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第185話:異形 その1

 最初はぎこちなく、糸で操られる人形のように。


 数十秒も経てば“動き方”を覚えたのか、人間のように。


 人型になったスライムの動きが秒を追うごとに人間らしくなっていくその様を、レウルスは戦闘中としては珍しく呆然とした面持ちで見つめていた。


 スライムに心があるのかは不明だが、あったとしても一体どのような心境の変化があったのか。『核』が無事ならばメルセナ湖に引き返して巨大な肉体を手に入れられるというのに、わざわざ人間と同じ大きさになったのは何故なのか。

 もしかすると、体を大きくしてもレウルス達には勝てないと悟ったのかもしれない。体が大きいというのはそれだけで脅威だが、スライムの場合は動きも遅くなるためレウルス達からすれば格好の的になる。


 あるいは『核』を一つ破壊されたことで“これまで”の戦い方では勝てないと学習したのか。


(そうだとしても、なんで俺の姿を真似してるのかが謎だけどな……)


 二つの『核』がそれぞれ形取ったのは、明らかにレウルスと思わしき造形だった。体格もそうだが、右手の先に“生えている”『龍斬』を真似たと思わしき透明の大剣が特徴的なのだ。

 そして何よりも、スライムの取った構えが問題だった。僅かなぎこちなさが残るものの、スライムは両手で大剣を握り、肩に担いで前傾姿勢を取ったのだ。


『…………』


 『核』が収まったスライムの頭が、レウルスへと向けられる。言葉を発することはないが、明らかに意識を向けられている。


 二つの『核』――“二体”のスライムの行動を見たレウルスは、無言で『龍斬』を構えた。ジルバもまた、警戒を露にして両手を構える。

 しかし、レウルスもジルバも動かない。正確に言えば、動くことができない。


 百メートル近いスライムの体液が周囲に飛散したことで、足場の状況が最悪と言えるほどに悪化しているからだ。地面が水でぬかるむどころの話ではなく、踏み込めばそのまま足が溶けかねない。

 そのためスライムの方から向かってくるのを待つしかなかった。魔力の刃を放ったとしても命中するかわからず、属性魔法を使えるエリザとサラは魔力を使い過ぎたのか動くこともままならない。


 それでもこれは好機だろう。突如として人型に姿を変えたことは警戒するべきだろうが、自身より何十倍もの高さがある相手よりは戦いやすいとレウルスは思った。 

 スライムが何を考えて自分の姿を真似たのか、レウルスにはわからない。『核』を破壊できるだけの攻撃力を持つからなのかか、他の理由があるからなのかもわからない。


 わかることがあるとすればスライムから意識を――“敵意”を向けられているということだけで、“それだけ”わかればレウルスには十分だった。


 前傾姿勢を取っていたスライムが動き出す。人間が触れれば溶解させるであろう液体で満たされた地面を蹴り付け、レウルスに向かって疾走を始める。

 それを見たレウルスは、ジルバと共に後方へと跳んでいた。スライムから視線を外さずに、少しでも足場の良い場所で戦うべく移動を開始する。

 だが、足場の悪さを物ともせずに疾走する二体のスライムは速い。開いていた五十メートルほどの距離を数秒とかけずに詰め、二体揃ってレウルス目掛けて飛び掛かってくる。


「――人型の魔物なら私の出番ですね」


 するりと、後方に跳んだはずのジルバが前に出た。レウルスの姿を真似たスライムに微塵も怯まず、躊躇もせずに踏み込む。


 真っすぐ飛び込んできた二体のスライムに対し、ジルバはそれぞれの顔面目掛けて掌打を叩き込んだ。

 スライムを倒すには『核』を破壊する他なく、手の届く位置に弱点が見えているのだ。中級の魔物だろうと外部から内臓を粉砕して一撃で仕留めるジルバの掌打は、人間大の相手に叩き込むには過剰すぎる威力である。


 水で満たされた革袋をハンマーで叩いたような、鈍い音が響く。ジルバの掌打は防がれることなくスライムの顔面を捉え、そのまま首を引っこ抜くような勢いで頭部が真後ろへと倒れた。

 いくら成長すれば上級に数えられるスライムといえど、人間と変わらない大きさならばジルバにとっては戦いやすい相手であり――異形のスライムを仕留めるには到底至らない。


「っ!?」


 人間で例えるならば、首の骨が折れて頭が背中についたような状態だ。スライムの“首”はゴムのように伸び、背中どころか尻につきそうなほど大きく曲がる。

 その勢いはすさまじく、レウルス目掛けて一直線に駆けていたスライムの体が壁にぶつかったボールのように後方へと吹き飛ぶほどだった。


 レウルスが持つ記憶で例えるならば真正面から車が衝突したような有様で、スライムの体が転々と地面を跳ねていく。


「……仕留めましたか?」


 仮にジルバと敵対することがあれば、今しがたのスライムと同じように殴り飛ばされるかもしれない。思わずそんな思考が過ぎったレウルスだったが、油断はせずにスライムを観察する。


「いえ……衝撃を逃がされました。一撃で『核』を破壊するつもりだったんですがね」


 ジルバが険しい声色で呟くと同時、ぐにゃりと擬音が立ちそうな気味の悪い動きでスライムが起き上がる。ジルバの掌底で伸び切った首は元の長さに戻っており、具合を確かめるように左手を首に当てて首を捻る。

 どこか人間臭いその動作に眉を寄せるレウルスだったが、ジルバの打撃でも仕留められないとなると厄介だった。“元の形”のスライムが相手ならば手の出しようがなかったが、レウルスがこれまでに見たジルバの打撃は命中さえすれば一撃必殺と評せる威力があったのだ。


 それでも仕留めきれないということは、それだけスライムの肉体が頑丈なのか、別の何かがあるのか。


 起き上がったスライムが再び飛び掛かってくる。人間らしい動きながらも、腕の関節が外れたように伸びて透明の大剣が叩きつけられる。


「一体は私が!」

「お願いします! オオオオオオォッ!」


 スライムの一体はジルバが受け持ち、もう一体はレウルスが迎え撃つ。レウルスはしなりながら袈裟懸けに迫る透明の大剣に『龍斬』を叩き付け、斬り飛ばそうとする。

 だが、大剣同士がぶつかった瞬間、接触した部分を基点にスライムの大剣が曲がった。


「ヅッ!?」


 曲がった大剣の切っ先がレウルスの顔面を捉え、鈍い音を立てる。レウルスは咄嗟に体ごと首を捻って威力を削ぐものの、真横から石が直撃したような衝撃に思わずたたらを踏んだ。

 形だけを真似ているのか、スライムの大剣は『龍斬』はおろかナマクラほどの切れ味もない。それでも頭蓋骨が軋むほどの衝撃があり、レウルスの視界が一瞬だけ白く染まった。


「ぐっ……こ、んのぉっ!」


 衝撃を逃がすために捻った体をさらに回転。軸足を右から左へと入れ替えたレウルスはスライムの胴体に回し蹴りを繰り出し、強引に蹴り飛ばして間合いを開ける。

 『熱量開放』を使っている状態で繰り出す蹴りは、ジルバには到底及ばなくともそれなりに威力がある。それでもスライムを蹴り飛ばす以上の効果はなく、レウルスは頭を振って気を取り直した。


 横っ面を殴り飛ばされた時に歯で口内を切ったのか、唾とは違う粘性のある液体が湧き出てくる。レウルスは荒っぽく唾を吐くが、出てきたのは真っ赤な血だけだった。


(い、てぇ……くそ、なんだ今の感触は……)


 スライムの大剣は『龍斬』でも斬れない柔軟さがあり、蹴り付けたスライムの胴体はゴムのように硬さと柔らかさが共存していた。

 『龍斬』の切れ味が落ちているのかもしれないが、今までのスライムならば問題なく斬れただろう。『核』の頑丈さには辟易とするばかりだが、外皮を斬り裂くことは容易にできるはずだった。


 レウルスが蹴り飛ばしたスライムが平然と起き上がる。そして再びレウルス目掛けて駆け出そうとしたが、ジルバが吹き飛ばしたもう一体のスライムに巻き込まれ、後方へと転がっていく。


「レウルスさん、気付きましたか? あのスライムは今までと体の造りが変わっています。先ほどまでも頑丈な皮を纏っていましたが、“中身”も似た硬さになっているようです」


 レウルスと違って無傷でスライムを殴り飛ばしたジルバだったが、その声色に楽観の色はない。むしろ険しさを増すばかりで、軟体動物のように起き上がるスライムを睨み付けていた。


 今までは金属製の武器さえ溶かす体液を外皮で覆っていたが、肉体の全てを外皮と同様にすることでその頑強さを増したのだろう。百メートル近い肉体を覆うだけの外皮を纏うぐらいなら、人間大の体に全て詰め込んでしまえと単純に思考したのかもしれない。


「それに、少しずつ動きが良くなっている……仕留めるのに時間はかけられません」

「見た目だけじゃなく、戦い方までこっちを真似始めてるってことですか……」


 レウルスは口内に溜まった血を再び吐き出し、ジルバと同様にスライムを睨み付けた。そして、その視線が僅かにスライムから逸らされる。


(あっちの二人はどうして動かないんだ?)


 スライムから意識を逸らすことはないが、レウルスはカンナとローランを見てそんな疑問を抱く。


 先ほどまではスライムを挟んで反対側にいたカンナとローランが、一向に動こうとしないのだ。スライムがレウルスの姿を真似たことに思うところがあるのか、武器を握ったままでレウルスとジルバが二体のスライムと戦うのを注視している。


 接近戦に長けるカンナとローランの助力があればと思う気持ちもある一方で、元々は一時的に共闘を行うだけの敵でもある。アテにするべきではないとレウルスは判断し、スライムとの戦いに意識を集中することにした。


 ジルバの言う通り、時間をかければそれだけ不利になる。スライムの動きが良くなるという問題とは別に、レウルス自身が問題を抱えているからだ。


(魔力は……底が見え始めてるな。あと何分もつか……)


 スライムを仕留めるべく全開で『熱量開放』を使い、更には魔力の刃を連打している。スライムを食べることで得た魔力は限界が近づいており、加えていえば『熱量開放』以外にも魔力が“抜けていく”感覚があった。


『サラ、聞こえるか?』


 スライムを牽制しつつ、レウルスはサラに『思念通話』を向ける。しかし相変わらず反応がなく、レウルスは眉間の皺を濃くした。


 火の『宝玉』を使って火炎魔法を行使したサラだったが、魔力を消費しすぎたのか『契約』を通してレウルスの魔力を吸収しているのだ。

 普段ならばレウルスよりも多くの魔力を持つため起こり得ないことだが、ここにきて魔力の消費が足を引っ張っていた。


(距離が開いたら『契約』が途切れることといい、もっと確認しておけば良かったか……)


 後悔しても遅く、『熱量開放』とは別に魔力が減っていく。かといってサラに送る魔力を止めるわけにもいかず、レウルスは『龍斬』を握る両手に力を込めた。

 このままでは不利になるどころか、押し切られることもあり得る。打撃で仕留められない以上ジルバにできることにも限度があり、カンナとローランが動きを止めていることも不安要素でしかなかった。


(ミーアに足止めを頼んで、俺がスライムを仕留められれば……厳しいか)


 カンナとローランの動きが不透明なためミーアを動かすわけにもいかず――“その声”は背後から響く。


「“わたし”に任せて」


 そこには、レウルスがネディと名付けた少女が立っていた。

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