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第206話:厄介事 その6

 ドミニクの料理店――コルラードが立ち去ったその場所では、弛緩した空気が流れていた。


 ジルバが不在と聞いたコルラードは肩を落とすと、一週間ほどラヴァルに滞在しているためジルバが戻ってきたら報せてくれるよう言葉を残し、去っていったのだった。


 また、コルラードが立ち去る際にレウルスは二通の手紙を受け取っている。


 一通はジルバに仲裁を頼む手紙で、もう一通は“精霊教の客人”であるレウルスへの手紙だ。


 ジルバ抜きでも手を貸して良いと思ったのなら、城塞都市アクラを訪れてほしい。その際は身分を保証するため、門番に見せればそのままアクラに入れるというある種の紹介状だった。

 仮に手を貸せなくとも、妹のルヴィリアを救った礼を直接したいとルイスが言っているらしい。無論、レウルスとしては赴く気など微塵もないが。


「むぅ……グレイゴ教徒、か……」


 コルラードが立ち去った後、椅子に腰を下ろしたエリザがぽつりと呟く。その声色には苦みが滲んでおり、エリザの心情を察したレウルスは無言でエリザの頭を撫でた。


(エリザにとっちゃ家族の仇で、俺としても関わり合いになりたくない相手だしな)


 だが、と心中に浮かんだ言葉を切り捨てるようにレウルスは思考する。


(こっちが関わりたくなくても、向こうから来ることもある……ジルバさんが何をやってるかが問題だよな。グレイゴ教徒の手を借りたから、なんて理由でヴェルグ子爵家に殴り込んでなきゃいいけど)


 さすがのジルバでもそんなことはしないだろう――多分、きっと、そうだといいなぁ、とレウルスは己の思考が弱気になるのを感じた。


 レウルスはため息を吐くと、腕組みをしながら沈黙を保つドミニクに視線を向ける。時間帯を考えれば開店準備の途中で、これ以上邪魔をするのも気が咎めたのだ。


「おやっさん、俺達のことに巻き込んじまって申し訳ないです。詫びは後日にでもしっかりとさせてもらいますんで、今日のところは……」


 金を渡してもドミニクは受け取らないだろう。それならばドワーフのカルヴァンに頼んで調理器具でも作ってもらおうか、などと思考しながらレウルスが話を振ると、ドミニクは首を横に振った。


「迷惑というわけでもない……お前は知らないだろうが、こういうこともたまにあるんだ。俺は一応、この町の顔役でもあるからな」

「それは他所からの依頼の持ち込みとか、仲介の依頼って意味ですか?」

「ああ……それと、帰るのは少し待て」


 そう言ってドミニクは店の入口へと視線を向ける。


「――それで? お前はどう思う?」


 その問いかけにレウルスは首を傾げたが、ドミニクの声に応えるようにして店の扉が開く。そして、ゆっくりとした足取りで店に入ってきた人物を見て目を見開いた。


「……姐さん?」


 そこにいたのは、普段通り艶然とした笑みを浮かべたナタリアである。一体いつから店の外にいたのか、レウルスだけでなくエリザも目を見開いていた。


「色々と言いたいことはあるけど……今回は“弁えている”相手で良かったわね。いえ、ある意味弁えていないのかしら?」


 ナタリアは慣れた足取りで店の中を歩き、カウンター席に腰を下ろしてスラリと長い足を組んだ。


「姐さん、話を聞いてたのかい?」

「ええ、最初から全部……ね」

「そ、そうか……全然気付かなかったな」


 ナタリアの言葉にレウルスは頬を引きつらせるが、先ほどドミニクが近所の住民に何かを言い含めていたことを思い出す。おそらくは冒険者組合に走らせてナタリアを呼んできたのだろう。


(……あれ? 走って行ったにしても姐さんが到着するのが早すぎるような……)


 レウルスは僅かに疑問を抱くものの、今はそれよりもコルラードが持ってきた話の方が重要だろう。そう思ってナタリアに視線を向けると、ナタリアは綺麗に整った眉根を僅かに寄せた。


「それにしても、ヴェルグ子爵家とはね……マタロイ南西の国境守備を務める家じゃない。魔法なしでキマイラとある程度戦えていたと坊やが話していたけど、それも納得だわ」


 だが、ナタリアが口にしたのはコルラードの話から若干ズレた話題だった。それでもレウルスはナタリアが無駄なことを言うはずもないと思い、話に乗る。


「たしかに強かったけど、そんなに有名なのか?」

「ええ。中小といえど、二国と接していながら国境を守り通しているのよ? マタロイの中でも精強と謳われているわ」


 そう言いつつ、ナタリアは常に持ち歩いている煙管を右手で弄ぶ。


「騎士や従士だけでなく、兵士もよく鍛えられていると聞くわね。よっぽどお金があるんでしょう。羨ましい話だわ」

「……ん? 騎士と兵士はともかく、従士?」


 薄く微笑むナタリアだったが、聞き慣れない単語があったためレウルスは首を傾げた。


「そうねぇ……坊ややエリザのお嬢さんにもわかりやすく教えるなら、騎士の部下で兵士の上司ね。兵士を統率して騎士の命令を遵守させたり、主人の騎士の伝令を他の騎士に伝えたり……兵士よりも専門的な訓練を受けた存在よ」

「へぇ……そういう職業もあるんだな」


 あるいは階級と言うべきだろうか。レウルスが興味深そうに頷いていると、ナタリアは遠くを見るように目を細めた。


「ただ、先日の一件……坊やの見立てでは相手は若いキマイラだったんでしょう? それが二匹いたといっても精々互角かそれに届かない程度……騎士と従士が少なかったのかしら? ヴェルグ家の御令嬢の護衛を任せるには少しばかり足りない……いえ、二匹のキマイラと遭遇する可能性の低さを考えれば妥当なのかしら?」

「……姐さん?」


 レウルス達に聞かせているのか、あるいは思考をまとめているのか。普段と異なる様子で呟きを零すナタリアの姿に、レウルスは引っかかるものを感じた。


「こっちの話……とは言えないわね。坊や、ジルバさんが貴方達に護衛依頼を頼もうとしていたという話をしたけれど、覚えているかしら?」

「ん? さすがに覚えてるけど、それがどうかしたのか?」


 今は止めずにナタリアの話を聞いた方が良さそうだ――そう判断したレウルスが話の続きを促すと、ナタリアはドミニクに流し目を送った。


「俺は表に出ているから、話が終わったら呼べ」

「ごめんなさいね」


 ナタリアの意図を読み取ったドミニクはすぐさま店から出ていく。どうやらドミニクには聞かせられない話のようだ。


「これから話すのはわたしの“独り言”よ……ヴェルグ子爵家の御令嬢は生まれつき体が弱いらしくてね。精霊教師にして優れた治癒魔法の使い手でもあるエステル様の存在を知ったのか、アクラに呼んで治療を施させようとしたそうなの」

「…………」


 ナタリアの話に耳を傾けるレウルスとエリザだが、言葉を返すことはしない。これはナタリアの独り言で、言葉を返してしまってはナタリアの気遣いを無にすることになる。


「でも、ジルバさんならともかくエステル様一人ではアクラまで旅をするのは困難だわ。ジルバさんが同行すれば良いのでしょうけど、教会の子ども達を長期間放置することになる……それに、診察という名目を掲げたとしても、精霊教徒が領主に反発している場所に精霊教師を向かわせるのは避けたかったんでしょうね」


 煙管を弄びながら語るナタリアだったが、その表情はどこか暗いものだった。それを気にかけながらもレウルスは話の続きに耳を傾ける。


「その妥協案としてアクラとラヴァルの間にあるティリエで……そういう話もあったけど、結局は流れて向こうがラヴァルまで足を運ぶことになったわ。体が弱いのに旅をさせるなんて、ヴェルグ子爵家は何を考えているのやら」


 さすがに貴族の子女をラヴァル廃棄街に入れるわけにもいかず、ラヴァルの城壁内で診察を行うことになったようだ。診察結果に興味はないが、仮にレウルス達がいたならばアクラかティリエまでエステルの護衛を行うよう依頼されていたのだろう。


(魔物の調査依頼で“偶然”町から離れていたのは幸運だったのか……いや、結局巻き込まれたけどさ……)


 あるいは、魔物の調査依頼に赴いていたからこそルヴィリア達を助けられたともいえるが。


「おそらくだけど、診察の際にヴェルグ子爵家の領地に住む精霊教徒に関して話が出たんでしょうね。ジルバさんが出立したのもその後のことだったもの」


 ヴェルグ子爵家の領地に向かったのか、それとも“別の何か”があるのか。ジルバの行動を推測しようとしたレウルスだったが、そんなことが可能とは思えずにすぐさま思考を打ち切る。

 それはナタリアも同様だったのか、小さくため息を吐いた。


「さて、独り言はこれぐらいにしておきましょうか……この町の冒険者組合の受付として、仕事をしないといけないわ」


 そう言うなり、ナタリアが纏う空気が僅かに変わる。真剣さを滲ませたその空気に、レウルスはともかくとしてエリザは怯えたように身を震わせた。


「これはもしもの話よ。さっきの騎士がラヴァルに滞在している間にジルバさんが町に戻らなかった場合、“レウルス”達に依頼を出すわ」

「なんとも嫌な予感がするが……依頼の内容は?」


 ナタリアの言葉を聞いたレウルスは眉を寄せるが、それでも話の続きを促す。ナタリアはそんなレウルスを真っすぐに見つめ、依頼の内容を口にする。


「精霊教師のエステル様をアクラまで連れて行き、状況を確認してきてちょうだい。今回の一件、下手すればこの町にまで火の粉が飛んでくるわ」


 そう語るナタリアの表情は、レウルスがこれまで見たことがないほど真剣なものだった。

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