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第187話:異形 その3

 正直に言うならば、ネディはレウルスに期待など抱いていなかった。


 多少腕は立つようだが属性魔法を使えない以上、スライムを相手にするのは不利に過ぎる。色々と驚くこともあったが、レウルスではスライムを倒せないと思っていたのだ。


 だが、レウルスが『契約』を交わしている二人――特にサラを見た瞬間、その認識が誤っていたのだとネディは悟る。


 レウルスの仲間に関してある程度話を聞いてはいたが、実際に目の当たりにして思ったのだ。


 ――アレは己に似て非なるモノだ、と。


 そもそもの在り方が己とは異なる。どうしてそうなったのかと問いかけたいほどに、その在り様は異常で歪だ。

 それでいてその異常さが“許容”されている。それは『契約』を結んだのがレウルスだからだろう、とネディは思った。あるいは、レウルスが『契約』を結んでいるからだというべきか。


 ネディの目から見ればサラは異常な存在で、そんなサラと『契約』を結んでいるレウルスも異常な存在だった。レウルスの場合、サラを抜きにしても異常な面があるとネディは見ているが。


 それでも根本的な部分は善に傾いている。異常で異質な面はあれど、共に歩めるだけの余地はある。


 なによりも、スライムを敵としているのだ。ネディだけでは倒せなかったスライムと対峙し、それでいて守り通そうと動くその姿は信じるに足るもので――。








(……なんだ、この感覚……)


 ネディから放たれる魔力の気配に、レウルスは知らず知らずの内に息を呑んでいた。


 魔力の大きさでいえば、先ほど炎の槍を放った時のサラの方が上だろう。いくら『詠唱』らしきものを使ったとはいえ、元々限界が近かった魔力量で魔法を行使するには自ずと限度がある。


 レウルスは魔法に関して造詣が深いわけではない。それでもネディが行っていることが異常だと、己の勘が叫んでいた。


 困惑するレウルスを他所に、ネディを中心として渦巻くように魔力が立ち昇る。残っている少ない魔力量を無視するように、周囲から取り込むようにして魔力が集まっていく。

 それは、魔力の感知に長けるレウルスだからこそ感じ取った“異常”。ネディ自身が持つ魔力とは別に、どこからともなく魔力が集まっているのだ。


 だが、それを問いただす暇はない。今のレウルスにできるのはスライムの足止めだけで、それは何としてでも成し遂げなければならないものだった。


 腰が引けたように後退しようとしていたスライムを見据え、レウルスは『龍斬』を構える。


 向かってくるならば斬り伏せる。斬れないならば殴り飛ばす。それでも止まらないならば五体の全てを使ってでも押し留める。例え四肢が動かなくなっても、首から上が動くならば喰い千切る。

 そんな殺意を滲ませるレウルスに対し、スライムの顔が向けられた。そして僅かに顔が動いてネディへと向けられる。


 数秒の膠着を経てもスライムは動かない――動けない。


 退くべきか戦うべきか、即断できない。その感情を人間で例えるならば困惑か、あるいは恐怖か。勝手に後退しようとする体をその場に押し留めるだけで精一杯で、それ以上の行動を取れなかったのだ。


 ――その迷いが勝敗を決定付けるとわかっていても、動けなかったのだ。


「この世界に仇なすモノ……」


 そんな呟きを零しながら、ネディは右手を振り上げた。レウルスを前にして動けないスライムとジルバが押し留めるスライムを等分に見つめ、周囲に漂う魔力を冷気へと変えていく。


「あなたは“わたし”が止める――この精霊(ネディ)が止める」


 宣言と同時、ネディの右手が振り下ろされた。すると次の瞬間、二体のスライムがその動きを止める。

 まるで体の周囲の空間が凍ったかのように動きを止め、次いで、パキパキと乾いた音を立てながら体の端から氷へと変わっていく。


 最初の三秒で手足と大剣が、五秒もすれば胴体が。そして十秒も経つ頃には頭まで凍り付き、スライムが完全に動きを止める。

 ネディの魔力を感じ取っていたレウルスだが、“どうやって”凍らせたのかはわからなかった。それでも、スライムが凍ったという事実だけがあれば十分である。


 レウルスは残った力を振り絞るようにして地を蹴り、『龍斬』を肩に担ぎながら疾走する。そして瞬時に間合いを詰めると、踏み込みと同時に体を捻って横一文字に銀閃を奔らせた。

 人型になったスライムが今までレウルスの斬撃を防げていたのは、硬さと柔軟さを併せ持っていたからだ。だが、今はネディの魔法によって凍り付いている。


 単純に“硬い”だけならば、『龍斬』で斬れる。己の愛剣ならばそれを成せる。例え切れ味が落ちていようと、必ず応えてくれる。


 そう一心に信じ――ゴキンッ、と鈍い音を響かせながらスライムの横っ面を叩き割った。


 凍り付いた頭部を粉砕し、『核』が露出する。『核』まで両断することはできなかったが、斬撃の衝撃によって凍り付いたスライムの体が地面へと薙ぎ倒される。

 それを見るよりも早く、レウルスは跳躍していた。重力に逆らうように高々と、『龍斬』を大上段に振りかぶりながら飛び上がる。


 そして、側頭部が砕けて『核』が露出したスライム目掛けて落下していく。


「オオオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 凍って動けないはずのスライムの体がビクリと痙攣するように震えたが、構うことはしない。ありったけの魔力を『龍斬』に込め、落下の勢いを乗せて横倒しになったスライムの側頭部目掛けて大剣を振り下ろす。


 地面ごと割断すると言わんばかりの剛撃。その一撃はスライムの『核』にめり込み、衝撃で地面を陥没させる。


 氷塊がひび割れるような感覚。二度目となるその感覚を『龍斬』越しに感じ取ったレウルスは、己の握る愛剣の刃が“地面に到達している”ことを目視した。


「…………」


 続いて、凍り付いていたはずのスライムの肉体が粉々に砕け散る。それを無言で見つめたレウルスは、ゆっくりと立ち上がって『龍斬』を一振りした。


 まだジルバが相手取っていたスライムが残っている。そう思って振り返ったレウルスが見たのは、凍ったスライムの頭部を素手で破壊するジルバの姿だった。


「なるほど、凍ってさえいれば私でもどうにかなりますか……『核』を砕くのは難しそうですが」


 そう言って口惜しそうに眉を寄せるジルバだったが、レウルスの視線を感じ取ったのか顔を上げる。レウルスはそんなジルバに向かって小さく頷くと、体を引きずるようにして歩き出した。

 レウルスも限界が近づいており、『熱量開放』を維持できるのは残り一分といったところだろう。それでも決着をつけるには十分だ。


 『龍斬』を振りかぶり、柄を握る両手に力を込める。間違っても外さないよう、残った最後のスライムの『核』に狙いを定める。


「じゃあな――二度と会わないことを祈ってるよ」


 そして、偽らざる本音と共に『龍斬』を振り下ろすのだった。








「ああ……くそ、マジでいてぇ……」


 最後のスライムの『核』を両断したレウルスは、『熱量開放』を切るなり呻き声を上げた。


 『熱量開放』を使っている間は気にならなかったが、全身の至るところが痛い。特にスライムの体液を浴びて皮膚が溶けて出血している両腕と、視界を塞がんばかりに血が流れ落ちてくる額が激痛を訴えてくる。


 普段ならばエリザとの『契約』によって少しずつでも傷が塞がるのだが、レウルスだけでなくエリザも魔力が限界に近いからか傷が治る気配がなかった。


 体はボロボロで、魔力も限界に近い。それでいてスライムを斬り続けた『龍斬』は切れ味が落ちている。

 冒険者組合から依頼を受けてスライムを倒したのならば報酬にも期待できるが、レウルス達がメルセナ湖を訪れたのはスライムを倒すためではない。水魔法か氷魔法を使える人材を見つけるか、水の『宝玉』を入手するためだ。

 いずれラヴァル廃棄街に害をもたらす危険性もあったため放置はできなかったが、倒し終わった今となっては徒労に似た感情を覚えざるを得ないレウルスだった。


 一応、スライムを倒したということでラヴァル廃棄街の冒険者組合から討伐の報酬をもらえるかもしれない。だが、ナタリアにまた呆れ顔で文句を言われそうだ。


 そんなことを考えるレウルスはスライムと遭遇してしまった己の境遇に苦笑する。

 火龍に『城崩し』ときて今度は『国喰らい』だ。良くないものでも“憑いている”のではないかと空笑いしたい気分だった。


「……レウルス」


 『龍斬』を杖にして体を支えるレウルスの傍にネディが歩み寄ってくる。

 人型のスライムを凍らせて魔力を消耗したというのに、その足取りによどみはない。ネディから感じ取れる魔力は非常に希薄で、近づいてこなければレウルスにも気付けないほどだった。


「ネディか……助かったよ……ネディのおかげで勝てた。ありがとう」


 ネディがスライムを凍らせなければ、勝つのは難しかっただろう。そう断言できるからこそレウルスは感謝の意を示す。


「魔力がほとんど感じ取れないんだけど……ネディは大丈夫なのか?」

「うん……ネディは大丈夫」

「……?」


 ネディの返答を聞いたレウルスは不思議そうに首を傾げた。すると、ネディも何かおかしなことがあったのだろうかと首を傾げる。


「……どうしたの?」

「いや……むしろネディの方がどうかしたのかって聞きたいんだけど……」


 本当に、色々と聞きたいことがあった。ネディが使った魔法やネディ自身について、レウルスは聞きたいことがあった。


「――いやぁ、実にお見事でした」


 だが、そんなレウルスの疑問を遮るようにして声が響くのだった。

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