第195話:調査依頼 その2
ナタリアから請け負った調査依頼は、大した問題も起きず順調に進んでいく。
元々ラヴァル廃棄街の周辺では魔物が少なくなっているため、レウルス達は渡された地図を頼りに数日かけて歩き回り、“荷物”が増えたらラヴァル廃棄街に帰還するというサイクルを繰り返す。
今回の依頼では魔物を見つけることが目的のため街道は利用せず、人目を避けるようにして森の中を移動する。ラヴァル廃棄街から出発して弧を描くようにして歩き、二、三日ほど進んだら折り返して帰還する。
上空から見れば円を描くように、一度の道程で極力多くの面積を確認できるように進む。これは熱源を探知できるサラが同行しているからこそできることで、真っすぐ進むだけでも四方数百メートルの範囲で魔物と思わしき熱源を探ることができた。
サラが広い範囲で熱源を感知し、魔物が近くまで接近してくればレウルスが魔力を感じ取る。それに加えて吸血種のエリザもいるため、“そのまま”近づいてくるならば中級以上の魔物、一定の距離から近づいてこなければ下級の魔物と判別することができた。
これまで何度か旅をしてきたレウルス達だが、今までの旅と違って水源の位置を意識する必要もない。ネディが仲間に加わったことで水の確保が容易になっているのだ。
火はサラが熾す、水はネディが生み出す、仕留めた魔物の解体はミーアが行う――それぞれが専門的な能力を持っているため、野外で活動することに何の不安もなかった。
「これだけで食っていけるかもしれねえな……」
今しがた仕留めた角兎を担ぎながらレウルスが呟く。血が出ないようにと『龍斬』の鞘で首の骨を折られた角兎は即死しており、全身をダラリと弛緩させていた。
魔物の調査が目的だが、仕留めてはいけないとは言われていない。そのため魔物を発見するなりレウルスが駆け出し、『思念通話』と呼ばれる魔法でサラから彼我の位置を聞き出し、一直線に襲い掛かっていた。
エリザの気配に気付いて逃げ出した下級の魔物はレウルスが一人で追い、中級の魔物は全員で万全の態勢を敷いて迎え撃つ。そうすることで時間をかけることなく確実に仕留めることができるのだ。
下級の魔物が相手ならばレウルスは奥の手――『熱量解放』と名付けた魔法を使わずとも安全に狩ることができる。しかし中級の魔物になると危険性も増すため、安全を取ってレウルス達五人で一斉に仕留めるのだ。
もっとも、これまで遭遇した中級の魔物はオルゾーと呼ばれる四つ腕の熊だけである。正面から戦えばレウルス一人でも勝てる魔物のため、五人総出で仕留めにかかるのは些か過剰と言えるだろう。
(姐さんからの依頼をこなせて、仕留めた魔物の肉は好きなだけ食えて、魔力を蓄えることができて、素材はミーアが綺麗に剥がしてくれるから金にもなる……特に好きなだけ肉が食えるってのはいいよなぁ)
中には焼いても美味くない魔物も存在するが、今しがた仕留めた角兎などはラヴァル廃棄街でも食肉として扱われる魔物だ。
例え食用に適していなくともレウルスは食べるが、美味いに越したことはない。肉はサラが笑顔で良い具合に焼いてくれるため、レウルスとしては言うことなしである。
冒険者というよりは猟師と名乗った方が良いかもしれない、などと思いながらエリザ達のもとに戻るレウルス。すると、レウルスが仕留めてきた角兎を見て早速ミーアが解体を始めた。
ミーアはドワーフらしい手先の器用さを発揮し、短剣一本で手品のように角兎を解体していく。その手際の良さ、素材を剥ぎ取る時の綺麗さは、冒険者になって一年が経つレウルスよりも遥かに達者だった。
「ネディちゃんがいるから水に困らないし、解体が楽でいいよ」
血抜きも楽だしね、と短剣片手に微笑むミーア。その後ろには森の中でも曳けるようにと小型の台車が置かれており、荷台にはこれまで仕留めた魔物の革や角、牙や爪といった素材が積まれている。
ラヴァル廃棄街の周辺で魔物を狩る際は肉も素材として持ち帰るのだが、いくら春先といえど数日も経てば傷んでしまう。ネディがいるため氷を生み出して冷やすこともできるが、荷台に積む量を減らすためにも食べられる部分は全て食べるようにしていた。
調査のついでに魔物を仕留める――最早魔物を仕留めるついでに調査をしている形になっているが、それでもナタリアの希望には沿えているだろう。
「むぅ……これで下級の魔物が四匹目か。ラヴァル廃棄街の周辺はともかく、少し足を伸ばすと見つかるのう……じゃが、他の方角と比べて少ないような……」
ミーアとネディが解体に勤しむ中、少し離れた場所ではエリザがナタリアから渡された地図に文字を書き込んでいた。羽根ペンを墨が入った小さな壺に刺し入れ、手慣れた様子で地図に文字を記していく。
ラヴァル廃棄街を出発し、数日かけて帰還すること既に三回。今回で四度目になっており、小型ながらも毎回台車が魔物の素材で満載になる程度には魔物を発見しているが、エリザの呟きの通り魔物の分布には偏りがあるようだった。
ラヴァル廃棄街の北側、東側、南側と時計回りに進み、今回は西側に足を伸ばしている。魔物を発見する度に大まかな場所を書き込んでいるが、ラヴァル廃棄街の周辺を避けるようにしてドーナツ状に魔物が分布しているようだった。
(ラヴァル廃棄街がそれだけ安全になっていることを喜ぶべきか、魔物を見つけるには遠出する必要があることを嘆くべきか……迷うな)
レウルスは魔物を食べることで魔力を蓄えるという特異な体質をしているため、魔物が少ないという状況は諸手を挙げて歓迎できることではない。
しかしながら魔物が少ないということはラヴァル廃棄街の仲間達が安全ということでもあり、中々に複雑だった。
(スライムと戦った時にギリギリまで使ったからなぁ……今回の依頼で魔力もだいぶ蓄えられてるけど、またスライムみたいな上級の魔物と戦うことになったらきつそうだ)
遡ること二ヶ月前。ラヴァル廃棄街からの依頼でマタロイの北にあるヴァルディという町を目指したレウルスだったが、“色々とあって”『国喰らい』とあだ名されるスライムと戦う羽目になった。
その際に魔力が底を突きかけるまで『熱量解放』を使ったのだが、その時消費した魔力はまだ取り戻せていない。
(味はなかったけど、魔力は豊富だったってことか……)
スライムを倒すためにスライムの皮を剥いで食べたレウルスだったが、上級の魔物らしく魔力が豊富だったらしい。ラヴァル廃棄街に帰還して以来遭遇しても中級下位の化け熊ぐらいで、日によっては下級の魔物と遭遇することすらなかった。
今回ナタリアから受けた依頼によって魔力の大部分が回復しているが、スライムという規格外の魔物と戦った時のことを思えばまだまだ不足なのではないかと思ってしまう。
(もしかして、姐さんも俺の魔力が不足していることを気にかけてくれた……とか?)
気が利く女性だからな、とレウルスは一人納得する。魔物の調査も必要だったのだろうが、それをレウルス達に回したのは現状を見越してのことではないかと思ったのだ。
そもそも上級の魔物と遭遇すること自体が非常に稀で、中級の魔物ですら稀なため、それらの脅威に備えることは本来杞憂に過ぎないのだが――。
(よく遭遇するしな……グレイゴ教の件もあるし、備えておくに越したことはない、か)
自身の置かれた境遇もあるため、レウルスとしては常に有事に備えておくべきだろうと思う。
――決して魔力を蓄える名目で魔物を好きなだけ食べられる現状に喜んでいるわけではない。
「……よしっ、ひとまずこれで大丈夫かな?」
そうやってレウルスが考えごとをしていると、角兎の解体を終えたミーアが声を上げる。すると、その声が聞こえるなりサラが大喜びで騒ぎ出した。
「あっ! じゃあわたしが焼くわ! 焼き加減も塩加減も完璧に仕上げてみせるんだからっ! ……ところでレウルス? なんで荷物の中に岩塩が入ってるの? あと、レウルスが身に着けてる小物入れにもちっちゃな岩塩が入ってるわよね? なんで?」
「なんでって……そりゃお前、いつでも調味料があった方がいいだろ? スライムの時みたいに味がしない食事は嫌だぞ」
「……なるほど!」
わかっていないけどわかった、といわんばかりに笑顔で頷くサラ。そしてレウルスの発言を聞かなかったことにして調理に入る。
率先して肉焼きを買って出るサラの姿にネディが何かを言いたげにしていたが、実際に何かを言うよりも早くサラが顔を上げた。
「……ん? あれ? ねえレウルス、あっちの方にいくつか“熱”があるんだけど」
サラが不思議そうに首を傾げ、それを見たレウルスは意識を切り替えて『龍斬』の柄に手を伸ばす。
「いくつか? 具体的な数はわかるか?」
「んー……固まってるから具体的な数はわからないけど、五から十……もっと多いかも? 大きめの熱が二つあって、それを囲むようにちまちまと? この動き方は……人間?」
群れを作る魔物も存在するが、サラの口振りはそれを否定していた。
サラが指さす方向に視線を向けたレウルスは、太陽の位置とエリザが持つ地図を確認して眉を寄せる。
「北か……現在地から考えると、街道の方向だな。魔物が出たのか、それとも旅人を野盗が襲ってるとか?」
「仮に野盗だとしたら、この近辺に出すぎじゃろ……」
レウルスが全力で振るえる武器を求めてドワーフを探す旅に出た時のことだが、レウルス達が現在調査している場所――ラヴァル廃棄街の西側では、かつて二十人を超える野盗の一団に襲われたことがある。
その時のことを思い出したのか、エリザは頬を引きつらせていた。
「でも、もし魔物だったらこれも調査の範疇……だよね?」
ミーアが困った様子で疑問を呈する。それを聞いたレウルスは眉を寄せて思案すると、僅かに迷ってから頷いた。
「確認しておく必要がある、か……俺とエリザが先行するから、ミーア達は荷物を持ってきてくれるか? サラは『思念通話』で相手の位置を教えてくれ……ネディと喧嘩するなよ?」
確認は必要だが、荷物を放っていくわけにもいかない。そのためレウルスは指示を出してすぐさま移動することにした。
「だ、大丈夫よ! 多分!」
「わたし“は”大丈夫」
「……え? なに? 自分は大丈夫? 何か含みがあるように聞こえるんですけど!?」
背後から少しばかり剣呑な声が聞こえたが、さすがにこの状況で本当に喧嘩はしないだろう。レウルスはそう信じ、エリザと共に森の中を駆けていく。
そしてサラからの『思念通話』を――少しばかり不機嫌そうな声を聞きながら、レウルスは“目標”との距離を縮めていく。
「っ……でかい魔力だ。当たりだな、こりゃ」
ある程度近づくと、レウルスは肌を刺すような魔力を感じ取った。そのため速度を落とし、警戒心を強めながら進んでいく。
魔力の大きさが魔物の強さと紐づくわけではないが、確実に下級の魔物ではないだろう。中級の中でも強力な魔物か、あるいは離れていてもわかるほど強力な魔法を使っている誰かがいるのか。
木々に隠れるようにして接近していくレウルスとエリザ。そして見通しが悪いながらも残り五十メートルほどの距離まで近づくと、金属同士がぶつかる様な硬質な音が聞こえ始めた。
「もしや、人間同士で争っておるのか?」
「かもしれないな……いや、待て……あれは……」
木々が邪魔でよく見えないが、鎧を着込んだ者達の姿が遠目に見えた。レウルス達冒険者が身に着けるような革鎧ではなく、金属で作られた鎧である。
どこかの兵士か、装備が整った野盗か。その判別はつかなかったが、“何か”を囲んで戦っているようである。
そして、そんな彼らから僅かに離れた場所には、立ち往生している馬車が存在し――。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアァッ!』
周囲の木々すら震わせるように、レウルスが聞いたことのある魔物の咆哮が轟くのだった。