第184話:本領発揮 その3
視界を焼き尽くすような白光と、鼓膜を破りかねない轟音。
エリザが放った雷はスライムに直撃したものの、スライムの傍で足止めをしていたレウルスにも若干の影響をもたらす。
落雷の衝撃がレウルスの全身を震わせ、周囲に弾け散る電撃だけで体が痺れそうなほどに強力な一撃だった。
巨大なスライムの胴体を穿ち抜いたサラの火炎魔法と比べれば、純粋な破壊力では劣るだろう。それでもレウルスが何度も叩き込んだ魔力の刃によって多数の“傷口”を抱えたスライムからすれば、傷口から体内へと直接電流を叩き込まれたようなものだ。
エリザの雷がスライムの体内を駆け巡る。それはレウルスの斬撃やサラの火炎魔法とは異なる、暴れ狂うような無差別の蹂躙で。
「っ!」
雷撃を回避するためか、少しでも被害を軽減するためか、スライムの体内で動き回っていた三つの『核』の内二つが痙攣して動きを止めた。残った一つの『核』は悶え苦しむように動き回っているが、それを目視したレウルスは帯電するような周囲の空気を振り払って地を蹴る。
――絶好の好機。
獣のような勘でそれを嗅ぎ取ったレウルスは即座にスライムへと跳びかかった。
『龍斬』を振りかぶりながら、電撃によって動きが鈍った『核』目掛けて一直線に突っ込んでいく。
エリザの電撃が影響しているのか、スライムの体は動かない。他の『核』二つは即死したのか、ピクリとも動かない。
レウルスの脳内は反撃への警戒が一割、残り九割が必殺の意識で占められていた。エリザとサラが作り出した好機を逃すものかと、スライムの反応を見ながらも全力で『龍斬』を振るう。
サラが七割近く吹き飛ばしたスライムの体は、足止めとして繰り出したレウルスの魔力の刃によって既にボロボロだ。球体に戻ろうとしたところを散々に切り刻み、移動もできない不定形な状態であることを“強制”したのだ。
そんな体では、『核』も逃げ場がない。
跳躍したレウルスは『龍斬』を振り下ろし、スライムの外皮を斬り裂き、切れ味鋭い刃を『核』へめり込ませ――。
(っ!? 硬ぇっ!?)
鋼にでも斬り込んでしまったような手応えが『龍斬』越しに伝わり、レウルスは内心で驚愕の声を上げた。
外皮の柔軟さによって僅かとはいえ斬撃の勢いが殺されたのか、ヴァーニルの肉体すらも斬り裂いた『龍斬』の刃が『核』の半ばで止まる。それだけでは即死しなかったのか、めり込んだ刃から逃れるように『核』が再び動き出そうとする。
いくら魔法具の『龍斬』とはいえ、何度もスライムを斬ったことで切れ味が落ちてしまったのか。あるいは純粋にスライムの『核』が頑丈だったのか。
それはレウルスにもわからないが、この好機は逃せない。
『核』が刃から逃れられないよう全力で力を込めながら、重力に任せて落下を始めるレウルス。空中では踏ん張りが利かないものの、『熱量開放』による腕力に物を言わせて強引に『核』を押し留める。
外皮を斬り裂きながら落下しているためスライムの体液が飛び散り、レウルスの皮膚に触れて激痛を伝えてくるが、構いはしない。割れんばかりに奥歯を噛み締め、犬歯を剥き出しにしながら地表へと落下していく。
「う……オオオオオオオオオオオオォォッ!」
ジュウジュウ、と皮膚が溶ける音が耳に届くが、知ったことかと咆哮する。そしてそのままスライムの『核』と共に落下すると、刃にめり込んだ『核』を地面へと叩きつけた。
――氷を叩き割るような、鈍い音が響く。
その音は『龍斬』を通して、割れるような感触と共にレウルスに聞こえたのだった。
「ああ……くそ、死ぬかと思った……」
エリザの雷を受けてもなお動いていたスライムの『核』を叩き斬ったレウルスだったが、冷や汗を流しながらそんなことを呟いていた。
動いていた『核』を両断した直後、斬り裂いた外皮から溢れ出たスライムの体液が頭上から降り注いだのだ。『核』を破壊されたことで息絶えたのか、支える力を失ったようにスライムの体が押し寄せてきたのである。
慌てて後退したため溶かされて死ぬことは免れたが、『核』が割れたからと安堵していたらそのままスライムの体液に飲み込まれていただろう。
もっとも、飲み込まれることはなかったが、飛び散ったスライムの体液の全てを回避できたわけではない。『核』を斬っている最中に付着した体液の一部はレウルスの皮膚を溶かし、肉をむしり取ったかのような出血をもたらしていた。
特に両腕が酷く、服を穴だらけにした上で斑点模様のように血が溢れている。
(いつつ……エリザとの『契約』があるっていっても、さすがに辛いなこりゃ)
これまでに様々な怪我を負ってきたレウルスではあるが、皮膚を溶かされて出血するなど初めての体験である。両腕以外にも痛みを覚えて額に触れてみると、手の平にべったりと血がついていた。僅かにでもずれていれば眼球に付着して失明していたかもしれない。
「お見事でしたよ、レウルスさん」
どうやって止血すれば良いのか、エリザとの『契約』で強化されている自己治癒力に任せておけば良いのか、ジルバに頼んで治してもらった方が良いのか。どうするべきかと思考するレウルスだったが、ジルバに声をかけられたため苦笑を返す。
「いえ……エリザとサラの魔法がなければ勝てなかったでしょうね。厄介な相手でしたよ」
そう言いつつ、レウルスは己の愛剣に視線を向けた。
傍目には今までと変わりがないように見えるものの、刃が摩耗したのか溶けてしまったのか、切れ味が大幅に落ちているように感じられる。
素材と制作者の腕が良かったおかげで刀身自体は無事だが、元の切れ味を取り戻すにはしっかりと研ぎ上げなければならないだろう。
(『核』があれほど硬いってことは、魔力で刃を飛ばしても斬れなかったかもな……)
外皮のように柔軟さを含んだ頑強さではなく、金属かと勘違いするほどに硬質な手応えだった。スライムの『核』はレウルスが放つ魔力の刃を避けていたが、直撃しても致命傷にはならなかったかもしれない。
「っと、エリザが仕留めた『核』は……」
スライムの肉体は崩壊したが、残った二つの『核』はどこに行ったのか。スライムを仕留めた証拠として持ち帰れば冒険者組合から報酬が出る可能性があり、それがなくとも本当にスライムを殺せたのか確認するために叩き割っておきたかった。
(エリザもサラも、あとでたくさん褒めてやらないとな……)
そのためにも、後顧の憂いを断っておかなければならない。『核』だけでなく、グレイゴ教徒であるカンナとローランの動向も気になるところだ。
(『核』は……動いてないな。雷魔法が効くって話は本当だったのか?)
レウルスが視線を向けた先では、二つの『核』が地面に広がるスライムの体液に沈んでいた。遠目に見た限りでは動く様子もなく、周囲の体液を吸収して再び球体に戻るということもない。
視線を遠くへ移してみると、武器の切っ先を下ろしたカンナとローランの姿があった。レウルスと同じように『核』が動かないか警戒しているようだが、その表情には安堵の色が透けて見える。
(水不足を解消できる人材か『宝玉』を探しに来ただけなのに、なんでこんなことになったんだか……)
気が付けば巨大なスライムと殺し合う羽目に陥っていたことに辟易としつつ、レウルスは『龍斬』を構える。そして形を保ったままで地面に転がっている『核』二つ目掛け、魔力の刃を放った。
切れ味が落ちた『龍斬』で斬りたくないというのもあるが、近寄ろうにも足場が悪すぎる。スライムの体液があちらこちらで水たまりを作っており、一歩間違えば足が溶けて消えかねないのだ。
そんな危惧からレウルスは遠距離攻撃を選択し――動きを止めていたはずの『核』が跳ねた。
(生きて……くそっ!)
魔力の刃を回避するべく『核』が動いた瞬間、レウルスも動いていた。『核』に向かって再び魔力の刃を放ち、距離を取った状態で仕留めようと試みる。
『サラ! 魔法は撃てるか!?』
それと同時にサラに向かって『思念通話』を飛ばす。だが、普段ならば即座に反応するであろうサラからの返答はない。
その“異常”に気付いたレウルスが慌てて振り返ってみると、後方に控えていたサラが地面に倒れているのが見えた。そんなサラのすぐ傍ではエリザが体をふらつかせており、杖を支えにすることで辛うじて体を支えているのが見える。
二人の状態を目視したレウルスは、僅かに逡巡したあと叫んだ。
「っ……ミーア! 二人を頼む!」
魔力を使い過ぎたのか、別の理由があるのかはわからない。治癒魔法を使えるジルバに向かってもらうべきかとレウルスは思考するものの、スライムの『核』が動きを見せた現状でジルバを前線から下げるわけにはいかなかった。
そのためスライムがエリザやサラ、ネディを狙った時に備えて待機させていたミーアに全てを任せる。叶うならばレウルスもエリザ達の元に駆けつけたかったが、スライムを仕留めきるまではそれも無理だろう。
ミーアに向かって叫んだレウルスはすぐさま振り返り、『龍斬』を構え直す。『核』に接近するのは困難だが、どうにか距離を詰めるしかない。
「…………え?」
そんな考えを抱いたレウルスは、『核』を確認するなり思わず目を瞬かせた。
エリザ達の様子を確認するために視線を切ったのは、ほんの五秒程度。ミーアに声をかけた時間を含めても、十秒を超えないだろう。
その僅かな時間の間に、スライムの『核』に異変が起こっていた。
周囲に散らばるスライムの体液が“それぞれ”の『核』を中心として集まり、その姿形を変えていく。
始めは三メートルほどの球体に。しかしすぐさま大きさが半分になり、その形を細長いものへと変えた。
「人間……か?」
スライムがメルセナ湖に戻って肉体を復活させるよりも先に仕留めるべく駆け出そうとしたレウルスだったが、“その形”を見てそう呟いていた。
“身長”は170センチ程度で、透明に近い体は男性らしい筋肉を想起させる凹凸が形作っている。右手には二メートル近い水の大剣が生み出され、ぎこちない動きながらも肩に担ぐようにして構えを取った。
――その構えは、レウルスと鏡写しのようで。
「おい……まさか『変化』……いや、俺の“真似”をしたってのか?」
『核』は人間大の肉体の中でしばらく移動を続けていたが、最後には後頭部に移動して動きを止める。それはまるで人間の脳のようにも見えて、レウルスは知らず知らずのうちに息を呑んでいた。
仕留めきれていなかったのは痛恨だが、突如としてその造形を変化せたスライムにレウルスは困惑する。
エリザの雷魔法でも仕留めきれなかった『核』が二つ。それぞれがレウルスの姿を真似るように姿を変え――無言のままに動き出すのだった。