第208話:新たな依頼 その1
コルラードがラヴァル廃棄街を訪れた一週間後。
城塞都市アクラに向かう準備を整えたレウルス達は、ヴェルグ子爵家の領地に戻る前に確認をするべく訪れたコルラードに事情を話していた。
コルラード達がヴェルグ子爵家の領地に戻るのに合わせ、レウルス達も出発しようと思ったのである。
「ジルバ殿は戻らなかったが、代わりに精霊教師様が同行される……だと?」
ラヴァル廃棄街の門前、相変わらずラヴァル廃棄街に合わせた服装ながら傍らに馬を曳くコルラードは、レウルスの話を聞くなり何故か声を震わせる。
そして恐る恐るといった様子でエステルへ視線を向けると、右手を胸に当てながら一礼した。
「……初めまして、吾輩はコルラード=ネイトと申します」
「これはどうもご丁寧にー。わたくしはエステルですー」
礼儀正しく一礼するコルラードに対し、エステルは騎士が相手とは思えない、“普段通り過ぎる”挨拶を返した。
だが、コルラードはそのことに対して何も言わない。胸に当てていた右手をさりげなく鳩尾付近へ下ろし、引きつった笑みを浮かべながらレウルスを手招きする。
「ん? なんです?」
「いいから……こっちに来るのである」
ちょっと面貸せや、とでも言いたげな気迫を込めてエステルから距離を取るコルラード。そんなコルラードの態度を不思議に思いつつも、レウルスはエリザ達に旅の荷物に用意し忘れたものがないか確認するよう頼んでからコルラードの傍に身を寄せた。
「精霊教師様を動かすなど本気……いや、正気か? 我輩の胃を痛めつけてそんなに楽しいのか?」
相変わらず引きつっているものの表面上は笑顔で、しかしながら声を震わせながらコルラードが問いかける。
「たしかにラヴァル廃棄街からの依頼もありますが、今回の件はエステルさんの方から言い出したことでもあるんですが……一応ジルバさんの上司って立場みたいですし、精霊教徒の反発を抑えるって意味なら適任では?」
ジルバならば精霊教徒のみならず、近隣遠方問わず住民や兵士から、果てにはグレイゴ教徒からもどのような扱いを受けているか知っているものの、エステルに関してはそれほど詳しくない。
もしかすると知っていなければおかしいほどの“常識”があるのだろうか、とレウルスは少しばかり不安に思った。あるいは、精霊教に詳しい者だけ知る何かがあるのか。
「冗談はさておき……うむ、七割方冗談ではないが、適任といえば適任であろうよ。だが、ジルバ殿ではなく精霊教師様が動いてくださる……ううむ……」
「何かまずかったですかね?」
ジルバを除けばこれ以上の人選はなさそうだが、とレウルスは疑問を込めて尋ねた。
「まずくはない……が、良いとも言い切れぬ。効果は高かろう……良薬というべきか劇薬というべきか迷うところではあるが……」
胃の辺りを右手で押さえながら呻くように呟くコルラード。春先にも関わらずその額からは冷や汗が流れていたが、レウルスとしてはコルラードの反応に首を傾げることしかできない。
「ラヴァル廃棄街に精霊教師様がいるのは知っていた……が、“敢えて”ジルバ殿に依頼を持ち込もうとした意味を察してほしいのである……」
「そう言われましても……以前ヴェルグ子爵家のお嬢さんの治療を依頼してましたよね? その時にも精霊教徒が領地で反発してることに関して話したんでしょう? エステルさんが動いてもおかしくないと思うんですが……」
ルヴィリアの診察に託けてそういった話をしたはずである。その時のカルロの態度が原因でジルバが激怒したとは聞いたが、話を聞いたエステルが動く可能性を微塵も考慮しなかったというのか。
(なんというかチグハグな……ヴェルグ子爵家側でも情報が錯綜してるのか? それとも単純に貴族ってそういう生き物なのか?)
最初はエステルをヴェルグ子爵家の領地に呼びつけようとしたと聞く。その場合、エステルは嫌でも精霊教徒の反発を抑えるべく動く羽目に陥ったと思うのだが。
(……ジルバさんじゃないけど、これはたしかに“臭う”な)
エステルに向けた一礼の仕方を思えば、コルラードも精霊教徒なのだろう。機密などの明かせない情報は除くが、精霊教徒のコルラードがエステルの不利になるような情報を伏せるとも思えない。
レウルスでは情報の少なさが判断できる幅の少なさにつながっているが、獣のような勘が違和感を訴えかけていた。
(魔物が相手なら斬ればそれで片が付くし腹も膨れるんだがなぁ……まあ、スライムは除くけど)
色々と腑に落ちないことはあるが、現地に到着すれば新しく見えてくるものもあるだろう。そう判断したレウルスはコルラードから視線を外す。
「ところでコルラードさん、今回は連れている兵士が少ないんですね?」
そう言ってレウルスが視線を向けたのは、コルラードが連れてきた兵士達だ。コルラードと違って金属製の武具で身を固めているが、その数は五人と少ない。
「吾輩は馬で移動する故、足が速い者を選別してきたのだ。人数については……察するが良い」
「いや、察するが良いと言われましても……」
初めて会った時は三十人近い兵士を引き連れていたはずで、五人というのは明らかに少なかった。
カルロも似たような数の兵士を連れていたが、カルロの場合は全員騎兵である。コルラードとは事情が異なるだろう。
「お主は冒険者だから実感がないかもしれないが、我々騎士や兵士は街道を移動するだけでも金がかかるのだぞ? 同行させる兵士に払う手当てに、戦闘があった場合……それも負傷者や死者が出れば遺族にもある程度は補償せねばならん」
理由がわからずに首を傾げるレウルスに対し、コルラードはため息を吐きながら説明していく。
「お主と初めて会った時のように街道の巡回ならば公費も出ようが、それだけで全てが賄えるわけでもないのだ……吾輩が指揮を執って死傷者を出したのならば、それに報いる必要もあろう?」
「それはまあ……そうですよね」
「うむ……士気を保つために振舞う酒食や嗜好品、魔物や野盗と交戦して功を挙げた者がいれば報奨も必要で、金はいくらあっても足りん。今回の場合、ラヴァルに一週間滞在する必要もあったしな」
足が速い者を選別したようだが、それ以上に五人を超える兵士を連れてくるのが金銭的に厳しかったようだ。
ヴェルグ子爵家からも金銭が支給されるのだろうが、コルラードは部下のやる気を引き出すために“それ以上”の金を使っているらしい。
「吾輩は名家の生まれでもなければ際立った武もなく、指揮官として特別優れているというわけでもない。渡す褒賞の中身と相手を見る必要があるが、金を惜しんでいては部下もついてこんのだ」
吝嗇では駄目なのだ――コルラードは実感のこもった声色でそう断言する。
(前世で勤めていた会社でも、部下に食事を奢る上司がいた……ような……そんな感じか?)
金で忠誠を買うとまでは言わないが、騎士という職業も大変らしい。レウルスはコルラードに対する心情が変化するのを感じつつも、それを表に出さず苦笑するに留める。
「それならもっと早くに一報を入れれば良かったですね」
「まったくである。だが、精霊教師様が手を貸して下さるというのなら十分な見返りであろうよ……これで何の成果もなくルイス殿の元へ戻れば、カルロの奴を笑えんところであった」
そう言って相好を崩すコルラードだが、その瞳だけは笑っていない。
「ところで精霊教師様……いや、エステル様がどのような『加護』をお持ちか知っておるか? 精霊教師ということは、精霊様に関する何かしらの『加護』をお持ちだとは思うのだが……」
「え? いや、それは……」
自分の口から告げて良いものかと悩み、エステルへ視線を向けるレウルス。すると、そんなレウルスの視線に気づいたエステルがニコニコと微笑みながら近づいてくる。
「お話は終わりましたかー? それともわたくしに何か御用ですかー?」
「エステルさんがどんな『加護』を持っているか聞きたいらしいんですが……」
レウルスがエステルと初めて会った時は、特に隠すことなく自分から告げてきた。それでも本人の口から話した方が良いだろうと思って話を振ると、エステルは不思議そうに首を傾げながら答える。
「わたくしの『加護』ですかー? わたくしは大精霊様の『加護』が与えられていますよー」
「だっ……だ、い……精霊……様、です、と?」
エステルの返答を聞き、コルラードの顔色が急速に青色へと変化する。かきむしるように胃の辺りを押さえ、顔全体から冷や汗を吹き出しながら引きつった笑みを浮かべた。
「そ、そうですか……大精霊様の『加護』をお持ちの精霊教師様とお会いでき、さらに同道を許されるなど、光栄極まりない話ですな……は、ははは……」
人間とはここまで顔色を変化させることができるのか――などとレウルスが思考してしまうぐらいには凄まじい変化である。
「コルラードさん? 大丈夫ですか?」
思わず心配するようにレウルスが声をかけると、コルラードはエステルに聞こえないよう小声で答えた。
「金がどうとか言わず、指揮下の兵を全員連れてくれば良かったのである……精霊教師様に何かあれば、わ、吾輩は……」
そう言って震えるコルラードの姿に大きな不安を抱えながらも、レウルス達はヴェルグ子爵家の本拠地であるアクラへ向けて出発するのだった。




