第197話:調査依頼 その4
白い光と雷が弾ける音が周囲を満たす。
その一撃を至近距離で受ければ視界が潰れ、なおかつ電撃によって一時的にせよ行動不能に陥っていただろう。
だが、距離を隔てて観察していたレウルス達に影響はない。精々眩い光を見たことで少しばかり視界が白く染まった程度で、被害と呼べるものは受けていなかった。
反対に、至近距離でキマイラの雷魔法を受けた兵士隊の被害は甚大である。
『ガアアアアアアアアアアアアアッ!』
それまでキマイラが相手でも互角に渡り合っていた兵士達の大半がその動きを止め、キマイラの剛腕と三本の尻尾で薙ぎ払われた。
特に、黒光りする外殻で覆われた前肢で殴りつけられた兵士の被害が大きく、金属の鎧を砕かれてその体を人形のように吹き飛ばされていく。
いくら金属製の鎧といっても、魔法具の類ではないのだろう。兵士の中には武器を手放して避雷針代わりにすることで回避した者もいたが、雷撃の余波で動きが鈍っているようだった。
「……まずいな」
遠目にその光景を見ていたレウルスが呟く。
金属鎧で身を固めている兵士にとってキマイラの雷魔法は相性が最悪だろう。レウルスのように魔法を斬れるということもなく、キマイラの雷魔法一発で形勢が一気に傾いたようだった。
(町の仲間ってわけでもないし、見捨ててもいいんだが……)
むしろ全滅した後にキマイラを“横取り”できると思えば、このまま静観していても良いぐらいだ。兵士達を全滅させて気を抜いた瞬間を狙えば、いくらキマイラといえど不意打ちで大打撃を与えることができるかもしれない。
そこまで考えたレウルスだったが、ネディの様子を確認して僅かに眉を寄せた。
サラが羽交い絞めにしたネディは今にも拘束を振りほどいて駆け出しそうで、それが無理でも魔法を撃ち込みそうだ。
(サラは見捨てても良いって言うけど、ネディは違う……その違いが気になるところだけど、今は……)
ナタリアから依頼を受けている身としても、ラヴァル廃棄街に被害が及ぶ危険性がある点からも、キマイラをこのまま放置するわけにはいかない。
「ネディは人間を……いや、あの人達を助けたいんだな?」
「……うん」
「そうか……ネディがあの人達を助けたいって考えてるのはわかった。だけど、精霊であるネディが手を出すとまずい事態になるかもしれない。その点はわかってくれるか?」
ラヴァル廃棄街の仲間でもない人間を率先して助けるつもりなどないが、ネディが――レウルスにとって命の恩人であるネディがそう望むのなら、叶えるのも吝かではない。
問題があるとすれば、ネディが精霊だという点だろう。冒険者であるレウルス達が乱入するというのも問題を招きそうだが、精霊が助けに入るというのはそれ以上の問題を引き寄せそうだった。
かといって、レウルスが請うてラヴァル廃棄街に来てもらったネディの行動を制限するのも問題だろう。そう判断したレウルスは、『龍斬』を担ぎながら前傾姿勢を取った。
「全員で突っ込む方が楽だろうけど、兵士達に文句を付けられるかもしれないからな……ここまで荷車を曳いてきてもらって悪いけど、ミーアは俺が突っ込んだらもと来た道を戻ってくれ。轍が残りそうだけど、可能な限り隠蔽してくれると助かる」
「うん、わかった」
キマイラを倒すことができてもすぐに逃げる必要があるかもしれない。その可能性に思い至ったレウルスはミーアにそんな指示を出し、今度はネディを羽交い絞めにしたままのサラに視線を向けた。
「あとはキマイラの魔法対策に――」
サラを連れて行く。そう言おうとしたレウルスだったが、視界の端でエリザの表情が大きく歪んだことに気付いた。
悔しさを堪えるように、悲しさを噛み殺すように、大きく目を見開いてから目を伏せる。そんな変化に気付いたため、レウルスは即座に予定を変更する。
「……エリザ、頼んでいいか? 同じ属性の魔法だから相殺できそうだしな。あと、兵士の出方次第だけど、逃げる必要があったら雷魔法で目潰しをしてくれ。その間に撤退する」
頼めば喜んで請け負いそうだが、火の精霊であるサラも関わらせない方が良いだろう。そんな思惑もあり、レウルスはエリザに補助を頼むことにした。
「――っ! う、うむ! 任せよ!」
落ち込みかけていたエリザの表情がぱっと輝き、何度も強く頷く。それを確認したレウルスは内心だけで嘆息すると、ネディへと視線を向けた。
「俺とエリザが助けに入るから、ネディは手を出さないでほしいんだ……それでいいか?」
「……わたしは“そのあたりのこと”がわからないからお願いする」
無表情で承諾するネディ。すると、そんなネディを羽交い絞めにしているサラが唇を尖らせた。
「レウルスーわたしはー?」
「ミーアとネディが安全に移動できるよう、索敵と警戒を頼むよ。何かあれば『思念通話』で話せるしな。ひとまず距離を取って安全な場所まで移動していてくれ」
「レウルスが戦うのならわたしも戦いたいんだけど……ネディはともかく、ミーアは友達だし安全な方が……むむむ……」
数秒ほど唸っていたサラだったが、やがて渋々といった様子で頷く。それを確認したレウルスは小さく苦笑するが、すぐに表情を引き締めて駆け出すのだった。
「何人動けるっ!?」
「こっちは二人です!」
キマイラと交戦している者達――レウルスが予測した通り兵士の職に就いている男達は、キマイラが放った雷魔法の影響から立て直すことに追われていた。
優勢に進められていた戦いも、一発の魔法で圧倒的な劣勢へと追い込まれてしまった。そうなるよりも早く、魔法を撃たれるよりも先に倒したかったが、キマイラが相手ではそれも難しい。
レウルスの目から見れば高度な連携を駆使してキマイラと渡り合っていた兵士達だったが、その実態はいつ魔法を撃たれるか、魔法を撃つ前に倒せるかどうかの綱渡りに等しかった。
「くそっ! キマイラってだけでも一大事なのに、なんで二匹同時に襲ってきやがるんだ!」
「キマイラに聞け! 愚痴ならあとでいくらでも聞いてやるから集中しろ!」
兵士達の中でも隊長格の男が腰元の剣を引き抜きながら叫ぶ。元々は槍を使っていたものの、周囲を薙ぐように放たれたキマイラの雷撃を誘導するために手放してしまったのだ。
そのおかげで被害を最小限に抑えられたものの、他の部下はそうもいかない。中にはキマイラの雷魔法を受けて硬直し、その後振るわれた剛腕で鎧を粉砕されながら殴り飛ばされた者もいる。
生死は不明で、仮に生きていても重傷だろう。助けたくとも、キマイラをどうにかしなければ確認することすらできない。
『グルゥッ! ガアアアアァッ!』
襲ってきたキマイラは二匹。隊長を含めて十人いた兵士を二手に分けてキマイラを一匹ずつ引き離して戦っていたが、先ほどの雷撃によって即座に応戦できるのは三人しか残っていなかった。
隊長は一対一で、残ったキマイラは動ける兵士二人が抑え込もうとするが、優勢に戦えていたのは五人がかりだったからだ。魔法もなしに個人の技量だけでキマイラと渡り合うのは不可能に近い。
それでも、やらなければならない。隊長の男は覚悟を固め、剣を構え。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」
横合いから、空気を震わせるような咆哮が響いた。眼前のキマイラに劣らぬ、否、確実に勝るであろう殺気が込められた咆哮に、隊長の男は反射的に視線を向ける。
――まさか三匹目のキマイラか!?
咄嗟にそう考えてしまい、絶望的な気持ちになる。それでもせめて背後に庇った馬車が逃げ出す時間を稼ぐべく剣を向け――見知らぬ男がキマイラに飛び掛かっているのを目撃した。
手を出すと決めてからのレウルスの動きは迅速だった。
『熱量解放』を使って全力で駆け、兵士と向き合うキマイラとの距離を瞬く間に詰めていく。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」
目の前の兵士に集中しているのかキマイラの反応が遅れ、それは兵士も同様だった。突如として乱入したレウルスに対し、ぎょっとした視線を向けてくる。
だが、レウルスはそれに構わない。むしろ隙だらけで結構なことだと振りかぶった愛剣をキマイラの首元目掛けて全力で叩きつける。
すぐさま撤退する可能性もあるため、鞘はそのままだ。それでもかつてキマイラを倒した時に振るっていたドミニクの大剣並みの切れ味があるため、レウルスが放った斬撃はキマイラの肉を容易く両断していく。
『ガッ!? ガアアアッ!?』
不意打ちが効果的だったのか、それともレウルスがかつて戦ったキマイラと比べると数段劣るのか、レウルスからすれば呆気ないほどにキマイラの首が一本落ちる。
そして数秒も経たない内に傷口から血が噴き出し、周囲に真紅の霧が生まれた。
それでもキマイラは戦意を失わなかったのか、体を捻るなりレウルス目掛けて三本の尻尾を鞭のように叩きつけてくる。
「邪魔だぁっ!」
風を切って迫る尻尾だが、その根元はほとんど動いていない。それを見切ったレウルスは応戦するように『龍斬』を振るい、三本の尻尾を根元から斬り飛ばした。
一応兵士の動きにも注意を払ってはいるが、斬りかかってくる様子もない。それを確認したレウルスは首と尻尾を斬られたことで体勢を崩すキマイラを――残った双頭の片割れを見ながら獰猛に笑った。
「――まずは一匹」
降り注ぐ血の雨など気にも留めず、レウルスはキマイラへと斬撃を繰り出すのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
コペルニクス2号さんよりレビューをいただきました。ありがとうございます。
レビューも7件目になりました。感謝感謝です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。