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第183話:本領発揮 その2

 その時レウルスが覚えたのは、強い違和感だった。


 予定通りに準備を整え、魔法を放とうとしているサラ。それ自体は良いのだが、サラが行使する火炎魔法に対して忌避感にも似た“何か”を感じ取ったのだ。


 異質で異常で異端な、怖気(おぞけ)に近い異常な感覚。致命的に間違った選択肢を選んでしまったかのように、高所から落下するような寒気が背筋を這い上がる。


 だが、魔法を撃つなとも言えない。サラの魔力の高まりを感じ取ったレウルスはスライムの足止めとして魔力の刃を瞬時に四度叩き込むと、即座に離脱に移る。


「吹き……飛べええええぇぇっ!」


 それを見ていたのか、レウルスとジルバが離脱するなりサラが火炎魔法を放つ。


 感じ取れる魔力の巨大さと比べれば外見は小さな、それでいて莫大な熱量が感じられる炎の槍。白い輝きを放つその槍を見たレウルスの違和感は膨れ上がるが、今はスライムを倒す方が先決だと距離を取ってから『龍斬』を構える。


 スライムもサラの魔力の高まりを感じ取っていたのか、回避行動を取ろうとしていた。だが、鈍重な巨体かつレウルスが足止めに放った魔力の刃で動きが妨げられ、機敏な回避は望めそうにない。


 ――白い輝きを放つ炎の槍が宙を翔る。


 炎の帯を宙に描きながら、銃弾のような速度でスライムへと直進する。その一撃はヴァーニルが放つレーザーのような炎ではなく、サラが普段放つ球のような炎ではない。

 どのようにすればそうなるのかレウルスにもわからないが、サラが両腕を振り下ろした瞬間には投槍のように飛び出していたのだ。


 サラとスライムの間に開いていた距離は約二百メートル。放たれた炎の槍が着弾するまでにかかった時間は、ほんの一秒程度。


「っ!?」


 その僅かな間、巻き込まれないようにスライムから距離を取っていたレウルスは息を呑んだ。太陽が至近距離に出現して突っ込んできたのかと勘違いするほど、瞬間的に周囲の気温が跳ね上がったのだ。


 炎の槍は周囲の空間を焼きながら突き進み、スライムの体のど真ん中へ着弾し――次の瞬間には爆発するような轟音と共に着弾点がすり鉢状に焼失した。


 槍の形に圧縮された莫大な“熱量”の解放。それによって本来ならば火炎魔法にとって相性が悪いはずのスライムの外皮を貫き、液体に近い体液が沸騰するよりも先に蒸発させ、スライムの体を一気に三割ほど消し飛ばしたのだ。

 しかも、炎の槍はその猛威を失っていない。スライムの体内を抉りながら突き進み、スライムの体を瞬く間に蒸発させていく。


「あちちっ……くそっ、なんだありゃ!? どんな魔法だよ!」


 叩きつけるような熱風が周囲へと広がり、レウルスは咄嗟に魔力を通した『龍斬』を盾にしながら叫んでいた。


 スライムの体を爆散させたというのに、周囲にスライムの体液が飛び散った様子もない。炎の槍が抉った場所は全て焼失しており、飛散しようとした体液も蒸発してしまったのだろう。


 魔力を帯び、上級に匹敵するであろうスライムの肉体でさえそれほどの被害があるのだ。

 サラが放った魔法の威力は、一体どれほどのものか。仮にメルセナ湖に打ち込んでいれば水蒸気爆発でも起こったかもしれない。あるいは触れることなく水を蒸発させ、そのまま湖底まで突き進んだだろうか。


 レウルスがかつて対峙したヴァーニルの火炎魔法を圧縮して撃ち出したような、圧倒的な火力。ドミニクの大剣はおろか、『龍斬』でさえ弾くことは不可能かもしれないとレウルスが考えるほどの威力だ。

 仮に『龍斬』で弾くことができたとしても、レウルスの体がもたないだろう。弾いている間に体が燃え尽きそうだ。ドワーフ製の防具を纏っていても熱だけで即死する可能性がある。


 それほどの威力を発揮したサラの魔法は、レウルスが当初抱いた違和感を忘却させるほどの効果をもたらす。


 スライムの体を蒸発させながら突き進み、巨大な穴を穿ち、そのまま突き抜けたかと思うと爆散したのである。

 直撃した段階で三割の肉体を消し飛ばし、そのまま直進する間に更に二割を、そして最後の爆発で再び三割を。数値で言えばスライムの肉体が七割近く“焼滅”していた。


 小さな山に匹敵する巨体のスライムを、たった一撃で七割近く吹き飛ばしたのだ。その威力は間違いなく中級以下に収まるものではない。


 火の精霊であるサラが火の『宝玉』を用いて放った魔法は間違いなく上級の域にあり――相手もまた、上級に数えられるであろう魔物だった。


 熱風で目も開けていられないような中、目を細めていたレウルスは見た。


 サラの魔法は確かにスライムの肉体の大部分を破壊していたが、肝心の『核』がまだ残っていることを。


 孤島でレウルスが戦った時と同様に、『核』を避難させて致命傷を回避していたのだ。体の“ど真ん中”に着弾する炎の槍を回避するために、『核』を体の端へと避難させて――。


「ッ!? エリザアアアアァッ!」


 それに気づいた瞬間、レウルスは『龍斬』を担いで地を駆けていた。周囲に残った熱風で喉が焼けそうになるのを無視して、追撃の準備を整えているであろうエリザの名を叫びながら。


 サラの名前を呼ばなかったのは、これほどの魔法を行使した後では余力が残っていないと判断したからである。この状況で『思念通話』を使って指示をする余裕も時間もなく、レウルスはスライムを仕留めるべく動いていた。


 サラは己に成せることを成した。それならば、レウルスもまた己の成すべきことを成さなければならない。


 胴体を円状にくり抜かれたスライムの体が“落下”し始める。重力に引かれてそうなったのか、大部分が消滅した体を元の球体に戻そうとしているのか、レウルスにはわからない。


 わからないが、サラが作り出した好機を逃すつもりはなかった。


 『熱量開放』を全開にして、弾丸のように突っ込んでいくレウルス。


 今のスライムは孤島で戦った時と比べても体積が小さく、サラの魔法によってドーナツ状に消滅した肉体を球体に戻そうとしている。

 それをさせじと、周囲の熱を吹き飛ばすような勢いで跳躍した。『龍斬』を大上段に構えながら、スライムに“着地する”つもりで高々と飛び上がる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 乗せられるだけの魔力を乗せ、『龍斬』を全力で振り下ろす。体を復元しようとしているスライムを、円頂から真っ二つに叩き切っていく。

 剣先から放たれた魔力の刃はその鋭い切れ味を発揮し、熱したナイフでバターを斬るようにスライムを斬り裂いていく。


「まだ、マダアアアアアアアアァァッ!」


 サラの炎の槍と同様に、レウルスの魔力の刃もスライムの“背中”まで突き抜けて斬り裂いた。だが、スライムを仕留めるには至らない。『核』を破壊するには至らない。

 『龍斬』を振り抜いた勢いで前方宙返りをしたレウルスは、着地するなり独楽のように真横へと回転する。そして斬撃を叩き込むと同時に、魔力の出し惜しみをせずに魔力の刃を乱射していく。


 おおまかに『核』を狙いはするが、当てることよりも肉体の復元を邪魔することに重きを置く。サラが七割がた吹き飛ばしたスライムの肉体を切り刻み、身動きできないようにその場に斬り留めるのだった。








 『龍斬』を振るい、スライムの肉体が復元できないよう細切れにすることで足止めを行うレウルスの後方。


 雷の杖を構えたエリザは落ち着かない心臓を必死に宥めつつ、己の魔法を解き放つタイミングを計っていた。


 エリザが雷魔法の準備を中断させなかったのは、奇跡に近い。もしも愛用の杖がなく、『詠唱』を使って魔法を行使していれば、サラが発現した魔法の威力に絶句して己の魔法の維持すら困難になっていただろう。

 全身を巡り、両手で握る杖を通した魔力は雷魔法という形で発現している。杖の先端では紫電がバチバチと音を立て、発射される時を今か今かと待ちわびているようだった。


 レウルスに名前を呼ばれたエリザは、その意図を十二分に理解していた。離脱が間に合わないようならば、そのまま雷魔法を撃てということだろう。

 その場合はレウルスも巻き込んでしまうが、レウルスは魔法を斬ることができる。サラが今しがた行使した魔法はさすがに無理だろうが、エリザの操る雷魔法ならば“問題なく”斬り裂けるはずだった。


 そのサラはといえば、さすがに限界を迎えたのか地面に膝を突いている。その周囲には粉々になった火の『宝玉』の破片が散らばっているものの、サラ本人に大きな影響はないのか荒い息を吐くだけで済んでいる。


(『核』が三つ……位置は……)


 二百メートル近く離れているが、自力で『強化』を使えるようになったエリザの視界にはしっかりとスライムの『核』が映っていた。


 レウルスが放つ魔力の刃から逃げ惑うように、体内を移動する三つの『核』。サラの炎の槍を回避しきったのはエリザとしても驚きだったが、肉体の大部分が削られたということは“逃げられる範囲”も狭くなる。


 エリザが放つ魔法は属性魔法の中でもスライムと相性が良いであろう雷魔法だ。外皮の中身は液体で占められるスライムに直撃すれば、そのまま内部まで電撃が通るだろう。

 それを見越しているのかレウルスが放つ魔力の刃は縮んだスライムの下半分に集中しており、スライムの『核』が上半分に集まるよう誘導しているようでもあった。


 問題があるとすれば、電撃が通っても『核』を破壊できるかどうかだが――。


(“そのため”にレウルスがいるんじゃ……ワシは自分ができることをやるだけじゃ!)


 もしも雷魔法で仕留めきれなくとも、レウルスが仕留めてくれる。そんな信頼がエリザの緊張を緩和していた。

 エリザは地面に突き刺した杖をよりいっそう強く握り締め。遠目に見えるスライムを睨みつける。


 戦い始めた当初と比べて半分以下に縮んだその姿が、サラとの“力の差”を示しているように思える。


 その事実が心の片隅に(おこり)のような情感をもたらすものの、それにエリザが気づくことはなく。


 エリザに出し得る全力の雷が、落雷のようにスライムへと降り注ぐのだった。












どうも、作者の池崎数也です。

前回に引き続きあとがき欄をお借りいたします。


前回のあとがきでは書籍化に関して温かいコメントの数々をいただきましてありがとうございました。

書籍化に関して情報を更新しておりますので、作者の活動報告の方もご覧いただければ嬉しく思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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