表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/634

第186話:異形 その2

 いつの間に移動してきたのか、任せるとは何を任せるのか。

 そんな疑問が脳裏に過ぎるがそれは一瞬で、レウルスはスライムから視線を外すことなく口を開く。


「……いけるのか?」


 それはネディを止めるための言葉ではなく、確認の問いかけだった。


 ネディとは長い付き合いではないが、その声色には断固とした決意が感じられ、何を言っても聞きそうにないと直感したのである。

 ネディから感じられる魔力は相変わらず乏しい。スライムと戦っていたとはいえ、戦闘中のレウルスが気付かなかったのもその魔力の少なさが原因だ。


 それでも、今の状況を考えるならばネディの助力は喉から手が出るほど欲しいところである。


 『核』を破壊できるような魔法は使えないだろうが、レウルスの姿を真似ている割にぐにゃぐにゃと軟体動物染みた動きを見せるスライムを“止める”にはネディの魔法がうってつけだからだ。


 ――もちろん、ネディの身が危険になるならば魔法を使わせようとは思わないが。


「元々わたしがやるべきことだった。それに、“アレ”はここで止めないといけない」


 軽く、それでいて決意が感じられる言葉だった。レウルスはスライムを牽制しながらも数秒だけ迷い、深々とため息を吐く。


「……頼むから、無茶だけはしないでくれ。ネディには“これから”があるんだからさ」


 ラヴァル廃棄街の住人としては、水魔法と氷魔法が使えるネディは水不足の解消に最適だ。是が非でも一緒に来てもらいたいという思いがある。


 レウルス個人としては、命を助けられた恩があるのだ。冒険者としての立場を抜きにして、ネディがやりたいことを止めるのは憚られる。


「うん……“これから”のためにわたしも戦う」


 その言葉にレウルスは白旗を揚げることにした。


 スライムもそうだが、この短時間でどんな心境の変化があったのか。それはレウルスに推し量れることではなく、ネディに問いただすことでもなく、聞くには無粋というもので。


「少しの時間でいいから、スライムを止められる?」

「任せろ」


 先ほどまで心の片隅に浮かんでいた敗北の予感を塗りつぶすように、レウルスは獰猛に笑うのだった。








 レウルスとジルバ、そして二体のスライム。


 数の上では二対二ながらも、それぞれが連携することなく一対一での戦闘へと突入する。


 ネディを背後に庇うレウルスとジルバは万が一にもスライムを突破させるわけにはいかない。


 そのため防御を固めてスライムを迎え撃つ――などという消極的な戦法は取らなかった。


「ガアアアアアアアアアアアアアァッ!」


 獣のような咆哮を上げながらレウルスが吶喊(とっかん)する。


 スライムがレウルスの姿を真似たことで受け身に回っていたのが嘘のように、いっそのことネディが魔法を撃つよりも先に仕留めてやると全身から殺気を放ちながら襲い掛かる。


 スライムの体液を浴びたことで皮膚が抉れた額からは血が流れ、先ほど殴られた影響で口の端からも血が溢れているが、レウルスは構わない。ギラギラとした眼光を放ち、凶相を浮かべながら『龍斬』をスライムへと叩き込む。


 『熱量開放』に回す魔力に不足はあれど、不安はない。魔力が尽きるよりも先にネディの魔法が間に合うと信じ、限界という言葉を忘れたかのように暴れ回る。


 歯を剥き出しにして襲い掛かるレウルスに対し、スライムの反応が僅かに遅れた。真正面から振り下ろされた大剣が肩口を捉え、両断されることはなくとも体が“くの字”に折れ曲がる。

 火龍の皮膚すら斬り裂く『龍斬』でも両断できない頑丈さは厄介だが、ゴムのような柔軟さを併せ持つ肉体は弱点にもなる。レウルスの姿だけでなく動きすらも真似ていたスライムは叩き潰すような衝撃で体が折れ曲がり、咄嗟の判断で離脱することができなかった。


 強制的にスライムの頭を下げさせたレウルスは、首目掛けて刃を落とす。首を落としても死ぬとは思わないが、『核』が収められた頭だけになれば抵抗もできないと思ったのだ。

 だが、胴体と比べるとか細い首ですら斬れない。全力で振り下ろした大剣の刃で首が伸び、勢いもそのままに地面へと叩きつけられるが、刎ね飛ばすことはできなかった。


 地面に叩きつけられたことでゴム鞠のように跳ねるスライム。しかしそのまま黙って攻撃を受け続けるはずもない。

 技術の拙いレウルスよりもさらに拙く、刃筋を立てることもなく滅茶苦茶な軌道で透明の大剣を振るった。切れ味はないに等しいため、斬ることよりも殴り飛ばすことを目的としたのだ。


 それに応戦するレウルスは、左手一本で振るった『龍斬』を打ち合わせる。すると再びスライムの大剣が折れ曲がってレウルスの顔面を狙い――そんなものは知ったことかとスライムの顔面に掴みかかった。


「オ――ラアアアアアアアアアアァッ!」


 スライムの顔面を掴むために踏み込むことで、鞭のようにしなって迫る大剣を回避。そしてスライムの顔面に五指をめり込ませると、『核』を露出させるべく“顔”を引き剥がす勢いで地面へと叩きつけた。

 しかしそれでもスライムの肉体が削れることはなく、レウルスはスライムの顔を何度も地面へと叩きつける。


 ぬかるんだ地面に叩き付けても効果は薄いだろう。だが、スライムにとって弱点である『核』に最も近い部位を連続で攻め立てれば、少しぐらいは怯むかもしれない。


 人間(レウルス)の姿を真似たことで対処方法が即断できないスライムは、レウルスから逃れるべく無軌道に体を暴れさせる。ジタバタと、癇癪を起こした子どものように手足と大剣を振り回す。

 それを見たレウルスは即座に右手を離し、スライムから距離を取った。そしてスライムが体勢を立て直そうとした瞬間を狙い、大剣を振りかざして飛び掛かる。


 魔力を乗せ、綺麗に斬れずとも引き千切れればそれで良いと銀閃を奔らせた。だが、首を狙った斬撃はスライムの大剣で阻まれる。


「吹き……飛べっ!」


 スライムの大剣がしなり、レウルスの斬撃の衝撃を逃がしていく。しかしそれに構うことなく、レウルスは全身に力を入れてスライムを弾き飛ばした。


 そうやって一方的に攻めるレウルスだったが、不利なのは変わらない。


 一見すれば蹂躙とも言えるほどに攻め立てているものの、スライムにダメージはないのだ。腕の一本も斬れず、『核』を割ることもできない。レウルスがいくら攻撃を加えてもゴムのような肉体は傷つかず、レウルスの体力と魔力を消耗するだけなのだ。


 だが、レウルスからすればそれで十分だった。『核』を破壊できれば御の字で、本来の目標はネディが魔法を使うまで時間を稼ぐことである。

 自らの手で仕留めたいという気持ちもないではなかったが、仕留められるのならばそれ以上のことはない。


 スライムを吹き飛ばしたレウルスは、横目でジルバを見た。しかし、ジルバもまたスライムを相手にして勝つことは難しい。レウルスよりも余程達者に攻撃を捌いているが、反撃に繰り出す掌打もスライムを吹き飛ばすだけで精一杯だった。


 少しずつ動きが良くなっていたスライムの“出鼻”をくじくように暴れたレウルスだったが、効果は薄い――むしろゼロと言って良い。


 吹き飛ばしたスライムは何事もなかったように立ち上がり、レウルスを警戒するように透明の大剣を構えた。


(ジルバさんでも外側から『核』を破壊するのは無理……俺と『龍斬』じゃあ皮を斬り裂くのもきつい……か)


 これまでの戦いで『龍斬』の切れ味が落ちたのが痛い。もしかすると魔力が減ったのが原因かもしれないが、人型に化けたスライムを斬れないという点では変わりがなかった。

 しかし、そうやって時間を稼いでいる間にもネディの準備が着々と進む。スライムを押し込むことで距離が開いている背後のネディからは、徐々に魔力が高まっているのが感じ取れた。


『……地の……と水……界……を……』


 同時に、囁くようなネディの声がレウルスの耳に届く。それはレウルスも聞いたことがある、『詠唱』のように聞こえた。

 かつてエリザやシャロンが用いた『詠唱』。それは“精霊に対して”言葉を向けることで魔法の威力を底上げしていたように思えたが――。


(ネディが『詠唱』? 精霊じゃなかったのか? それとも、精霊も『詠唱』を使うのか……まあ、今はどうでもいいか)


 戦闘で暴れたからか、興奮によるものか、額から流れ出る血が口元まで伝い落ちてくる。レウルスはスライムを見ながら己の血を舌で舐め取ると、口内の分と合わせて乱雑に吐き出した。


 今は時間を稼ぐことだけが重要で、レウルスはスライムに近づくべく一歩一歩距離を詰めていく。戦い始めた当初と比べればその足取りは重く、全身に疲労を覚えていたが、例え『熱量開放』が切れようとも時間を稼いでみせるとレウルスは頬を吊り上げて笑う。

 そんなレウルスとは対照的に、レウルスと対峙していたスライムは行動の選択に迷ったかのように動きがちぐはぐだった。


 上半身はレウルスを迎え撃つように大剣を構えているが、下半身はレウルスから距離を取ろうとしているのか少しずつ後退している。


「おい……どうしたよ『国喰らい』……なんで逃げようとしてんだよ、なあ」


 流血で顔面を赤く染めながら、レウルスが問う。スライムが言葉を理解しているかは不明だが、言葉一つで時間を稼げるなら儲けものだろう。


 不利なのはレウルスの方で、有利なのはスライムの方なのだ。スライムに限って腰が引けるということはないだろう。レウルスはそう判断して油断なく距離を詰めていく。


 “何故”スライムが自身の姿を真似たのか、レウルスにはわからない。攻撃が通じないという意味では巨体の時よりも厄介だが、『国喰らい』の名が指すように万物全てを喰らって成長する特性を放り出したのならば戦い様はある。

 斬撃や打撃に滅法強くとも、人間と同程度の大きさならば“できること”に限りがあるのだ。レウルスにとっては開戦当初のように接触して取り込まれれば即死する方が厄介で、現状のように頑丈さはあっても戦い方がぎこちない有様は脅威度で劣る。


「――間に合った」


 そして、レウルスの後方で魔法の準備を整えていたネディから小さな声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ