第21話:警戒態勢 その2
地獄という言葉がある。
宗教的な意味合いだけでなく、凄惨な出来事などを指しても使う言葉だ。レウルスとして新たな生を歩んでいる“彼”にとって、人生のほとんどは地獄と形容する他ない。
死んでしまった以上前世での死因についてはわからないが、働き過ぎたことに因る過労が原因だと思っている。それはすなわち、命を落とすほど長期間、過酷な労働に従事したということに他ならない。
そんなレウルスとしても、新たな生で得られた生活は地獄でしかなかった。幼い頃に両親が死んでしまったことを筆頭に、十年を超える年月を馬車馬の如く酷使されたのだ。この世界における成人の年齢までよく生き残れたと、自画自賛するほどである。
もっとも、成人したことで奴隷として売り払われたので自賛しても仕方ないのだが。
『早く水を運べ! 休んでるんじゃねえぞ!』
夢の中、“当時”向けられていた罵声が響き渡る。それは両親を亡くして十日と経っていない三歳児に掛けられた言葉であり、その言葉を受けたレウルスは体の半分ほどある桶を両手で抱えて歩いていた。
村というものは共同体であり、両親が死んでも村が面倒を見てくれるだろう。両親が死んだ直後はそんなことを考えていたレウルスだったが、現実は非情を超えて地獄だったのである。
村の中でも身分の差があり、レウルスはその最底辺。“普通”の農民と比べても待遇が悪く、農民という身分に反して実際は奴隷扱いだ。そんな境遇であるからこそ、両親を失ったばかりのレウルスも酷使された。
農民の更に下、農民達に“こうはなりたくない”と思わせる卑賤の立場。そんな立場だからこそ幼児としか呼べないレウルスも働かされた。
シェナ村の外れに流れている小川まで歩き、水を汲んでは畑に運び、再び小川に戻る。
それを毎日のように繰り返すこと二年。栄養不足ながらも少しは身長が伸びた頃、今度は鍬を持って畑を耕すように言われた。
『水はあっちのガキに運ばせる。お前は畑を耕せ』
そう言われて視線を向けると、そこにはかつてのレウルスと似たような年齢の少年がいた。話を聞く限り、レウルスと同じく両親が魔物に殺された子どもらしい。
レウルスと違う点があるとすれば、その少年には前世の記憶がなかったことだろう。空腹に泣き、毎日強制される水運びに泣き、水を運んでいる最中に転んで泣き、両親が死んだことを思い出して泣き、村の上役に殴られて泣き、蹴られて泣いた。
自分の体力を把握し、死なないよう適度に手を抜いていたレウルスと違い、その少年はずっと泣いていた。そして、一週間と経たずに命を落としたのである。
『チッ……すぐにくたばるなんざ使えねえな。おい、その死体はちゃんと埋めとけよ。それと畑に撒く水は自分で汲んでこい!』
日が昇っても起きてこない少年を蹴り飛ばし、息絶えていることを確認するなり村の上役は吐き捨てるようにそう言う。レウルスにできたことと言えば、上役の言う通り少年を埋めることだけだった。
村の共同墓地の端――村の中でも身分が低い者が埋められる場所に運び、もしもの際に魔物に掘り起こされないよう深く穴を掘り、土を被せ、墓石代わりに一本の杭を打ち込む。
『いつまでやってんだ! さっさと働け!』
そして、最後に少年の冥福を祈ろうとして上役に殴り飛ばされた。他人のために祈る時間も余裕も与えるつもりはないらしい。
それでもレウルスは歯を食いしばり、死なないように注意しながら働き続ける。時折連れてこられる年下の少年少女を何度も“見送り”ながらも、働き続ける。
そうやって畑を耕し続けて五年が経ち、今度は村の外の畑を耕すように言われた。魔物が跋扈する外界は危険が溢れており、運が悪ければ一日で死ぬ。それでももしかすると村から逃げ出せるかもしれないと考え、レウルスは慎重に農作業を行った。
その結果として、魔物の脅威を知った。正確には村の外の危険度を知った。逃げ出すことは自殺に過ぎないと判断し、転機の到来を待った。
農作業の合間に監視の隙を突いては虫や草を食み、泥水を啜り、上役達が求める作業量のギリギリを見極め、辛うじて生を繋いだのである。
もっとも、レウルスは一人であり監視は複数だ。他にも農作業をしている者がいるとはいえ、頻繁に手を抜いては目立ってしまう。そのため何度か手抜きがバレたが、それでも殺されることはなかった。
相手は農民を殺したいのではない。あくまで労働力として酷使したいのであり、酷使することにも慣れていた。手抜きがバレた際は袋叩きにされたが、多少の出血や打撲はあるものの、骨を折ったり内臓を傷めたりすることはなかった。
『次に手を抜いてたら魔物のエサにするぞクソガキが!』
倒れるレウルスにそんな脅しを吐き、農作業に戻らされる。その時は血が流れていたため嗅覚の鋭い犬型の魔物を呼んでしまい、必死に逃げ出したものである。
村から売り飛ばされるまでそんな生活が続いたが、夢の中で振り返ったレウルスとしては死んだ方が楽だったろうと思う。だが、既に一度死んだ身なのだ。何故前世の記憶を持って生まれ変わったのかはわからないが、二度死にたくはない。
例え泥水を啜り、虫や雑草を食べてでも、生きていたかったのだ。
前世の記憶がなければ早々に死んでいただろうが、前世の記憶があったからこそ今まで生き延びて苦労してきたとも言える。
――それでも、死ぬよりはマシだ。
そう思って生きてきたからこそ、“今”があるのだ。
カンカンカン、と甲高い金属音が鳴り響く。
ドミニクの料理店の一室――物置の中で寝ていたレウルスは、遠くから聞こえるその音で目を覚ました。
それは時間を知らせる鐘の音ではなく、有事を知らせる警鐘。寝起きで回転が遅い頭ながらもそれに思い至ったレウルスは瞬時に意識を覚醒させると、手作りの藁ベッドから跳ね起きる。
「ちょっ、なんだ!? 何が起きたっ!?」
夢でシェナ村での生活を思い出していたからか、自分がいる場所がどこなのかと軽く混乱した。それでもすぐに我に返ると、頬を叩いてから物置の端に目を向ける。
そこにあったのは、キマイラが襲来する危険性が高いということで冒険者組合から特別に持ち帰ることを許された装備一式。それらを手早く身に付けたレウルスは物置から飛び出ると、既に目を覚ましていたと思わしきドミニクと鉢合わせる。
「おやっさん、コレは!?」
「魔物の襲撃だろう。キマイラかどうかはわからんがな」
危急の事態らしいが、答えるドミニクは平静そのものだ。ドミニクの料理店の外からは慌てたように駆ける冒険者の足音が響いており、それに気付いたレウルスは自分の装備が整っていることを再度確認すると、冒険者達に合流するべく駆け出そうとする。
「まずは水でも飲んで落ち着け」
しかし、慌てた様子のレウルスをドミニクが止めた。コップに水を入れて差し出すと、レウルスは僅かに躊躇してからコップを受け取り、一気に水を飲み干す。
「お前がこの町の役に立とうって意気込むのは嬉しいがな、寝起きに飛び出してもそのまま死ぬのが関の山だ。せめて頭をはっきりさせろ」
「……ういっす」
長年の農民生活で朝に弱いわけではないが、ドミニクの言う通り寝惚けた頭で魔物の前に立っても死ぬだけだろう。そう考えて納得したレウルスはもう一杯水をもらい、手拭いに振りかけてから顔を拭く。
「レウルスさん、おはようございます。これをどうぞ」
続いて、調理場で作業をしていたと思わしきコロナが顔を出した。普段と違って柔和な笑顔はそこになく、僅かに緊張を滲ませている。
そんなコロナが差し出したのはパンに薄切りの肉と野菜を挟んだサンドイッチであり、レウルスは有り難く受け取った。
「おはようコロナちゃん。それとありがとう。早速食べさせてもらうよ」
それだけを告げて早速サンドイッチにかじりつくレウルス。普段ならばその美味しさにいくつもの感想と感謝を述べるのだが、今は時間がない。ほんの一、二分でサンドイッチを食べ終えると、最後に水を飲み干して立ち上がった。
「うっし……落ち着いたぜおやっさん。それじゃあ俺も様子を見てくる。コロナちゃんは絶対に店の外に出るなよ」
目を覚まして十分も経っていないが、水と食事のおかげでしっかりと目が覚めた。レウルスは剣帯を使って剣を腰に固定すると、懐から大銅貨を一枚取り出してテーブルに置く。
「あっ、待ってくださいレウルスさん。急ぎで作ったものですけど、これを持っていってくれませんか?」
すぐにでも駆け出そうとするレウルスをコロナが止め、蔓で編まれたバスケットを差し出す。一体何が入っているのかとレウルスが首を傾げると、コロナは申し訳なさそうに微笑んだ。
「サンドイッチです。すぐには無理かもしれませんけど、休憩の時にでも冒険者の人達に食べてほしくて」
そんな言葉を聞きながらバスケットを受け取ると、それなりに量が入っているのかズシリと重かった。どうやらレウルスよりも先に起き、あらかじめ作っておいたらしい。
「わかった、みんなに渡しとくよ……全部俺一人で食べちゃいたいぐらいだけどな」
「もう、だめですよ? ごはんを用意しておきますから、帰ってきてから食べてください……ちゃんと、怪我せずに帰ってきてくださいね?」
レウルスの冗談に笑顔を浮かべたコロナだったが、最後には不安そうな顔へと変わってしまう。それを見たレウルスは頭を掻くと、安心させるように笑い飛ばした。
「なあに、俺みたいな雑魚は遠くからちまちまと石でも投げてるさ。コロナちゃんの手料理を楽しみにしとくよ」
虚勢を張るように軽口を残し、レウルスはドミニクの料理店から飛び出すのだった。
早朝のラヴァル廃棄街をレウルスが駆け抜けていく。普段ならば早朝から活動しているラヴァル廃棄街の住人達の姿はなく、大人しく家の中に閉じこもっているようだった。
時間をかけずに人通りのない道を走破すると、ラヴァル廃棄街と外界を隔てる門へとたどり着く。そして周囲を見回すと、数人の冒険者の姿を見つけて駆け寄った。
「何が起きたんだ……って、ニコラ先輩!? もう起き上がって大丈夫なのかよ!?」
駆け寄った先にいた冒険者達。その中にニコラの姿を見つけ、レウルスは驚きの声を上げる。そこにいたのは全身のいたるところに包帯を巻き、レウルスと同様に冒険者組合から貸し出された安価な装備を身に付けたニコラだった。
「よう、レウルス。昨日は助かったぜ」
レウルスの姿を見つけるなり、ニコラは笑って手を上げる。怪我でもしていないように振る舞っているが、立つことすら難しいのか地面に座り込んでいた。血を流し過ぎたからか顔色は真っ白であり、まるで幽鬼のようである。
言葉を飾っても重傷者としか言いようがなく、言葉を飾らなければ半死人だ。むしろどうやってこの場に来たのかと尋ねたいほどである。
「俺が仕留めきれなかった魔物が相手なんだ。大人しく寝てるわけにゃいかねえだろ」
「そこは寝てろよ! 倒れたらそのまま死にそうじゃねえか!?」
レウルスが聞きたいことを察したのか先んじて答えるニコラだったが、レウルスとしては大人しく寝ていろとしか言えなかった。安静にした上で治療を受けなければ死んでしまうと、素人目に見ても明らかだったのである。
レウルスは周囲にいた冒険者達に視線を向けるが、彼らは肩を竦めて苦笑するだけだった。レウルスと同じように説得をしたのだろうが、ニコラが聞かなかったのだろう。
「落ち着けレウルス……俺もな、何も考えずにここに来たわけじゃねえ。キマイラの習性でな……取り逃がした獲物には強い執着心を抱く。だから、俺が町の中にいると被害が大きくなるかもしれねえんだ」
「熊かよっ!? アレ? えっと、種類は忘れたけど熊だよな……」
思わずツッコミの声を上げたレウルスだったが、自分の発言に対して確証が持てずに首を傾げた。
ツキノワグマかホッキョクグマか、もしくはヒグマか。そのどれかだった気がするが、前世のボロボロな記憶では正確に思い出すことができない。しかし、そのどれかが自身の獲物に対して病的なまでに執着心を発揮していたはずだとレウルスは思う。
もっとも、この場ではそのような知識は何の意味も持たない。本当にキマイラが取り逃がした獲物に執着するというのなら、ニコラを追いかけてラヴァル廃棄街に突っ込んでくる危険性があった。
「本当ならその場で殺されるべきだったんだが、キマイラの動向を報告する必要があったしシャロンもいた……痕跡はなるべく消したつもりだったんだがなぁ……」
「……もしかして、もうキマイラが来てるのか?」
警鐘が鳴っていたのはそのせいなのか。それならば時間的余裕は既にないことになる。
「いや、“まだ”だ。キマイラから逃げ出した魔物が森の方から出てきてはいるがな。他の連中はその迎撃に出てる」
そう言って会話に割り込んできたのはトニーである。その後ろにはシャロンの姿もあるが、ニコラと違ってこちらは元気そうだった。
シャロンはレウルスに気付くと、小さく頭を下げる。
「兄さんから聞いた。レウルス、昨日はボクと兄さんを助けてくれてありがとう。感謝する」
「いや、俺は偶然あの場所にいただけだし。感謝するならニコラ先輩に言ってくれよ。あんなに怪我をしてたのにシャロン先輩を抱えてキマイラから逃げ切ったんだしさ……というか、シャロン先輩もニコラ先輩を止めてくれよ」
「兄さんは頑固だから言っても聞かない」
感謝の言葉を述べてくるシャロンにニコラを止めるよう言うが、にべもなく断られてしまう。レウルスはシャロンの反応に肩を竦めると、気になったことを尋ねることにした。
「ところでニコラ先輩。キマイラは逃がした獲物に執着するって言ったけど、それなら……俺も?」
もしもそうなら、今回の騒動の一因になってしまう。むしろ発端の可能性もあり、レウルスは恐る恐ると尋ねた。
「……可能性は否定できない。でも、ボクや兄さんと違って攻撃をしてないのなら、影響はほとんどないと思う」
「攻撃してたらその場で死んでるよ……でも、そうか」
それは慰めの言葉だったのか、事実を述べただけなのか。シャロンは気にしないように言う。それだけでレウルスは肩の荷が少しだけ軽くなったが、キマイラが迫っているという現状には何の影響もない。
それでも安堵するレウルスに対し、トニーはニコラの様子を確認しながら笑った。
「キマイラから逃げてこの町に来るまで、一日は経ってたんだろ? もしもお前を狙ってたらこの町に到着する前に死んでるって」
「あっさりと死んでたとか言わないでくれます!? こっちだって川を泳いだり磨り潰した木の葉で臭いを誤魔化したりしてたんだぞ! 他の魔物にも襲われるかもしれない状況で日が暮れて、真っ暗闇の中、木の上で一晩過ごしてみろよ!」
当時はいつキマイラが追い付くか戦々恐々としていたが、それが無意味だったと知らされて憤慨するレウルス。他の魔物を欺くことはできたから良かったものの、キマイラが追いかけてくれば死んでいたと聞いて良い気持ちはしない。
「なんだそりゃ……お前農民だったんだろ? なんでそんな追跡を撒く手段を知ってるんだよ」
「村の外の畑が俺の担当だったんだよ! 逃げる手段がなけりゃこの歳まで生きてねえっての!」
本当はボロボロの前世知識を頼りに逃げたのだが、格好の口実があるためそちらを利用することにした。魔物が近づくと反応する自身の勘もあったが、そちらはいまいち信用できないため口には出さない。
そうやって言葉を交わしていると、会話を遮るように警鐘が鳴り響く。それはレウルス達がいる南門ではなく、他の場所から聞こえていた。
「……外から、か?」
距離まではわからないが、ラヴァル廃棄街の外から聞こえる警鐘にレウルスは首を傾げる。規則正しく鳴らされるその音には何かしらの意味があったらしく、トニーは苦虫を噛み潰したように眉を寄せた。
「索敵に出てたやつが魔物を見つけたみたいだな……やれやれ、せっかく休憩に来たっていうのによ。昨晩から寝ずの番だぞクソッタレ」
「それならトニーさん、コレでも食べて休んでいてくれよ」
「んあ? なんだそりゃ?」
不機嫌そうに呟くトニーだが、昨晩から徹夜で見張りをしていたらしい。それならば愚痴が出ても仕方がないとレウルスは笑い、コロナから受け取っていたバスケットを手渡した。
「コロナちゃんお手製のサンドイッチだよ。みんなで食べてください、だってさ」
「おおっ! そりゃありがてえや!」
レウルスの説明を聞き、早速バスケットの中身を漁り始めるトニー。それを見たレウルスは苦笑すると、緊張を誤魔化すためにも笑った。
「さあて、それじゃあ俺も一働きしてくるわ。監視も良いけど、魔物を倒して金を稼がないとな!」
「おうおう、若いモンは元気でいいねぇ。戦いに出るのは良いけど、『魔物喰らい』らしくその場で魔物を食い始めるなよ?」
「いくらなんでもそこまで食い意地張ってないっての……」
それでも、美味しい魔物だったら食べてしまうかもしれない。レウルスがそんな言葉を飲み込んでいると、それまで座り込んでいたニコラが体を震わせながらも立ち上がった。
「俺も出るから安心してくれよトニーさん。レウルスの指導もまだ少ししかしてなかったし、丁度良いってもんだ」
「半死人が何言ってんだ。いやまあ、魔法が使える分レウルスよりは戦えるだろうけどよ」
戦おうとするニコラをトニーは止めない。ニコラが半死人だと思いつつも、本人が戦うのならばその決断を尊重するようだった。
「俺の評価が低いのか、ニコラ先輩の評価が高いのか……気になるけど答えを聞いたら凹みそうだ。ニコラ先輩、戦うのは止めないけど無理だと思ったら下がってくれよ?」
「ボクもついていくから大丈夫。無理そうなら首根っこを掴んで町の中に放り込むから」
シャロンは冗談ではなく本気で、ニコラが戦えないと判断すれば気絶させてでも撤退させるだろう。付き合いが浅いレウルスにもそう感じさせる声色で告げると、ニコラは降参するように両手を上げた。
「どっちみち装備のほとんどが借り物だからな。大人しく雑魚を狩ってるって」
「大人しくするつもりがあるのなら、すぐにでも医者にかかるべきじゃねえかな……」
思わずレウルスがツッコミを入れるが、キマイラの習性が本当ならば今の事態を引き起こした一因が自分にあると考えているのだろう。そんな状況で大人しく治療を受けているつもりはないらしい。
「……兄さんは本当に頑固なんだから」
小さく呟いたシャロンの声を耳に拾いつつ、レウルスは町の外へと足を向ける。
今世で大半を過ごしたシェナ村を魔物から守れと言われれば、笑顔で見捨てただろう。むしろ魔物の襲撃に便乗すらしていたかもしれない。
だが、レウルスにとってラヴァル廃棄街は自分が“人間”であることを思い出させてくれた場所だ。今しがた交わしたニコラ達との会話も、心地良いと思えたのだ。
トニーに対して語った天国という言葉は、決して嘘偽りではない。魔物という恐ろしい存在と戦う必要があるとしても、それでも守りたいと思える場所なのだ。
(ま、俺に何ができるかわからないけどな……)
駆け出し冒険者の自分が何の役に立つかわからない。それでも自分の新たな居場所を守るべく、レウルスは気合いを入れて駆け出すのだった。