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第209話:新たな依頼 その2

 パチパチ、と焚き火にくべた枯れ木の爆ぜる音が響く。


 ラヴァル廃棄街から西へと伸びる街道。そのところどころに設置されている木の柵で正方形に仕切られた場所――『駅』の中で焚かれた火が、暗闇の中で仄かに周囲を照らしていた。


 ラヴァル廃棄街を出発して既に三日が経っているが、これまでの道程で特に問題は起こっていない。

 精霊教師であるエステルが同行するということでコルラードの部下達の顔色が変わり、コルラードが時折胃痛を堪えるように表情を歪めていたが、魔物や野盗の襲撃もなく平穏な旅路と言えた。


 コルラード達はあまりにも平穏な旅路に首を傾げていたものの、エリザの存在に気付いてもなお近づいてくる中級以上の魔物もおらず、サラの感知範囲内に足を踏み入れる野盗らしき存在もいなかったのだ。

 そのため途中で足を止められることもなく、城塞都市アクラまでの道程を順調に進むことができていた。


「半分は過ぎたか……このままの調子で進めるなら、アクラまであと三日か四日といったところであるな」


 焚き火に背を向け、『駅』の外を警戒しながらコルラードが小声で呟く。同じように焚き火に背を向け、それでいてコルラードは別方向へ視線を向けていたレウルスは、脳裏にアクラまでの道順を思い浮かべた。


「早いですね……一度アクラまで行ったことがありますけど、その時はもっと時間がかかりましたよ」


 かつてレウルスが武器や防具を作れるドワーフを求めて旅をした時は、ラヴァル廃棄街から城塞都市アクラに到着するまで十日ほどかかっている。武器や防具を作るための素材を山ほど背負っていたとはいえ、日数で見れば大きな差があると言えるだろう。

 だが、今回の旅では最初から最後まで街道を利用することができ、なおかつ街道を巡回している兵士に遭遇してもコルラード達が同行しているため、身元の確認などに時間を取られることがなかったのだ。


 足が速い兵士だけを選抜して連れてきたというコルラードの言葉に嘘はなく、『強化』を使って移動するレウルス達が速度を落とさずに移動できたというのも大きかった。

 全力で走れば引き離せるのだろうが、いくら『強化』が使えるといってもレウルス達も疲労しないわけではない。そのため兵士達の速度に合わせて移動してきたが、鍛えられた兵士はこれほどの速度を出せるのか、とレウルスが驚くほどに健脚で体力が豊富だった。


 そうなるとエステルの移動速度だけが懸念事項だったが、エステルも『強化』を使えるため移動速度を落とす必要はなかったのがレウルス達にとっての幸いである。ただし、さすがに疲れているため不寝番を務めるレウルスとコルラード以外は眠りについていた。


(兵士ってのはしっかり体を鍛えてるんだな……以前姐さんに聞いた通り、冒険者よりも強いってのは本当みたいだ)


 立ち居振る舞いを見る限り、コルラードの部下はルヴィリアの護衛をしていたヴェルグ子爵家の兵士よりも練度では劣るのだろう。それでも“素”のレウルスでは及ばないような身体能力を身に着けているようだった。


「お主が連れてきたエリザ嬢達がついてこれるかが不安だったが、無用な心配であったな……年若い少女で冒険者なのに全員が魔法の使い手など、詐欺にしか思えんが」

「やっぱり魔法使いって少ないんですか? 戦いを生業とする兵士なら魔法使いも少なくないと思ったんですが」


 寝ているエリザ達を起こさないよう、レウルスとコルラードは小声で言葉を交わす。敵襲を察知するため不寝番は必須だが、無言で警戒し続けるのは精神的にも辛いのだ。


「元々の数が少ないのだ。兵士で魔法を使える者は……まあ、それほど多くないと言っておこう」


 魔法使いの数は戦力にも直結するからか、コルラードは曖昧に言葉を濁す。当のコルラードが魔法使いではあるが、レウルスが思うよりも魔法使いの数は少ないのかもしれない。


「そうなんですね……ところで“体調”の方は大丈夫ですか?」


 体力的な意味ではなく、とレウルスが尋ねると、コルラードからは苦りきった声が返ってくる。


「胃薬がそろそろ底を突きそうな点以外、問題ないのである……エステル様が同行してくださるのは有難いが、やはりジルバ殿の方が……」


 レウルスには理解できないが、エステルの存在はそれほどまでに大きいらしい。顔を見ずともその苦悩さが伝わってくる声色に、レウルスは努めて明るく言い返す。


「もしかしたらコルラードさんとはすれ違いで、ジルバさんがヴェルグ子爵家の領地に到着しているかもしれませんし……」

「その場合、“あの”ジルバ殿と精霊教師であるエステル様が問題の解決に取り組んでくださるわけか……吾輩としては喜ぶべきか迷うところである」

「それどころか、到着したらジルバさんが全部を解決してるかもしれませんよ?」


 ジルバがエステルに告げた予定を大幅に超えているわけだが、そこには触れない。ジルバが単独で移動するならば、レウルス達よりも遥かに早くアクラまで到着しそうである。


 往復で十日、現地で活動できるのが二十日間と仮定すると短いのか長いのか。実際には一ヶ月半が過ぎているため、ジルバの移動速度がどんなに遅くとも一ヶ月近くヴェルグ子爵家の領地で“何か”をしているはずだ。


(でも、それならコルラードさんがラヴァル廃棄街に来るよりも先に……それどころか、あのカルロって騎士が来るよりも先にジルバさんがヴェルグ子爵家の領地に到着してるはずなんだよな……)


 それだというのにジルバへの仲介を依頼してきたということは、少なくともコルラードがラヴァル廃棄街に向かって出発するまでにジルバがヴェルグ子爵家の領地に到着していないということだ。


「ハッハッハ、それは楽でいい。吾輩と部下が苦労したが、その間に全てが片付いているのなら笑って済ませられるのである」


 そう言ってコルラードは笑うが、コルラード自身あり得ないと思っているのだろう。


 ジルバに限って旅の途中で事故に遭ったとは考えられない。野盗が襲ってきたとしても、笑顔で撃退するだろう。上級の魔物が相手ならばさすがのジルバでも危ういかもしれないが、ジルバが敗れるほど強力な魔物が現れたのならば噂が広がっているはずである。


(どこで何をしているんだか……)


 グレイゴ教徒が絡んでいる可能性が高そうだが、グレイゴ教徒が相手ならばますますジルバが遅れを取るとは思えない。


 しかし、レウルスが知るグレイゴ教徒の上層部――司教と呼ばれる位階に就く者が相手ならばどうなるか。


 レウルスもカンナと名乗る女性の司教を知っているが、ジルバと互角に戦えるほどの技量を持っていた。そんな司教が複数いればさすがのジルバでも窮地に陥りそうで――。


(……いや、あの人が窮地に陥る姿が想像できねぇな。例え司教が相手でも、グレイゴ教徒と戦うならなんだかんだでどうにかしそうな気が……)


 これも一つの信頼だろうか、などと考えたレウルスは思考を戻し、せっかくの機会だからと気になっていたことを尋ねることにした。


「ところで、コルラードさんって精霊教徒ですよね?」

「……まあ、一応はそうだと答えておくのである」

「一応、ですか……」


 どういうことかと首を傾げるレウルスだったが、何か事情があるのだと察してそれ以上尋ねることはしなかった。その代わりに、サラやネディと並んで幸せそうに眠るエステルへ視線を向ける。


「俺、精霊教師ってよく知らないんですよね。むしろ精霊教についても教義と形態以外は詳しくは知らないと言いますか……」

「……お主、本当に精霊教の客人であるか?」


 コルラードから呆れたような声が飛んでくるが、レウルスとしては精霊教と聞くと真っ先にジルバの顔が思い浮かんでしまう。精霊教徒が崇める精霊が傍に二人もいるため、余計に精霊教のことがわからなくなるのだ。


「精霊教が火や水といった自然に……ひいてはそれらの属性を司る精霊に感謝して日々の糧にする宗教で、信仰する人達が精霊教師や精霊教徒っていう位階にわかれているのは知ってます。ただ、それ以上は知らないと言いますか、知ろうとしなかったと言いますか」


 ジルバやエステルから聞いた話以上のことは知らないため、他の者から見た精霊教がどんなものなのかと疑問に思ったレウルスである。

 精霊教徒の詳しい位階に関してもジルバから聞いたことがあるが、レウルスが知りたいのは精霊教が世間からどのように扱われているかだ。


「普段なら授業料を、と言うところだが……ふむ、まあ良いのである」


 暇つぶしに丁度良いと思ったのか、コルラードは僅かに考え込んでから話し始める。


「この国、マタロイには多くの町や村が存在するが、大抵の場所で精霊教の教会が造られておる。廃棄街に教会があることは稀だが、ないわけでもない……前提としてこれを覚えておくのである」

「ジルバさん達がいるラヴァル廃棄街は珍しいってことですね」

「うむ……それで、だ。精霊教では自然とその属性を司る精霊様に感謝するという教義上、人の営みにも深く関係しておるのだ。人もまた自然の一部ということだな」


 そう話すコルラードだが、その視線は相変わらず『駅』の外に向けられている。レウルスもまた、外部への警戒は疎かにしていない。


「人は生まれ、育ち、子を成し、やがて死ぬ……それも自然のことであろう? それ故に精霊教の教会では生まれた子に精霊様の祝福があるよう祈ったり、結婚の立ち合いをしたり、亡くなった者の葬儀をしたりと、民の生活にも密接な関わりがあるのだ」


 廃棄街では違うだろうが、と付け足すコルラード。その話を聞いた限りでは、レウルスの記憶が薄れた前世に存在した宗教とそれほど変わりがないのかもしれない。


(あれ……そうなると、死んだ子どもの死体を俺が埋めてたシェナ村って……)


 精霊教の教会がなかったのか、あるいはそれほど熱心な精霊教徒ではなかったのか。レウルスが微妙な気分になっていると、コルラードが陰鬱な声を零す。


「つまり……そのように民と密接な関係のある精霊教に対し、ヴェルグ子爵がグレイゴ教徒を呼び込んで喧嘩を売りつけた形になるのである……」

「ああ……そりゃあ大変なことになりますね」


 マタロイにおいて冠婚葬祭を取り仕切る宗教に対し、敵対的な宗教を呼び込んだ――精霊教徒の反発も仕方ないだろう。


(しかし、そのヴェルグ子爵も大変なことになるってわかってただろうに……それがわからないような人なのか?)


 仮にそうだとしても、部下などが止めるだろう。少なくともコルラードが事前に知っていれば絶対に止めていたはずだ。


「アクラに到着したらジルバ殿が全てを治めてくれていた……騎士として間違っているだろうが、精霊教徒の一人としてはそれを願うぞ……切実に」


 そう語るコルラードにレウルスは返す言葉を持たず――コルラードの願いが叶うことはなかった。




 ラヴァル廃棄街を出発して一週間後。


 可能な限り急いでアクラへと到着したレウルス達が現地の精霊教徒から聞いたのは、ジルバはアクラを訪れていないという言葉だった。

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