第204話:厄介事 その4
「む? ……おお、また会ったなレウルスとやら! 吾輩のことを覚えておるか?」
ドミニクの料理店に足を踏み入れたレウルスだったが、コルラードはレウルスの顔を見て僅かに眉を寄せ、しかしすぐさま笑顔を浮かべて椅子から立ち上がった。
「覚えていますよ……お久しぶりですね、兵士様」
「うむ、久しいのである! 壮健そうで何よりだぞ? ガハハハハハハッ!」
コルラードはレウルスに向かって歩み寄り、笑い声を上げながら親し気に両肩をバシバシと叩く。レウルスはそれを黙って受け入れたが、コルラードの友好的な態度に内心で困惑した。
(こんなに笑顔で話しかけてくるような間柄じゃなかったはずなんだけど……なんだか嫌な予感が……)
自分の名前を呼ばれたためドミニクの料理店に足を踏み入れたレウルスだったが、コルラードの態度に警戒心を覚えてしまう。そのためドミニクに視線を向けると、ドミニクは真剣な声色でコルラードへと問いかけた。
「コルラード殿、貴方がどんな用件でレウルスへの仲介を頼もうとしたのかはわかりませんが……それは騎士として“正式な依頼”なのですか?」
「うむ、その認識で間違っておらん。だからこそ吾輩は廃棄街の流儀を尊重し、このような格好で堂々と歩いてきたのだ」
レウルスの両肩を連打していたコルラードだが、ドミニクの問いかけを聞いて同じように真剣な声色で答える。その返答を受けたドミニクは小さくため息を吐くと、レウルスに向かって頷いてみせた。
「レウルス、先日の件もあって色々と言いたいことがあるだろうが、まずは話を聞いてみろ」
「……おやっさんがそう言うのなら」
ドミニクにそう言われてしまえば、レウルスに断るという選択肢はない。ただし、コルラードの言葉に疑問を覚えてもいたが。
(騎士として正式な依頼がどうってのはわからないけど、それならもっと騎士らしい格好で訪れるんじゃないのか? 相手の立場に合わせた服装を選んだって意味ならわからないでもないけど……)
先日押しかけてきたカルロのように、騎士らしい装備を着込んでいても居丈高に接してこられれば印象は悪いだろう。
だが、服装や態度で問題を起こさずに廃棄街へ足を踏み入れ、ドミニクのような町の有力者を通してレウルスとの面会を希望する――そういった廃棄街側の面子を考慮した“手順”を踏んだと思えば無下に扱うわけにもいかない。
「コルラード殿、貴方が我々廃棄街の流儀に合わせて来訪してくれたのは嬉しく思う。だが、俺はレウルスの後見人だ。同席して話を聞かせてもらいたいのだが?」
「ふむ……その辺りは良きに計らうがいい。こちらの立場を考えれば嫌とは言えんよ」
ドミニクが同席を要求すると、コルラードは鷹揚に頷く。その反応を見たドミニクは僅かに考え込むと、レウルスが入ってきた扉に視線を向けた。
「人払いをしますので、少々お待ちを。それとレウルス、エリザを呼んでおけ……そのついでにある程度金を持ってきた方が良い」
レウルスに歩み寄ったドミニクは、後半の言葉がコルラードに聞こえないよう小声で告げる。それを聞いたレウルスは小さく首を傾げた。
「エリザを呼ぶのかい? それに金って……」
「あの子なら俺が知らないことも知っているだろう? あと、“金の使い方”はお前も知っているはずだ」
囁くような言葉にレウルスは頷きを返す。
エリザはレウルスに親しい者の中でも特に知識が豊富だ。コルラードからの話を聞く中でエリザの知識が必要だとドミニクは判断したのだろう。
「この御仁は俺が知る兵士や騎士の中でも“話がわかる”方だ……それでわかるな?」
(賄賂を渡したら色々と喋ってくれそうだしな……)
ドミニクの言葉を聞いたレウルスは納得したように頷き、自宅に駆け戻る。そして何故かレウルスの寝台の上で寝転がっていたエリザを捕まえると、軽く事情を説明してから財布代わりの布袋を懐に仕舞い、再びドミニクの料理店へと向かった。
そうしてレウルスがドミニクの料理店に戻ると、店の前で通りかかった住民に何かを言い含めるドミニクの姿があった。すると、その住民は真剣な表情で頷いて駆け出す。
周囲を見回すと店の周囲から人影がなくなっており、宣言通り人払いを済ませたようだった。
「人払いまでするとは……一体どんな話なんじゃ?」
エリザはレウルスとドミニクの真剣な雰囲気を感じ取ったのか、困惑した様子で問いかける。そのため、レウルスは苦笑しながらエリザの頭に手を乗せる。
「それを今から聞くわけだけど……エリザ、わからないことがあったらすぐに教えてくれるか?」
「う、うむ。それは別に構わんが……まずは話を聞くんじゃな」
色々と言いたいことはありそうだったが、エリザは素直に頷く。レウルスはそんなエリザに笑いかけて頭をひと撫ですると、ドミニクと共に料理店の扉を潜った。
「以前も名乗ったとは思うが、形式というものもある……オホンッ!」
コルラードは準備が整ったと見たのか、椅子から立ち上がって咳払いをする。そしてレウルスを正面から見据え、堂々と口上を述べた。
「吾輩はコルラード=ネイト。ヴェルグ子爵家の当主“代行”、ルイス=ヴィス=エル=シン=ヴェルグ殿の使者である」
格好は旅装ながら、態度と口調は騎士らしくコルラードが言う。疑っていたわけではないが、コルラードは本当に騎士としてこの場を訪れたらしい。
(使者はいいとして……当主代行? 以前話を聞いた時は長男ってエリザが言ってたよな?)
コルラードが口にした名前は、レウルスも聞いたことがあるものだった。『熱量解放』を使った状態でも全力で振るえる武器を求めてドワーフ探しの旅をした際、顔を合わせたことがある青年の名前である。
それでも気になることがあったためエリザへ視線を向けると、エリザはどこか意気込んだ表情を浮かべながら小声で答えた。
「当主……この場合は“本当の意味”で貴族の者が何かしらの理由で動けない時、職務を代行する者が必要なんじゃ。正妻か継承権を持つ実子に代行させることが多いんじゃが、以前会った方は長男……代行の資格は十分じゃろう」
「本当の意味で貴族ってのは?」
「爵位を持っている者じゃ。乱暴な言い方をすれば、ヴェルグ子爵家の当主は貴族でもその妻子は貴族の家族……“貴族に最も近い庶民”でしかない。もちろん、普通の庶民とは比べ物にならん立場じゃがな」
ヒソヒソと言葉を交わすレウルスとエリザだが、コルラードが咎めることはなかった。互いの知識に大きな差がある以上、少しでも差を埋めて話を理解するように配慮しているのだろう。
「続けても良いかな? 此度吾輩がこの町を訪れたのは、三つの用件があったからなのだ」
レウルスとエリザの話が終わるなり、コルラードが懐から一通の手紙を取り出しながら話を再開する。
「一つはレウルス……いや、レウルス殿、貴殿に対してルイス殿からの感謝状を渡すためである」
「感謝状……ですか?」
コルラードが差し出してくる手紙を受け取りながらも、レウルスは非常に困惑した。一体何に対して感謝するというのか。
「うむ。一ヶ月ほど前、貴殿が西の街道にて救ってくれた女性がいたであろう? あの方はルヴィリア=ヴィス=セク=ド=ヴェルグ嬢……ヴェルグ家の次女で、ルイス殿の妹御である」
そう告げられたレウルスは、驚くと同時に納得もする。
(どこぞの御令嬢かとは思ったが、まさか本当に貴族のお姫様だったとは……エリザの見立ては間違ってなかったのか)
身に纏っている衣服や少女――ルヴィリア本人の雰囲気からその可能性は考えていたが、事実だったらしい。
だが、レウルスとしては感謝状を贈られても反応に困るだけだ。ラヴァル廃棄街では中々お目にかかれない紙を使った書状だが、レウルスでは複雑な文章を確認することもできないのである。
加えて言えば、書状をもらっても腹は膨れないのだ。感謝の意志を表明するというのなら、珍しい食材でも贈ってくれた方がレウルスは大喜びするだろう。
「ルイス殿からも感謝の言葉を伝えておいてほしいと言われている。妹を助けてくれた礼を直接言いたいところだが、今は領地から離れられない。そのことを詫びてほしいとも」
「……感謝のお言葉、たしかに受け取りました」
ネディが助けたいと言わなければそのまま見捨てていただろうが、それをわざわざ言う必要もない。レウルスは殊勝な態度で感謝の言葉を受け取った。
「そして次の用件は謝罪である。二週間ほど前にこの町を訪れたカルロ=ネイト……あの者が働いた無礼に対する、な」
そう言いつつ、コルラードは自然な動きで胃の辺りを押さえた。そして数度深呼吸をすると、懐から手紙と布包みを取り出す。
「こちらはルイス殿からの詫び状と、些少ではあるが謝罪金である……金額は手紙に記載されている故、確認されよ」
コルラードの言葉を聞き、レウルスは渡された詫び状に視線を落とす。詫び状は封蝋で密封されており、蝋の表面には紋章らしきものが刻まれていた。
「細部はわからんが、この前の馬車に刻まれていた紋章のようじゃのう。疑っていたわけではないが、どうやら相手は“本物”らしい」
手紙一つ出すのにも作法があるのか、エリザは感心したように呟く。さすがにペーパーナイフは持ち合わせていないため短剣で手紙を開封すると、レウルスはざっと文面に目を通した。
文字はほとんど読めないが、自分の名前と数字ぐらいは理解している。そのため文中から数字の部分を拾い上げ、渡された謝罪金と照らし合わせて頷いた。
「金貨10枚……たしかに受け取りました」
エリザにも文面を見せてみるが、間違っていないようだ。謝罪のために渡すには少しばかり高額な気もしたが、キマイラを倒した報酬と思って受け取ることにする。
「それで、最後の用件は?」
思ったよりも穏当な話ばかりで、レウルスは少しだけ安堵しながら話の続きを促した。すると、コルラードは視線を彷徨わせながら胃を押さえる。
「う、む……最後の用件なのだが……」
どこか言いにくそうに言葉を濁すコルラード。しかし黙っていても話が進まないと判断したのか、深呼吸をしてから最後の用件を切り出す。
「ラヴァル廃棄街の冒険者であるレウルス殿……ではなく、精霊教の客人であるレウルス殿への依頼である」
そんな前置きに、僅かとはいえ安堵していたレウルスの意識が急速に引き締められる。
「精霊教への仲介――いや、“仲裁”をお願いしたいのだ」