第190話:閑話その1 三度あることは四度ある
6章を始める前に小話を挟みたいと思います。
多分ギャグです。
廃棄街と呼ばれる場所は、基本的に排他的な空気の漂う場所である。
それはラヴァル廃棄街も変わらず、町の仲間以外には冷たい。見知らぬ余所者が歩いていれば即座に情報が伝わり、人知れず監視の目を向けられる程度には排他的である。
例外があるとすれば他所の廃棄街の人間が訪れた時か、ジルバのように余所者かつ外部の勢力に所属していながらも廃棄街に利益をもたらす者ぐらいだ。
廃棄街は外部から移住してくる者も稀で、町全体が一家と評することもできる。そのため住民同士が顔を覚えており、余所者というのはどうしても目立ってしまう。
例え顔を知らずとも、廃棄街の住人は閉鎖的な環境で育ってきた。そのため余所者が纏っている空気に敏感で、直感的に町の仲間ではないと見抜く。
その“感度”は凄まじく、同じような環境で育ったはずの他所の廃棄街の住人でさえ嗅ぎ分けるのだ。
冒険者ならば認識票という所属を証明する物を首に下げているため、“外で認識票を奪えば”身分を装って侵入できるかもしれない――が、結局は顔と雰囲気で気付かれる。
それぐらいに廃棄街では余所者に敏感なのだ。外部の人間が秘密裡に侵入しようとするのは不可能に近く、それならば『強化』を使える人間を雇って電撃的に突撃する方が手っ取り早いだろう。
そこまでして廃棄街に侵入する人間がいるとすれば、それは余程の理由がある時ぐらいだ。実際に『強化』を使える人間が侵入してラヴァル廃棄街の身内を傷つけることもあったが、その直後に町を挙げて総出で落とし前をつけにいった。
もちろん、完全に閉鎖されているわけではない。他に行き場がない者が住み着き、時間をかけて町の仲間だと認められることもある。あるいは町の住民から推薦を受けることで短時間で受け入れられることもあった。
そんなラヴァル廃棄街だが、ここ数ヵ月で“奇妙な例外”が生まれつつある。
冬も本番を迎えたその日。
最近まで続いていた水不足がようやく解消されてほっと安堵するような空気が漂う中、廃棄街の大通りをちょこちょこと歩き回っては周囲を見回す小さな人影があった。
その人影は年若く、少女と評すべき年頃に見える。可愛らしい顔立ちながらも表情が乏しく、何も知らない者からすれば真顔で周囲を観察しているように思えるほどだ。
背中まで伸びた青みがかった髪は透き通るようで、ラヴァル廃棄街では見ない髪色である。服装は麻で作られたロングスカートと長袖のシャツ、足には革靴という年頃の少女が身に着けるにしては地味なものだった。
ただし、その落ち着いた服装に反して首元には少々派手な、薄い水色の布が巻かれている。水を固めればそうなるのではないか、といわんばかりに清涼な雰囲気が漂う布地だった。
そんな少女を見かけたラヴァル廃棄街の住民は、思わず足を止めて訝し気な視線を向ける。
明らかに廃棄街の住民ではない。服装はともかくとして、首元に巻いた水色の布や容姿、そして何よりも浮世離れした空気がそう確信させた。
だが、あまりにも少女が身に纏う空気が違い過ぎたため、住民は逆に納得した。
――また“あいつ”が拾ってきたのか。
少女――ネディの姿を見た住民達は心境を一致させたのだった。
ラヴァル廃棄街に所属する冒険者は百人近く存在するが、その中でもここ一年と経たない内に名を上げた者が存在する。
噂に曰く――最初は外で魔物を拾い食いしていたと思ったら、いつの間にか自分で狩って回るようになり、いつしか町の周囲から魔物が姿を消した。
噂に曰く――遠出をすると必ず少女を拾ってくる。
噂に曰く――また少女を拾ってきたと思ったら五十人近いドワーフも一緒だった。
噂に曰く――最近は普通の魔物に飽きたらしく、スライムを食べるという悪食に目覚めた。
それが『魔物喰らい』というあだ名と共にラヴァル廃棄街で有名な冒険者、レウルスである。
一度目の時は住民も警戒した。
二度目の時は住民も既に慣れつつあった。
三度目の時は大量のドワーフを引き連れて何やってんだコイツと住民も匙を投げた。
そして、これで数えること四度目である。レウルスがラヴァル廃棄街に住み着いて一年も経っていないが、四度目である。
見知らぬ“普通の少女”が町中にいれば警戒するが、ネディはどう見ても普通ではなかった。そのため、ネディを目撃した住人達は口々に言葉を交わす。
「ああ、またか……」
「一ヶ月以上町を離れてたからなぁ……」
「今度は人間か? それともカルヴァンの旦那達みたいに亜人か?」
これでネディに悪意の欠片でもあれば、住民達はレウルスが連れてきた者ではないと判断しただろう。
レウルスはラヴァル廃棄街に住み着いて一年足らずだが、身内の害になる者を連れてくるはずがない――そう信頼される程度には“馴染んで”おり、なおかつ冒険者としても弁えているのだ。
それでも一応の警戒心を残しつつ、“保護者”はどこだと周囲を探し始める住民達。すると、そんな住民達の中の一人が呟く。
「そういえば、あの子ってレウルスが水不足をどうにかするために連れてきた子じゃなかったっけ?」
「あー……言われてみれば、レウルスの家の近くの井戸で見たっけな。井戸を覗き込んで何かやってたような……」
見知らぬ少女がいたためレウルス関係だろうと慣れで判断した住民達だったが、それだけでは済まないと思い至る。
「俺も見たぞ。あの子と一緒にレウルスがいたから間違いないはずだ」
「少し離れたところにある物陰には何故かジルバの旦那がいたけどな」
「何やってんだあの人……」
廃棄街の仲間が連れてきた上に、水不足を解消してくれた。そんな認識が広がると、廃棄街の住人達の空気も一気に和らぐ。
人間か亜人かは関係ない。町を救ってくれた恩があるとわかれば、身内として扱うことに何の戸惑いもない。
とりあえず声をかけるべきか、それともレウルスを見つけるべきか、住民達の意見が分かれる。しかし、住民達が行動に移るよりも早くレウルスが姿を見せた。
「ネディ!」
「……レウルス。どうかした?」
「良かった、無事だったか……いきなりいなくなったから何事かと思ったよ」
慌てたように駆け寄ってくるレウルスと、マイペースに応えるネディ。レウルスはそんなネディの様子に肩を落とすと、膝を折って目線の高さを合わせる。
「外に出るのはいいけど、その時は俺かエリザ達に一声かけてほしいんだ。この町の人達は俺やエリザ達にとっては良い人たちばかりだけど、今のところはネディにもそうだとは限らない……余所者が入ってくることもあるしな」
ネディの魔力が少なくなっているから気付かなかった、とレウルスはため息を吐く。
『契約』を交わしたエリザやサラならばどこにいようとすぐに気付けるが、ミーアやネディはそうではない。
特に、ネディは人間社会の常識などを全く知らないのだ。ネディは少し目を離した間に姿を消しており、一体どこに行ったのかと大慌てで飛び出してきたレウルスである。
レウルスはラヴァル廃棄街の住民達を信頼しており、居心地の良い場所だと思っているが、ラヴァル廃棄街に来て日が浅いネディにまで“そうである”ことは保証できない。
ネディが精霊であることを知っているのはレウルス達以外ではナタリアとバルトロ、そしてジルバぐらいだ。
ドミニクやコロナには状況が落ち着いてから説明しようと思っているが、対外的にはレウルスが連れてきた人間で、氷魔法と水魔法を使える魔法使いだと説明するつもりだった。
これはサラと同様で、精霊だと広まれば色々と“問題”が起こると危惧してのことである。
そのためにもネディには常識その他を覚えてほしいが、こればかりは時間をかけて徐々に覚えてもらうしかない。
「ネディの行動を束縛したいわけじゃないんだ……ただ、いきなりいなくなると心配するから次からはちゃんと声をかけてほしい。できるかい?」
「……うん。わかった。ごめんなさい」
「良い子だ。それならまずは家に帰るか」
まずは廃棄街に慣れるまでは一人で出歩かないようにしてもらおう、と考えたレウルスは、ひとまず家に帰るべくネディの手を引いて歩き出す。ネディが転ばないように歩幅を合わせ、ゆっくりとした足取りで自宅へと戻り始めた。
そして、そんなレウルスとネディのやり取りを見ていた周囲の住人達は口々に呟き出す。
「レウルスって何歳だっけ?」
「十五……十六ぐらいだろ?」
「そうか……」
――アイツ、言動が老けてるなぁ。
言葉にはせずとも住民達の思いは合致した。エリザ達もそうだが、基本的に扱いが娘か妹に向けるようなものなのだ。
レウルスとエリザ達の年齢差は精々二、三歳程度のはずなのだが、と住民達は首を傾げる。それでも違和感がないのが不思議で――。
「まあ、『魔物喰らい』だからな」
「そうだな、『魔物喰らい』だもんな」
理由にならない言葉で納得する住民達。それはレウルスに向ける信頼がそうさせるのか、思考を放棄したのか。
妙な空気になりつつあったのを振り払うように、住民の男性がぽつりと呟く。
「でも、今度の嬢ちゃんはアレだな……背が低い割に胸がでかい」
「俺もそう思ったぜ。レウルスはてっきり小さい胸の女が趣味なのかと思ったんだがなぁ……あのデカさはついつい手が伸びそうな」
「――ほう、何やら面白そうな話をされていますねぇ」
不意に声が聞こえ、住民達は口を閉ざした。そして恐る恐る振り返ってみると、そこには何故か物陰に立つジルバの姿があり。
「興味深いお話だ……私も混ぜていただきたいものです。ええ、是非ともね」
「えっ、ちょっ、じ、ジルバの旦那? なんで満面の笑顔で近づいて――」
“理由”もわからぬままに、住民の男性は物陰へと連れて行かれるのだった。
ちなみにネディの服はエリザ達の服ではサイズが合わなかったのでレウルスが買い与えました。
なお、この後住民の男性は年頃の少女にセクハラをするのは良くないとジルバにお説教をされました。
どうも、作者の池崎数也です。
6章を始める前に息抜きを兼ねたちょっとした小話などを挟みたいと思いまして……多分2、3話ぐらいです。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
とうとう拙作も累計で4万ポイントを超えました。感謝感謝です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。