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第192話:閑話その3 報酬

 ラヴァル廃棄街の“中心部”と呼ぶべき場所に存在する建物――冒険者組合。


 ラヴァル廃棄街に所属する冒険者を統括し、普段から町の治安維持を一手に引き受け、町の周辺に現れる魔物を退治するために情報を収集して依頼という形で管理する組織である。


「わざわざ呼び出すなんて、また何か問題が起きたのか?」


 そんな冒険者組合に辿り着いたレウルスは、疑問の声を零す。


 氷魔法か水魔法を使える人材か魔物を連れてくる、あるいは水の『宝玉』を入手してくるようにと特別な依頼を受けたレウルス達一行が町に戻り、一週間の時が過ぎた。

 一連の騒動で蓄積した疲労も大部分が癒えたレウルス達だったが、昼になったら冒険者組合へ来るようナタリアから告げられたのである。


 呼び出されたのはレウルスとエリザ、サラとミーア、そして新たに加わったネディの五人だ。


 一体何事かと思いながら冒険者組合へと足を踏み入れるが、他の冒険者の姿はない。基本的に冒険者が依頼を受けるのは朝方で、報告を行うのは夕方だからだ。

 昼間に冒険者組合を訪れる者は受けた依頼で“何か”があったか、組合で管理されている武具が急遽必要になった冒険者ぐらいである。


 普段と違って静寂に包まれている冒険者組合の中を進んでいくと、受付に座るナタリアの姿が見えた。そのためレウルスが右手を軽く上げると、ナタリアも薄く微笑んで返す。


「時間通りね」

「そりゃあ日時を指定されたらちゃんと守るって。それで姐さん、今日は何の用だい?」


 またぞろ緊急依頼が発生したのか、それともラヴァル廃棄街の近くで強力な魔物が見つかったのか。レウルスとしては後者ならば喜び勇んで駆け出す所存である。もちろん、スライムの場合は遠慮するが。


「魔物が出たわけじゃないから落ち着きなさいな……話は奥でするわね」


 心情が顔に出ていたのかレウルスを見て苦笑するナタリアだったが、すぐに表情を引き締めて椅子から立ち上がる。そしてレウルス達を促し、冒険者組合の“奧”へと歩き出した。


 冒険者組合に存在するのは冒険者達が屯する受付周辺のスペースだけではない。依頼の報酬や魔物に関する情報などが保管されている部屋や、組合長であるバルトロが利用する部屋なども存在する。

 レウルス達が案内されたのはバルトロの部屋で、ナタリアがノックをすると中から『入れ』という低い声が返ってきた。


(へぇ……こうなってたんだな)


 レウルスが組合の受付から先に足を踏み入れたのは初めてで、当然ながら組合長の部屋に足を踏み入れたのも初めてのことである。


 バルトロの私室というよりは執務室と表現するべきだろう。広さは十五畳ほどで壁際には木製の書棚が並んでおり、紙や羊皮紙の束、木の板を糸でつなぎ合わせた木簡らしき物が所狭しと置かれている。

 部屋の中央には二メートル近い机が置かれており、机を挟んだ場所には椅子に腰かけたバルトロの姿があった。


 そして、バルトロ以外にも一人、先客がいた。


「どうもみなさん、今日も良き日ですね」


 レウルス達と同様に呼び出されたのか、そこにはジルバの姿があった。柔和な笑みを浮かべて挨拶をすると、右手を胸に当てながらサラとネディに向かって一礼する。


「サラ様とネディ様のお顔を拝見することができるとは……本当に良き日です」

(暇があると俺の家の裏手で拝礼して……いや、よそう。俺も命は惜しい……)


 むしろ会わない日の方が少ないのではないか、という言葉をレウルスは辛うじて飲み込んだ。サラやネディが外出する際、高確率で遭遇するのである。

 人目がある時は普通に接するようだが、周囲に人の気配がないとわかると膝を突いて祈り始めようとするのだ。その信仰心には頭が下がるが、時と場所を選んでほしいとレウルスは思ってしまう。


(いや、時と場所を選んではいる……のか?)


 ジルバの最近の行動を思い返したレウルスは思考が泥濘に嵌っていく予感を覚え、強引に打ち切ることにした。その代わりにバルトロへ視線を向けて口を開く。


「それで……組合長? この面子を呼び出したってことはこの間の依頼の件なんだよな?」

「ああ。そこのネディの嬢ちゃんのおかげで町の奴らが助かったからな……冒険者組合の長として、“まずは”礼を言わせてくれ」


 そう言って禿頭(とくとう)を下げるバルトロ。その感謝の意を向けられたネディは何でもないことのように頷く。


「気にしなくていい。人を守るのが“わたし”の役目」

「……そうか。報告を受けてはいたが、サラの嬢ちゃんとは本当に毛色が違うな……それでも礼を言わせてくれ。ありがとうよ」

「ちょ、ちょーっと待って組合長? それどういう意味? ねえどういう意味?」


 感心したように呟くバルトロだったが、すかさずサラが待ったをかける。しかしバルトロがそれに答えることはなく、エリザやミーアはサラからそっと視線を逸らした。


「ネディに礼を言うために呼び出した……ってだけの話じゃないんだよな?」

「そりゃあそうだ。もちろんそれも重要だが、今回呼び出したのは別件……いや、ある意味同じか。依頼の報酬に関しての話をするために呼び出したんだからな」


 レウルスとバルトロはサラの反応を流し、話を進めていく。そんな二人の反応にサラは頬を膨らませ、その様子を見ていたジルバは満足そうに笑みを浮かべた。


「報酬……あー……疲れすぎてたからか、完全に忘れてたよ」


 バルトロの話を聞いたレウルスは困ったように頭を掻く。


 スライムと戦って魔力のほとんどを使い、重傷を負って倒れ、目が覚めても最低限体調が戻ったら強行軍でラヴァル廃棄街に戻ってきたのだ。

 事の顛末は報告したが、報酬云々の話をするよりも休むことを優先させてもらったのである。


 これは報酬がどうでも良いというわけではなく、レウルス達が少しでも早く本調子を取り戻して戦えるようになることを優先した結果だ。

 ここ最近は魔物が近づかなくなったラヴァル廃棄街だが、だからといって気を抜いて良いわけではない。いつ強力な魔物が現れるかわからず、魔物が出ないとしても悪意を持った余所者が紛れ込む危険性は否定できないのだ。


 そういった理由で休むことを優先したレウルス達だったが、さすがにこれ以上報酬に関して先延ばしにするわけにもいかないだろう。


「出発前にナタリアから聞いていただろうが、レウルス……お前は中級中位の冒険者に昇進だ。まあ、中級中位って腕でもないんだろうがな」


 冒険者になって一年にも満たないレウルスが中級中位になるのは、ラヴァル廃棄街の冒険者の中では異常なことである。普通ならばもっと時間をかけて昇進するが、レウルスの場合は“実績”があるため周囲も反対しないだろうとバルトロは考えていた。


「この町に来た頃はただのガキにしか見えなかったんだがな。人間、化ける時はあっという間に化けるもんだ……」


 バルトロは隻眼を細め、苦笑しながらレウルスを見る。


 キマイラがラヴァル廃棄街を襲った際に色々と“泣き言”を口にしていたのが、もう何年も前のことのように思えた。今では一端の冒険者――と呼ぶには奇矯な行動が目立つが、ラヴァル廃棄街における貴重な戦力であることは間違いがない。


「町の奴からも冗談交じりに聞かれたんだが、上級の魔物が『変化』で化けてるってことは……」

「ないから……まさか組合長にまでそんなことを言われるとは思わなかったよ……」


 顔の前で右手を振り、呆れたように否定するレウルス。『変化』どころか自力では『強化』すら使えないのだ。


「まあ、俺としてはこの町の役に立つのなら『変化』で化けている魔物だろうと構わねえ。それで、他の奴らは……」


 本当に信じてくれたのかと疑問に思うレウルスを他所に、バルトロはエリザとミーアへ視線を移す。


「エリザの嬢ちゃんは中級下位に、ミーアの嬢ちゃんは下級上位に昇進だ。レウルスを“頭”にして動いている以上そこまで気にしないだろうが、一応はな……」

「わ、ワシが中級下位……ほ、本当にいいのかのう……」

「ボクはどんな階級でもいいけど……」


 エリザはどこか不安そうに呟くが、ミーアは実にあっさりとしていた。ドワーフであるミーアからすれば、人間が定めた冒険者の階級などどうでも良いのだろう。


 続いてバルトロは期待に満ちた表情を浮かべるサラに視線を向け――そのまま通り過ぎてジルバを見た。


「ジルバ……アンタはうちの冒険者ってわけじゃねえ。それどころか精霊教の人間だ。冒険者としての階級は必要ないだろう」


 レウルス達に向けるものと比べると、どこか硬さと“壁”がある声色だった。だが、ジルバもバルトロの立場を理解しているため、微笑みながら頷く。


「今回の件は教会の子ども達にも影響がありましたからね。依頼という形でなくとも協力は惜しみませんでしたよ」

「……助かったのは事実だ。だから、その分は今回の依頼の報酬に上乗せって形で手を打ってもらいてえ」


 そう言ってバルトロが取り出したのは、報酬が入っていると思わしき布袋である。


「三万ユラだ。大金貨の方が良いなら用意するが……」

「いえ、大金貨だと使いにくいのでそのままでけっこうです」

「そうかい……ああ、ソイツはもちろん依頼の報酬だけだ。未だに信じられねえが、スライムを“仕留めたらしい”じゃねえか。その分の討伐報酬と素材の買い取りに関しちゃ追加で出させてもらう」


 おや、とレウルスは疑問を覚えた。バルトロの口振りでは、スライムを仕留めたのがジルバだと認識されているように思えたのだ。


 レウルスは密かにナタリアへとアイコンタクトを送る。すると、ナタリアは何も言うなといわんばかりにウインクを返してきた。


「……誤解があるようですが、スライムを倒したのはレウルスさんですよ? それこそ町の方々でさえ知っていることです」

「だが、アンタも手を貸してくれたんだろう? それなら間違いとは言えないと思うんだが」


 スライムを倒した――『核』を破壊したのが誰かと問われれば、それはレウルスになるだろう。仲間の協力があってこそだが、三つの『核』全てを叩き割ったのだ。


 もちろん、レウルスも自分一人の手柄だと誇るつもりは微塵もないが――。


(なんか、ジルバさんに押し付けようとしてないか? 組合長と姐さんのことだから何か考えがあるんだろうけど……)


 困ったように眉を寄せるジルバと、ジルバが引いた分だけ押すバルトロ。これは口を挟むべきか静観すべきかとレウルスが思考していると、周囲の空気を破壊するように爆発した者がいた。


「ちょっとちょっとぉっ!? わたし! わたしは!? 組合長ってばそのまま流しちゃったけど、わたしの昇進は!? わたしってばいまだに冒険者見習いのままなんですけど!? 無視すると泣くわよ? 近所迷惑になるぐらい盛大に泣くわよ!?」


 半泣きで叫ぶサラに完全に空気が破壊され、バルトロとジルバは思わず顔を見合わせるのだった。











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