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第205話:厄介事 その5

 精霊教への仲裁――コルラードが語った言葉は、そのまま店の中に消えていく。


 レウルスもエリザもドミニクも、それぞれが言葉を失ったように沈黙してしまった。


(精霊教への仲裁……仲介ならともかく、仲裁?)


 一体どこの誰と精霊教を仲裁すれば良いのか。個人ではなく町や村、あるいは先ほど名前が出たヴェルグ子爵の領地全てという可能性もあり得る。

 だが、それ以前の話として、真っ先に確認しておくべきことがあるだろう。


「最初に確認しておきたいことがあるんですが……それって聞いたら絶対に断れないような話じゃないですよね?」


 沈黙を破るようにレウルスが尋ねる。


 ルヴィリアを助けたことへの感謝やカルロの件で謝罪をするというのは“前座”で、最後の話が本命だと思ったのだ。それも、詳しい内容を聞かずとも非常に厄介そうな臭いが漂う切り出し方である。

 勝手に機密に関する話をされて、断ったら殺す。そんな無茶を押し付けられても困るのだ。廃棄街の人間ならば殺しても良い、などと考えて面倒事を持ち込まれたのならレウルスとしても全力で抵抗するしかない。


「失礼を承知で言わせてもらいますが、聞いたが最後、受けるか死ぬか選べ……そんな用件ならここで話を打ち切らせていただきます」


 感謝も謝罪も受け入れたが、明らかな面倒事まで受け入れる気はない。レウルスが真顔でそう言い放つと、コルラードは苦笑しながら首を横に振った。


「今回に限ってはそのような手段は取れぬから安心するが良い。そもそも、精霊教への仲裁を依頼するというのに精霊教の客人を害してどうする? それに、お主はジルバ殿と親しいのであろう? 少なくとも吾輩はあの御仁を敵に回したくなどないぞ」

「それはそうなんでしょうが……」


 たしかに本末転倒な話だろうが、レウルスはこの世界における貴族や騎士といった人種に関してほとんど知らないのだ。先日のカルロの一件もあり、平気で無茶なことを言い出す可能性が否定できないのである。


(それに、今回に限ってはって部分がな……)


 必要があるならば、それが可能ならば、躊躇なく選択するのだろう。今回は実行すると余計に問題がこじれる話らしく、レウルスとしては安堵すれば良いのかそんな問題を持ち込むなと突っぱねるべきか迷ってしまう。


「あと、わざわざ廃棄街の人間を敵に回すつもりもない。吾輩とてお主らの流儀に詳しいわけではないが、正当な理由もなく廃棄街の人間を殺めたとなるとその報復が厄介だ」


 コルラードはそう言うが、それもどこまで信用できるかわからない。レウルスだけでなくエリザやドミニクさえも警戒を露にし、それを見たコルラードはため息を吐いた。


「お主の懸念もわからんではないが……吾輩個人としては、お主に借りが一つある。その借りを返すという意味でも嘘は吐かんと誓おう」

「……借り? 何かありましたっけ?」


 コルラードはどこか疲れたように言うが、レウルスとしては思い当たる節がない。そのため首を傾げると、コルラードは苦笑しながら手を振った。


「なんだ、忘れたのか? お主は吾輩に“手柄”を譲ったではないか。二十人を超える野盗の一団、その半数を仕留めて半数を捕縛した武勲。あれは吾輩にとって大きな借りなのだ。得ようと思っても得られぬ、武名を高める大手柄よ」


 どうやら初めて会った時のことを言っているらしいが、レウルスとしてはそれを素直に受け止めて良いのかも悩むところである。


(……本当にそう思ってくれてるのか? 丁度いいから借りってことにして、俺に話を聞かせようとしている……そう考えるのは疑い過ぎかね?)


 レウルスにとっては金を払ってでも野盗の“処理”を任せたかっただけで、コルラードに対する貸しになったとは思っていなかった。


 当時コルラードも言っていたことだが、相手が野盗とはいえ街道のど真ん中で十人近い死体が転がっているなど大問題である。それが魔物に殺されたというのなら話は別だが、冒険者(レウルス)が野盗を斬り伏せていたのだ。

 街道を巡回していたコルラード達からすれば、野盗の半数を捕縛していたとはいえ残り半数を斬って捨てたレウルスの方が危険人物に見えたのではないか。


(そう考えると、金貨三枚で面倒事を全部引き受けるのって……この人って俺が精霊教の客人だってすぐに気付いたみたいだし、“その後”も忠告をしてくれたしな)


 コルラード自身の手柄になったようだが、仮に立場が逆ならば自分は絶対に引き受けないだろう。武名やら武勲やら、自分には必要がないものだとレウルスは思っている。

 全面的に信用するわけにはいかないが、少なくとも話を聞かずに無視するわけにもいかない。精霊教が関わっている以上、サラと『契約』を交わしてネディを連れているレウルスにもいつ、どこから火の粉が飛んでくるかわからないのだ。


 受けるのも断るのも自由なら、せめて話を聞こう。そう決断したレウルスがドミニクに視線を向けると、ドミニクも同じことを考えていたのか頷きを返す。


「……話を聞きましょう」


 ここ一ヶ月ほど会っていないジルバが他所で暴れているからそれを止めてくれ――そんな依頼なら即座に断ろうと決意しながら、レウルスはコルラードに話を促すのだった。








 事の発端は、レウルス達が武器を求めてドワーフ達を探す旅に出た頃まで遡る。


 ラヴァル廃棄街から街道を通って西に進むと城塞都市ティリエが存在し、更に西へと進むと城塞都市アクラが存在する。


 ヴェルグ子爵家は城塞都市アクラを本拠地とし、近隣の村落をも支配下に治める大身の家柄である。

 カルデヴァ大陸に存在する国の中では辛うじて中堅に数えられる規模の国家コラーチ、小国のイールンと国境を接する、マタロイ南西部において取り纏めを行う立場にあるのがヴェルグ子爵家だった。


 ヴェルグ子爵家の領内にはヴァレー鉱山と呼ばれる鉱山が存在し、良質の金属や魔石、ごく僅かながら『宝玉』も産出されていたらしい。

 そんなヴァレー鉱山で時折崩落が起こるようになった。あまりにも不自然かつ頻繁に、崩れるはずもない場所が崩落するようになったのである。


 元々ヴァレー鉱山の近辺にはドワーフが住み着いていると噂されており、ヴェルグ子爵家――当主であるヴェルグ子爵はドワーフの仕業である可能性を考慮しつつ、詳細を確認するよう命じた。


 ヴェルグ子爵家の財源にも関係することであり、事態の解明に乗り出すのは当然といえるだろう。そして、可能ならば解明ではなく解決したいと思うのもまた当然である。

 だが、仮にドワーフが鉱山崩落の下手人だとしよう。その場合はドワーフの扱いをどうするのか。騒動を起こしたとして退治しようと思っても、相手は“あの”ドワーフである。


 魔物としての階級は中級下位から上位とバラつきがあるが、ドワーフは気性が荒く、優れた鍛冶師でもあるため兵士が使う武具と比べても上質の物を使う。小柄ながら膂力に優れ、『強化』を使う亜人でもあるのだ。


 それでも、国境を預かるヴェルグ子爵家の戦力ならば十分に対処できる強さだ。少しばかり数がいたとしても、数と連携を駆使して仕留めることも可能だろう。普段ならばそう考えられるほどに、ヴェルグ子爵家の戦力は充実していた。

 だが、その戦力全てをドワーフの捜索と討伐に投入するわけにもいかない。兵士か野盗かわからないが国境付近で“武装した一団”が行動しているという報告もあり、ヴァレー鉱山が崩落した原因を探るために割けた戦力は少なかった。


 いくら戦力的に優れていようとも、数が少なければできることにも限度がある。原因の調査は遅々として進まず、炭鉱夫の安全のためにもヴァレー鉱山を一時閉山するべきではないかという声が上がるほどだった。


 崩落を起こす犯人さえ見つかればどうとでも料理できる。しかし、その犯人が見つからない。城塞都市アクラの住民の間でも崩落を起こしている原因としてドワーフの存在が噂されるほどに、事態の解決の目途が立たなかった。


 ――実態はヴァレー鉱山の崩落にドワーフが絡んでおらず、なおかつ少数だと思ったドワーフが五十人近い集団で村を形成していたわけだが、それを知る者はヴェルグ子爵家にはいない。


 騒動の犯人は影も形も見えないが、ヴェルグ子爵としては問題を放置するわけにもいかなかった。領内の問題を解決するのがヴェルグ子爵の仕事で――そこに思わぬ“助っ人”が現れたのである。








「そこで、よりにもよってグレイゴ教徒の手を借りてしまってな……ほれ、吾輩がお主にすぐに帰るよう言ったであろう?」


 そう言ってコルラードは水を飲み、深々とため息を吐く。


「精霊教の客人とグレイゴ教徒が顔を合わせたらどうなるか、一体何が起こるか……それに、グレイゴ教徒の手を借りたと外部の者に知られれば子爵様がどう出たか……」


 疲れたように語るコルラード。だが、レウルスとしては疑問が浮かぶ。


「えーっと……コルラード、様? 俺が言うのも何なんですが、グレイゴ教徒の力を借りるのってそんなにまずいんですか?」


 グレイゴ教徒とはかつて殺し合ったこともあるが、その実力の高さまで否定することはできない。ある意味魔物退治の専門家でもあり、その力を借りるのは悪手とは言えない気がしたのだ。


「様付けはいらないのである……そういう質問が出てくるということは、お主はマタロイにおけるグレイゴ教の扱いを知らんのではないか?」

「精霊教の方が浸透していてグレイゴ教は全然……それぐらいしか知りませんね」


 グレイゴ教徒と戦うことはあっても、レウルス達が住むマタロイにおいてどのような扱いを受けているかは知らない。グレイゴ教がどのような教義を掲げていてどのような組織形態を取っているかはジルバから習ったが、それ以上となるとお手上げだった。


「我が国マタロイではグレイゴ教の手を借りることを禁じておる。無辜の民が魔物に襲われているところを助けられた……その程度ならば見逃すがな。基本的に貴族や騎士に属する者がグレイゴ教の手を借りることはできんのだ」

「……理由があってのことですよね?」

「無論だ」


 コルラードは頷きを返すと、腕組みをして不機嫌そうに眉を寄せる。


「グレイゴ教徒……彼奴らは腕が立つ。信奉するだけの末端の人員ならばともかく、助祭以上の位階を授けられた者は並の技量ではない。司教ともなると上級の魔物を単独で倒せるほどの腕だ……それは知っておるか?」

「知ってます。司祭なら二回戦ったことがありますし、司教はジルバさんと一対一で戦うところを見ましたから」


 コルラードが語った助祭に届かないグレイゴ教徒でさえも、レウルスからすれば高い技量を持っていた。エリザ達との『契約』や『熱量解放』があるからこそレウルスも互角以上に戦えるが、司教以上となると勝てるイメージがわかないほどである。


「吾輩も戦いたくない相手である。さて、それほどの腕を持つ者が複数、無償で手を借すとなればどうなると思う? 強力な魔物や亜人を倒せる上に、兵士と違って何かあれば即座に動けるだけの身軽さも併せ持つ者達が……だ」

「それは……まあ、便利ですよね」

「うむ、“便利”である。特に、戦力が乏しい小さな村や町の者からすれば非常に有難い存在であろう――領主や兵士は別として、だが」


 そう言ったコルラードの表情はますます不機嫌さが増していた。気に食わないと顔全体で物語っているほどである。


「助けられた民からすれば無償で命を救ってくれた恩人で、本来民を守る者達からすれば厄介な存在よ。助けたことを責めるわけにもいかん。かといって称揚して受け入れるには本来の職責が邪魔になり、突き放せば助けられた民が悪感情を抱く」


 そうやって奴らは浸透してくる、とコルラードは語った。


「そしていつしかその土地の領主よりも居着いたグレイゴ教徒に民心が集まる……それが村から町へ、町から国へと広がればどうなると思う?」


 兵士達よりも強く、虐げることもなく、強力な魔物を倒すグレイゴ教徒。助けられた者からすれば、それは救いの神とすら呼べるだろう。


 そうやってグレイゴ教に感謝する者、共感する者、挙句の果てに信仰する者を増やし、着々と基盤を築いていくのだ。

 他国では実際に国の上層部までグレイゴ教が“食い込んでいる”こともある、とコルラードは語る。


「言いたいことはわかりますけど、そんなに上手くいきますかね?」

「己の環境が変わらない、あるいは環境が良くなるのなら、余程上手く統治せん限り民は“上”が変わっても文句は言わんぞ……っと、話が逸れたのである。ヴェルグ子爵はそんな毒物のような存在の手を借りてしまったのだ」


 コルラードも精霊教徒なのか、その口ぶりはどこかジルバに似ていた。だが、レウルスとしては疑問を覚えるばかりである。


「グレイゴ教徒の力を借りてはいけないって決まりがあるんですよね? なんでそんなことを……」

「さて……子爵様の考えは吾輩にもわからんのである。それで事態に気付いたルイス殿がグレイゴ教徒よりも先に解決するべく兵を率いて調査に乗り出し、お主達と出会ったわけだが……」


 そこまで話したコルラードは、心底疲れたと言わんばかりに肩を落とす。


「お主達と別れた後、件の犯人が見つかってな……『城崩し』と呼ばれる上級の魔物が犯人だった。グレイゴ教徒の二人は否定しておったが、アクラの民の間にはグレイゴ教徒が上級の魔物を倒したという噂が広がってしまったのだ」


 胃の辺りを押さえながら語るコルラードの姿に、レウルスは頬を引きつらせる。『城崩し』という名前に聞き覚えがあったのだ。


「グレイゴ教徒を招き寄せたということで、ヴェルグ子爵家が治める領地では精霊教徒が反発しておる。我が国では精霊教徒が多い故、その反発の大きさは……うっ、胃が……」


 話している途中で激しく胃が痛んだのか、コルラードの表情が激しく歪んで額から冷や汗が流れた。それでもコルラードは己の職責を全うすべく、事情を話し続ける。


「王都にも話が伝わり、子爵様は現在謹慎の身……それ故ルイス殿が当主代行として事態の収拾に当たっておるが、これが中々上手くいかぬのだ」


 コルラードは懐から布を取り出し、流れ落ちそうになっている冷や汗を拭う。


「そういったわけで、お主には仲裁を依頼したいのだ……いや、ジルバ殿との間を仲介してくれるだけでも良い。彼の御仁の助力があれば、少しは事態も好転するはず……」


 本当に聞いても良かったのかと悩むような依頼だったが、調べればすぐにわかるほど大規模に精霊教徒が反発しているのだろう。


 表情を歪めながら頼み込んでくるコルラードに対し、レウルスは困ったように言う。


「それが、ジルバさんはここ一ヶ月ほど留守にしてまして……いつ戻ってくるかもわからない状態なんです」


 その返答に、コルラードの表情が絶望に染まったのだった。

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[一言] 苦勞人だな。。。
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