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第211話 ヴェルグ子爵家 その1

 ガタガタという車輪の音を立てながら、一台の馬車がアクラの町中を走り抜けていく。


 ラヴァル廃棄街の大通りのような広さがある道には石畳が敷かれており、馬車に乗り込んだレウルス達に伝わってくる振動はそれほど強くない。


 馬車の内部に設置された椅子は綿をふんだんに使用したクッション性の高いもので、なおかつ振動を軽減するような仕組みが馬車に施されているのだろう。

 レウルス達とエステルの六人が乗り込めば手狭になるが、それでも客人を運ぶに相応しい質の高さがあった。


(で、そんな馬車をポンと貸し出す……向こうさんの考えがわからんなぁ)


 エステルはともかくとして、レウルス達は冒険者だ。いくらルヴィリアやディエゴを助けたといっても、些か対応が過剰ではないか。


 恩人に対する礼節を守ってこういった対応を取ったのかもしれないが、この世界に生まれてから最底辺の扱いばかりを受けていたレウルスとしては警戒心が先に立ってしまう。

 ディエゴは御者と共に御者台に腰を掛けており、馬車の中から話を振るのも難しい。そのためレウルスはため息を一つ吐くと、馬車に乗り込むにあたって床に置く羽目になった『龍斬』を蹴ってしまわないよう注意しながら足を組んだ。


「んー……馬車ってすごいわね! ねえレウルス! ラヴァル廃棄街に帰ったらカルヴァンに作ってもらいましょうよ!」

「俺達は全員『強化』を使って移動できるんだぞ? 馬車は必要ないだろ……というか、車体を曳く馬がいねえよ」


 馬車の側面に設けられた小窓から外の風景を眺めていたサラが興奮したように叫ぶが、レウルスとしては苦笑するしかない。

 たしかに長距離の旅に馬車があれば便利だろうが、当然ながら馬車は馬がいなければ動かない。しかしながらラヴァル廃棄街で馬を見たことはなく、そもそも廃棄街の住人が馬や馬車を保有して良いのかすらもわからないのだ。


「ヴェルグ子爵家のお屋敷が見えてきましたよ」


 教会を出発してからしばらくの間馬車の中で話していると、御者台につながる小窓を開けてディエゴが声をかけてくる。それに釣られて外の様子を確認したレウルスは、思わず頬を引きつらせてしまった。


 馬車の行く先に見えたのは、大きな屋敷である。


 正方形に区切られた敷地の周りにはぐるりと水堀が設けられ、更には外敵対策なのか三メートルほどの石壁が水堀を渡った先に築かれていた。石壁は人が乗れるよう幅もあるらしく、時折歩哨と思しき兵士が行き来している。


 水堀は五メートル近い幅があり、『強化』を使ったとしても一度の跳躍で石壁を飛び越えるのは難しいだろう。加えて屋敷の周囲は常に兵士が見回っているらしく、武装を整えた者達が二人一組になって歩いている姿が見える。


 視線を向けてみれば敷地の四方と正門と思わしき場所には木材で作られた見張り塔も存在し、十メートルほどの高さから見張りの兵士が周囲を見張っているようだった。


 そして、そんな水堀や石壁を越えた先には遠くから見ても巨大だとわかる一軒の屋敷が存在する。


 レウルスがこの世界で見たことのある大規模建造物は、サラが生まれた場所である火の精霊用の『祭壇』だけだ。『祭壇』も一辺が百メートル、高さが二十メートル近い巨大さだったが、遠くに見える屋敷もそれに負けず劣らず大きいようである。


(うわぁ……やっぱり金ってあるところにはあるんだなぁ。建設費はいくらぐらいかかるんだ?)


 水堀や石壁、見張り塔による防御設備といい、屋敷というよりは城のようだった。思わず建設費がいくらだろうかと考えたレウルスだったが、想像もできないほど莫大な資産を投じて造られているのだろうと察する。


 そうやって密かに戦慄するレウルスを他所に、馬車はそのまま進んで正門へと近づいていく。正門の前の水堀にはラヴァルの門のように跳ね橋がかかっており、有事の際には引き上げることで防衛力を増すのだろう。

 門自体は石で組まれた大きい柱が左右に一本ずつ、更には石組みの技術だけで半円状にアーチが造られており、かけた資金と技術の高さが窺えた。


 アーチ状の正門、その正面にはヴェルグ子爵家の家紋と思しきレリーフがはめ込まれている。


(交差する剣と槍……その後ろに花? なんの花だ?)


 前世も今世も花に縁遠い生活を送っていたレウルスは、家紋に使われている花が何かわからずに首を傾げた。それとなく周囲を見回してみるもののエリザ達は屋敷の外観に感嘆の声を上げるばかりで、家紋を見ている者は皆無である。


(……まあ、別に重要なことでもないか)


 そんなことを考えるレウルスだったが、レウルスが気づかなかっただけで現在乗っている馬車にも同様の家紋が刻まれている。そのため正門の見張りに立つ兵士達も誰何することなく、各々が持つ武器を捧げるように構えていた。


 そうやって正門を抜けた先には、これまた別世界かと思うほどの光景が待ち受けていた。


 屋敷に続く真っすぐな道と、道を挟むようにして作られた背の低い木々の壁。屋敷の庭にはところどころに木が植えられ、来客者の目を楽しませるために花壇も設けられている。

 春先にも関わらず来訪した者を出迎えるように花や葉を生い茂らせており、どれほどの手間暇がかかっているのか気になるところだ。

 庭の管理を行う者も専属で雇っているのだろう。その整いぶりはレウルスも思わず感嘆の息を漏らすほどだった。


 だが、そんな周囲の光景に驚かない者もいる。レウルス達一行はネディまで含めて全員が驚いていたが、エステルだけは庭を眺めて一言だけ呟いていた。


「中々良いお庭ですねー……」


 感性が違うのか、あるいは“これ以上”の庭園を見たことがあるのか、エステルの声色には感心の色こそあれど驚きの色は微塵も含まれていなかった。


 そんなエステルの呟きに気付いたのはレウルスだけで、思わず視線を向けるがエステルが視線を合わせることはない。庭園を見ながら自身の記憶を想起するように目を細めるだけだ。

 そうやって庭園に目を奪われていると、馬車が徐々に減速していく。どうやら屋敷に到着したようで、完全に馬車が停止するとディエゴが声をかけてくる。


「到着しました。どうぞ馬車からお降り下さい」


 ディエゴの言葉に従い、レウルス達は馬車から降りていく。一応の警戒としてレウルスが真っ先に降りて周囲を確認するが、当然ながら不審者の姿が見えるはずもなかった。


「エステルさん、手を」


 身軽に馬車から降りてくるエリザ達は問題ないが、一行の中で最も地位が高いエステルにはレウルスが手を貸す。


「ご丁寧にありがとうございますー」


 エステルは僅かに目を瞬かせたものの、すぐさまレウルスの手を取って慣れたように地面へと降り立った。レウルスはエリザ達も含めて全員に異常がないことを確認すると、ディエゴの案内に従って屋敷の扉へと近づいていく。


「……ディエゴさん、ここまで来てから聞いても遅いでしょうけど、帯剣したままで大丈夫なんですか? あと、俺達の格好とか……」


 木材や石材をふんだんに使用した巨大な屋敷を前に、レウルスは今更ながら自分達の格好で問題がないのかと心配になった。

 エステルの護衛という立場上武器や防具がないのは困るが、貴族の屋敷に立ち入るのに相応しい格好とは思えなかったのだ。


「その辺りは心配せずとも大丈夫ですよ。ルイス様からも普段通りの格好で良いとの指示を受けていますから」


 レウルス達が暴れないと思われているのか、ルイスが豪胆なのか。あるいは万が一レウルス達が暴れても鎮圧できると思っているのか。ルイスの思惑はわからなかったが、格好を気にしなくても良いのならそれに従うことにした。

 それでも一応の用心としてエリザ達の格好を確認し、髪が乱れている部分などを手早く直していく。


 そんなレウルス達の様子を見守っていたディエゴだったが、準備が整ったことを確認すると両開きの扉に設置されているノッカーを二度、三度と鳴らした。すると数秒と経たずに扉が少しだけ開く。


「ルイス様の命により、客人をお連れした」


 扉を開いたのはメイドと思しき女性で、ディエゴの言葉を聞くと背後へと振り返る。そして数度頷くと、扉を大きく開け放った。


 ――扉の向こうに広がっていた光景に、レウルスは思わず目を見開く。


 玄関を抜けた先では屋敷の巨大さに相応しい広間に赤い絨毯が敷かれており、レウルス達を出迎えるようにして多くの男女が整列していたのだ。


 扉を開けたメイドと同様に、長袖で膝下までの長さがあるメイド服で身を包んだ女性達――上は初老で下は少女と思しき年齢のメイド達が二十人ほど。

 そんなメイド達よりも数が少ないものの、黒い執事服を着た男性が十人ほど。こちらもメイド達と同様に、年嵩の者から年若い者まで年齢がバラバラである。


 そして、立ち並ぶ執事やメイドと思しき男女よりも奥に、一人の青年が立っていた。


 それはレウルスも一度顔を合わせたことがあるルイスで――ルイスの顔を見たレウルスは思わず困惑する。


(な、なんかげっそりとしてるな……大丈夫か?)


 以前顔を合わせた時とは異なり、ルイスは上質な布地を使っていると思しき白い服を身に着けていた。タキシードに似た造形でところどころに装飾が施されているが、必要以上に華美にならないよう気を遣っているのか下品な印象はない。


 ルイスはレウルスよりも身長が高く、金髪碧眼で顔立ちも涼やかかつ貴公子然としているため、白い服装も様になっている――が、疲労が原因なのか目が死んでいるように見えた。


 それでも客人(レウルス)達の目があるからか、疲労を隠すように柔らかく微笑む。


「わざわざ呼び立ててすまないね。ヴェルグ子爵家の当主代行、ルイス=ヴィス=エル=シン=ヴェルグだ」


 その言葉を向けられたのはレウルスである。エステルの護衛として先頭を歩いていたからか、ルイスの意識はレウルスに向けられているようだった。


(……呼ばれた立場だけど、ここまで盛大に出迎えられると反応に困るな)


 貴族が相手となると、どう答えるべきかがわからない。以前と同じように話して良いのか、それとも過剰なぐらいに敬語を使うべきなのか。


「初めまして。わたくしは精霊教師のエステルと申します」


 困惑したレウルスを庇うよう、ルイスに対してエステルが自己紹介を始めた。その口調は普段と異なり、どこか真剣さを帯びている。

 そんなエステルの言葉を聞いたルイスは笑みを深め、右手を胸に当てながら僅かに頭を下げた。


「初めまして、エステル殿。この度は遠路遥々ヴェルグ家の領地までお越しいただき、感謝いたします」

「お気になさらないでください。これも精霊教師としての務めですから」


 そう答えながら一礼を返すエステル。その間に態勢を立て直したレウルスは、エステルに倣うように頭を下げた。


「ラヴァル廃棄街所属、中級中位冒険者のレウルスです。今回はエステルさんの護衛として同行させていただいています」


 顔見知りではあるが、挨拶はしておくべきだろう。そう考えてレウルスが自己紹介すると、ルイスは破顔しながら距離を詰めてくる。


「やあ、久しぶりだね! 君の活躍は俺の耳にも届いているよ!」


 ルイスは爽やかに笑いつつ、レウルスとの距離を無警戒に詰めていく。その明るい態度は親しさを感じさせるもので、何も知らない者がその光景を見たならば旧友との久しぶりの再開を喜んでいるように見えただろう。


「君とは“色々と”話したいことがあったんだ! 今回の来訪、心から歓迎させてもらうよ!」


 レウルスが『龍斬』を背負い、革鎧で身を固めているにも関わらず、ルイスは微塵も警戒した様子を見せずにレウルスの肩を叩きながら笑いかけるのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイント等をいただきありがとうございます。


久しぶりに後書き欄をお借りしますが、作者より一点ご注意いただきたいことがあるのでこの場をお借りします。

拙作の感想欄にて他の作者様の作品の宣伝を行う書き込みがありました。

これは小説家になろう様のガイドラインに抵触する可能性があるので、絶対にお止めください。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一辺100mで高さ20mの建物って、バッキンガム宮殿と同じくらいだけど、いくら大家でも子爵程度じゃ建設も維持もできないでしょ
2024/05/13 14:03 退会済み
管理
[気になる点] ちょっと前の話もそうだったけれども 再開じゃなくて再会 一旦止めてたことをもう一度やり始めるから「再開」 以前会ったことがあるから「再会」
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