われたが、倒れた身を守れということなのか。


「っ!?」


 駆け寄ったレウルスは、エステルの体から放たれる強力な魔力を感じ取って足を止めた。


 エステルの体を中心として、渦を巻くように放たれる魔力。まるで周囲の魔力を取り込むように、秒を追うごとに魔力の規模が大きくなっていくようにすら思えるほどだ。


「ぅぇっ!? ちょ、ちょっとレウルス!? 何やったの? 何をやっちゃったの!?」

「っ……」


 驚くレウルスだったが、サラとネディも似たような反応を示す。


 サラはジルバへ火球を連射しているため振り返ることができないが、珍しいことにその声には焦りの色が多分に含まれていた。ネディはサラと比べて反応が大人しいが、小さく息を呑んで目を見開いている。


(なん、だ……コレ……)


 周囲で戦闘が続いているというのに、レウルスは呆然とした声を心中で漏らす。それほどまでにエステルが放つ魔力は強大で、同時に違和感を覚えるものだった。


(この違和感は……サラが上級の魔法を使った時と同じ……?)


 ぞわぞわと背筋が粟立つ。恐怖にも似た違和感がレウルスの全身を這いずり回る。それは無意識の内に『龍斬』をエステルへ向けそうになるほどで、レウルスは自分の右手を咄嗟に掴んだ。


 このまま見守っていて良いのか、それともエステルを止めるべきか。レウルスは数秒ほど逡巡したが、決断するよりも早くエステルに変化が起こる。


 地面に倒れたエステルはゆっくりと身を起こして立ち上がり――そのまま浮き上がったのだ。

 重力を感じていないように、地面から両足を離して五十センチほど浮き上がるエステル。放たれる魔力は強まるばかりだったが、やがてそれも収まっていく。


「エステル……さん?」


 確認するように声をかけるレウルスだったが、その声に応えるようにエステルが目を開いた。赤い瞳は感情の全てを失ったように何も見ていないが、輝くような真紅の光を放っている。

 エステルはレウルスの声が聞こえていたのか、その視線を周囲に巡らせる。そして十秒ほどかけて周囲の様子を確認すると、その口が開かれた。


「なによこれ……なんで“こんな状況”でわたしを呼び出したわけ?」


 その声はエステルのものだったが、口調は大きく異なる。どこか困惑したような、呆れたような声だった。


「エステルさん……じゃ、ない……な。アンタ、誰だ?」


 大精霊の力を借りると言っていたことから考えると、大精霊本人だろうか。それとも何かしらの能力でエステルの性格が変わったのか。


 レウルスがエステルの力を見るのは二度目だが、一度目――『神託』を受けた際にはもっと丁寧で厳かな雰囲気だった。しかし、目の前にいる人物の口調と雰囲気は、以前と比べて遥かに砕けている。


「ん? わたしはコモナ。精霊のコモナよ。そういうアンタは……」


 困惑するレウルスに対し、エステルは――コモナはあっさりと自分の名前を告げる。


 そしてレウルスの顔をまじまじと見ると、首を傾げてから両手を打ち合わせた。


「……あーあーあー、以前わたしが“視た”子じゃない。元気してる? 元気なら何よりだわ……って、どう見ても元気じゃないわね。口から血が出てるわよ?」

「……俺のことを覚えているのか?」

「ん? そりゃ忘れないわよ。アンタぐらい歪な奴は滅多にいない……いや、昔は割といたわね。今は時間が経ちすぎてるのかしら?」


 レウルスには理解できないが、コモナからすれば記憶に残る程度には印象があったらしい。色々と言いたいことはあるものの、レウルスとしては切迫した現状をどうにかする方が先決だった。


「エステルさんがアンタ……いや、大精霊様? コモナ様? を呼び出したんです。力を貸してくれると助かるんですが……」


 ――これがエステルの切り札なのか?


 困惑しながらもレウルスが口調を改めると、コモナは首を傾げた。


「力を貸す? どうしてよ? その必要があるとは思えないけど」


 心底不思議そうなコモナ。外見はエステルのままだが、その口調と雰囲気からまるで別人のような印象すらある。


 それでもコモナは不思議そうに周囲を再度見回し――レベッカを見て眉を寄せた。


「アレは……へぇ、ずいぶんと珍しい物があるわね。珍しいというよりも奇妙って言った方がいいのかしら?」


 言葉通り珍しいものを見た、と言わんばかりにコモナが感嘆の声を漏らす。


「誰が作ったのかわからないけど、そこそこ出来が良い人形じゃない。中に入っているのは……うーん、淫魔か。趣味悪いわねー」


 レベッカをじっと見つめ、何かを見透かすようにコモナが言う。その言葉が聞こえたのか、それまでレウルスを見つめながらにこやかに微笑んでいたレベッカの顔が僅かに強張った。


「人形に、淫魔?」


 どういうことだ、と口では尋ねながらもレウルスには納得する部分があった。


 首を刎ねて死なないなど、普通の人間ではあり得ない。そのような魔法があるのだとしても、あまりにも異質過ぎる。


「“片方は”淫魔か、その『加護』を受けたのが操ってるわよ? 『加護』は……ああ、魅了か。もう片方はただの人形ね。姿形と能力を真似る人形かぁ……あー、どこかのお姫様が作ってたっけ? あれと比べると質が悪いわねぇ」

「人形……っ、魔法人形か!?」


 エステルの言葉を聞いたレウルスは脳裏に閃くものを感じた。


 それは、かつてドワーフのカルヴァンから聞いた話だ。魔法人形という人の姿を真似る魔法具があると、たしかに聞いていたのだ。


(くそっ! 馬鹿か俺は!?)


 ジルバが突然敵として現れた衝撃に、レベッカへの怒り。その二つで頭が回っていなかった。今更ながらにレベッカの“絡繰り”に気付いてレウルスは歯噛みする。


 カルヴァンが言うには、魔法人形には二種類存在する。


 一つは使用者が想像した相手を模倣し、意思があるように自ら動く人形。


 そして一つは魔力を使って操る文字通りの人形だ。姿形は真似られるようだが、繰り手がいなければ動かないと聞く。


「へぇ……今はそんな名前がついてるのね。でもあの人形、それなりに質が良いけど模倣した相手の六割ぐらいしか性能を発揮できないと思うわよ? 淫魔が操ってる方は半分……かな? 人形越しだから『加護』も弱くなってるみたいだし」

「…………」


 コモナの話を聞いたレウルスは思わず絶句する。コモナがレベッカやジルバの正体をあっさりと見抜いたこともそうだが、それ以上に話の内容が衝撃的だったのだ。


(あのジルバさんは魔法人形で、本人の六割ぐらいの強さってことか……あの女の『加護』も本来の半分? 洒落になってねえぞ……)


 レウルスとしては聞かなかったことにしたい話だった。ジルバの強さもそうだが、レベッカの“本体”は倍近い厄介さだという。


「そういうわけで、別にわたしが手を出さないでも勝てるでしょ? あっちの亜龍も弱いし、わたしが手を出すのは契約違反だわ。それに……」


 混乱するレウルスに笑いかけるコモナだが、その視線がサラとネディに向けられた。


「そっちの赤い子がいれば大丈夫でしょ。青い子は……」


 そこで初めて、コモナの顔が驚愕に歪む。ジルバを――魔法人形の動きを妨害しているためサラには親しみを感じさせる表情を向けていたが、ネディに対しては何か気になることがあったらしく、険しさを滲ませた。


「……ネディがどうかしましたか?」


 思わず声をかけると、コモナは目を伏せる。しかし数秒と経たない内に顔を上げ、小さな笑みを浮かべた。


「いや……アンタが一緒にいれば大丈夫でしょ。あの何でも飲み込む怪物の気配がこの場に“三つ”存在するのが気になるけど――」


 そこまで言った途端、コモナの声が途切れた。それまで浮遊していた体が地面に落下し、レウルスが慌てて受け止める。


「ぅ……どう、なりましたか?」


 レウルスが声をかけるよりも早くコモナが――エステルが声を発した。


 それまで放たれていた強力な魔力は霧散しており、エステル本人も酷く消耗したように荒い息を吐いている。


 どうなったかと聞かれれば、何も解決していないだろう。レベッカもジルバも魔法人形だということはわかったが、だからといって脅威が去ったわけではないのだ。


 酷く消耗しているエステルにどう伝えたものかとレウルスは逡巡する。だが、レウルスが何かを言うよりも先にルイスの声が届いた。


「いや……これ以上ない朗報だよ。アレがジルバ殿でなく魔法人形だというのなら、敵対しても何の問題もないからね」


 その声は良いことを聞いたといわんばかりに力強い。レウルスが何事かと視線を向けると、レウルスとコモナの話を聞いていたと思しきルイスは現状を打破するように微笑んだ。


「ジルバ殿を真似た魔法人形はこちらで止めよう。君はあの司教を頼む」


 勝算があるのか、ルイスはそう言い放つのだった。

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