第193話:閑話その4 押しつけ
「その、なんだ、別にサラの嬢ちゃんをないがしろにしたいわけじゃねえ。その点は信じてほしいんだが……」
荒くれ者である冒険者を取りまとめるバルトロも、泣く子には勝てないのか。宣言通り半泣きから全開で泣き喚こうとするサラの姿に、困った様子で頬を掻く。
「組合長に何か考えがあったのはわかってるけど、さすがに今回は露骨過ぎたんじゃないか? “何か考えがある”のはわかってても、その内容までは全然わからないしさ。あー……よしよし、ほら、良い子だから泣くんじゃないぞ」
レウルスはそう言いながらサラを抱き上げ、頭を撫でる。髪や瞳の色、顔立ちの違いを除けばエリザと瓜二つで子どものようだが、サラは火の精霊なのだ。泣いた拍子に周囲に火を撒き散らす危険性があった。
そのため赤子でもあやすように、感情を落ち着けるように抱きかかえたサラの体を優しく揺らしてみる。するとサラは満足そうに涙を引っ込めたが、ネディなどはその姿を真顔で見つめていた。
「理由か……もちろんある。だが、それは……」
バルトロはちらりとジルバを見る。すると、ジルバは肩を竦めながら頷いた。
「サラ様だけでなく、ネディ様のこともあります。お二人を率いているレウルスさん、そしてお仲間のエリザさんとミーアさんにも事情を話しておくべきでは?」
理由もなくサラを冒険者見習いのままで固定していたわけではないだろう。それはレウルスも察していたが、どうやらジルバも絡んでいることらしい。
レウルスとしても気になっていたことではあるため無言で話の続きを促すと、バルトロは微苦笑を浮かべた。
「冒険者の登録証が身分証になることは知っているな?」
そう言われてレウルスは自身の首に下げている登録証へと視線を落とす。登録証と一緒にジルバから渡された精霊教の『客人の証』も揺れていたが、レウルスにとっては“自らの居場所”を証明する大切なものだ。
「お前が持っている精霊教の『客人の証』と比べれば、世間での信用は遥かに薄い……最低限の身分証でしかないわけだが、その最低限って部分が厄介でな」
バルトロはそう言いながら、今度はサラへと視線を向ける。
「冒険者見習いっていうのは、正確に言えば冒険者じゃねえ。あくまで見習いで、冒険者として正式に認めているわけじゃねえんだ……で、サラの嬢ちゃんには敢えてそれをつけさせてる」
「……なるほど、見えてきた」
レウルスやエリザ、ミーアなどのサラを除く面子は問題なく冒険者としての階級を与えられている。だが、サラに対して“正式に”冒険者としての立場を与えるのはまずいのだろう。
色違いだがエリザにそっくりで、レウルスが突き放すと泣きながら追いかけてくるため忘れそうになるが、サラは精霊なのだ。
マタロイにおいては主流となる宗教――精霊教が幅を利かせる中で、精霊を冒険者という“劣悪な身分”に認定すればどうなるか。
レウルスは僅かな緊張を抱きながらジルバを横目で見る。すると、ジルバはニコリと微笑んだ。
「様々な属性を司る精霊様、そしてかつて人の手助けをしてくださった大精霊様に感謝を捧げ、日々の糧とする……私はそういった精霊教の教義を信仰しています」
「は、はあ……」
火や水などの身の回りにあるものを、ひいてはそれらの属性を司る精霊に感謝を捧げ、日々の糧とするのが精霊教だと聞いている。
ジルバは精霊という実在する信仰対象よりも、『感謝を捧げて日々の糧にする』という教義に重きを置いているのだろう。
「もちろん精霊様……サラ様とネディ様に対する崇拝の念が揺らぐことは微塵もありません。ですが、精霊教徒の中には教義よりも精霊様に対する信仰心が深すぎる者もいまして……身内の恥を晒すようで恐縮ですが、過激な者もいるのです」
(それはひょっとしてジルバさんなりの冗談ですか?)
さすがに心中で呟くに留めるレウルス。藪を突いて上級の魔物に匹敵しそうな『狂犬』を召喚するつもりはないのだ。
(いや、まさかジルバさん以上に危な……もとい、信仰心が深い精霊教徒がいるのか? 精霊教師っていうぐらいだしエステルさんがそうだったりして……)
一体どのような反応をすれば良いのかわからず、レウルスは場の空気を誤魔化すようにひたすらサラの頭を撫で回す。
「……とまあ、そういった事情もあってサラの嬢ちゃんは冒険者見習いのままだったわけだ。ジルバはまだ“話がわかる”奴だが、精霊を冒険者として正式に認めたなんて話が出回ると厄介なことになりそうでな……」
冒険者というのは言わば下民だ。かつてのレウルスのように農奴よりは上等な立場だが、世間的に見れば大差がない。
レウルスは信仰心の欠片も持ち合わせていないが、サラを正式に冒険者として認めた際に起こるであろうことが想像できた。
――そちらの宗教で信仰している精霊を今日から冒険者にしました。
そのような宣言を行うに等しく、精霊教を信仰している者が石を握って殴りかかってきてもおかしくはない。
「組合長……それなら冒険者見習いっていうのも危ないんじゃ……」
「それは便宜上の立場であって、正式に冒険者として認めてないのならどうとでも言い逃れができる。その辺りのこともジルバに相談済みだ」
思ったよりもサラの存在は爆弾だったらしい。それでもレウルスが連れてきたからとラヴァル廃棄街に置いていてくれることに、レウルスは心中で感謝した。
(もちろん、サラの能力があるからこそだろうけどな……それに、外部の勢力である精霊教への“見せ札”にできるって考えたとか……)
話を聞けばバルトロの考えも理解できたため、レウルスは何も言わない。問題があるとすれば、サラがこのまま冒険者見習いのままで過ごすことになるが――。
「あれ? 別にサラが冒険者見習いでいることに不都合があるわけじゃないよな? 俺と『契約』してるんだし、俺が依頼で動く時は一緒だろうし」
依頼を受ける時なども、一行のリーダーを務めるレウルスの階級を基準として割り当てられるはずだ。それならばサラの階級は特に問題にならない。
問題があるとすれば、サラが納得できるかどうかぐらいだろう。
そのためレウルスが確認を取ろうとしたが、サラからの反応がない。何事かと様子を確認してみると、すやすやと心地良さそうな寝息が聞こえた。
どうやらレウルスが抱きかかえたことで安心し、そのまま眠ってしまったらしい。なんだかんだと騒いだサラだったが、気分が落ち着けば眠ってしまう程度の興味しかなかったようだ。
レウルスは頬を引きつらせ、このまま床に放り出してやろうかと逡巡する。しかし、さすがにジルバの前でそんなことはできないと嘆息し、そのまま抱きかかえておくことにした。
「…………?」
眠ったサラをネディが不思議そうに見ていたが、バルトロとの話に集中していたレウルスはそれに気づかなかった。
「はぁ……サラを冒険者見習いのままにしていた理由はわかったけど、ジルバさんにスライム退治の主役を押し付けるって話はどうなったんだ? サラがゴネたから先に話してくれたのか?」
あとで説明すればサラも納得するだろうと判断し、レウルスは話の軌道修正を行う。元々はジルバにスライム退治の“主役”を押し付けることに関して話をしていたのだ。
「それに関しちゃレウルス、お前の身を案じてのことだ」
「……俺の?」
だが、バルトロからの言葉にレウルスは首を傾げてしまった。
「以前の『城崩し』を倒した時は目撃者がドワーフだけだったが、今回のスライムに関してはお前が戦うところをグレイゴ教の奴らに見られたんだろう? 冒険者がスライムを倒したなんざ与太話としか思われねえだろうが、探られると困る面もある」
「サラとネディ……いや、エリザとミーアのこともか」
二人の精霊に、吸血種とドワーフが傍にいるのだ。グレイゴ教徒が群れを成して迫ってきそうだ、などと口元を歪めるレウルスだったが、バルトロは首を横に振る。
「いや、精霊はさすがに持て余しそうだが、亜人に関しちゃそこまで気にすることでもねえよ。吸血種ってのは隠せばわからねえだろうし、ドワーフは元々優れた武具を作ることで有名だったからな。特にドワーフは知性が高いから危険視されるってわけでもねえ」
下手に手を出せば優れた武具を装備して襲ってくることもあるが、と言葉をつなぎつつ、バルトロは隻眼を細める。
「『魔物喰らい』……その名前が広がりつつある」
「え?」
思わぬ角度から殴りつけられたような話だった。そのためレウルスは目を見開くが、バルトロは苦く笑いながら続ける。
「お前がキマイラを倒した後、少しずつ広がってはいたんだがな……それも他所の廃棄街ぐらいで気にすることはないと思っていたんだが、近隣の町や村でも知られ始めているらしい」
(……そういえば、マダロ廃棄街でも知られてたっけ?)
元々は魔物の死体を拾い食いするところからつけられたのだが、とレウルスは困惑する。時折名乗ることもあったが、精々ラヴァル廃棄街の身内からそう呼ばれていると告げたぐらいだ。
「今のところ広まっている噂は件のキマイラ殺し……それを成したのが『魔物喰らい』と呼ばれる冒険者だってことぐらいだ。だが、そこにスライムを倒したって話が加わればどうなる?」
『城崩し』を倒した時は目撃者がおらず、レウルス達以外で知っているのは報告を行ったラヴァル廃棄街の仲間達と先日刃を交えたカンナとローランぐらいだ。ただし、グレイゴ教徒であるカンナとローランから情報が洩れる可能性が非常に高いだろう。
「それを誤魔化すためにもジルバに協力をしてほしいって話さ……組合の方から“正式に”スライム退治の報酬を渡すことによって、な」
先ほどのサラの話もそうだが、冒険者組合というある程度の規模を持つ組織が何かしらの情報を正式に認めるのは意味を持つ。
サラについては認めてはいけない話で、スライム退治については認めることでレウルスを注目から隠そうとしているのだ。
「待ってくれ組合長。俺としても厄介事は御免だけど、ジルバさんには色々と世話になってるんだ。それだとジルバさんに迷惑がかかるし筋が通らねえよ」
「……いえ、私は構いません」
「ほら、ジルバさんもこう言って……え?」
先ほどは拒否していたはずのジルバが賛成に回り、レウルスは思わず呆けたような声を漏らす。
「レウルスさんのこともそうですが、レウルスさんを経由してサラ様やネディ様のことを探られるのは我慢なりませんから」
そう言って微笑むジルバだが、その声色には“それ以外の何か”が含まれているように感じられた。それを感じ取ったレウルスは確認を取ろうとするが、それを遮るようにしてバルトロが口を挟む。
「俺も他の奴が相手ならこんなことは言い出さねえよ……だが、ジルバは昔から“色々と”やってきた奴だ。そこにスライムを仕留めたって話が加わっても、ジルバを知る奴なら疑わずに納得するだろうよ」
「ジルバさん、一体何をしてきたんですか?」
「私も昔は若かった……それだけですよ」
バルトロの話に釣られるレウルス。以前からジルバに話を聞いてはいたが、一体何をしたのか気になるところだった。
「そういうわけで、ジルバの報酬には色を付けてるわけだ」
討伐報酬と素材の買い取りに関してだな、とバルトロが付け足す。
(素材って言っても俺が叩き割った『核』ぐらいしかないからな……皮はスライムが死んだら溶けたし、アイツの体がどうなってたのか本気でわかんねえ……)
話の着地点は見えたが、納得できるかは話が別である。それでもバルトロの言う通り外部から問題を招くよりはマシだろう。
ジルバに迷惑をかけることだけがレウルスとしても心苦しかったが。
「お気になさらず。組合長の言う通り、知り合いが聞いても疑わずに信じてしまいそうで、私としても困ることはありませんから」
仮にグレイゴ教から話が洩れたとしても、当のグレイゴ教と激しく敵対しているジルバを貶めようとしていると思われるだけだろう。
「そういうわけでレウルス、お前達に払う分の報酬なんだが……」
そう言ってバルトロが取り出したのは、ジルバに渡したものよりも大きい布袋だった。
「十万ユラ用意した。ジルバに払う分の報酬も同額程度になるだろう」
ネディを含めてレウルス達五人に払う分の報酬とジルバに払う報酬が同程度なのは、今しがたの“苦労をかける”ことについての迷惑料も含んでいるのか。
金額よりもラヴァル廃棄街の水不足を解決できたことが嬉しいレウルスとしては、断る必要もない。
サラが持っていた火の『宝玉』が砕け散ったのは痛手だったが、元々ヴァーニルからの貰い物なのだ。サラには何かプレゼントでも見繕うべきかと考えつつ、レウルスは報酬が入った布袋を受け取るのだった。
レウルス達とジルバが退室した部屋の中で、バルトロがぽつりと呟く。
「……これでいいんだろう?」
黙って話を聞いていたナタリアが、薄い笑みを浮かべながら頷くのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
これにて5章の閑話も終了となります(多分)
次話からは6章に入りたいと思います。毎日更新が続けられるかはわかりませんが、なるべくペースを保って更新していければと思います。
書籍化に関して情報の追加がありますので、よろしければ活動報告の方も覗いていただければ嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。