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第196話:調査依頼 その3

 “その魔物”を見た時、レウルスは知らず知らずのうちに息を呑んでいた。


 遠目に見えたのは獅子に似た体と二つの頭を持つ魔物である。四肢は黒光りしている頑丈そうな外殻に覆われ、鞭のようにしなる三本の尻尾が生えていた。


「な、なんじゃあの魔物は……」


 エリザもその姿を目視したのか、僅かに声を震わせながら呟く。その声を拾ったレウルスは、無意識の内に目を細めていた。


「……そうか、エリザは知らないのか。いや、話したことぐらいはあったか? あれがキマイラっていう魔物でな、俺が知ってる奴だと中級上位の強さだった」


 今となっては遠くなったように思える――実際には一年程度しか経っていない記憶を掘り返しながら、レウルスは小声で言葉を続ける。


「エリザがラヴァル廃棄街に来る前……俺がラヴァル廃棄街に住むようになって一ヶ月も経たない内に襲ってきてな。その時はおやっさんと組合長が前に立って時間を稼いで、シャロン先輩が『詠唱』を使って氷魔法を叩き込んだっけ……」


 そう話しながらも、レウルスの視線はキマイラを捉えたままだ。自身の記憶にあるキマイラの姿と遠くに見えるキマイラ“二匹”の姿を見比べ、心中だけで首を傾げる。


(離れてるから差異があるかもしれないけど、昔戦ったキマイラと比べると小さい……かな?)


 レウルスがかつて戦ったキマイラは三メートルを超えており、もっと威圧感があったように思えた。だが、遠目に見えるキマイラはひと回り程小さく、威圧感も魔力もかつてより弱く感じられる。


(それにしても……キマイラってのは馬車を襲う習性でもあるのか?)


 生まれ故郷であるシェナ村から鉱山向けの奴隷として売り飛ばされた過去を持つレウルスだが、件のキマイラはレウルスが荷物として詰め込まれた馬車を襲ってきた。

 もしかするとレウルスが知らないだけで、馬車を襲うような習性があるのかもしれない。


(馬車なら人が乗ってたり食べ物が積んであるって学習したとか……ありそうだな)


 奇妙な懐かしさすら覚えながら思考するレウルス。しかし、そんなレウルスを見てエリザが非常に困惑したような顔をする。


「……レウルス? その、どうするんじゃ?」

「どうする? ……ああ、そういえば依頼の途中だったな」


 遠くから聞こえてくるのは、キマイラの咆哮と甲高い衝突音。キマイラの外殻と兵士らしき者達が振るう剣がぶつかり合い、硬質な音と共に火花を散らしている。


 キマイラに気を引かれていたレウルスだったが、その周囲に散開する兵士へと視線を向けた。


 見たところ兵士の数は十人で、五人ずつに分散してそれぞれがキマイラの相手をしている。二匹のキマイラが連携しないように、それでいて馬車に向かわないように、一匹のキマイラを五人で囲んでその動きを封じていた。


 最も注目すべきは、兵士達から魔力が感じられないことだろう。『強化』の魔法もなく、磨き上げた技術と連携を以ってキマイラと渡り合っているように見えた。


 一人がわざとキマイラへと踏み込み、攻撃が繰り出されると同時に退いて空振りを誘発する。そして僅かにできた隙を逃さず、外殻に覆われていない部分を剣で斬りつけていく。

 キマイラは後肢だけで立ち上がり、二つの頭を前後に向けて死角をなくし、外殻に覆われた前肢と三本の尻尾を振るって対抗しているが、兵士達の技量と連携はキマイラに対処できる領域にはないようだった。


(強い……いや、“巧い”って言うべきか? 人間ってのは魔法なしでもあそこまで動けるのか……)


 レウルスが冒険者になったばかりの頃、冒険者の強さに疑問を抱いたレウルスにナタリアが語った言葉がある。


 国や領地から支援があり、衣食住が保証された環境で訓練を受けることができ、手入れの行き届いた武器や防具を支給され、負傷した際も万全の治療を受けることができ、人間も魔物も問わずに戦うことで経験を積み、個人戦も集団戦もこなせる兵士。


 そんな兵士と比べ、装備も環境も粗末で戦闘経験といえば魔物がほとんどで、“生活を維持する”ために戦う冒険者。


 ――その二つを比べて、冒険者が勝る道理があるのか?


(『強化』の魔法を使えるニコラ先輩が正規兵と同じぐらいの強さって姐さんは言ってたっけ……なるほど、アレを見れば納得だな)


 魔法なしでキマイラと戦っているというのに、兵士達に怯えの色はない。命を賭けるのは当たり前といわんばかりに、決死の覚悟を瞳に宿してそれぞれが最適の戦闘行動を取っている。


 一対一ならば負けはしないだろうが、複数で襲ってきたならば押し切られかねない。


 木陰に隠れながら兵士達の戦いぶりを眺めていたレウルスは、努めて冷静にそう判断した。『熱量解放』なしならば一対一でも負けそうなほどに、兵士全員の動きが優れている。

 もちろん、実際に戦ったわけではないためどうなるかわからない。レウルスが一人で戦う必要はなく、エリザ達の助力があればある程度の数までは勝てるだろうとも思う。


(魔法を使ってない兵士であんなに強いのなら、魔法を使える兵士はどれぐらい強いんだ?)


 兵士の中にも突出した強さを持つ者がいるだろう。それがどれほどの力を持つのか、気になるところだった。


「どうするんじゃ? 兵士達と違ってキマイラ? は魔物じゃぞ。放っておくのか?」


 思わぬ遭遇に思考を回転させるレウルスだったが、エリザに腕を引かれて気を取り直す。そしてキマイラと戦う兵士達を一瞥すると、いつでも抜けるようにと握っていた『龍斬』の柄から右手を離した。


「そうだな……放っておくか。姐さんからの依頼は魔物の調査が目的だしな」


 兵士達に助太刀をする義理もない。そもそも、助太刀が必要になるとも思えなかった。


 可能ならばキマイラを自分の手で仕留めたいところだが、戦っているところに乱入して キマイラを仕留め、そのまま持ち去るわけにもいかないだろう。

 仮に助太刀しても、冒険者だと知られれば兵士達がどんな行動に出るかわからない。身分証として精霊教の『客人の証』を出したとしても、相手が精霊教徒でなければ通じない可能性が高い。


「いや待て……兵士達が死んだら手を出すか。その場合はキマイラも傷ついてるだろうし、取り逃がせばラヴァル廃棄街の害になるかもしれないしな」

「ふむ……そうじゃな。あやつらは町の仲間でもないしのう」


 この場から立ち去るべきだと考えたレウルスだったが、ラヴァル廃棄街に危険が及ぶ可能性を思えば放ってもおけない。ただし冒険者という立場上、兵士達と接触するのも憚られた。


 このまま兵士達がキマイラを倒すならばそれで良し。キマイラが兵士達を殺したならば漁夫の利を狙って襲い掛かる。


(俺としては後者の方が楽でいいんだが……っと、サラ達か)


 魔力と荷車を曳く音が近づいてきたため、レウルスはそちらへと意識を向けた。


『サラ、荷車はそこに置いてこっちに来るようミーアとネディに言ってくれ。なるべく足音を立てないでくれよ?』

『えっ? なになに? なにがあったの?』


 興味津々といわんばかりの声色だったが、サラはミーアとネディを連れて指示通り足音を極力殺しながら近づいてくる。


「どこかの兵士とキマイラって魔物が戦ってるんだ。キマイラの方は……あの強さだと中級中位ぐらいになるのか?」


 かつて戦ったことがあるキマイラの強さを基準にしながらレウルスがそんな説明を行うと、サラは不思議そうに首を傾げた。


「え? このまま襲い掛かってあの魔物を持って帰らないの? 体が大きいし、食べ応えがありそうじゃない!」

「……あの兵士達がいないなら俺も喜んでそうしたんだがなぁ」


 かつてキマイラを倒した時も、食べる機会がなかったのだ。自分達が先に遭遇したのなら喜び勇んで襲い掛かったのだが、とレウルスは臍を噛む。


「キマイラは中級上位の魔物って聞いたけど、あの二匹はそこまででもないかな? まだ成長途中の番かも……」


 遠くから聞こえる戦闘音に気を引かれたミーアがキマイラを見ながら呟く。ドワーフであるミーアの目から見ても、兵士達が戦っているキマイラが中級上位の魔物とは思えないようだった。


「えー……不意打ちでわたしの魔法を撃ち込めばいけるんじゃない? 加減を間違えなければキマイラだけ倒せると思うわっ」

「サラの場合、ついうっかり加減を間違えそうじゃな」

「駄目だよサラちゃん。あの兵士の人達、一人一人が強いから敵対しないようにしないと……」


 エリザとサラ、ミーアはキマイラと兵士達の戦いを遠目に見ながら口々に言葉を交わす。当然ながらキマイラや兵士達に気付かれないよう小声での会話だったが、傍にいるレウルスには丸聞こえだった。


「……わたしは行く」


 会話に参加していなかったネディが不意に呟く。そして宣言通りキマイラと兵士達の戦闘が起こっている場所に向かって歩き出し――。


「とりゃっ!」


 それに気づいたサラが即座に飛び掛かって羽交い絞めにした。それはレウルスが驚くほどの反応速度で、サラに羽交い絞めにされたネディがどこか不機嫌そうに振り返る。


「……何するの?」

「何するの、はこっちの台詞よ! アンタいきなり何しようとしてるわけ? レウルスが様子見だって言ったじゃない!」

「…………」


 頬を膨らませて抗議するサラと、そんなサラを訝しげに見つめるネディ。兵士達やキマイラに気付かれないよう小声で叫ぶという芸当を披露するサラだったが、多少声を出しても戦闘中の兵士達は気づかないだろう。


「人間が困ってる。だから助ける……あなたはそう思わないの?」

「困ってるって言っても互角に戦ってるじゃない。周囲に向かって助けてーって叫んでるわけでもないし。それに、レウルスが必要ないって言ってるのよ?」


 不思議そうな顔をするネディに対し、サラもまた不思議そうな顔をした。


「……あなたは“何”?」


 抽象的な問いかけである。だが、その問いかけにサラは不思議そうな顔をしたままで首を傾げた。


「え? 何って……あ、アンタ、もしかしてまだわたしの名前を覚えてないの!? サラよサラ! レウルスが考えてくれた大事な名前なんだから! 三秒ぐらいでね!」


 ネディを拘束したままで騒ぎ始めるサラ。レウルスはそろそろ止めるべきかと悩んだが、サラがネディを開放すればそのまま兵士達の元へと駆けていきそうで判断に迷う。


「この二人はどうにも仲が悪いなぁ……なあ、エリザは――」


 どうするべきかとエリザの意見を聞こうと思ったレウルスだったが、不意に、キマイラの放つ魔力が膨れ上がるのを感じ取って即座に振り返る。


 そして、遠くで白い雷が兵士達に襲い掛かるのだった。

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