第223話:人形遣い その2
殺意も露わにして一直線に突っ込んでいくレウルス。そんなレウルスを迎え撃つようにして飛び出してきたのは、相変わらず無言のジルバである。
「チィッ!」
鋭く舌打ちをしたレウルスは即座に『熱量解放』を使う。どんな事情があるのかわからないが、ジルバが相手となると全力で戦う必要があるのだ。
仮に手でも抜こうものなら一撃で殺される――それをレウルスは知っている。
「オオオオオオオオオオオオォォッ!」
叶うならばジルバを無視してレベッカへと斬りかかりたいが、ジルバに背中を見せればどうなるか。その結末は火を見るよりも明らかで、レウルスは咆哮しながらジルバを迎え撃つ。
周囲はレベッカに操られていると思しき兵士達による乱戦に移行しており、怒号と金属音が響き渡っている。その喧騒の中、レウルスはジルバと一対一で剣と拳を交えていく。
レウルスは『熱量解放』によって引き上げられた身体能力を駆使し、大振りではなくなるべく隙を作らないよう小刻みに斬撃を繰り出す。
いくらジルバと言えど、肉体の頑強さは人間の範疇から逸脱していない――はずだ。『城崩し』や『国喰らい』といった上級の魔物が相手ならば威力重視で大剣を振るうべきだろうが、人間のジルバが相手ならばその必要はない。『龍斬』の切れ味をもってすれば当てることを重視して剣を振るうことが最善だろう。
峰打ちや寸止めといった“手加減”は欠片も考慮しない。ジルバが殺す気で向かってくるのなら、レウルスもまた殺す気で応える。そうしなければ勝負にすらならないだろう。
頭の片隅でネディに氷魔法を使わせて拘束すればどうか、という考えも浮かぶ。しかし、ジルバは『無効化』の使い手でもあるのだ。そもそも氷で束縛しようにも、拳一つで粉砕されかねない。
踏み込み、ジルバが近づけないよう薙ぐように斬撃を繰り出すレウルス。ジルバは『龍斬』の刃渡りとレウルスの腕の長さ、踏み込んだ位置から紙一重で斬撃を回避していく。
一撃。二撃。三撃。五、十、二十と斬撃が増えていく。『熱量解放』によって『龍斬』を軽々と振り回すレウルスは、秒の間に五度の斬撃を繰り出していく。
――だが、当たらない。
間合いの広さではレウルスの方が有利で、“武器”の威力は互いに一撃必殺。それならば先に当てた方が勝つが、技術と戦闘経験においてはレウルスの方が圧倒的に劣る。
ロボットのように感情の見えない瞳を向けてくるジルバは、鼻先を刃が通っても眉一つ動かさない。ほんの一センチ目測を誤るだけで首を斬られるとしても、刹那に見切りを済ませて触れさせもしない。
かといってレウルスが魔力の刃で間合いを変化させようにも、魔力の動きで察知しているのかジルバは“伸びた刃先”まで考慮して回避動作を取る。
嵐のように連撃を繰り出すレウルスと、体捌きだけで回避していくジルバ。そんな二人の戦闘を後方から眺めるレベッカは、頬を朱に染めながら手を叩く。
「すごいわね、速いわね、力強いわね。カンナちゃんが目を付けただけのことはあるわ。司祭の中でも上位か、司教に匹敵するか……うん、すごいすごいっ! ほら、わたしの王子様。わたしの首はここにあるわよ?」
「グ……ガアアアアアアアアアアァッ!」
今にもジルバを無視して飛び掛かりたいのを咆哮することで堪え、レウルスはジルバとの戦いに集中する。
非常に厄介なことに、距離が詰まったからとレベッカ目掛けて魔力の刃を放とうとしてもジルバがそれを妨げるのだ。常に“射線”を遮り、レウルスが魔力を集中させようとすれば妨害するように攻めの気配を見せる。
手数の多さと速度で押し留めているが、ジルバが攻め込むようなことがあれば均衡は崩れるだろう。
「ふふふっ……すごい殺気。ああ……なんて心地良い……もっとわたしを見て? わたしだけを見て?」
ジルバの防御に加え、後方に控えるレベッカも厄介である。口を開くだけでもレウルスを苛立たせるのだが、同時に、レウルスを誘惑して気勢を削ぐのだ。
魔力による干渉か、“その手の魔法”があるのか、あるいは何かしらの『加護』か。気を抜けばレベッカに視線が固定されそうになるのを、激怒を以って堪え抜く。
レベッカを殺すだけならば方法はあるだろう。最善手とは言えず、周囲の兵士やジルバごと巻き込む危険性があるが、手段さえ選ばなければレベッカを仕留められる。
それはサラに頼み、上級に匹敵するであろう魔法を撃たせることだ。かつて交戦した百メートル近いスライムの大半を一撃で蒸散させた魔法を使えば、さすがのジルバとて止めようがない。
レベッカを仕留め、翼竜も仕留め、余波だけで周囲の騎士や兵士を巻き込んで蒸発させ、更にはアクラの町まで吹き飛ばすかもしれないが。
かといってエリザの雷魔法では威力が足りず、ネディは“どこまで”魔法が使えるかわからない。
レウルスがジルバを抑えている間にミーアをレベッカの元へ向かわせるという手もあるが、相手はグレイゴ教の司教だ。ミーアでは仕留めるどころか防戦を行えるかも怪しいところである。
周囲の乱戦も一進一退で、コルラードやディエゴが声を張り上げて指揮を執っているがすぐには勝負がつかないだろう。ルイスとセバスの元にも操られた兵士が五人ほど向かっており、すぐには動けないようだった。
こうなるとエリザ達を動かして戦局を打開する必要がある――が、レベッカにもまだ手駒が残っている。レベッカ自身もそうだが、上級に匹敵しそうな翼竜が控えているのだ。
エリザ達はエステルを守る必要もあり、迂闊には動けない。先ほど避難したルヴィリアやアネモネが加勢を呼びに行っていれば状況が好転するかもしれないが、翼竜が強襲してから多少なり時間が過ぎている。
それでも近辺の兵士などが駆けつけていない以上、加勢を待つのは下策だろう。先日レウルスに接触してきたローランの姿もなく、加勢がいたとしても止められている可能性が高い。
兵士達を操るレベッカだが、その数も上限があるのか不明だ。最悪の場合、倒した端から新しい『オトモダチ』を生み出すかもしれない。
思考が巡る。ジルバを相手にしながらも、頭の片隅でぐるぐると様々な考えが浮かぶ。
どうにかジルバの妨害をやり過ごし、レベッカに一撃を叩き込む。首を刎ねても死なないというのなら、縦に割る。それでも死なないのなら可能な限り斬撃を叩き込む。
怒りのままに、殺意が命じるままに、完膚なきまでにレベッカを殺しきる。そうレウルスは決意を固め――。
「――落ち着くんじゃレウルスッ!」
叱責するようなエリザの声が響いた。レウルスの殺気に気圧されていたものの我に返り、レウルスを止めるべく声を張り上げたのである。
「っ!?」
その声にレウルスが反応する。レベッカへの激怒で染まっていた思考が、ほんの僅かとはいえ冷却される。
「――――」
そして、その隙をジルバは見逃さない。あるかなきかの剣筋の乱れ、それを見抜いてレウルスの懐へと潜り込んだ。
無機質な瞳がレウルスを捉える。かすかに綻んだ連撃の隙間を縫い、一歩で距離を潰したジルバが拳を掌底の形へと変化させる。
(ま――ず――っ!?)
その動きはレウルスも見たことがあった。それは直撃すればレウルスでも即死するであろう、鎧だろうと魔物の分厚い毛皮だろうと打ち抜き、“内側”を粉砕する打法。
迎撃するには遅く、防御も意味を成さないだろう。故に、レウルスは全力で後方へと跳び、少しでも威力を削ごうとする。
「ぐっ!?」
辛うじて直撃は避けた――が、ジルバの掌底が革鎧を掠めた。それだけでレウルスは内臓がかき回されるような衝撃を受け、後方に跳んだ勢いもあって大きく吹き飛ばされる。
水平に吹き飛ばされるレウルスだったが、その視界にジルバの姿が映った。掌底を打ち込むために踏み込んだ右足で地面を蹴り付け、滑るようにしてレウルスを追いかけてくる。
だが、レウルスに追撃を加えるよりも早くジルバの動きが止まった。そのことにレウルスが疑問を抱くが、数瞬と経たずにジルバ目掛けて紫電が放たれる。
エリザが雷魔法を使ったようだが、ジルバはレウルスと戦いながらも察していたのだろう。繰り出した拳が雷にぶつかり、轟音と共に雷を霧散させる。
「いくら『無効化』を使ってるからって真正面から雷を殴って消すとかアンタ馬鹿じゃないの!? これもくらいなさーい!」
エリザの雷撃に続き、サラが連続して火球を放っていく。それはジルバの逃げ道を塞ぐよう不規則に放たれたが、ジルバはその全てを真正面から拳で粉砕した。
「づっ……ぐ、ごほっ! がっ……いてて……」
エリザとサラが魔法でジルバを止めている間にレウルスは着地するものの、内臓から伝わってきた痛みで思わず呻いてしまった。『熱量解放』を発動しているというのに痛むということは、相当の痛手を受けているのかもしれない。
――その痛みが、レウルスの思考を一気に冷却した。
「……危うく……死ぬ、ところだった……」
内臓の痛みを堪えながらレウルスが呟く。すると、慌てた様子でエリザが口を開いた。
「す、すまぬのじゃ! でも、えっと……ああもうっ! レウルスが怖かったからっ! だから止めなくちゃって!」
余程焦っていたのか、素が出るエリザ。レウルスはそんなエリザに視線を向けると、何かを言おうとした。だが、喉を何かがせり上がってくる感覚を覚え、乱雑に吐き出す。
「ごほっ! う、げぇ……掠っただけで、これか……」
「ご、ごめんなさい……でもっ!」
内臓を傷めたのかせり上がってきた血を吐き出すレウルスと、それを見て目に涙を浮かべるエリザ。
たしかにエリザの声に気を取られたが、レウルスとしては苦笑を浮かべるしかない。
「ああ……止めてくれて、助かった……」
怒りの感情が強すぎたが、強引に切り替えることができた。レベッカに対する怒りはいまだに燻っているが、無策で突撃してもどうにもならないと冷静に受け止める。
「ちょっとレウルス!? 落ち着いたんならジルバをどうにかしてっ! 全然止まらないんだけど!?」
レウルスとエリザが言葉を交わす時間を稼いでいるのはサラである。ジルバが近づけないよう、その場から動けないようにと、機関銃のように火球を乱射しているのだ。
レウルスのように威力よりも手数と速度を優先した結果らしい。もっとも、その全てをジルバは『無効化』で霧散させているが。
「……レウルスさん」
血を吐きはしたが、まだまだ動ける。かといってどうすれば良いのかと迷うレウルスに、エステルが声をかけた。
その表情はかつてないほど真剣なもので、エステルはジルバを見ながら硬い声を出す。
「少し時間を稼いでもらえますか……わたしも覚悟を決めました」
「……何をする気ですか?」
エステルからの突然の言葉に、レウルスは痛みを忘れて問いかける。この状況で何をするつもりなのか、予想ができなかったのだ。
そんなレウルスに向けて、エステルは困ったように微笑みながら言った。
「――大精霊様の力をお借りしたいと思います」
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
先日はたくさんのご感想をいただきありがとうございました。
感想欄が「やったか!?」で占められていて楽しかったです。
本作の書籍版が発売されて早一週間が過ぎましたが、感想欄や活動報告にてお祝いのお言葉や買っていただいたとの書き込みをいただき、大変感謝しております。ありがとうございます。
作者の地元でもようやく店頭に並んでいるのを見かけることができました。
前作の時もそうでしたが、自分の本がお店に並んでいるのを直に見ると言い様のない感慨があります。
もしも本屋でお見かけるする機会があれば、手に取ってもらえると幸いです。
活動報告にて記載しようかと思いましたが、後書き欄の方が見ていただけるかと思い、この場をお借りしました。重ねて御礼申し上げます。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。