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第191話:閑話その2 拗ねる精霊

 精霊を名乗る少女、ネディ。


 ラヴァル廃棄街におけるネディの扱いはサラと同様で、精霊であることを隠し、氷魔法と水魔法を使える魔法使いの少女という扱いである。

 その身柄は当然ながらレウルスが預かっている。サラのように『契約』を交わした精霊ではないが、レウルスにとっては溺死寸前のところを助けてくれた命の恩人で、なおかつラヴァル廃棄街を救ってほしいという願いを叶えてくれたのだ。


 自身が望んで連れてきたということもあり、これまた当然のようにレウルスはネディを家へと招いた。


 ネディを見た近所の住民達が妙な納得顔であったり、町の住民が突如として路地裏に引きずり込まれる怪事件が発生していたりもしたが、その辺りに関してはレウルスにとって問題にならなかった。


 だが、ネディを家に連れ帰って起こった問題――それはネディの部屋がないことだ。


 ミーアやカルヴァンといったドワーフ達が“一晩でやってくれた”おかげで地下一階、地上二階建てという広さを得た我が家だが、部屋の数には限りがある。

 二階が各人の部屋で一階がリビング、地下は倉庫と風呂場になっており、新たな住人が加わるとなると個室が足りなくなるのだ。


 レウルスとしてもまさかこれほどの短期間で新たな住人が増えるとは思わず、これは困ったと頭を悩ませている。


 再びカルヴァン達に頼んで改築してもらうのも手だが、レウルスの一階平屋建ての我が家が一晩で“進化”したのは五十人ものドワーフがいたからだ。

 当時いたドワーフ達の大部分はヴァーニルの縄張り内に引っ越して集落を形成しており、ラヴァル廃棄街に残った五人程度のドワーフだけでは改築に時間がかかってしまう。


 三階建てにするか、リビングに壁を設けて個室をでっちあげるか、あるいは地下室を増やすか。家の傍の土地が空いていないためその三択なのだが、愛着が湧き始めている我が家を“改造”するのは抵抗がある。

 地下室の倉庫を開けて自室にすることも考えたが、日が当たらない場所で寝泊りするのはさすがのレウルスでも遠慮したかった。


 それならばとレウルスが考えたのは、自分が個室から出ていくことだった。プライベートな空間は欲しいが、どのみち部屋にいればエリザなりサラなりが突撃してくる。それならば最初からリビングで過ごしていればいいだろうと思ったのだ。

 そうすればどこか引っ込み思案な気質があるミーアも遠慮なく顔を出すだろう。リビングの端に寝台を置いて寝起きすれば問題もないはずだ。


 サラやネディの“実年齢”はともかく、外見上は年頃の少女達ならばレウルスよりもプライベートな空間が必要だろう。

 それを思えば屋根と壁があるだけで生活できるレウルスが部屋を空ける方が無難である。


 年頃の娘に遠慮して家に身の置き場がない父親のような心境にもなったが、レウルスは努めて気にしないことにした。家族で身内ではあるが、父親ではないのだ。前世の年齢を加算すれば父親でもおかしくない年齢ではあるが。


 他には誰かを同室にするというという手段もあるが――。


(組み合わせがなぁ……)


 エリザとサラ――よく喧嘩をするが、なんだかんだで仲が良いため選択肢としてはありだろう。一日に一回は取っ組み合いの喧嘩が起きそうだが。


 エリザとミーア、もしくはサラとミーア――性格的にはもっとも無難かつ安全な組み合わせである。周囲に合わせられる優しい性格のミーアなら、エリザとサラのどちらが同室でも問題なく過ごせそうだ。


(でも、そういう子に限って内側で溜め込むこともあるだろうし……)


 ミーアは同室の者に遠慮してしまいそうだ。それでは心休まらないだろう。


 そして、今回新たに加わったネディ。これがまた組み合わせに困る性格だった。


 エリザとネディ――なんだかんだでエリザが世話を焼きそうだが、付き合いが短いため未知数である。


 ミーアとネディ――精霊教徒であるミーアに精霊と同居しろというのは辛いだろう。なお、サラに対しては遠慮がなくなりつつあるため例外である。


 サラとネディ――間違いなく問題が起きる。大問題である。組み合わせとしてはこれ以上の最悪はなく、下手すれば我が家が倒壊しかねないとレウルスは見ている。


 精霊同士仲が良い、などというのは幻想だ。火の精霊と水や氷を操る精霊という時点で相性の悪さが露呈しているが、性格の面でも相性が悪いのだ。

 レウルスは遠い目をしながら、ここ最近起こった騒動を思い返すのだった。








 それは、レウルス達がラヴァル廃棄街に帰還してそれほど時間が経っていないある日の出来事。

 久しぶりの我が家ということで気を抜いたレウルスがリビングでくつろいでいた時、起こってしまった。


 エリザはミーアと共に服屋へと赴き、リビングにいたのはレウルスとサラ、そしてネディの三人である。

 シェナ村で育ったレウルス以上に物を知らないネディに対し、自身が知る限りのことをレウルスが教えていると、ネディが不思議そうな顔をして尋ねたのだ。


「レウルス……わたしの名前に意味はあるの?」

「意味? ああ、もちろんあるぞ。といっても、“この世界”だと通じないんだろうけどな……」


 後半はネディにも聞こえないほど小さい声で呟くレウルス。


 メルセナ湖の孤島でスライムを齧りながら三日かけて考えた名前だが、ネディの名前の元になったのは『ウンディーネ』だ。


 セピア色どころかモノクロになった上で擦り切れている記憶を必死に掘り返し、前世での水にまつわる精霊の名前を三日かけて思い出したのである。

 さすがにそのままではまずかろうと多少変化させたが、水に関係する精霊だったはずだ。ネディは氷魔法も使うため別の名前にするべきだったかもしれないが、水が豊富なメルセナ湖で出会ったため、これで良いと思ったのだ。


「えっ、ネディの名前ってレウルスがつけたの? なんで?」


 だが、これにサラが待ったをかける。サラがネディと初めて会ったのはレウルスが名前をつけた後だったため、今まで知らなかったのだ。


「なんでって……名前がないっていうから呼ぶ時に不便だしなぁ。三日ぐらい悩んで結局は簡単な名前に落ち着いちまったけどな」


 ――そして、この発言がサラの心に火を点ける。


「三日……みっ……か……? わ、わたしの時は三日どころか三秒だったじゃないのよぅ!」


 レウルスに擦り寄り、襟首を掴みながら涙目で訴えるサラ。何故そこまで違うのかと問いかけるが、レウルスはいたって冷静に告げる。


「いや、サラの場合はいきなり人の夢に入ってきた挙句、『わたしの名前はなんでしょう?』って聞いてきたからだろ? サラマンダーのサラちゃんかって尋ねたらそれで良いって名乗り始めるし……」


 今でこそサラと正式に『契約』を交わし、日頃から可愛がっているレウルスだが、出会った当初の印象は最悪に近かった。


 なにせエリザの件でグレイゴ教徒に襲われ、その厄介さと異常さを痛感した後なのだ。精霊といういかにもグレイゴ教徒が飛びついてきそうな存在が、突如として一方的な『契約』を結んできたのである。

 しかも絶対に離れない、置いていってもついていくと宣言されたのだからレウルスとしてはたまったものではない。精霊を引き連れることで起こるであろう問題の数々を想像したレウルスは、ジルバを敵に回すことを覚悟でサラを斬ろうと思ったぐらいだ。


 その点、ネディはメルセナ湖で遭難し、陸地を目指して泳いだものの力尽きて沈んだレウルスを助けてくれた恩人である。“スタート地点”の違いが関係しているのだろう。

 もちろん、それでサラが納得するなら苦労はしないのだが。


「さ、サラマンダーのサラちゃんにも何か意味があるんでしょ? ネディよりも深い意味があるんでしょ!?」

「いや、多摩川のタマちゃんみたいな感じでつい……あっ、なんかやたらとあっさり思い出せたな」

「タマガワって何!? タマチャンって誰!?」


 どうでも良い記憶の方が案外あっさりと発掘できるのかもしれない。レウルスはかつて見たニュースを思い出しながら感慨深そうに何度も頷くが、サラは半泣きを超えてぎゃんぎゃんと泣きそうだ。


「まあ、それは横に置いておくとしてだな」

「置かないで!? タマチャンって誰? 他の精霊?」


 ヒートアップするサラだが、レウルスとしても反応に困る。本当に珍しく、水底に存在する泡が浮き上がってくるように名前が出てきたのだ。サラマンダーには微塵も関係がない名前だが。


「サラはサラ、ネディはネディだ。二人とも俺の身内で大切な仲間……それじゃ駄目か?」


 たしかにサラとネディは受け入れるまでの過程や期間に違いがあるが、今となっては二人とも大切な存在だ。


 片や、正式に『契約』を交わした火の精霊。


 片や、命を救われた氷魔法と水魔法を扱う精霊。


 両者に優劣をつけるつもりはなく、それは他の仲間であるエリザやミーアも変わらない。


「むぅ……むむむ……」


 レウルスの声色から、嘘はないと感じ取るサラ。だが、しかし、感情が納得するかは話が別だ。


 ネディが人間社会の常識を持っていないこともあり、ここ最近のレウルスは甲斐甲斐しくネディの世話を焼いている。手取り足取りと表現すべき細かさと親密さを以って、ネディの世話を焼いているのだ。

 それがサラには面白くない。契約者(レウルス)が自分以外の精霊に構っていることがどうにも面白くなかった。


 リスのように頬を膨らませて不満を表明するサラ。その膨れた頬を指で突きたくなったレウルスだったが、さすがに自重した。


(感情が豊かって意味ではサラとネディは似てないんだよな……どっちが精霊として“普通”なんだか)


 直情的で感情が豊かなサラと、物静かで大人しいネディ。そんな二人に対して疑問を抱くレウルスだったが、それもどうでもいいことだと心中で切り捨てた。


 その代わりに、どうやってサラを宥めるべきか思考する。前世でも娘はいなかったはずで、拗ねてしまった子どもの扱いがわからないのだ。


「……気晴らしに買い物にでも行ってきたらどうだ? ほら、小遣いだ」

「わーい! お小遣いだー! それじゃあわたしも服屋に行ってくるわねー!」


 盛大に選択肢を間違えるレウルスと、涙を引っ込めて大喜びで駆け出すサラ。バタバタと音を立ててサラが走り去ると、家の中に静寂が戻ってくる。


(自分で渡しておいてなんだけど、それで良いのか……)


 宗教においてはグレイゴ教と伍する精霊教が崇める精霊がそれで良いのか。レウルスは内心だけで呟くが、サラだからそれでいいのかと自分を納得させる。 


「って、そんなんじゃ騙されないんだからねっ!? 結局タマチャンって何なの!?」


 だが、五分も経つとサラが戻ってきて家の中が再び騒がしくなるのだった。








 ことあるごとにネディへ突っかかるサラの姿が見られるようになり、そんな騒動を思い返したレウルスは小さくため息を吐く。


「やっぱり俺がリビングに移動するか……部屋はなくても家はあるし、十分だな」


 いつか改築するかもしれないが、今はそれで十分だろう。そう自分に言い聞かせるレウルスだった。











書き終わった後に思いました。

今回の話はジェネレーションギャップがあるかもしれない、と。

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