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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
6章:偏愛と妄執の人形遣い

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第213話 ヴェルグ子爵家 その3

 ルイスの雰囲気が変わった。


 それを察したレウルスだったが、ルイスの視線は何故かレウルスへと向けられている。精霊教師のエステルではなく、護衛として立つレウルスに視線が固定されているのだ。

 レウルスはそのことに疑問を覚えつつも、明らかに意識を向けられているのならと相手の出方を窺うために軽く雑談を放る。視線を向けられているのに黙ったままというのも、失礼に当たるだろう。


「そういえば、そのコルラードさんはどうしたんですか? 今日の迎えもてっきりコルラードさんが来ると思ったんですが」

「体調不良……うん、体調不良さ。数日安静にすれば治るんじゃないかな、きっと」


 そう言ってどこか同情するように微笑むルイス。おそらくはエステルを無事に送り届けたことで気が緩み、胃痛が再発したのではないか。

 コルラードが旅の途中で頻繁に顔色を変化させるのを見ていたレウルスは、今度会った時に何か奢ろうかなどと思った。


「そのコルラード殿から話を聞いているとは思うけど、どこまで聞いているのかな?」


 そう言って目を細めるルイス。レウルスはどう答えたものかと迷ったが、コルラードから最初に話を受けたのはレウルスだ。エステルではなく自分が答えるしかないだろう、と口を開く。


「ヴァレー鉱山で続いていた坑道の崩落を解決するためにヴェルグ家の当主様がグレイゴ教徒を招き入れて、それを知った領地の精霊教徒が反発している……細かい話を除いた本題としてそう聞いています」


 他にも色々と話したが、現状で必要な情報はそれだけだろう。

 精霊教徒の反発を抑えるためにレウルスを通してジルバを動かそうとしたものの、ジルバが不在のためエステルが代わりにアクラを訪れた。その辺りの情報はエステルも把握しているため、これからどうすれば良いかを論じる方が建設的だ。


「認識に齟齬はないようだね。ただ、これは俺としても頭が痛い話なんだよ……君からコリボーを“買い取った”意味も『城崩し』が現れたことでなくなったしね。グレイゴ教徒ではなく、俺や他の騎士が問題を解決したのなら別の手も打てたんだが……」

(コリボー……ああ、あのデカいミミズか)


 コリボーとはミミズを巨大化させたとした思えない姿の魔物で、ヴァレー鉱山を崩落させた犯人としてレウルスがルイスに売り渡した魔物である。もっとも、実際にはコリボーをさらに巨大化させた『城崩し』という真犯人がいたのだが。


(いや、あのミミズも犯人といえば犯人だよな。『城崩し』が暴れたら坑道が崩落するどころの騒ぎじゃなかっただろうし……)


 昔の話はいいか、とレウルスは思考を打ち切る。今はそんな思考よりも、ルイスに返答する方が先だ。


「『城崩し』ですか……噂には聞いたことがありますが、どんな魔物だったんです?」


 レウルスがそう尋ねると、サラとミーアが不思議そうな顔をした。噂で聞いたどころか、『城崩し』を仕留めたのはレウルスである。何故惚けるのか疑問に思ったのだ。

 ただしエリザだけはポーカーフェイスを保っており、レウルスの意図を察したのか一番口を滑らせそうなサラの服をさりげなく引く。ネディは事情がわからないためハイテーブルに置かれた紅茶を興味深そうに覗き込むだけだ。


 レウルスが空惚けた理由は単純である。『城崩し』を倒したのは良いとしても、戦っている最中に『迷いの森』と呼ばれる森林地帯に大きな被害をもたらしたからだ。

 もちろんレウルスが率先して森を破壊したわけではなく、二百メートルを超える巨体の『城崩し』が暴れたのが原因だが、弱みになる要素は黙っておくべきだろう。


 ミーアを始めとしたドワーフ達をラヴァル廃棄街に連れて帰り、なおかつ『城崩し』に付着していた様々な鉱石を持ち帰ってもいる。領地を治めるヴェルグ子爵家の人間に知られて良いことなど一つもないはずだ。


「巨大としか言いようがない魔物だったよ……当時は国境の安定が怪しい時期だったのに上級に匹敵するであろう魔物が領地に現れたって聞いて、自分の運の悪さを嘆いたものさ」


 そう言いつつも、ルイスの顔に浮かぶのは苦悶の表情ではない。レウルスの目を見つめ、何かを観察するように薄く微笑んでいる。


「もっとも、『城崩し』がグレイゴ教徒ではなく“何者か”に倒されて死んでいると部下から報告された時は、運が向いてきたと思ったけどね。最悪の事態は避けられたと喜んだものさ」

「へぇ……上級に匹敵するような魔物を倒すような奴がいたんですか。もしかしたら俺達も遭遇してた可能性があったんですね……危なかったなぁ」


 心底から安堵した、と言わんばかりに息を吐くレウルス。すると、ルイスは僅かに眉を跳ね上げた。


「『魔物喰らい』なんて呼ばれている君でもそう思うのかい? 噂を聞く限り、大層腕が立つらしいけど……」

「いやいや、俺の腕なんて大したことないですし、そのあだ名も元々は身内で冗談として広まったものなんですよ。勿体ないから食べられないような魔物でも平気で食べる……だから『魔物喰らい』なんて呼ばれてましてね」


 カルロも知っていたからそうだとは思ったが、ルイスも『魔物喰らい』という名前を知っているらしい。その事実に苦いものを感じつつも、レウルスはおどけるように笑った。


「ま、『城崩し』ってのが巨体だったんなら、さぞ食べ応えがありそうで惜しいとも思いますがね」


 実際のところは生で齧っているのだが、美味しくはなかったためそこまで惜しいわけではない。しかしそれを話すわけにもいかないのだ。


「そ、そうかい……」


 だが、レウルスの発言を聞いたルイスは何故か頬を引きつらせながら曖昧な笑みを浮かべる。


「後学のためにお聞きしたいのですが、味については気にされないのですか?」


 そんなルイスの反応をどう思ったのか、セバスが口を挟んだ。そのことを疑問に思いつつも、レウルスは別段隠すことでもないからと答える。


「美味い不味いよりも、まずは食べられることが重要でしょう? もちろん、美味いに越したことはないですけどね」


 子爵家に生まれたのならば、魔物を食べずともいくらでも食べるものがあるだろう。その点では理解されないだろうが、何度も餓死寸前まで追い込まれれば物理的に食べられるものならば何でも食べるようになるはずだ。


「そういう見方もあるんだね……おっと、すまない。話が逸れてしまったね」


 レウルスの返答に何を感じ取ったのか、それまでレウルスに視線を固定していたルイスがようやくエステルを見る。


「エステル殿、まずはヴェルグ子爵家の当主代行を務めている身として謝罪をさせていただきたい。当主が……父がグレイゴ教徒の手を借り、申し訳なく思っています」


 そう言ってエステルに向かって小さく頭を下げるルイスだが、レウルスは違和感を覚えて僅かに眉根を寄せた。


(まずは、なんて言う割に話を切り出すのが遅かったよな? 精霊教徒の反発を抑えたいのなら、俺に話を振るよりも先にエステルさんに声をかけるべきだと思うけど……)


 もしかすると貴族や精霊教師のような地位の高い者にだけ通じるルールがあるのか、あるいは先にレウルスとの会話を終わらせてエステルとじっくりと話す時間を確保したのか。

 疑問はあるが、現状ではたしかめる術もない。さすがにこの状況でエリザに話を振るわけにはいかないだろう。


「今回の騒動の責任を取り、父は別邸で謹慎しています。本来ならば父本人が謝罪するべきなのでしょうが……」

「いえ、それには及びません。そちらにも色々と“ご事情”がおありでしょうから」


 ルイスの謝罪を聞いたエステルは、薄く微笑みながら受け入れる。普段と異なるその雰囲気に違和感を覚えるレウルスだが、ルイスは安堵したように息を吐いた。


「感謝します。ただ、自領の精霊教徒に関しては……」

「ええ、そちらはお任せください。微力ではありますが、元々そのつもりで訪れたのですから」


 簡潔に、淡々としたやり取りを行う二人。互いの立場がそうさせるのかもしれないが、レウルス達にとっても少しばかり居心地の悪い空気が漂っている。


(エステルさんもなんだかんだで怒っていた……とか? それとも、貴族向けに態度を作っているだけか?)


 その辺りの機微がさっぱりわからない。それでも護衛として事態の推移を見守っていようと思ったレウルスだったが、見守るよりも先にエステルがソファーから立ち上がった。


「それでは、わたくし達はこれで失礼しますね」

「わかりました。それでは、何かありましたらお気軽にお越しください。門番にも話を通しておきます」


 これで話は終わりだ、と言わんばかりに応接間の扉に向かって歩き始めるエステル。レウルス達は虚を突かれたように反応が遅れたが、困惑を抑えてエステルの背に続く。


「ああ、レウルス君……妹が直接礼を伝えたいと言っていたから、君も都合が良い日に足を運んでくれるかい? いつ頃に来れるかを事前に門番に伝えておいてくれるとこちらとしてもありがたいが……」


 そう言って話を振ってくるルイスに、レウルスは内心で困惑しながら首を傾げた。


「いえ、俺はエステルさんの護衛ですから……お誘いを断るようで恐縮ですけど、来れるとすればエステルさんが一緒の時じゃないですかね?」

「そうか……それは仕方がないな。うん、引き留めてすまなかったね」


 エステルに向けたものとは別の、友好的な感情が伝わってくる笑顔を浮かべるルイス。レウルスはそのことに困惑を深めながらも、案内のために待機していたメイドに従って応接間を後にするのだった。








 レウルス達が去った応接間。それまで笑顔を浮かべていたルイスは表情を真顔に変えると、既に温くなってしまった紅茶に口をつけてからセバスへ視線を向ける。


「セバスはどう見た?」

「断言はできかねますが……『城崩し』を仕留めたのはおそらくレウルス様でしょう」


 結局、誰一人として手を付けなかった紅茶等を片付けながらセバスが答えた。


「ふむ……根拠は?」

「レウルス様が連れていた少女の内、二人の顔色から……でしょうか」


 サラとミーアの反応があまりにも素直すぎて逆に確信が持てないが、可能性は高いだろうとセバスは言う。レウルスが背負っていた武器からも、並々ならぬ雰囲気を感じ取っていた。


 そして、何よりも――。


「全員が魔力を持ち、一党を率いていると思しきレウルス君は『城崩し』を倒す腕を持つ、か……腹芸もできそうだし、当家に欲しい人材だよ。ルヴィリアの恩人で、精霊教の客人という背景を抜きにしてもね」


 量に差はあるが、全員が魔力を持っていたのだ。それも、並の魔法使いを軽く上回る魔力量である。レウルス単独で『城崩し』を倒したわけではないのかもしれないが、エリザ達の手も借りれば『城崩し』も倒せるだろうとルイスは判断した。


「仮にレウルス君一人で『城崩し』を倒したのなら、グレイゴ教で言えば司教に匹敵する。全員で倒したのだとしても、大きく腕が落ちるわけではないだろう」


 そう言って紅茶を飲むルイスだったが、温くなったからか少しばかり苦みを感じて眉を寄せる。


「精霊教徒の件は頭が痛いが、まだどうとでもなる。それよりも、最低でも単独でキマイラを倒せる冒険者……うん、是非とも欲しいな」


 腕が立つ冒険者というのは少なく、兵士以上に強いとなるとごく僅かだ。『城崩し』を倒せると仮定すれば、兵士どころか従士、あるいは騎士すらも容易く超える。


「金や地位で動くような人間なら楽なんだけどなぁ……もしくは女をあてがうべき、か? 家臣の中で年頃の娘を持つ者は何人いたか……」

「娶わせますか?」


 “血”による取り込みは得意分野だ、とルイスが笑う。


「騎士階級の者の娘と結ばせてからレウルス君に手柄を挙げさせて、我が家で抱え込むために騎士爵を与える……家名を与えて一家を興させるのもありか?」

「“お坊ちゃま”、気が早いですよ」


 血で取り込み、あとは様々な鎖で縛り上げれば良い。レウルスが聞けば捕らぬ狸の皮算用だと鼻で笑うところで、同じように思ったのかセバスが釘を刺すように言う。


「じい、さすがにお坊ちゃまはよしてくれ。じいにそう呼ばれてしまっては、素直に頷くことしかできないじゃないか」


 本気だったのか冗談だったのか、ルイスは肩を竦めながら苦笑した。セバスはそんなルイスの様子に目を細めたが、一つだけ気になったことがあると口を開く。


「ただ……」

「何か懸念があるのか?」

「いえ……レウルス様がお連れの少女達を見た限り、レウルス様の女性の趣味は年若い少女限定なのか、と危惧した次第でして」

「……その辺りも考慮しておくか。いや、まずは色々と調査を進めないとな。野に埋もれた強者を見つけるのは楽しいが、“仕事”も片付けねばならん」


 そう言ってレウルス達が退室した応接間の扉に視線を向け、ルイスは呟いた。


「さて……『膺懲』のジルバ殿ならともかく、いくら精霊教師といえど無名に近いエステル殿で“敵”が食いついてくるか……」

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