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第198話:調査依頼 その5

 キマイラの首が落ちる。


 強襲で一つ、返す刃で尻尾を斬り離し、掬い上げるような軌道で放たれた斬撃が残った一つの首を高々と刎ね飛ばす。


 さすがのキマイラといえど、首を二つ刎ねれば死ぬ。それでもレウルスは用心のために心臓がある付近へ深々と『龍斬』の切っ先を突き込みつつ、内心だけで首を傾げた。


(……キマイラってこんなに弱かったか?)


 不意打ちの初撃で首を一つ刎ねることができたからか、あるいは兵士達との戦いで多少なり傷を負っていたからか。レウルスの記憶にあるキマイラと比べると、今しがた仕留めたキマイラは数段どころか桁違いに劣っているように感じられた。


 レウルスが初めて戦ったキマイラが強かったのか、目の前のキマイラが弱いのか、レウルスが強くなったのか。


 鈍く、湿った音を立てながらキマイラの体が崩れ落ちる。そして数秒経つと斬り飛ばした頭が地面へと落下し、これまた湿った音を立てた。


 状況が許すなら斬った首なり崩れた体なり一齧りしてみたいところだが、今はそれが許されるような状況ではない。

 レウルスは残っているもう一匹のキマイラとは別に、警戒したような視線を向けてくる兵士にも意識を割く必要があるのだ。


(そりゃまあ、いきなり冒険者が飛び込んできたら警戒もするわな)


 兵士が向けてくる視線には困惑の色も含まれており、レウルスを敵と見るべきなのか迷っているように感じられる。兵士はレウルスに剣を向けてはいないものの、仮にレウルスが斬りかかれば即座に対応できるよう間合いを測っていた。


「……貴殿は何者だ?」


 立場上誰何せざるを得ないのか、低い声色で尋ねてくる。その問いかけを受けたレウルスは特に気負わず、生きているキマイラへと視線を向けながら答えた。


「精霊教の関係者です。依頼の途中だったんですが、戦っている音が聞こえたので……不要かと思いましたが助太刀にきました」

「精霊教の……」


 兵士が向けてくる視線から、警戒の色が僅かに薄れる。それを感じ取ったレウルスは嘘は言っていないよな、と内心だけで呟いた。


(精霊教の関係者……客人ってのは本当だしな。依頼は精霊教と関係ないけど)


 精霊教の客人で、精霊教が崇める精霊を連れ歩いてもいるのだ。当初は宗教に関わりたくないと思っていたレウルスだったが、今となっては関係者と名乗っても間違いではないだろう。


「……なるほど、そういうことか」


 だが、兵士は妙に納得した様子で頷く。レウルスはそんな兵士の様子を見て逆に疑問を覚えたが、警戒が薄れているのならば好都合だと考えることにした。


「ま、詳しいことは聞かないでもらえると助かります。こっちとしてはあのキマイラを――っ?」


 詳しいことを聞かれても答えようがないのだが、などと考えていたレウルスだったが、妙な違和感を覚えて眉を寄せる。


(なんだ、これ……魔力? キマイラが魔法を……いや、違う……か?)


 残っているキマイラへと突撃を仕掛けようとしたものの、直感的に覚えた警戒心がレウルスの足を止めた。


 今しがた仕留めたキマイラからは感じ取れなかった――感じ取る前に仕留めてしまったが、動ける兵士二人を相手にしているキマイラからレウルスは漂うような魔力を感じ取る。


 敵意や殺意は感じないため雷魔法を発動するためではない。かといって『強化』のような魔法とも思えない。

 気のせいかもしれないが、キマイラが持つ魔力とは別に微弱ながらも“別の魔力”を感じるのだ。


 それが妙に気になる――が、考え込んでいる間にキマイラと交戦している兵士が押し切られかねない。


 そのためレウルスは即座に意識を切り替えると、『龍斬』を担いで前傾姿勢を取った。魔力や魔法に関して造詣が深いわけでもないのだ。何かあるとしても、仕留めればそれで終わりである。


 そう、思っていたのだが。


『ガアアアァァ……ガ、グ……ギ、ギギギギギギィッ!』


 それまで二人の兵士を相手にしていたキマイラが、突如としてその動きを変える。兵士の反撃を気にも留めず強引に弾き飛ばすと、馬車目掛けて突進していく。

 目は爛々と輝き、人体など容易く貫通しそうな牙を噛み鳴らし、口の端から涎を撒き散して唸り声を上げながら地を駆けていく。


 それに気付いた御者が慌てた様子で馬を操って馬車を動かそうとするが、逃げるよりもキマイラが到達する方が圧倒的に早いだろう。

 護衛と思わしき兵士達から離れるわけにもいかなかったのだろうが、せめて逃げる準備を整えておいてほしかったところだ、などとレウルスは思考した。


「――撃てっ!」


 レウルスはそう叫びつつ、キマイラ目掛けて駆け出す。すると、数秒と経たない内にキマイラを狙い撃つようにして雷が降り注いだ。

 “もしも”の時は逃げやすいようにと森の中に待機させていたエリザによる、雷魔法である。


『グルゥッ!?』


 頭上から降り注いだ雷撃にキマイラが悲鳴を上げた。一直線に馬車へと向かっていたその動きが鈍り、大幅に失速する。


 常人ならば即死しそうな威力の雷だが、キマイラも雷魔法を扱う魔物である。痛みこそあるものの、動きを鈍らせる以上の効果は望めないようだった。

 だが、それで十分だ。ほんの数秒、数瞬といえど動きが止まったのならば、余裕をもって追いつける。


 瞬時に間合いを詰めたレウルスがキマイラの首に狙いを定める。『龍斬』を振りかぶり、エリザの雷魔法で体が満足に動かないキマイラの首を二本まとめて真横から両断する――その直前に、レウルスの視界の端で動くものがあった。


「っ!?」


 体が痺れて動けないはずのキマイラが、動いている。黒光りする外殻で覆われた前肢が、レウルスの首から上を吹き飛ばすよう弧を描いて迫ってくる。


「ウ――オオオオオオオオオオオォォッ!」


 キマイラの首を刎ねても、その対価に殺される。獣のような勘で瞬時にそう判断したレウルスは体を捻り、強引に『龍斬』の軌道を変えて横から迫るキマイラの前肢へと刃を叩きつけた。


 金属を破砕するような甲高い轟音と、両腕に伝わる激しい衝撃。迎え撃つようにして合わせた『龍斬』の刃は鉱石染みた強度を誇るキマイラの外殻を砕き、前肢を弾いて逸らす。

 しかしながら弾いただけでは到底致命傷になり得ない。無理矢理弾いたことで『龍斬』ごと上体が泳いだレウルスは、更に体勢が崩れることを承知で斬りかかるか、いったん距離を取るか逡巡した。


『ガアアアアアアアアアアアアアァァッ!』


 そんなレウルスの胴体を薙ぐようにして、キマイラの剛腕が振るわれる。痺れて“動けないはず”のキマイラが、レウルスに弾かれた前肢とは逆の前肢を叩きつけてくる。


「っ……こん、のおおおおぉっ!」


 ドワーフ手製の防具を身に着けているとはいえ、直撃を許せばその衝撃で肋骨をもっていかれるだろう。レウルスは『熱量解放』によって底上げされた身体能力で強引に上体を引き寄せ、『龍斬』を振り下ろす。


 踏み込むこともできず、腕力だけを頼りに繰り出した斬撃。その一閃はキマイラの外殻と激突して刃を食い込ませるが、勢いと体重の差が如実に表れた。


「うおっ!?」


 レウルスの足が地面から離れ、強引に弾き飛ばされる。『龍斬』ごと後方へと、山なりの軌道で宙を飛ぶ。


(くそっ……油断したつもりはなかったんだけどな)


 ぐるぐると視界が回転する中で、レウルスは心中だけで呟いた。


 衝撃で僅かに手が痺れているが、直撃は避けたため肉体に痛みはない。だが、かつて倒したことのあるキマイラに――それも“あの時の”キマイラと比べれば劣るであろう個体に押し負けている。


 かつて戦ったキマイラはラヴァル廃棄街の最精鋭とも言える者達が戦い、大きな傷を負わせても凄まじい脅威だった。

 そんなキマイラも上級には含まれず、火龍であるヴァーニルや『城崩し』、『国喰らい』といった上級の魔物と戦ったことで慢心してしまったのか。


 ――そんなことはあり得ない。


 レウルスはそう断言する。例え下級下位の魔物だろうと、人間を一撃で殺せるのだ。そんな魔物を相手にして油断するようなことはあり得ない。今も鎧を着込んだレウルスを高々と殴り飛ばしているのだ。油断できるような存在ではない。


 レウルスを殴り飛ばしたキマイラは体が不規則に痙攣しており、追撃を仕掛けることなくその場で動きを止めている。エリザの雷魔法によって体が痺れているのだろう。だが、それならば“どうやって”レウルスを迎え撃ったというのか。


 レウルスは空中で体を捻ると、回転の勢いを殺す。そして足から地面に着地しようとするが、眼下にあるものを見て思わず頬を引きつらせた。


 眼下に存在したのは、結局逃げることができなかったのか立ち往生している馬車である。御者の男性がポカンとした顔でレウルスを見上げているが、それに構う暇はなかった。

 空中を自由に移動する手段など持たないレウルスは、キマイラに殴り飛ばされた勢いのままで馬車の屋根に着地する。


 馬車と一口に言っても、レウルスがかつて“積み込まれた”ことがある幌馬車とは異なり、箱馬車と呼ばれる種類の馬車である。

 馬車を曳く馬は二頭立てで、魔物の襲撃を警戒してか車体部分は非常に頑丈そうだ。外の景色を見るための窓もついているが頑丈さを優先したのか小さく、金属を用いて車体を補強してある。


 だが、屋根は別だったらしい。重力に引かれるまま着地したレウルスは、そのまま屋根を突き破って落下する。


「きゃっ!?」


 畳四枚分程度はありそうな、複数人が乗り込めそうな馬車の屋根を突き破って着地するなり、女性のものと思わしき悲鳴が上がった。


 その悲鳴を聞いたレウルスは乗っていた人を下敷きにしてしまったか、と危惧したものの、人の体を踏んでしまった感触はない。それでも馬車の屋根を破壊してしまったことに変わりはなく、背中に冷や汗が浮かぶのを感じながら振り返る。


「お嬢様、お下がりください」


 そこには、一目見ただけで高級品とわかる服を着た少女と、そんな少女を庇うように前に出る侍女服を着た女性がいたのだった。

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