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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
5章:異形の国喰らいと無名の精霊

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第175話:変化 その2

 縦横無尽に奔る刃。両手に二刀を携え、凄まじい速度で途切れることのない連撃を繰り出すのはグレイゴ教の司教であるカンナだ。


 カンナが振るう小太刀は業物にして魔法具である。強度と切れ味を『強化』するという単純な魔法具だが、カンナ本人の技量と合わさればこれ以上ない凶器になる。

 その剣速と切れ味をもってすれば人体など容易く両断され、仮に全身を金属鎧で固めていても数秒とかけずに細切れになるだろう。


 至近距離における白兵戦ではグレイゴ教徒の中でも有数の、それこそ三指に入るほどの技量を持つのだ。生半可な相手が相対すれば瞬く間に命を落とすだろう。

 だが、今回カンナが戦っているのは生半可な相手ではない。カンナが知る中でも指折りに厄介で、凶悪とすら形容できる手練れ――ジルバなのだ。


 首を狙って振るわれた左の小太刀が、右の手の甲で上方へと弾かれる。心臓を狙って突き出された右の小太刀が、左の手刀で真横へと弾かれる。

 刃が振るわれては弾かれ、逸らされ、挙句に“真っ向から”打ち返される。


「昔も思ったことではあるんですが……」


 このままでは埒が明かないと距離を取ったカンナだが、ジルバからの追撃はない。カンナが距離を取ったことでジルバは構えを取り直し、気息を整えるよう息を吐き出す。

 カンナはそんなジルバを呆れたように見つめ、小太刀で肩を叩いた。


「素手で刃物を弾くのって人間としてどうなんですか? 逸らすだけならまだわかりますけど、人間の手ってそこまで頑丈じゃないですよね?」


 鍛え抜かれたジルバの掌は、常人と比べれば遥かに頑丈だろう。長年の修練によって掌は分厚く、皮も硬くなっている。ジルバの技量があれば掌底で釘を打つこともできそうだが、真剣を真っ向から弾くのは度が過ぎているだろう。


 いくら『強化』を使っているといっても限度がある――が、ジルバは頑丈さではなく技術だけで凌いでいるのだ。


 カンナが振るう小太刀は鋭い切れ味を持つが、その切れ味を発揮するには刃を“引いて”斬る必要がある。そんな小太刀の特性を把握しているのか、ジルバは刃に対して“垂直”に掌底を当てることで斬られることを防いでいた。


 カンナからすれば狂気の沙汰である。むしろ頭がおかしいのではないかと言いたいほどだ。

 カンナの踏み込みや腕の動きを見切って実行しているのだろうが、ほんの僅かでもズレればそのまま斬り飛ばされる。常人ならば実行などできず、そもそも思いつきすらしないだろう防御法だった。


「精霊様への信仰の前では異教徒の刃など恐れるに足りん」

「いや、それって信仰でどうにかなる話じゃないですよね? あなた個人の技量ですよね? 信仰だけでわたしの刃を止められたら凹みますよ?」


 心底呆れたと言わんばかりに肩を竦めるカンナだが、相対するジルバとて余裕があるわけではない。

 カンナの言う通り、“普通なら”実行しないような防御法だ。ジルバとしてもカンナの斬撃を逸らせない時にだけ使用しているが、一歩間違えば打ち付けた手を両断されるだろう。


 そもそもの話、防御に徹しているからこそできる芸当なのだ。カンナの速度と手数を前に、そう選択せざるを得ないからこそ危険な橋を渡っているのだ。


(まさかこれほど成長しているとは……)


 ジルバは内心で舌を巻く。真っ向からぶつかり合ってわかったのは、カンナの技量の伸びだ。五年前と比べ、その技量は飛躍的に伸びていると言って良いだろう。


 ジルバもカンナも互いに無傷で、その攻防は一進一退に見える。素手と小太刀で斬り合って一進一退というのもおかしな話ではあるが、ジルバは己がやや不利であると感じ取っていた。

 防御に徹しているからこそ渡り合えているのであって、攻勢に出れば違った結果が待ち受けていそうだ。ジルバもカンナも互いに一撃を以って必殺と成す技量を持つが、“武器”の差がここで響く。


 素手と刃物では埋めがたい差が存在し――差があるというのなら、己の命で埋める。


「……捨て身ですか」


 ジルバが放つ雰囲気が変わったことを感じ取り、カンナは油断なく二刀を構える。それまで浮かべていた余裕も消し去り、真剣な表情でジルバを睨み付けた。


「自分が死んでも相手を殺すって姿勢は否定しませんけど、自分が戦うとなると遠慮したいですね」


 そう言いつつ、カンナも応じるように殺気を滲ませた。ジルバとの間合いを測りつつ、一挙手一投足を見逃さないよう目を細める。


「でも、一つだけ確認したいんですが……“あの少年”が到着したから相打ちしても良いと考えたんですか? ローランも司教に推薦されるぐらいの手練れですよ?」


 殺し合う直前ではあるが、カンナは僅かな興味を含ませながら尋ねた。


 ジルバとカンナが戦っている間、どこからともなく姿を見せた少年――レウルス。


 ジルバはレウルスに対して意識を向けなかったが、その態度こそがカンナには引っかかった。当初はともかく、ジルバが防戦に徹していたのもレウルスの存在があったからだろう。

 レウルスが合流するなり、ジルバの戦い方が変化していたのだ。無理に攻め急がず、防御を固めてカンナの隙を見つけ出し、一撃を以って仕留めようという考えが透けて見えるほどである。


「魔力は……けっこうありますね。でも、それだけで勝てるほどローランも弱くはない……ん、です、が……」


 レウルスのことを話題に出してジルバを揺さぶろうとしたカンナだったが、その声が途中から不規則に揺れた。隙を晒すほどではなかったが、信じ難いものを見たように目を見開いている。


「この魔力は……上級の魔物? そんな気配は……」


 タンッ、と軽い音を立てて後方へと跳躍するカンナ。相打ち覚悟で攻撃を仕掛けようとしていたジルバの気勢を削ぐよう、大袈裟かつ過剰なほどに距離を取る。

 ジルバでも一息では詰められないよう距離を開けると、感じ取った魔力の持ち主を横目で確認した。


「よりにもよってスライムですか……ローラン、貴方は本当に運が悪いですね」


 そして、深々とため息を吐くのだった。








 まだまだ距離はあるが、その巨体から“近く”に見えるスライム。


 メルセナ湖を掻き分けるように前進してくるその姿に、レウルスは思わず天を仰ぎたくなった。


「おいおい……レウルス君よぉ、“アレ”はお前さんのお友達かい?」


 レウルスと同じようにスライムの姿を目視したローランは、剣先を下げながら尋ねる。言葉自体は冗談のようだったが、その声色は硬かった。


「友達どころかあんなデカいスライムは知り合いにもいねえな……俺が知ってる奴は半分ぐらいの大きさだった」

「アレとは別にスライムがいる、なんて思いたくはねえな……よりにもよってスライムかよ。そりゃ上級の魔物を探しには来たけど、スライムは予想外だったぜ……最近の悪天候から、てっきり龍種だと思ったんだがなぁ」


 徐々に近づいてくる巨体を目の当たりにしたレウルスとローランは、どうしたものかと視線をぶつけ合う。


 それまで斬り合っていたが、このまま継続するのは下策に過ぎるだろう。むしろ自殺行為でしかない。


 レウルスとしては身内を――ミーアに怪我を負わされた以上、斬り合いを継続しても良い。だが、仕留める前にスライムが上陸しそうだ。

 その場合、ミーアの怪我がどうだと言っている余裕はなくなる。怪我どころかスライムに飲み込まれて命を落とす可能性が非常に高そうだった。


 身内に手を出したツケは、スライムを退けた後で取り立てれば良い。それまでの戦闘で加熱していた思考がそう囁くが、レウルスとしてはグレイゴ教徒を放置するのも落ち着かない。


「ふぅむ……こりゃ一時休戦かね」


 しかし、そんなレウルスとは対照的にローランはあっさりと戦意を消した。曲刀を鞘に納め、敵意がないことをアピールするように両手を開いてみせる。


「他の魔物ならまだしも、スライムは洒落にならん。たしか、近くに町があったよな? “もしも”の時のために避難を呼びかけたいところなんだが……」


 そう言いつつ、ローランはレウルスから視線を外してカンナを見た。いつの間にか戦闘を中断していたらしく、ジルバから距離を取ったカンナもスライムへと視線を向けている。

 ジルバは少しずつカンナとの間合いを詰めていたが、スライムの魔力に気付いたのかその足が止まった。


『でっか!? ちょ、ちょっとレウルス? どこが50メルトなの? 倍近くあるように見えるんですけど?』

『ちょっと目を離した隙にでかくなった……のか?』


 焦ったようなサラの声に、レウルスは自信がなさそうに答える。


 メルセナ湖の孤島から移動している間に水を吸ったのか、あるいは他の魔物を捕食したのか。増えた体積と比べると魔力はそこまで増えていないが、『城崩し』を上回る巨体はそれだけで一つの武器だ。


「体の長さは『城崩し』の方が上だけど、“全体”で見ればあのスライムの方が上か……どうしたもんかな」


 『城崩し』の場合は押し潰されるだけで済んだだろうが、スライムの場合は接触することすら危険である。圧死する危険性もあるが、取り込まれて溶かされる危険性も否定できないのだ。


「『城崩し』……だと? 『城崩し』に遭遇したことがあるってのか?」


 どうしたものかと思考しながら零れたレウルスの呟きに、ローランが反応する。訝しげに眉を寄せ、真意を確かめるようにレウルスを見た。


「いや、待てよ……そうだ、あの“切り口”は風魔法か、そうじゃなきゃ長大な得物で……」


 ローランはレウルスから視線をずらし、『龍斬』をじっと見る。次いで、その視線はミーアへと向けられた。


「ドワーフ、か……なるほど、ヴァレー鉱山の近くで『城崩し』を仕留めたのはお前さんだったのか」

「……何のことだ?」


 襲ってくる気配はないが、素直に頷けるはずもない。レウルスがとぼけると、ローランは軽く手を振った。


「ああ、別にとぼける必要はねえよ。お前さんが『城崩し』を仕留めたことに文句をつけるつもりはねえしな。取り逃がしたのは俺の失態で、そのケツを拭かせたようなもんだ」


 そんなローランの言葉に、レウルスは小さく目を見開いた。


 以前レウルスが遭遇した『城崩し』と呼ばれる巨大なミミズの魔物は、何故か全身に傷を負っていた。そのおかげで勝てたとまでは言わないが、『城崩し』を弱らせていたのは確かである。


「しかし、そうか……上級の魔物を……」


 その事実に思い至ったレウルスはどう答えたものかと迷ったが、そんなレウルスに構わずローランは何事かを考え込んでいた。


 そして、十秒と経たない内にレウルスへと向き直る。


「一時休戦じゃ足りねえ……色々と言いたいことはあるだろうが、ここは共闘といかないか?」


 ――その瞳には、何故か友好の色が宿っていた。

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