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第188話:問いかけ

 その声を発したのは、スライムとの戦闘の途中で動きを止めたカンナだった。いつの間に距離を詰めていたのか、パチパチと拍手をしながら歩み寄ってくる。


 拍手をしていることからもわかるように、敵意はないのか双刀を鞘に収めてはいる。それはローランも同様で、曲刀を鞘に収めた状態で歩み寄ってきていた。


「……そこで止まれ異教徒共」


 レウルス達が人型になったスライムと戦うのを静観していたカンナとローランに対し、ジルバがドスの利いた声を放つ。


 治癒魔法を使えるジルバがレウルスに声をかけず、治療も行わなかったのは、カンナとローランの接近に気付いて備えていたからだろう。

 ジルバはレウルスとネディを庇うよう前に立ち、殺気を漲らせながらゴキリと指の骨を鳴らす。カンナが下手なことを言えばそのまま襲い掛かりそうな雰囲気だ。


 スライムという共通の敵がいたことで共闘した間柄ではあるが、元々グレイゴ教徒とジルバは不倶戴天の大敵である。スライムを倒したことで共闘を行う必要もなくなり、一触即発の空気が周囲を満たしていく。


「ここでアンタらが来るか……」


 そんなジルバに触発されたのか、『龍斬』を支えにして立っていたレウルスもカンナとローランへと向き直った。


 魔力が限界に近いため『熱量開放』は切ってあり、全身痛まない場所がないほどの苦境だったが、それを堪えるようにして『龍斬』を肩に担ぎ――それだけで体が倒れそうになったが、レウルスは辛うじて堪えた。


 “普段”ならばエリザやサラから送られてくる魔力で身体能力も『強化』されるが、二人ともレウルスと同様に魔力が限界に近い。そのためレウルスは素の身体能力で愛剣を担いで構えを取ったが、それは誰の目から見ても虚勢にしか見えなかった。


「無茶はやめとけよ。明らかに重傷……というか、傍目にゃなんで立ってられるのか不思議なぐらい血が出てるぞ? 顔面真っ赤で洒落になってねえ……額なんて骨が見えてねえかそれ」

「血の気が多いんでね。少しぐらい血が抜けた方が調子が良いってもんさ」


 呆れたようなローランに対し、レウルスは余裕を装って軽口を返す。


 カンナとローランの出方次第では、気絶覚悟で『熱量開放』を使うしかない。その場合は時間をかけてなどいられず、数秒で決着をつける必要があるだろう。


(スライムと戦った後に相手にするにはきつすぎるけどな……)


 万全の状態でも勝てるかわからないのだ。戦える状態にあるのはジルバとミーアぐらいで、スライムとの戦いでも大して消耗したように見えないカンナとローランを相手取るには無理がある。


 ジルバもそれを理解しているのか、自分から襲い掛かるということはなかった。殺気を漲らせながらも動こうとせず、カンナとローランの動きを見るに留める。

 レウルスもまた、カンナとローランの動きを見ながら少しずつ構えを変化させるだけだ。振るえるのは一撃だけだろうと判断し、ゆっくりと前傾姿勢を取りながら腰を落としていく。


 友好的に交渉してこの場を乗り切る――そんな考えが浮かんだが採用はできない。


 エリザもサラも、そしてネディも“全力”で戦ってしまった。特に、サラが行使した火炎魔法は百メートル近い巨体を誇ったスライムの大部分を消し飛ばすほどの威力があったのだ。

 ローランはエリザとサラ、ミーアの三人を足しても上級に届かないと評価して刃を引いたが、その評価が変化していない保証はない。加えて、ネディに対してどんな評価を下したのかわからないのだ。


「おいおい、そんなに睨むなよレウルス君よぉ。斬るつもりなら声をかけずに斬りかかってるっての。それに、子連れの獣と手負いの獣にゃ極力手を出さないもんだろ?」

「ローランの言う通りですよ。少なくとも“今のところ”はわたし達から斬りかかるつもりはありませんから」


 手を開いて敵意がないことをアピールするカンナとローランだが、レウルスもジルバも油断はしなかった。その気になれば一秒とかけずに斬れる腕を持つ二人が、一息で間合いを詰められる距離に立っているのだ。


 微塵も油断はできない――が、レウルスは深々とため息を吐きながら『龍斬』を下ろす。


 レウルス達を殺すつもりならば、スライムと戦っている最中に襲い掛かれば良かったはずだ。あるいは、スライムを仕留めた瞬間に強襲すれば、ジルバはともかくレウルスは間違いなく殺されていた。

 そうでなくとも、カンナとローランが言う通り声をかけずに襲い掛かってくれば、圧倒的に不利な立場へと追い込まれていたに違いない。


「……それで? 再戦じゃないっていうのなら用件は?」


 ジルバが無言で警戒している以上、話を聞くのは自分の役割だろう。そう判断してレウルスが問いかけると、カンナがチラリとジルバを見る。


「二つ……いえ、三つほど聞きたいことがありまして。それが聞けたら素直に帰りますよ」


 素直に帰る。その言葉を信じて良いか迷うレウルスだが、戦うことなく退いてくれるのならと無言で頷き、話を促す。


「では、そこの『狂犬』が襲い掛かってきそうな話から先に済ませましょうか」


 ただの軽口なのか、それとも挑発なのか。ジルバの動きに意識を割きながらも、カンナは笑顔を浮かべてレウルスに問いかける。


「先ほどは冗談半分で尋ねましたが気が変わりました。レウルスさん、グレイゴ教に入信しませんか? わたしが推薦するので最低でも司祭から、上手くいけば最初から司教になれますよ?」


 本当にジルバが襲い掛かりそうなことを平然と告げるカンナ。レウルスはジルバの殺気が膨れ上がるのを感じ取りつつも、首を横に振る。


「さっきも答えたけど断らせてもらう」

「そう……ですか。先ほど見せた能力といい、あなたの力はどう見ても“わたし達”向きなんですけどね……しつこく勧誘しても嫌われちゃいそうですし、いつかはそっちからこちらに来るかもしれませんし、今はこのぐらいにしておきましょうか」


 ジルバの殺気を受け流しながら、カンナはあっさりと引き下がった。ただし、引き下がったのはあくまでこの場だけのようにも思えたが。


「……二つ目は?」


 そんなカンナの態度に疑問を覚えながらも、次の問いを促すレウルス。


「これも『狂犬』が怒りそうですけど……そこにいる子って精霊ですよね? 彼女をどうするつもりですか?」

「精霊? なんの話だ?」


 むしろグレイゴ教徒の方が精霊をどうするつもりだ――などと言いたいのを堪え、レウルスはとぼけてみせる。


 だが、それと同時に頭の片隅で疑問が過ぎった。レウルスの勘違いでなければ、カンナの声色はネディの身を案じているようにも聞こえたのだ。


「とぼけなくてもいいですよ? 先ほどの魔法を見ればわかりますから……あと、説得力がないのはわかりますけど、少なくともわたし達はその子をどうにかしようとは思いません。ただ、その子の扱いがどうなるのかを聞きたいだけです」

(さっきの魔法……スライムを凍らせたアレか? たしかに変な感覚があったけど……)


 嘘かどうかを見抜けるほど、カンナのことを知っているわけではない。そのため今しがたの話をどこまで信じて良いかわからず、レウルスは小さく眉を寄せた。


「……俺が住んでる町に来てもらうつもりだ。もちろん、本人が嫌がらなければの話だけどな。この子はスライムを倒すことだけが目標だったみたいだけど、それが終わったのなら自由になってもいいだろ?」


 命の恩人だというのもあるが、スライムを封じることしか知らなかったネディには“これから”がある。

 ラヴァル廃棄街の水不足を助けてもらいたいという打算も存在するが、それ以上にネディにはこの世界のことを知ってほしかった。


「なるほど……それなら別に言うこともないですね。『狂犬』のお膝元で過ごすというのが気になるところではありますが……」


 ジルバが嫌いなのか、それとも素なのか。煽るような言葉を放つカンナにジルバの殺気がますます膨れ上がる。


 これはもしかするとジルバの方から襲い掛からせ、このまま撤退するという口約束を反故にするつもりなのではないか。思わずそんなことをレウルスが考えてしまうぐらいに、カンナがジルバへと向ける言葉は挑発的だった。


「あんまりジルバさんを挑発しないでくれ……それで、三つ目の質問は?」


 早々に会話を終わらせた方が良いだろう。そう判断したレウルスがジルバを宥めるように問いかけると、それまでの雰囲気から一転、カンナの視線に鋭いものが混ざった。


 その視線が向けられたのはレウルスの背後――魔力を使い過ぎて倒れ伏したサラと、その傍で膝を突くエリザの二人である。

 カンナは観察するように十秒ほどエリザとサラを注視していたが、やがてその視線を緩ませ、小さく笑みを浮かべた。


「二つ目の質問の答えが満足のいくものだったので、三つ目は必要ないです。あなたとその精霊が一緒なら“問題”が起きてもどうにかなるでしょうし」

「……? それはどういう……っ」


 カンナの言葉に疑問をぶつけようとしたレウルスだったが、不意に視界が揺れて膝を突く。慌てて『龍斬』を支えにしようとするが、腕に力が入らずそのまま地面に倒れ伏してしまった。

 どうやら血を流し過ぎたらしく、揺れた視界が徐々に白く染まっていく。それと同時に意識も遠ざかり始める。


「限界みたいですね……いやはや、本当に良い物を見せてもらいましたよ。それではレウルスさん、あなたが“こちら側”に来てくれるのを待ってますからね?」


 そんなカンナの言葉を最後に、レウルスの意識は途絶えたのだった。








「本当にアレで良かったんですかい? せめて『狂犬』は仕留めておくべきだったんじゃ……」

「仕留めようと思って簡単に仕留められるなら、『狂犬』なんて呼ばれてませんよ。わたしとあなたの二人でかかればどうにかなるとは思いますけど、相打ちになる可能性もありますしね」


 約束通りレウルス達に手を出すことなく撤退したカンナとローランは、一路南へと進みながら言葉を交わしていた。


「それは脇に置くとして……ローラン、あなたは本当に運がないですね。結局スライムを仕留めたのはレウルスさんじゃないですか」

「いやいや、さすがにあのスライムを単独で倒すのは無理があるってもんでしょうよ……あーあ、もう少し戦いやすい上級の魔物がいないもんですかねぇ」


 ローランとしてはため息を吐くしかない。『城崩し』の時といい、どうにも間が悪いと落胆する。


「他人の手柄といっても、スライムを倒せたんです。我々グレイゴ教徒としては喜ばしいことですよ」

「そりゃそうですが……まあ、“依頼”は果たせたから良しとしときますか」


 そう言ってローランが懐から取り出したのは、二つに割れたスライムの『核』だった。既に息絶えてはいるが、それでも関係ないと言わんばかりに布で包み、懐へと仕舞い直す。


「でも、前回に続いて二回連続で試験に失敗してますからね……」

「うげっ……まさか試験の取り下げですかい? それとも降格?」

「いえ、しばらくは“別のお仕事”に集中することになるんじゃないかなぁ、なんて……それに、わたしの監督が甘いということで次回からは見届け人が変わるかもしれませんね」


 カンナの言葉を聞き、ローランが肩を落とす。


「他の司教様って苦手な人ばっかりなんですが……」

「あはは、大変でしょうけど頑張ってください。それに……」


 そこで言葉を切ったカンナは、一度だけ背後へと振り返った。


「――もっと大変な目に遭いそうな人がいるじゃないですか」

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