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第19話:役割

 ゆっくりと、足を引きずるようにして近づいてくるニコラ。その姿にしばし呆然としていたレウルスだったが、数秒で我に返ると慌てて駆け寄った。


「ニコラ先輩!? ちょっ、一体何があったんだ!?」


 返り血なのか、それともニコラ自身の血なのかはわからない。頭から爪先まで、至るところに血を滴らせるその姿は尋常な様子ではなかった。


「おう……レウルス……か……少し、肩を貸してくれや……組合に……」


 駆け寄ってきたレウルスに視線を向けたニコラだったが、その反応は鈍い。ほんの一日だけの付き合いだったが、万全のニコラならばレウルスが近寄ってくる前に反応しただろう。


「く、組合? いや、それよりも先に手当てをしないと!」

「そんなもん……後回し、だ……」


 医療の心得などはないが、腕や足の出血程度ならばレウルスにも止血ができる。傷口よりも上の部分を布で縛るという単純なものだが、しないよりもマシのはずだ。手拭い程度だが布もあるため、やろうと思えば止血できるはずである。

 それだというのに、ニコラは首を横に振って治療を拒んだ。シャロンを横抱きにしたまま、レウルスを押し退けるようにしてラヴァル廃棄街へと進もうとする。


「その怪我でどうしようっていうんだよ! 一体何が……ああもうっ!」


 なんとかニコラを止めようとしたが、一向に止まる気配がない。その様子から今は一刻を争うのだと察し、レウルスは思い切り頭を掻いた。


「だから待てって! せめてシャロン先輩は俺が抱えるから!」

「……いや、それは……」


 いくら怪我をしているとはいえ、ニコラは自分の足で歩いている。しかし意識がない――あるいは死んでいるシャロンを抱えたまま歩けるほどの軽傷でもないのだ。

 そのためレウルスはシャロンを渡すように言うが、ニコラは何故か躊躇している。


「時間がないんだろ!? だから俺が……って先輩!?」


 多少強引にでもシャロンを受け取ろうとニコラに触れた瞬間、ニコラの体が大きく揺らいだ。ほんの僅か、押すと表現することすらできない軽い接触。それだけでニコラが倒れそうになり、レウルスは慌ててニコラの体を支える。


(冷たっ!?)


 ニコラの体は、驚くほどに冷たかった。まるで血が通っていないのかと疑うほどに体温が低く、驚愕から目を見開くレウルスにニコラが苦笑を向ける。


「……“アイツ”を撒こうと……川に、入ったから……な……」

「アイツ? って、川に入ったのになんでそんなに血だらけなんだよ!?」

「……後で……話す……だから、俺を組合に……」

「っ……わかった! わかったから大人しくしてろ! これ以上動くな!」


 喋る余裕すらないのか、ニコラは目を閉じてしまった。その様子に焦ったレウルスはニコラの体を支えながら座らせ、シャロンを強引に奪い取って地面に寝かせる。

 続いてニコラが身に付けている革鎧や手甲などの装備を手早く外し、腰から剣を鞘ごと引き抜いて地面に置くと、剣帯を解いた。細い革で作られた剣帯はそれなりに頑丈であり、それなりに長さもある。


 レウルスも装備を外して剣帯を用意すると、ニコラを背負って自身の胸元でニコラの両腕を交差させ、剣帯で強引に縛った。更には剣帯でニコラの体を自分の体に縛りつける。

 シャロンまで連れて行くには文字通り手が足りず、意識があるニコラに頑張ってもらうしかない。レウルスが周囲を見回しても冒険者仲間の姿も見えず、レウルス一人の力でどうにかするしかなかった。


「装備を置いていくし引き摺って行くけど文句言うなよ先輩! シャロン先輩も連れて行くにはこれしかねえ!」

「ああ……文句は……ねえ……」


 ニコラの体を固定し終えると、レウルスはシャロンの傍で膝を突く。そしてどういった形で抱きかかえるか逡巡したが、ニコラの心情を汲んで横抱きに抱えることにした。

 ニコラを背負ったままでシャロンの背中と膝下に両腕を差し入れ、大きく息を吸い、全身に力を入れて一気に持ち上げていく。


「ふんっ! ぬっ、ぐぐ……お、重てぇ……」


 しかし、その重さに思わずシャロンを落としそうになった。体を固定し、なおかつ意識があるニコラはともかく、相変わらずぐったりとしているシャロンが鉛のように重い。意識がない人間はここまで重たいのか、とレウルスは歯を噛み締めた。

 ニコラの装備を外し、シャロンも軽装備だが、二人合わせれば優に百キロを超えるだろう。レウルスも装備を外しているものの、一歩踏み出すだけで膝が折れそうになる重さである。


「なる、べく……急いで……くれや……死にたくなけりゃあ……な……」

「くっそぅっ! 背中でおっかねえこと言うなよ先輩! 急ぐよ! 急げばいいんだろこんちくしょう!」


 防具と剣をこの場に残していく以上、魔物と遭遇すれば危険極まりない。それに加えてニコラの言葉には不穏さしかなく、レウルスは重い足音を立てながら前へと進んでいく。


「元農民舐めんなよ! これぐらい屁でもねえ! ……あっ、でもやっぱり重い……」


 走ることはできないが、それでも早足で進む。僅かに愚痴が漏れたが、それは勘弁してほしいと思うレウルスだった。








「あぁ……くっそ、疲れたっつうか、腕が動かねぇ」

「人を二人も抱えてよくここまでたどり着いたなお前……ほら、水だ」


 運良く魔物と遭遇せず、無事にラヴァル廃棄街の入口までたどり着いたレウルスは、門番のトニーから呆れたような、感心するような声をかけられた。

 その後ろではトニーと同様に門番を務める冒険者達がニコラの治療を行い、更には移動のための担架を用意していく。


 レウルスはトニーから渡された陶器のコップを震える手で受け取ると、一気に水を飲み干して大きく息を吐いた。


「はぁ……生き返るわぁ。おかわりくれおかわり」


 なんとか呼吸を落ち着け、水を飲んだことで平静に戻るレウルスだったが、腕の震えは止まらない。自分の意思に反して痙攣する両腕を見下ろしたレウルスは、さすがに無理が過ぎたかと項垂れた。


「シャロンの方は気絶してるだけだ。ニコラは……ま、これなら死にゃしねえから安心しろ。血を流しちゃいるが急所は辛うじて避けてるからな」

「死にはしなくても後遺症が残る、なんてオチじゃねえだろうな……いつつ、こりゃ明日は絶対筋肉痛だな」


 水のおかわりを要求するレウルスに対し、トニーは素直に水を渡した。レウルスは再度水に口をつけるが、半分ほど飲んだところで止めて残った水を手拭いにかける。そして水気を含んだ手拭いで腕を冷やそうとするが、痙攣する両腕には焼け石に水だった。


「シャロンは良いとして、ニコラは組合に連れて行って報告する必要があるな……レウルス、お前さんも同行しろ。まだ歩けるな?」

「第一発見者ってことで事情聴取でもされんのか? 俺も担架に乗せていってくれよ」


 腕よりもマシだが、二人も抱えて歩いてきたのだ。全身が気怠く、できることなら運んでほしかった。


「若いんだから大丈夫だろ。ほら、とっとと歩け」

「若いって言える歳じゃ……ああくそっ、若かったわ俺」


 思わず本音が零れるが、“今”のレウルスは十五歳だ。若いから大丈夫というのも無責任な言葉だが、肉体的には事実のためレウルスも素直に従うことにした。


「重荷になる物を捨てて二人を連れて帰ってきたのは十分な手柄だ。胸を張れ、向こう見ずの馬鹿にゃできねえことだ」


 そう言って笑うトニーを先頭に、レウルスは冒険者組合に向かう。最低限の治療を終えたニコラは担架に乗せられた状態で運ばれるが、トニーの言葉に同意するよう声を発した。


「トニーさんの……言う通りだ。いくら『強化』でもたせてたって言っても……あの状態で町まで戻るのは……きつくてな。お前があそこにいて良かったぜ……」


 途切れ途切れだが、先ほどと比べると力のある声だった。そんなニコラが乗る担架に並んで歩いていたレウルスは視線を逸らして頭を掻こうとする――が、思ったように腕が動かず頭を振るに留めた。


「この前色々と教えてもらったからな……気にするなよ先輩。一日で指導を打ち切られたことは気にしてるけどな」

「はははっ……悪い悪い。組合の依頼優先だ……でも、それでお前があそこにいたんだから、打ち切って正解だったか?」


 冗談混じりに言うと、ニコラもそれに応えるよう笑った。血が抜けて顔色が真っ白だが、トニーの言う通り命を落とすということはなさそうである。

 それでもこれ以上喋らせるのは体に障るだろうとレウルスは口を閉ざし、一行は足早に冒険者組合へと向かう。その様子からただ事ではないと察したのだろう。道行く人々は何も問いかけることなく、整然と道を譲った。


 そのため時間をかけずに冒険者組合へと到着することができ、トニーが先頭に立ったままで荒々しく扉を開ける。その勢いにレウルスは驚くが、それだけ大事なのだと知らせるためなのだろう。


「騒々しいわね、トニー?」

「悪いな。急ぎの用があったもんでよ」


 足音も高く冒険者組合に踏み込んだトニーに対し、受付に座っていたナタリアが非難するように声をかけた。しかし悪びれずに答えるトニーの様子に小さく眉を寄せるに留め、視線を滑らせて担架で運ばれるニコラを見る。


「すまねえ姐さん……しくじった」


 その言葉が何を意味するのか、レウルスにはわからない。ナタリアからは冒険者組合からの依頼でニコラとシャロンが出払っていると聞いたが、その内容までは知らされていないのだ。


「……シャロンは?」

「無事だ……一気に魔力を使ったせいで気を失っちゃいるが、大きな怪我もねえよ」

「そう……」


 状況が理解できないレウルスを他所に、ニコラと数度言葉を交わしたナタリアは目を細めて煙管で受付の机を軽く叩く。


「それで、“相手”は?」

「発見したがこっちの位置がバレて交戦……俺が時間を稼いでシャロンがでかいのを撃ち込んだがピンピンしてやがった。その時点で撤退を決断したが逃げ出す隙がなくてな……もう一度俺が時間稼ぎをして、シャロンが限界覚悟で撃ち込んで逃走。後はこのザマだ」

「追撃は?」

「途中で川に飛び込んで臭いを消した……が、俺もかなり血を流してたんでな。追ってくるかは五分五分……いや、十中八九駄目だな」


 目を伏せて答えるニコラは、まるで詫びているようでもある。ナタリアはそんなニコラを視線も向けず、何かを考えるよう中空へ視線を向けた。


「シャロンが気絶している以上、あなたは報告のために戻る必要があった……そう考えると責められないわね」

「すまねえ、姐さん……」


 担架に寝かされたままシャロンと言葉を交わすニコラ。それを聞いていたレウルスは二人の会話が理解できず、会話の隙間を見計らってニコラに問いかける。


「あの、ニコラ先輩? なんでニコラ先輩が血だらけだったのかとか、シャロン先輩が気絶してたのかとかは大体理解できましたけど、何と戦ったんです?」


 ニコラとシャロンは“何か”と戦ったものの、敗れて逃げてきたらしい。これまで蚊帳の外に置かれていたレウルスだったが、ニコラとシャロンが敗れるような魔物が徘徊しているとなると命がいくつあっても足りないだろう。


「レウルス、お前も他人事じゃねえぞ……俺とシャロンが戦ったのは、キマイラだ」

「キマイラ……」


 そんなレウルスの疑問に返ってきたのは、レウルスにしても聞き覚えがある名前だった。それは、シェナ村から“出荷”された際に商人の幌馬車を襲った巨大な魔物の名前である。


「坊やの話を聞いたのもそうだけど、最近町の周囲に出てくる魔物の数が増えてたのよ。それで二人に調査と可能なら討伐をと思ったのだけれど……」

「俺とシャロンがお前の指導をした時、途中で切り上げて町に戻っただろ? あれな、魔物と出会う頻度が高かったからなんだわ。いつもなら一日粘っても魔物一匹遭わないこともある。それだってのに複数種類の魔物と交戦したからな」


 ニコラの言葉を聞き、レウルスはなるほどと納得する。指導を受けた際にニコラとシャロンの様子がおかしいとは思ったが、本来ならば魔物と頻繁に遭遇することはないらしかった。


(考えてみりゃそれもそうか……この町からそれほど離れてない場所だったし、冒険者の人が頻繁に狩りにくるなら魔物も逃げるわな)


 魔物も生き物である以上、ゲームのように一定確率でエンカウントするはずもない。

 魔物の生態に詳しいわけではないが、野生の獣でも学習するのだ。むしろ野生にあるからこそ危険な場所には寄りつかないはずであり、その点から考えると魔物と頻繁に遭遇すること自体が何かしらの“異常”を知らせていたらしい。


 キマイラがどれほど強力な魔物かはわからないが、少なくともレウルスが戦ったことのある魔物と比べれば雲泥の差があるだろう。そんな魔物が近くにいるのなら、他の魔物もその場から逃げ出すのが道理である。


 その結果、他の場所にいた魔物はラヴァル廃棄街の近くまで逃げてきたのだろう。キマイラという捕食者から逃れ、新たな縄張りを手に入れるために。


 ニコラとシャロンはそれを察し、冒険者組合に報告した。ナタリアはその報告を重要視し、事態の調査を二人に命じた。それが今回の騒動の発端であり、ニコラとシャロンがレウルスの指導を打ち切って町を離れた理由だったのだ。


(あの化け物から逃げた魔物が町の近くに来たってわけか。俺の話だけじゃ確証がないから先輩達がキマイラの調査をして、可能なら討伐も……)


 新人冒険者の指導を打ち切って依頼を受けるのも当然と言うものだ。近辺に危険な魔物が現れ、その影響で弱い魔物の行動が変化していると聞けば動かない理由がない。

 そこにちょうどキマイラと遭遇したレウルスの話があり、実際に魔物の遭遇頻度が上がっていることから、冒険者組合は即座に行動に移ったらしい。それがニコラとシャロンの派遣だったわけだが、その結果は――。


「ニコラ先輩とシャロン先輩はこの町でも有数の冒険者なんだろ? その二人で勝てないなんて、どうすりゃいいんだよ……」


 比較できるほど多くの冒険者や兵士を見たわけではないが、指導を受けた際に見たニコラとシャロンの実力は高いものだった。そんな二人でも勝てなかったキマイラの強さに、レウルスは絶望すら覚えそうになる。


「……? レウルス、お前何か勘違いしてないか?」


 顔色を悪くしたレウルスに、当のニコラが不思議そうな顔をした。そんなニコラの反応に、レウルスも不思議そうな顔をする。


「え? だって先輩達って滅茶苦茶強いじゃないか。魔物を簡単に倒してたし、魔法も使えるし」

「…………」


 レウルスの発言によってその場にいた全員が口を閉ざし、沈黙が訪れた。驚いたような、あるいは呆れたような視線が周囲から集中し、レウルスは何か変なことを言ったのかと狼狽えた。


「たしかにニコラとシャロンはこの町の冒険者の中でも強い方よ。でも、それはあくまで冒険者という括りの中での話なの」

「と、言うと?」


 数秒経って沈黙から抜け出したのはナタリアであり、煙管で机を軽く叩きながら説明を行う。その眼差しには呆れの色が浮かんでいたが、レウルスは努めて見ないことにした。


「そうね……この町の傍にあるラヴァル。そこに駐屯している兵士で例えると……まあ、訓練を終えた正規兵……その中でも中堅どころに届くかどうかってところかしら。新兵より強いことは確かね」

「……はい?」


 ナタリアの言葉に耳を疑うレウルス。思わず間の抜けた声が漏れるが、それを咎める者はいなかった。


(え? は? ニコラ先輩とシャロン先輩で正規兵ぐらいの強さなのか? あんなに強いのに?)


 信じ難い話を聞いたと言わんばかりにレウルスが目を瞬かせると、ナタリアは小さくため息を吐く。


「冒険者と言っても、正規に訓練を受けたわけじゃないわ。国やその土地の領主の後ろ盾があるわけでもない。常日頃から人間や魔物と戦うためだけに訓練を行う兵士と比べると、冒険者の方が圧倒的に弱いのよ」

「圧倒的に弱い……冒険者って強いと思ってたんだけど。兵士よりも強い冒険者とか……」


 ボロボロの前世の記憶ではあるが、そういった存在が登場する物語はいくつでもあった。それがアテにならないとわかっていても、レウルスとしては聞かざるを得ない。


「坊や、考えてごらんなさい」


 え、マジで? と混乱するレウルスに、ナタリアは幼子に言い含めるように告げる。


「衣食住が保証された上で正規の訓練を受けることができて、例え怪我をしても治療を受けられて、整備の行き届いた武器や防具が用意されていて、個人戦だけでなく集団戦まで行えるよう徹底的に鍛えられた兵士……それが冒険者より弱いと思う?」

「思わないです、はい……」


 深く考えずとも、それは当然の話だった。この世界は前世とは異なり、人間だけでなく魔物という脅威が存在するのである。

 その対抗手段として兵士を――冒険者と違って正式な訓練を積んだ“戦力”を用意するのは当たり前であり、その兵士が冒険者に劣るはずもない。


(軍人とヤクザの違い……みたいな感じか)


 戦うための技術と武器を保有するとしても、その方向性と質には大きな違いがある。冒険者という言葉の響きがレウルスの思考を停止させていたが、きちんと戦い方を学んだ兵士と比べて冒険者が勝る点などほとんどないのだ。


(前世の知識って本当に使えねえな!)


 魔法や魔物の存在は抜きにしても、思考に余計な“油断”が混ざったのは致命的である。時間が経つごとに確実性が薄れる上、世界が違えば勝手も違うと思い知っていたはずだというのに。

 それでもレウルスは深呼吸をして意識を切り替えると、代替案を口にした。


「でも、それなら兵士にキマイラを倒してもらえばいいんじゃないか? 人間だけじゃなくて魔物退治もできるんだろ?」


 冒険者よりも兵士の方が強いというのなら、兵士に任せれば良い。レウルスが考えたのはそんな単純な、しかし戦力の運用という面では妥当な話である。


「…………」


 だが、何故か再び場に沈黙が満ちてしまった。ナタリアはやけに迫力のある笑みを浮かべ、他の者は無表情で視線を逸らしている。


「……え? これも駄目なのか?」


 その雰囲気から何を言われるのか察し、レウルスは冷や汗を流す。その顔は冗談であることを期待するように引き攣っていたが、ナタリアは薄く笑ってその期待を両断する。


「坊や、この町の名前を言ってみなさいな。それが答えよ」

「は? ラヴァル廃棄街だろ……って、まさか」


 以前交わした言葉を互いに繰り返すナタリアとレウルスだが、そのやり取りでレウルスの冷や汗の量が一気に増えた。


(キマイラみたいな強い魔物が出ても放置されるのかよ!?)


 実際に戦ったわけではないが、キマイラを間近で見たことがあるレウルスからすればその危険性が理解できてしまう。人間とキマイラでは根本的に生き物としてのスペックが大きく異なり、レウルスからすれば倒せる人間がいるのかと疑問に思う程だ。


「もちろん、ラヴァルの周辺に強力な魔物が出たということで兵士も動くでしょう……でも、それはラヴァルという町に住まう民を守るためであって、我々ラヴァル廃棄街の民を救うためではないわ」


 ラヴァルの町に駐在する兵士もさすがに動くらしい――が、その助力は得られないとナタリアは断言する。


「相手がキマイラなら軍備を整えた上で倒せるだけの数を揃えるか、あるいは倒せる力を持つ者を連れてくるか……どの道、その準備中にキマイラがこの町に近づいてくれば甚大な被害が出るでしょうね。その代わりラヴァルの町に被害は出ないでしょうけど」


 そう語るナタリアの顔に浮かんでいたものは諦観か、あるいは納得か。その表情を見たレウルスは頬を流れ落ちる冷や汗を拭い、口元を引き攣らせる。


「おい……まさかとは思うけど、この町って……」


 石壁と堀によって外敵の侵入を防ぐラヴァルの町と、木の柵と土壁程度の防御施設しか持たないラヴァル廃棄街。キマイラの知能がどれほどかは知らないが、仮に襲うとすれば後者だろう。

 その事実が何を意味するのか。遅まきながらそれを悟って絶句するレウルスに対し、ナタリアは何故か苦笑を向けた。


「そう―― “こういう時”のためにこの町があるのよ」


 要は、ラヴァル廃棄街は強力な魔物への囮なのだ。並の魔物ならば冒険者だけで倒すこともできるが、冒険者の手に負えないほど強力な魔物が現れれば囮となり、その間にラヴァルの町では魔物を倒せるだけの戦力を集める。


「囮なんてもんじゃねえ……エサか生贄じゃねえか! それで良いのかよ!?」


 強力な魔物が人を襲うのならば、最初から“襲っても良い”人間を用意しておく。そうすることでラヴァルの町が襲われる確率が下がるのだろうが、襲われる側からすればたまったものではない。


「エサか生贄、ね……でもキマイラならまだマシな方なのよ? ニコラとシャロンでは倒せなかったけれど、まだ対処ができる部類だもの。それほど大食いでもないし、この町に侵入を許したとしても……まあ、大人を五人も平らげれば満足して帰るでしょう。お腹が空けばまたやってくるけれどね」


 淡々と告げるナタリアだが、レウルスには何故平然としているのかわからない。それでも言い募ろうとするレウルスに対し、ナタリアは会話を打ち切るように煙管を振った。


「坊やはこの町に来て日が浅いから理解できないだけよ。さあ、無駄口はおしまい。今日のところはドミニクさんのところに帰って休みなさいな。ニコラ達を連れて帰って疲れてるんでしょう? 明日からは忙しくなるわよ」

「……わかったよ」


 これからキマイラの対策会議でもするのだろう。そこでレウルスにできることはなく、苛立ちを覚えながらも引き下がる。


 ――ナタリアの言葉に自分以外反論しなかったことが、レウルスには余計に腹立たしかった。







どうも、作者の池崎数也です。


シルディさんよりレビューをいただきました。これで2件目です。本当にありがとうございます。

毎度ご感想やご指摘等もいただくことができ、その上レビューまでいただくことができて嬉しい限りです。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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― 新着の感想 ―
置いてきた装備は結局回収されたんですかね?
[良い点] 文章が丁寧 [気になる点] 魔物が現れたら仲間に助けを求めるのに、怪我人は一人で運ぶってどんな状況?たまたま周りに人がいなかった?というか怪我人を引きずる道中も身内は誰も助けてくれなかった…
[一言] 確かに拙作だな。主人公の設定IQと文章表現にズレがあると思うのは自分だけかな。あと主人公がだんだん意気地なしになってきてる。
感想一覧
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