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第18話:魔物喰らい

 ラヴァル廃棄街に辿り着いて一週間が過ぎた。


 ドミニクの料理店の一室――と呼ぶにはかなり手狭な物置。その中で朝の気配を感じ取ったレウルスは自然と目を覚まし、この一週間ですっかりと自分の寝床になった木箱のベッドから身を起こす。


 藁を盛った上にコロナから譲り受けた薄い布団を敷き、これまた薄い掛布団だけという粗末な寝床だが、シェナ村の頃のように地面に藁を敷いただけの寝床よりははるかにマシである。

 軽く伸びをしてしっかりと目を覚ますと、物置の扉がノックされた。


「レウルスさん、起きてますか?」

「今起きたよ。おはようさん」


 扉越しに聞こえてきたのはコロナの声であり、これまたこの一週間で聞き慣れたものだとレウルスは内心で苦笑する。

 そしてコロナが用意してくれた手桶と水で顔を洗い、ドミニクが用意してくれた朝食をぺろりと平らげ、冒険者組合へと足を向けた。


(ううむ……夢じゃないんだよなぁ……)


 この一週間で多少なり顔を覚えたラヴァル廃棄街の住人達と挨拶を交わしつつ、内心だけで感慨深く呟くレウルス。ふとした拍子に今の生活が夢ではないかと思ってしまうが、その度に頬をつねってもしっかりと痛みを伝えてくる。


 前世で送っていた生活と比べた場合、ラヴァル廃棄街での環境は酷いものだろう。住環境に衛生状態、さらには魔物による危険など、快適とは言い難い。


 だが、それでもシェナ村での生活と比べれば天と地の差があった。


 冒険者として仕事を受ければ食い扶持を稼ぐことができ、礼儀を弁えていればラヴァル廃棄街の住人達もそれに応えてくれる。理不尽に虐げられることもなく、人間として生きていると実感できるのだ。


 ――たった“それだけ”のことが、レウルスにとってどれだけ貴重で嬉しいことか。


「うーっす、おはようございます」


 足取りも軽く、声色も軽く冒険者組合の扉を開ける。今日も今日とて仕事に邁進し、少しでも金を稼がなければならないのだ。金の有無が食事の質に直結するため、レウルスとしてはこれ以上ないほど大事である。


「よう『魔物喰らい』」

「腹壊してねえか?」


 レウルスが冒険者組合に足を踏み入れると、同業者たちが気さくに声をかけてくる。どこかからかうような声も混じっているが、悪意を感じないためレウルスも笑って答えた。


「生まれてこの方、腹を壊したこたぁねえよ。魔物でも美味しく食べられる馬鹿舌に感謝してるぜ」


 『魔物喰らい』――ここ最近、レウルスを指して呼ぶあだ名である。


 字面だけ見れば魔物退治の達人のようにも感じるが、文字通り魔物を喰らうことからつけられたあだ名だった。他の冒険者は倒した魔物の素材以外を放置することが多いため、勿体ないと思って食べてしまったのである。

 角兎などならともかく、巨大なカマキリにしか見えないシトナムを生で食べたことにより、ある種の畏れとからかいを込めてそう呼ばれることになってしまった。


(拾い食いみたいで意地汚いかもしれないけど、目の前で“食べ物”が捨てられたら勿体ないじゃん……)


 魔物を仕留めた冒険者にも許可を取り、余すところなく全部平らげたためレウルス本人としては問題がないつもりである。いくら食生活が改善されているとはいえ、目の前の食べ物を見逃せないのだ。

 ドミニクのおかげで栄養状態は大きく改善しているが、長年酷使した体は常に栄養を求めている。そのため捨てられている魔物の死骸は目についたら食べているのだが、冒険者という職に就く彼らから見てもレウルスの行動は異端らしい。


 それでもからかうだけで済んでいるのは、シェナ村でのレウルスの生活が多少なり知られているからか。


「魔物の死骸をそのままにしておくと他の魔物が寄ってくる。でも全部食べれば問題ない……これはつまり、俺の腹を満たせてラヴァル廃棄街に魔物を近寄らせない一挙両得の名案と言えるのでは?」

「坊や……貴方は何を馬鹿なことを言っているの?」


 魔物を食べることを正当化しようとするレウルスに対し、カウンター越しにナタリアの呆れたような声が飛んでくる。


「姐さん姐さん、俺としちゃあこれ以上なく大事なんだが」

「だからといって火も通さずに食べるのは馬鹿のやることでしょう……」


 相変わらず扇情的な服装のナタリアに対し、レウルスは食べられること以上に大切なことはないと言い切った。しかし、ナタリアの声色に変化はない。レウルスの行動を馬鹿のやることだと思っているようだ。


「だったら今度からはちゃんと焼いて食うよ」

「食べないという選択肢はないのかしら……ほら、馬鹿を言ってないで準備してきなさいな」


 そう言われてレウルスは武具の保管庫へ足を向ける。そして己の体の大きさに合った革鎧を身に付け、手甲を嵌め、剣帯で剣を腰に下げ、短剣を鞘ごと腰裏に固定し、脚甲を装着し――。


「っと……危ねぇ。こっちは自前だった」


 冒険者組合で借りることができる各種装備だが、脚甲と靴は別だ。靴屋に頼んでいたものが完成し、昨日から使用しているのである。


 靴はともかく、脚甲は冒険者組合に預けてあった。脚甲はそれほど大きなものではないが、ドミニクの料理店で寝床にしている物置はそれほど広くない。

 物置はレウルスの寝床としてだけでなく、本来の用途としても使われている。すなわちドミニクやコロナが普段使用しない物を置いているため、空きスペースがほとんどないのだ。そこに脚甲を持ち込むわけにもいかず、冒険者組合に預けていたのである。


「うっし……相変わらずピッタリだな。やっぱりオーダーメイドってすげえわ」


 靴もそうだが、脚甲もレウルスの体に合わせて作ってあるため装着感が良い。羽のようにとまでは言わないが、脚甲をつけても足元が軽いように思えるほどだ。

 有り金を全部渡して作成を依頼した靴と脚甲だが、その値段に見合ったものだとレウルスは感心している。冒険者組合から貸し出されていたものは身に付けた際に違和感があったが、オーダーメイドの靴と脚甲は最初から足の形にフィットしていた。


 ニコラやシャロンが靴は重要だと力説するのも納得である。靴は完全に革製、脚甲も大部分が革で作られているが、脛や膝を守るために金属板での補強が施されていた。試したことはないが、膝蹴りだけでも魔物にダメージを与えられそうである。


(でも、こうなると鎧とかに違和感が……)


 靴と脚甲の使い勝手の良さに感動すら覚えるレウルスだったが、そうなると今度は他の装備が気になってしまう。手に持って振るう剣などはともかく、体に固定している革鎧や手甲は微妙にサイズが合っていないのだ。

 それらの違和感も込みである程度は慣れてきたものの、金が貯まったら体に合った物を作ってもらおうと決意する。あってほしくないが、その些細な違和感で命を落とす羽目になるかもしれないのだから。


「さて、と……姐さん、今日はどんな依頼があるんだ?」


 装備を整えたレウルスは保管庫から出ると、受付で煙管を弄ぶナタリアへと話しかける。


「そうねぇ……農作業の護衛か町周辺の監視のどちらかね」

「つまり、いつも通りってことだな」


 ナタリアからの返答を聞き、レウルスは小さく苦笑した。ニコラとシャロンが帯同した初日の魔物退治以降、レウルスに回ってくるのはナタリアが語った二種類の依頼だけである。

 以前コロナが話していた“比較的”安全な依頼であり、駆け出し冒険者のレウルスに任せられるのはその程度ということだろう。もっとも、運が悪ければ強力な魔物と遭遇して死ぬ危険性もあるのだが。


「それじゃあ町周辺の監視で」


 特に悩むこともなくレウルスは決断する。これは何の考えもなく決めているのではなく、レウルスなりに考えての結果だった。


 農作業の護衛の場合、当然ながら他人を守る必要がある。農作業を行う人数が多いため護衛も多いが、もしもの際に他人を守りながら戦えるとは思えなかったのだ。

 その点、町周辺の監視は楽である。ラヴァル廃棄街から多少離れる必要があるが、遮蔽物が少ない平地で魔物が接近してこないか監視するだけだ。


 こちらは単独での監視になるが、魔物を発見しても討伐する必要はない。倒せないと判断したらラヴァル廃棄街に引き返し、応援を連れてきて袋叩きにするのである。

 ラヴァル廃棄街の入口では常に複数の門番が目を光らせており、“身内”が助力を求めればきちんと手を貸してくれる。日は浅くともレウルスもラヴァル廃棄街の一員になったため、助けを求めれば助けてくれるのだ。


 あるいは、同じ依頼を受けてラヴァル廃棄街の周辺で魔物の監視を行っている冒険者に助けを求めても良い――が、自分の経験にならないため倒せそうな魔物は倒そうとレウルスは考えている。


 一番良いのは仲間を見つけて複数で行動することなのだろうが、ラヴァル廃棄街の冒険者は人手不足だ。駆け出し冒険者であるレウルスが単独で行動していることこそがその証左であり、他の冒険者の手を借りないに越したことはない。

 魔物を発見できなくとも報酬があり、他者を守る必要がなく、もしもの場合は味方の手を借りて魔物を倒せば良い。そのような理由からレウルスが受ける依頼はラヴァル廃棄街周辺での監視一択だった。


 冒険者としての階級が上がるか、共に行動する仲間を見つけて複数で動ければ他の依頼も受けられるだろう。しかしながら今のレウルスにはそのどちらもなく、毎日の生活費と装備を整えるための金銭を稼ぐだけで精一杯だ。


(せめてニコラ先輩達からもうちょっと教えを受けられたらなぁ……)


 一日だけ面倒を見てくれたニコラとシャロンの顔を思い浮かべ、レウルスはため息を吐く。冒険者組合からの依頼に対応しているとは聞いたが、最後に顔を合わせて以来その姿を見かけることはなかった。


「ま、その辺は我が儘かね。それじゃあ姐さん、俺も出るわ」


 装備も身に付け、依頼も受けた。そうなれば、あとは“お仕事”の時間である。








「うーむ……今のところは異常なし、と」


 ラヴァル廃棄街を後にして二時間。時折場所を変えて見回っていたレウルスだったが、幸いと言うべきか魔物を見つけることはなかった。

 森などの魔物が出やすい場所にはなるべく近づかず、遠目に確認するだけである。頻繁に空を見上げては飛んでいる魔物がいないかも確認しているが、今のところは普通の鳥が時折頭上を通り過ぎるだけだった。


「つっても、空を飛んでる魔物がいても手出しはできないよな」


 手頃な大きさの石を見つける度に拾っているが、空を飛んでいる魔物に命中させることができるとは思えない。そもそも飛んでいる高さによっては届きもしないだろう。

 農業で鍛えられた肉体はそれなりに筋力があり、ここ最近の食生活と休息で体調も回復傾向にあるが、魔物相手に牽制と成り得る大きさの石をそれなりの速度で、なおかつ頭上数十メートルの高さを飛ぶ魔物に命中させるのは困難だ。


 精々自分の方に注意を引くのが限界だろう。そう考えたレウルスは握っていた石をお手玉のように宙に放ると、その重さを再確認して大きく頷いた。


「野球のピッチャーならそれなりの威力を出せるか……いや、無理か?」


 前世でも野球の経験などほとんどない。子供の頃に友人とキャッチボールをしたことがあるぐらいで、精密なコントロールなど持ち合わせていなかった。

 仮にピッチャー並のコントロールがあったとしても、生まれ変わって体が別物な以上、前世で覚えた知識と同様に役に立たないだろう。ニコラが使っていた『強化』の魔法でもあれば話は別なのだろうが、魔力の欠片もないレウルスではない物強請りに過ぎない。


(まぁ、そもそも魔法自体意味がわからんしなぁ……)


 ニコラやシャロンから話を聞き、レウルスなりに情報を集めてもみたが、魔法に関してはお手上げと言う他ない。


 ――魔法とは、魔力を用いた世界への干渉である。


 魔法とはなんぞやとナタリアに尋ねた際、そんなニュアンスの言葉が返ってきた。魔力を用いることで火を熾したり水や氷を生み出したり、風を吹かせたり雷を降らせたり、挙句の果てに地面を割ることすらできるらしい。


「うん――意味がわからん」


 話を聞いたレウルスの反応はその一言に尽きる。


 魔法という存在は前世においてはゲームや漫画などで馴染みがあるが、あくまで架空の存在だ。もしかすると地球のどこかには魔法が存在したのかもしれないが、前世のレウルスは魔法が実在するなど聞いたこともない。

 それだというのに魔法が実在する世界に生まれ変わり、いざ話を聞いてみればあまりにも感覚的に過ぎる。魔力を持ち、魔力を操ることができれば呪文や詠唱も必要なく、予備動作なしに魔法を行使できるのだ。


 魔法を使える人間なら相手の魔力を感じ取り、魔法の前兆を読み取ることもできるらしいが、魔法が使えない者からすれば物騒極まりない話である。悪意のある者が魔法を使った場合、平和な街中で突如人体発火ショーでも開催されそうだ。


 魔法は属性によって分類され、威力によって階級も決まるが、裏を返せばそれだけである。使用する個々人の技量と魔力量によって威力も大きく変動し、魔力が続く限り魔法を行使することができる。


 “その事実”の、なんと恐ろしいことか。


 シャロンに聞いた限り、魔力は消耗すれば回復するのに時間がかかるらしい。だが、回復にかかるコストは時間だけだとも言える。使える魔法の属性にも因るが、魔力の消耗だけで遠距離からの攻撃手段が手に入るというのはレウルスからすれば恐怖でしかない。


(魔法が使える魔物の討伐は諦めよう……うん、絶対に無理だわ)


 当然ながら、それらの事実は魔法を使える人間だけでなく魔法を使える魔物にも該当するだろう。今まで遭遇したことがある魔物の種類は少ないが、その少ない種類の中だけでも魔法を使える魔物が存在した。

 少なくとも単独で立ち向かうのは止めておくべきだ。魔法を使える仲間がいるか、弱い魔法しか使えない魔物を狙う程度に留めておこうとレウルスは考える。


(戦うとしてもちゃんと装備を整えて、魔物と戦うのに慣れてからだな)


 どんな魔物と遭遇するかは運次第だが、今のところは魔物と戦うことに慣れるべきだろう。その過程で金を稼ぎ、装備をある程度揃えてから挑むべきだ。装備が良ければ魔物に勝てるわけではないが、劣悪な装備では死ぬ可能性も跳ね上がる。


 なるべく安全に立ち回り、依頼をこなして金を貯め、少しずつでも良いから装備を整えていく。冒険者稼業は自分の命をチップにしたギャンブルのようなものだが、命の危険があったのはシェナ村での農民生活でも同様だった。

 むしろシェナ村では賭けたチップに反して報酬が少なすぎたのである。そういう意味では頑張った分だけ報われる現状はレウルスとしても最高の環境であり、例え牛歩の速度だろうと“明るい未来”に向かって進んでいると実感できる。


「さて、と……それなら少しでも金を稼げるよう頑張りますかねぇ」


 今の自分にできることといえば、手抜かりなく依頼を遂行することだけだ。集中して魔物を探し、自分一人で倒せる魔物を見つけることができれば倒して報酬を上乗せし、そうでないなら退いて安全策を取るだけである。


 一度死んだことがある以上、再び死にたいとは到底思えない。ある程度のリスクは許容するが、無鉄砲に魔物に挑む必要もないのだ。安全に、確実に、金を稼げればそれで良い。

 レウルスは外見の年齢はともかく、“中身”はそれなりに歳を重ねている。だからこそ安全策を取ることに躊躇はなく、それが恥だとは思わず。


 ――この世界に“安全策”など存在しないと知るには、前世での経験が仇となる。


「……ん?」


 注意深く見回していたレウルスの視線の先、百メートルほど離れた場所にある林の中で何かが動いた。距離があるため詳細は不明だが、風で木や草が揺れたにしては不自然な動きである。

 レウルスは剣の柄に手をかけつつ、このまま観察するかすぐに撤退するか逡巡した。見たことがあり、なおかつ倒したこともある魔物が相手ならば戦っても良いが、初見の魔物ならば逃げるべきだろう。


 そんなことを考えつつ少しずつ林から距離を取っていると、林の中に見えた影がゆっくりと姿を見せる。


「……は?」


 現れたのは、身動き一つしないシャロンを抱え、全身を血に濡らしたニコラだった。







どうも、作者の池崎数也です。

第17話を更新したあと、感想欄にていただいたご感想で面白い(気になる)ものがあったのでちょっとした注釈など。


・スカイリムの衛兵がいるぞ!(意訳)

→なんのことだろうと読み返してから気付き、噴き出しました。ちなみに作者はスカイリムで遊んだことがありませんが、『膝に矢を受けて~』というネタは知っていました。


・レウルス、恩返しはもっと計画的にやろう(意訳)

→生まれ変わって初めて“まともな”生活を送れていますが、そこに至る15年間は酷いものでした。そのため他者との距離感(会話の仕方、接し方)がおかしくなっている部分があります。

その上、前世を含めると15年で済まない可能性が……?


いつもご感想やご指摘をいただきまして、本当にありがとうございます。今回は特にスカイリムネタで作者の方が笑ってしまったので、あとがきを利用してちょっとした注釈を入れさせていただきました。

書いている途中では全然気づきませんでした……。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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― 新着の感想 ―
食い詰めてる人沢山いそうだけど主人公以外魔物食べないの?
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