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第215話:助言

 人混みに紛れるようにして立つローラン。その姿を見たレウルスは、『龍斬』の柄に手を伸ばす。ローランはグレイゴ教の司祭にして、一度は刃を交えたことがある男だ。


 170センチの半ばを超える身長に、乱雑に伸びた赤色の髪。かつて遭遇した際は金属製の部分鎧や手甲、脚甲を身に着けていたが、今は防具を身に着けていないのか道行く人々と大差がない、麻布で作られた服を着ているばかりである。

 武器の類は見当たらないが、布で包まれている棒状の“何か”を左手に提げている。おそらくは愛用の曲刀が収められているのだろう。


 顔立ちは精悍さと奇妙な明るさが同居しており、相変わらず距離があっても飄々とした雰囲気を感じる。


「あれは……グレイゴ教徒ですかー。向こうは戦う気はなさそうですねー……わたくしは大丈夫ですから、様子を見てきてくれますかー?」


 エステルもローランの魔力に気付いたのか、相手の様子を確認するなりそう提案してくる。だが、それを聞いたレウルスは渋面を作ってしまった。


「様子を見てくるのは構いませんが、サラならあの男だけ狙えますよ?」


 物陰に隠れているわけでもなく、目視しているのだ。サラの力ならばピンポイントで狙うこともできるはずで、レウルスは先制攻撃を提案する。


「ん? わたしの出番? 燃やす? 燃やしちゃう?」


 レウルスの提案を聞いたサラは、やっと自分の出番がきたかと腕まくりをした。腕まくりをしても火炎魔法の行使に何の影響もないのだが、それだけ退屈していたのだろう。

 そんなサラをネディがじっと見つめているが、何かを言うことはなかった。


「ジルバさんみたいなことを言わないでくださいよー……残念ながら、グレイゴ教徒だからといって問答無用で襲えばこちらが捕まっちゃいます。レウルスさん、間違ってもこちらから先に剣を抜かないでくださいねー?」


 どうやらグレイゴ教徒だからという理由で即座に捕縛するわけにはいかないらしい。


「……ま、まあ、そうですよね。特定の宗教を信仰してるから排除するなんて、物騒どころの話じゃないですしね」


 ジルバと同類扱いされたことに少しだけ動揺するレウルスだが、すぐさま気を取り直してエステルへ気遣うような視線を向けた。


「でも、向こうの用件を確認するとしても陽動の可能性がありません? 俺を引き離してその間にエステルさんを狙う……とか」


 堂々と姿を晒し、誘うように魔力を向けてくるローランだが、それも護衛であるレウルス達を引き離すためだと思えば納得もできる。


「エステルさんって戦えないんですよね? ジルバさんぐらい強ければ俺も安心して離れられるんですが……」


 以前冗談で精霊教師ならば精霊教徒のジルバよりも強いのか尋ねたことがある。エステルが治癒魔法に長けているのは知っているが、それ以外の魔法となると『強化』ぐらいしか使えないのではないか。


 エステルは武器も防具もなく、精霊教師が身に着ける黒い修道服と大精霊を形取った首飾りを下げているだけだ。有事の際にどれほど対処できるかわからないというのも、護衛としては困るところである。


「うーん……たしかに“わたくしは”ジルバさんの足元にも及ばないですよー」


 隠していただけでジルバ以上に素手での格闘戦に長じている、などということもないようだ。それならば護衛として離れるわけにはいかないと考えるレウルスだったが、エステルの瞳が真っすぐに向けられる。


「――でも大丈夫です」


 それは何も知らない少女のような、無垢な瞳だった。レウルスの見間違いか淡い赤色の光を帯びたようにも見え、ほんの数瞬ながらレウルスの全身を締め付けるような魔力が放たれる。


(ぐ、ぬ……これは、初めて会った時の?)


 言いようのない重圧感を覚えるレウルス。初めてエステルと出会い、『神託』を受けた際に感じた得体の知れない“何か”がそこにいた。

 だが、レウルスがそんな感覚を抱いたのもほんの数秒のことだ。エステルが柔和な雰囲気を取り戻し、気の抜けた笑みを浮かべる。


「人生どうにかなるものですよー。それに、エリザさん達が守ってくださるんでしょう? レウルスさんが信じてあげないでどうするんですかー?」

「……わかりました。何かあればすぐに戻ってくるんで、なるべくこの場から動かないでください。サラ、索敵と何かあった時の連絡は任せたぞ? エリザ達はエステルさんの護衛を頼む」


 エリザ達を信じていないのかと問われてしまえば、レウルスにできることはない。仮にローラン以外のグレイゴ教徒がいたとしても、廃棄街ならばともかくアクラの町中で襲ってくる可能性は低いだろう。


 そう判断したレウルスはローランに向かって歩き出した。すると、ローランはレウルスに背を向けて路地裏へと進んでいく。

 人気のない場所に誘って襲い掛かってくるつもりだろうか。だが、それならば存在を知らせずに不意打ちを仕掛けた方が手っ取り早かっただろう。


 大きな通りから細い路地へ入り、何度か曲がる。そうしている内に大きな通りの喧騒が遠ざかり、レウルスの足音が大きく聞こえるようになってきた。


 周囲にローラン以外の魔力は存在せず、人の気配もほとんど感じられない。いくら日中とはいえ、路地裏の奥深くまで足を踏み入れる物好きは少ないのだろう。

 そうやって歩くことしばし。足を止めたローランが振り返り、奇妙なほどに友好的な笑みを浮かべた。


「よう戦友、久しぶりだな。思わぬ場所で思わぬ再会じゃねえか」


 元気にしてたか? などと言いながら旧友にでも再会したかのように笑うローラン。そんな“挨拶”に対してレウルスは目付きを鋭いものに変えるが、ローランはそれに構わず話を続けた。


「馬車が通ったのは見てたが、誰が乗ってるかまではわからなかったんでなぁ……一体何をしたんだ? 子爵家に呼ばれるなんざ、よっぽどのことをやらかしたんじゃねえか?」


 これがラヴァル廃棄街の住民からかけられた言葉ならば、レウルスも軽口を叩いて答えただろう。だが、相手はローランだ。


「色々と言いたいことはあるけど……誰が戦友だ」


 怒るべきか、笑うべきか、あるいは無言で斬りかかるべきか。色々と選択に迷った結果、レウルス自身思ってもみなかったほど平坦な声が出た。

 ローランはそんなレウルスの声色に気付くと、大仰に肩を竦めてみせる。


「おいおい、つれないじゃねえか。一緒にスライムと戦った仲だろ? 戦友ってのも間違いじゃないと思うんだがなぁ」

「俺が一緒に戦ったのはジルバさんだ。それに、敵を戦友なんて呼ぶ趣味はねえよ」

「かったいねぇ……まあいいさ」


 さっさと用件を話せと言わんばかりのレウルスの態度に、ローランは苦笑を浮かべた。


 ローランに敵意がないからこそ手を出さないが、レウルスとしてはグレイゴ教徒と親しくするつもりはない。ジルバのようにグレイゴ教徒とあらば問答無用で襲い掛かることはないものの、心情的にはジルバ寄りだった。


「わざわざ呼んだのは他でもねえ……今回は手を引きな」


 そんなレウルスの心情を見抜いたのか、ローランは端的に告げる。レウルスは小さく片眉を跳ね上げ、表情に疑問の色を浮かべた。


「いきなりすぎて何を言いたいのかわからないな。手を引く? 何のことだ?」

「お前さんが連れてた女……ありゃあ精霊教師だろう? “この時期”にわざわざ精霊教師を連れてこの町まで来たんだ。どんな目的があるのかは嫌でもわかる……が、悪いことは言わねえ。今すぐこの町を出て家に帰った方が良い」


 ローランは真剣に、レウルスの身を慮るように告げる。声色も表情も真剣そのもので、冗談を言っているようには思えなかった。


「……脅しのつもりか?」


 出ていかなければ身の安全は保証しないとでも言いたいのか。ローランの思惑は読めないが、レウルスは戦闘になることも考慮して僅かに腰を落とした。


「んー……脅しじゃなくて善意の忠告、かねぇ」


 レウルスの動きが見えているにも関わらず、ローランは顎に手を当てながら視線を宙に向ける。


「そっちはどう思っていようが、俺や司教様……カンナさんからすればお前さんは俺らの同類だ。むしろなんで精霊教の肩を持ってるのかわからないぐらいなんだが……ああいや、お前さんの仲間にこっちの馬鹿が手を出したってのは覚えてるけどな?」


 ローランとしても説明に困るのか、言葉を選びながら目を細めた。


「『城崩し』に『国喰らい』……『狂犬』や俺達の助力があったとしても、既に上級の魔物を二匹仕留めてるんだ。俺達基準で言えば司教相当で、それだけで肩入れする理由になる。少なくとも落とし穴に向かって進んでるのを止めるぐらいには、な」

「……落とし穴?」

「ああ……まあ、その件に関して俺が言えるのはそれぐらいなんだけどな。俺にも立場ってもんがある。個人の好悪は別として、グレイゴ教の司祭って立場がな」


 怪訝そうな顔をするレウルスに対し、ローランは困ったように頭を掻く。そして数秒ほど悩んでから口を開いた。


「と言っても、それだけで退くなら苦労はしねえか……仕方ねえ。聞きたいことがあったら聞きな。答えられる内容なら答えてやるよ」


 そう言いつつ、ローランは近くの壁に背を預ける。すぐさま動くには向かない体勢であり、いきなりレウルスが斬りかかってもワンテンポ遅れるだろう。


(つまり、それだけ本気ってことか?)


 あるいはそう思わせるための演技か。レウルスは僅かに逡巡したものの、ローランに倣うように体勢を楽なものにした。


「そっちの目的は俺と一緒にいた精霊教師ではない?」

「ああ」


 エステルの名前を伏せて問うと、ローランはすぐさま首肯する。演技の可能性はあるが、嘘を言っているようには見えない。


「……ジルバさんと会ったか?」

「うげっ……もしかして『狂犬』の奴も来てんのか? 『狂犬』本人と会ってたら今頃殺し合いに発展してるっての」


 そして高い確率で俺が殺されてる、とローランは心底嫌そうに表情を歪めた。その表情は自然なもので、相変わらず嘘を言っているようには見えない。


「俺が連れていた精霊教師が目的じゃないのなら、この町の精霊教徒が目的……とか?」

「いや、以前も言ったが、こっちとしちゃあ精霊教徒や精霊教師だからといって人間や弱い魔物を襲うつもりはねえよ……あれ? その話をしたのは吸血種の嬢ちゃんが相手の時だったっけ?」


 その言葉を信じる限り、精霊教に関して何か企んでいるというわけでもないようだ。


「もちろんあの『狂犬』は例外だけどな。こっちは何十人とやられてるんだ……こっちに戦う気がなくても襲ってくるのなら戦うしかねえだろ?」

「そうなると……また上級の魔物が出たとか?」


 ジルバが例外扱いなのは前々から察していたため、軽く聞き流して尋ねる。すると、ローランはジルバの名前を聞いた時と似たような嫌そうな顔になった。


「そんなにポコポコと上級の魔物が出てたまるか……いや、いたら俺の試験に丁度いいけどよ。とにかく、そいつは違うと明言させてもらおうか」


 思ったよりも素直に情報を明かすローランに対し、レウルスは少しだけ印象を改めた。話半分にも信じていなかったが、どうやらグレイゴ教徒――少なくともカンナやローランはレウルスに対して好意的らしい。


(グレイゴ教についてはジルバさんから聞いた以上のことは知らないしな……強い魔物を狩る以外、どんな活動をしてるんだ?)


 レウルスの脳裏に先ほどルイスから聞いた話や、過去にジルバから聞いた話が過ぎる。


 マタロイでは精霊教が浸透している。これは揺るぎない事実で、グレイゴ教徒の手を借りたヴェルグ子爵が謹慎に追い込まれ、ルイスが当主代行を務める羽目になっているぐらいだ。

 上級の魔物が出たわけでもないというのに、わざわざグレイゴ教徒がアクラを訪れた理由。それが見当もつかず、レウルスは別方向から確認を取ることにした。


「ローラン……この町にはアンタ以外のグレイゴ教徒がいるのか? あのカンナっていう司教とか……」


 相手が何を考えているかわからずとも、その戦力を確認するべきだろう。そう判断したレウルスが尋ねると、ローランは意味深に笑った。


「いや、カンナさんはいねえよ。ただ、他の司教様がいる」

「――――」


 あっさりと、カンナ以外の司教がこの町にいると告げるローランに対し、レウルスは思わず絶句した。


 サラから連絡がないため、別動隊がエステル達を襲っているというわけではないだろう。他にもグレイゴ教徒が潜んでいるのかもしれないが、最低限でもローラン以外に見知らぬ司教がこの町にいるらしい。


「その司教様がな……まあ、なんだ、色々と厄介なんだわ。俺がお前さんにこの町から去るように言ったのも、その司教様と敵対する可能性を心配してのことだ……こいつは本心だぜ?」


 カンナに対するものとは違い、苦み走った表情でローランが言い捨てる。わざわざ念押ししているが、やはりと言うべきかそこに演技の色は見えなかった。


「……強いのか?」


 目的を話しそうにないが、ある程度の情報は渡してくれそうだ。そう判断したレウルスが尋ねると、ローランは皮肉げに頬を吊り上げた。


「あの『狂犬』と戦ったこともある……俺が言えるのはそこまでだな」

(ジルバさんが仕留め損なったっていう二人の司教の片割れか!?)


 かつてジルバから聞いた話だが、ジルバが戦ったことがあるという四人の司教。その内二人は仕留めたものの、残り二人は痛み分けで終わったと聞く。


 カンナもその内の一人だが、残りの一人がこの町にいるという。


(ジルバさんと互角に戦っていたカンナって女と同格……か?)


 これはまずい、とレウルスは密かに冷や汗を流す。


 相手がローランだけならばまだどうにかなるだろうが、そこに司教が加わるとなると絶望的だ。カンナと同等の技量があると見積もると、勝てる可能性は如何ほどか。


「っと、話し過ぎたな。俺はここらで失礼するぜ」


 ローランは空を見上げて太陽の位置を確認すると、壁から身を離す。そしてレウルスが何かを言うよりも早く地面を蹴って跳躍し、路地裏を形成している建物の屋根へと飛び上がった。


 防具と『龍斬』を身に着けているレウルスと違い、曲刀だけを持つ身軽なローランだからこそできる軽業だろう。『熱量解放』を使えば同じことができるかもしれないが、レウルスが飛び乗ると屋根が崩落する危険性があった。


「じゃあな。こっちの助言通り身を引いてくれるのを期待してるぜ?」


 本当に敵意はなかったらしく、ローランは最後まで親しみを感じさせる声をかけてくる。


 ――故に、最後の言葉もまた厚意だったのだろう。


「今いる司教様は強いというよりも“厄介”な手合いだ。下手すると『国喰らい』よりも……いや、龍種よりもな。お前さんが司教様と会わないことを祈ってるよ」


 そんな言葉を残し、ローランの気配が消えた。


 魔力を探ってみてもその所在がわからない。おそらくは魔力を完全に隠せるのだろう。


「……最後にヤバいことを言い残しやがって」


 悪態を吐くように呟くレウルスだったが、今回のことはローランへの借りにしておこうと思うのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、評価ポイントやお気に入り登録等をいただきましてありがとうございます。

二日連続で後書き欄をお借りします。


以前お知らせした通り、本日(9/10)『世知辛異世界転生記』の書籍版が発売されます。

これもひとえに拙作をお読みいただいた読者の方々のおかげです。

改めて感謝申し上げます。


活動報告も更新していますので、よろしければご確認いただければと思います。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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