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第181話:共闘 その5

 レウルスが初めてヴァーニルと交戦した際、報酬として譲られた物はいくつかある。


 レウルスが振るう『龍斬』や、現在は身に着けていないが防具一式に使用された『魔石』を含む素材の数々。エリザの杖の材料になっている雷の『宝玉』に、金貨や銀貨。


 そして最後の一つ――火の『宝玉』。


 火の精霊であるサラへと贈られた火の『宝玉』は、サラ本人の能力の高さからこれまで使用されることがなかった。エリザのように魔法具の材料にすることもなく、かといって“出処”の特殊さ故に売り払うこともなかったのだ。


『――サラ、火の『宝玉』は持っているか?』


 現状を覆すための一手を求めたレウルスが『思念通話』でサラへ尋ねると、即座に言葉が返ってくる。


『以前レウルスが持っていろって言ったから、ちゃんと持ってるわよ?』


 それがどうかしたの、と不思議そうな声で答えるサラ。


 自力ではまともに魔法が使えないレウルスからすれば理解できないほどに、サラは自由自在に火炎魔法を操る。その技量は共に行動するエリザはもちろんのこと、レウルスが知る限り最高の魔法使いであるシャロンでさえ容易く上回るだろう。

 火を司る精霊ならばある意味当然のことかもしれない。サラは火炎魔法に限らず、付近の火を操ることや熱源の探知すらも可能としているのだ。


 そんなサラにとって、火の『宝玉』は特段優れた道具とは言えない。それでもレウルスが言ったからこそ身に着けていたのだが、この場においてはレウルスにとって一筋の光明を見た気持ちだった。

 レウルスも『宝玉』という天然の魔法具に関して詳しいわけではない。だが、魔法使いとしては未熟なエリザが自傷という“代償”なしで魔法を行使できるほど、高い効果をもたらしてくれるのだ。


 火の精霊であるサラが火の『宝玉』を使えば、更なる効果が得られるのではないか――そんな安直な発案だったが、この場において最も必要となる火力を補える可能性がある。


(問題があるとすれば、グレイゴ教の奴らがこの場にいることだな……)


 言葉を交わした限り、ローランはサラがグレイゴ教徒にとって“獲物”になり得ないと考えているらしい。


 ローランの判断をカンナも支持しており、サラの存在をグレイゴ教徒に知られた際に起こると考えていたこと――グレイゴ教徒が喜び勇んで襲い掛かってくる可能性も低減したと言える。


 だが、ここでサラが脅威的な火力を発揮すればどうなるか。

 スライムを打倒してこの場を凌げる可能性はあるが、その結果として今度はグレイゴ教徒につけ狙われる未来がレウルスの脳裏にチラついた。


(そんな悩みも生き延びてこそ、か……)


 それでも未来を危惧して現在(いま)を生き延びることができなければ、意味はない。そう結論付けたレウルスは再び陸地へ上がろうとしているスライムを遠望し、心中だけでため息を吐いた。

 状況にもよるが、スライムを倒せた後にカンナとローランを相手に連戦を行う必要があるかもしれない。それだけを心の片隅に置くと、レウルスはサラへと質問を行う。


『火の『宝玉』を使った場合……サラが“本気”で性能を引き出して使ったら、あのスライムをどれぐらい削ることができる?』

『んー……難しい質問ねぇ。『宝玉』を使ったことがないから断言はできないけど、多分ヴァーニルと同じぐらいには……』


 悩んでいることが伝わってくるサラの声色に、レウルスはピクリと眉を動かす。


『レウルスが初めてヴァーニルと戦った時、アイツってば途中で“強め”に魔法を使ったでしょ? 前に使ってた大剣でなんとか弾くことができたやつなんだけど……最低でもアレと同じぐらいの威力は出せる……はず?』


 確信が持てないのかサラの言葉尻が曖昧になる。それでも、レウルスはその返答で覚悟を決めた。


 以前対峙したヴァーニルの火炎魔法――ビームとでも評すべき熱線は、当時のレウルスがドミニクの大剣に甚大な被害を与えながらも逸らすことしかできず、逸らした後もヴェオス火山近辺の冷えて固まった溶岩を吹き飛ばす威力があった。

 レウルスではその威力を正確に測ることができないが、少なくとも中級でも上位の威力があったと判断している。下手すれば上級に届いていたのかもしれないが、“あの時”の魔法と同等以上の火炎魔法を撃てるのならば――。


『それだけの威力があるなら十分だ。頼らせてもらうぞ、サラ』


 勝機は十分にある。そう結論付けたレウルスが心からの声を投げかけると、サラは僅かに息を呑んでから応諾した。


『っ……うん、まっかせなさい! 普段は延焼が怖くて加減してたけど、スライムが相手ならその必要もないわっ! わたしが火の精霊であることを、レウルスの精霊であることを証明してみせる! いっそのことわたしの魔法だけで消し飛ばしてやるんだからっ!』

『頼もしい限りだよ……ああ、本当に』


 サラの軽口に対し、レウルスは薄く笑いながら答える。体が液体で構成されていると思わしきスライムが相手では相性が悪いだろうが、属性魔法の行使という点ではこの場で最も頼れるだろう。

 当初の予定ではレウルス達がスライムを引きつけながら少しずつ削り、エリザとサラの魔法で『核』を破壊するつもりだった。だが、スライムの回復速度を目の当たりにした以上、その手は取れない。


 悠長に攻めていては、いずれ押し切られる。体力も魔力も有限である以上、それは必然だった。


「作戦の変更を提案したい」


 レウルスはスライムを警戒しているジルバ達に声をかける。


「見ての通り、いくら削ってもスライムはすぐに回復しちまう……そこで、だ。時間をかけて削るんじゃなくて、一気に削った上でスライムに魔法を叩き込んで仕留めたい」


 レウルス達が接近戦で削り、火の『宝玉』を使ったサラの魔法で大打撃を与え、エリザの雷魔法でとどめを刺す。現状の戦力ではそれが一番勝ち目がありそうだ、とレウルスは説明を行った。


「作戦を変えるのは構いませんが、本当にあのスライムを仕留められる威力の魔法が撃てるんですか?」


 カンナが目を細めながら尋ねるが、それは当然の疑問だろう。元々エリザとサラの魔法をアテにした作戦ではあったが、戦っているスライムが尋常とは言い難い相手なのだ。

 レウルス達が短時間で可能な限り削ることもそうだが、“まとも”な方法で仕留めきれるのか。今この時だけは共闘する間柄だが、カンナとローランはエリザやサラのことを詳しく知っているわけではない。


 事前に交戦したことである程度の技量を見抜いてはいても、エリザとサラの魔法がスライムに通じると断言しても信じることはできないのだ。


「こっちの切り札を切る……火の『宝玉』を使って全力で火炎魔法を撃たせるから、かなりの威力が見込めると思う」


 そのため、レウルスはカンナとローランを説得するためにも火の『宝玉』に関して告げることにした。レウルスは魔法具に関して詳しいわけではないためそれ以上のことは言えないが、レウルスの発言を聞いたカンナとローランは驚いたように目を見開く。


(思ったよりも反応が大きいな。『宝玉』ってそんなにすごい道具だったりするのか?)


 二人の反応を見る限り、もしかするとサラの発言通りスライムを消し飛ばせるだけの威力を発揮するかもしれない。

 レウルスがそう考えてしまう程度にはカンナとローランの表情が動いていた。


「何故冒険者が『宝玉』を持っているのか……色々と聞きたいところではありますが、今はやめておきましょうか。ローラン?」

「戦った感じから考えると、赤い髪の嬢ちゃんが火の『宝玉』を使うのなら十分勝機が見込めると思いますぜ。問題は『宝玉』の質次第ですが……」


 そこで言葉を切り、ローランはチラリとレウルスを見る。


「……ま、この状況で勝算もなく言い出すような奴にも見えませんし? 俺としちゃあ乗っておいて損はないと思うんですが」

「乗らないとスライムを倒せそうもないですしねぇ……あんなに回復速度が早いと剣だけで削り切るのは無理でしょうし」


 ゆっくりと、しかしながら確実に距離を詰めつつあるスライムを見ながらカンナが困ったように言う。

 剣で仕留めるには巨大すぎる。動かず反撃してくることもないならば、時間をかけて削り切ることも可能だろう。だが、そんなことはあり得ない。


「わたしとしては、あなたから何の反対意見も出ないことが不思議なんですけど……ねえ、『狂犬』」

「……反対する必要があればそうしている」

「つまり、あの子にはそれだけの力があると。ふむふむ、そちらのレウルスさんはともかく、あなたの力は嫌というほど知っています。そんなあなたの言うことならば信用するに足るでしょう」


 カンナはそう言うと、地響きを立てながら接近してくるスライムを見ながら双刀を構える。ローランもそんなカンナに従うよう、得物である曲刀を構えた。


「今までと同様に、我々は反対側から削ります。囮役は任せましたよ」


 そう言うなり、カンナとローランが駆け出す。レウルスは走り去る二人の背中を一瞥すると、『龍斬』を担ぎながらジルバへと声をかけた。


「まずは可能な限りスライムを陸地に引き込みましょう。そこから先は全力でいきます」

「奴らの目が気になりますが、仕方ありませんか。叶うならば、サラ様の力は隠し通したかったですが……」


 ジルバもスライムを仕留めなければ現状を脱することができないとわかっているため、それ以上は言わなかった。

 火の『宝玉』を使うと宣言している以上、サラの正体に関しても“誤魔化す余地”は残っている。そう思いたいレウルスである。


(まずは生き残ることが先決だしな……死んだら誤魔化すもクソもねえ)


 スライムを陸地へ誘導し、全力で――『熱量解放』を使って短時間で可能な限り削る。


 元々『熱量解放』は長時間の使用に向いていない。スライムを仕留めきれなければ一気に不利になるだろうが、このまま時間をかけても押し切られる以上賭けに出るしかなかった。


『サラは魔法の準備をしてくれ。それと、エリザにもいつでも魔法を撃てるようにって伝えてくれ。スライムをそっちに誘導するから、距離を取りながら移動だ』

『りょうかーい! いつでもきなさい!』


 レウルスは『思念通話』でサラに声をかけると、ジルバを促して駆け出す。すると、スライムもそれを追うようにしてその巨体を蠢かせた。


『やっぱりレウルスを追って移動してるわよ!』

『魔力と音で嫌でもわかるさ! くそ、斬ったのは端の方だけど少しは警戒しろよな!』


 背後に感じるスライムの魔力に、レウルスは心中だけで悪態を吐く。回復するなりレウルスを狙って追いかけてくるのはそうするだけの“理由”があるのか、考える知能がないのか、力押しで殺せると考えているのか。


 スライムの思考は理解できないが、いつまでも逃げ回ってもいられない。レウルスはスライムがメルセナ湖から五百メートルほど離れたことを確認すると、逃げていた足を止めて体ごとスライムへと向き直る。

 足場は草や土ばかりで悪くなく、視界を遮るものもほとんど存在しない。背が低い木が散見される程度で、迫りくる山のようなスライムを見失うことはあり得なかった。


「すぅ……はぁ……よしっ!」


 レウルスは気息を整え、気合を入れるように地面を蹴り込んで前傾姿勢を取る。続いて『龍斬』を右肩に担ぐと、柄を両手で握り締めた。

 後方にエリザ達が布陣しているため、下がることはできない。短期決戦を行うと決めた以上、下がるつもりもない。


 ――『熱量解放』。


 ガキン、と歯車が噛み合うような音が脳裏に響く。それと同時にレウルスの全身が魔力に満たされ、『契約』による『強化』では到達できない領域まで身体能力を引き上げる。


 普段は心強い『熱量解放』も、スライムの巨体が相手ではどれほど役に立つかわからない。それでもレウルスは必殺の決意を胸に抱き――地を蹴って駆け出すのだった。

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