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第219話:招かれざる客 その2

 馬で駆けつけたカルロはレウルス達の元まで辿り着くと馬から降り、鼻息も荒く距離を詰めてくる。額には青筋が浮かび上がり、血走った瞳がギョロギョロと落ち着きなく動き回っていた。

 以前見たように槍は携えていないものの、腰には剣を下げている。尋常ではないその様子を見た限りでは、いつ剣を抜いてもおかしくないように思えた。


「カルロ……君には謹慎を命じたはずだが?」


 そんなカルロの様子を気にも留めず、ルイスは冷たい声色で問いかける。その瞳は鋭く細められ、突然の乱入者であるカルロを真っすぐに見据えていた。


「何が謹慎だ! 何が命令だ! いつからお前は俺に命令できるほど偉くなったんだぁっ!? 答えろルイス!」


 だが、そんなルイスの言葉を受けたカルロは激高したように叫ぶ。その威勢は口角泡を飛ばすようで、怒りを堪えるためか今にも歯を噛み砕かんばかりに歯軋りをした。


(見ないと思ったら謹慎してたのか……って、そんな状態でここに来たらまずいんじゃ?)


 カルロの心配をしているわけではないが、客観的に見て非常に不味いことをしているのはわかる。謹慎を言い渡されるのが騎士にとってどのような影響を及ぼすか知らないが、少なくとも良い影響ではないだろう。


「ヴェルグ子爵家の当主代行として、当家に仕える騎士である君に命じたんだ。その命令が不服だと言うのかい?」

「何が“当家”だ! お前の立場は本来俺のものだっただろうが!?」


 冷静に言葉を紡ぐルイスと、言葉を吐き出す度にどんどんヒートアップしていくカルロ。今にも飛び掛からんばかりに興奮しているカルロだが、ルイスは深々とため息を吐いて首を横に振る。


「君の父上……伯父上が病気で亡くなったことは甥としても悲しいことだった。だが、伯父上が亡くなったのは家督を相続する前のことだ。お爺様の次男である俺の父上が継ぎ、今は俺が当主を代行していることに不満があると?」


 君も家督を継げるような年齢ではなかっただろう、とルイスは言い放つ。


(お家騒動ってやつか……生まれ変わってからこういう場面に出くわすなんて、人生ってのはわからないもんだな)


 傍から聞いていると、正当性はルイスにあるように思われた。もっとも、レウルスには関係ないことではあるが。


「不満があるか……だと? 不満に決まっているだろう!? 大体なんだそいつらは!?」


 とりあえず今の内に紅茶を飲み干して菓子も全て平らげてしまおう。そう考えたレウルスだったが、カルロの視線がレウルスに向けられる。


「そのような下民を“我がヴェルグ子爵家”の敷地に踏み入れさせただけでなく、ルヴィリアと面会をさせる? 一体何を企んでいるんだルイスゥッ!?」


 血走らせるどころか、今にも目から血でも吹き出しそうな様子のカルロ。殺気すら滲ませたその眼光にレウルスの対面に座っていたルヴィリアが小さく悲鳴を上げるが、レウルスは然して気にせず受け流した。


「カルロ、謹慎の命令を破っただけでなく、当家に招いた客人に対するその暴言……看過できんぞ」


 この場にはレウルスだけでなく、エステルもいるのだ。エステルは思ったよりも場慣れしているのかカルロの剣幕にも怯えず、静かな瞳を向けている。

 だが、そんなレウルス達の態度が気に食わなかったのだろう。一際大きく歯軋りの音を響かせたかと思うと、腰の剣に手を伸ばした。


「…………」


 それを見たレウルスは『龍斬』を握り、無言で立ち上がる。さすがに自分から仕掛けるつもりはないが、襲ってくるのならばエステルの護衛として応じなければならないだろう。


 ルイス達の手前、可能ならば峰打ちで済ませるつもりではあるが――。


「――いい加減にしろ、カルロ」


 カルロではなく、レウルスを制するようにルイスが冷たい声を発する。


「伯父上への義理、幼少の頃に共に遊んだ友誼から甘く考えていたみたいだ……今回の暴挙もそうだが、“ここ最近”の貴様の態度は目に余る」


 ルイスは椅子から立ち上がると、これまでにないほど冷たい視線を向けた。


「これが最後の温情だ。今すぐ詫びてこの場から去れ。そうすれば命だけは助けよう。断るというのなら、俺自ら責を取らせる」


 それは本音なのか、レウルスやエステルへのポーズを兼ねているのか。拳を握り締めたルイスがそう宣言した。


 ルイス自らカルロを止めることでレウルス達――特にエステルへの詫びとするつもりなのか。剣を携えているカルロに対し、ルイスは無手で構えを取る。


(お互い本気……なのか?)


 いきなり騒動に巻き込まれたレウルスはどうしたものかと内心で首を傾げた。


 いくらなんでもカルロの行動はおかしいだろう。どんなに無鉄砲かつ無計画な性格をしていようが、カルロの取った行動は杜撰どころか迂遠な自殺としか思えない。

 そもそも何故ルイスが直接相手をする必要があるのか。兵士に命じて捕縛してしまえばそれで終わるはずである。


(……ん? そういえば門には兵士がいるよな? 馬に乗った明らかに様子がおかしい奴を通すか?)


 仮に門兵がカルロを通したとしても、ヴェルグ子爵家の屋敷には使用人以外に護衛の兵士なども詰めている。屋敷の外側だけでなく、内側でも巡回の兵士がいるぐらいだ。

 この騒動に気付かず放置するなど、あり得ることなのか。少なくともコルラードなら気付いて駆けつけそうなものだが。


 何かがおかしいと考えるレウルスだったが、ルイスとカルロは今にもぶつかり合いそうなほど殺気を滾らせている。

 客の前で殺し合いなど、醜聞どころの騒ぎではない。エステルに危険が及ぶという理由でレウルスが止めても良いのか。


 どうしたものかと思案するレウルスだったが、セバスとアネモネがさりげなく立ち位置を変えていた。


 セバスはカルロが動いたら即座に鎮圧できるようその背後へ、アネモネはルヴィリアだけでなくルイスも庇える位置へと足音すら立てずに移動している。

 ルイスが気を引きつけてセバスが取り押さえるのだろうと考えるレウルスだったが、万が一そのまま戦いを始めればルイスに危険が及ぶだろう。


「カルロ……さん、は魔法を使えるんでしょう? いくらルイスさんの腕が立つといっても危険があるのでは?」


 カルロを刺激しないよう、小声でルヴィリアへ問いかけるレウルス。ルヴィリアはカルロの剣幕に怯えており、声をかけることで少しは落ち着かせることができると判断してのことだった。


 対峙するルイスと比べれば遥かに小さな魔力だが、カルロもまた魔力を放っている。仮に『強化』しか使えずとも武器がある分ルイスが不利だろう。


 もっとも、セバスの何気ない動きを見る限りその心配も無意味なものになるに違いない。

 心配することがあるとすれば、カルロを取り押さえた後にルイスが今回の騒動で再び顔色を悪くしそうだということぐらいか。


 魔力の大小で勝負が決まるわけではないが、ルイスと比べればカルロの魔力は十分の一かそれ以下だ。これはルイスが特別大きな魔力を持っているというわけではなく、カルロの魔力が“小さすぎる”だけで。


「えっと……カルロ兄様が魔法を使う、ですか? そんな話は聞いたことがありませんが……」


 思わぬルヴィリアの返答が、レウルスの思考を止めた。


「っ! レウルス! 何か来るわよっ!」


 だが、サラの呼びかけで即座に我に返る。珍しく切羽詰まったようなその声色にレウルスは『龍斬』を握った。


「方向と距離は!?」

「まだ遠いけどどんどん近づいてくる! 方向は……えっと、えー……ま、真上!?」


 そんなサラの返答も、レウルスにとって予想外のものである。レウルスは反射的にヴェルグ子爵家の屋敷へと視線を向けるが、屋根の上にも何もいない。

 周囲に存在する高さがあるものなど、他には見張り台程度だ。しかしながら庭園からは距離があり、どう足掻いても真上には到達し得ない。


 レウルス達の頭上には遮るもののない青空が広がるばかりで、ともするとサラの勘違いかと疑いたくなる。それでもレウルスはサラを信じて頭上を見上げ――そこに一つの影を見つけた。


 距離があるため正確な大きさは測れないものの、頭から尻尾まで含めれば十メートルを超えているだろう。巨大な体は硬質な鱗で覆われ、鷲に似た二本足が生え、爬虫類を思わせる頭部は獰猛な気配を漂わせる。

 滑空しているのか飛行しているのか、蝙蝠の羽に似た翼が腕から伸びていた。そして尻尾は蛇のようであり、その先端には鋭利な棘が複数生えている。


「――翼竜か!?」


 距離があるものの見覚えのある姿に、レウルスは思わず叫んでいた。何故こんな場所にいて、それも上空から落下するように一直線に突っ込んでくるのか。

 カルロの狂態も気にかかったが、明らかに敵意を抱いて突撃してくる飛竜の方が脅威になるだろう。かつて遭遇した翼竜と比べ、倍以上の体格というのもレウルスの警戒を強めた。


「エリザ達はエステルさんを守れ! あのトカゲは俺が――っ!?」


 レウルスが言いきるよりも先に、翼竜から巨大な魔力が放たれる。


 それが魔法の発現の前兆だと悟るレウルスの頭上を覆いつくすように、火炎の雨が降り注ぐのだった。

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