表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
5章:異形の国喰らいと無名の精霊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

175/634

第174話:変化 その1

「シャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」


 先に仕掛けたのはレウルスだった。獣のような咆哮を発し、曲刀を構えたままで“待ち”の姿勢を取ったローランへと真正面から斬りかかる。


 レウルスの大剣と比べてローランの曲刀は刀身が短く、その長さは半分程度だろう。そのためレウルスはローランの間合いの外で踏み込み、真っ二つにするつもりで袈裟懸けに斬撃を繰り出す。

 “自力”だけで振るうわけではなく、エリザやサラの魔力によって『強化』された身体能力で金属の塊を叩きつけるのだ。当たれば人体など容易く切り分けられるだろう。


「ははっ! 元気がいいなぁおい」


 ――当たれば、だが。


 直撃すれば真っ二つになるであろう斬撃に対し、ローランは曲刀を真横から叩きつけて逸らす。コンマ一秒でも行動がずれていれば斬られていたというのに、ローランの顔には余裕の笑みすら浮かんでいた。

 しかし、レウルスとしても驚きはない。相手の構えを見ただけで技量が上だと思っていたのだ。馬鹿正直に真正面から斬りかかったとしても、かすりすらしないだろうと考えていた。


 ローランはグレイゴ教徒の司教になろうという男なのだ。その技量は相当に高いもので――知ったことかとレウルスは斬撃を繰り出していく。


 大剣を振り下ろし、薙ぎ払い、突き出し。息もつかせぬ速度で軽く十キロを超える金属の塊を振り回す。

 最初こそ余裕の笑みを浮かべていたローランだったが、次から次へと斬撃を叩きつけるレウルスの姿にその表情が少しずつ変わっていく。


 最初は機嫌良く、次に驚きを、そして最後に警戒と困惑を表情に浮かべていた。


「ふんっ!」


 正中線を境に真っ二つに斬り裂きそうなレウルスの斬撃を、ローランはやや強引に弾く。そして即座に後方へと跳躍し、仕切り直すように曲刀の峰で右肩を叩く。


「荒々しい剣だなぁ……技術はそこまで高くねえが力は強い。戦い方はドワーフに似ているが違う……後ろの嬢ちゃん達と同じように魔物かと思ったが、間合いの取り方も戦い方も“人間”の範疇だな」


 一分にも満たない戦いではあるが、レウルスを観察した結果がその言葉だった。


 技術はそれほど高くない。素人の域を出ておらず、正式に剣を学んだこともない我流だろう。身体能力だけで剣を振り回しているらしく、連撃の“継ぎ目”に隙が見受けられた。

 単純に技術だけで見ればローランとしては何の気も惹かれない。技術の高さだけで判断するならば、グレイゴ教の司祭どころか助祭にも劣るだろう。


 それでも、勝つのはレウルスだろうが。


「実戦で磨いた我流の剣……いや、ちぃとばかし違うな。獣の剣ってところか」


 高い身体能力に動体視力、反射神経――そして野生の獣のような戦闘勘。


 それは正道ではなく邪道で、“お行儀良く”剣を学んだ者にとっては相性が悪い獣の剣だとローランは評価する。


 言葉を続けるローランに対してレウルスは何も答えず、殺気を放ちながらじりじりと間合いを詰めていく。レウルスの視線はローランの頭や首、心臓といった急所へ向けられており、無言で間合いを詰める姿は獣が飛び掛かる前兆のようだった。


「後ろの嬢ちゃん達は肩透かしだったが――面白くなってきやがった」


 そう言って、ローランから放たれる威圧感が膨れ上がる。肩を叩いていた曲刀を構え直し、真っすぐにレウルスを見据える。


「グレイゴ教の司祭、ローランだ。後ろの嬢ちゃん達が喋ってたから知っちゃあいるが……名前を聞かせてくれるかい?」


 その問いかけは、無言の刃で返答とする。

 レウルスは瞬時に距離を詰めて大剣を薙ぎ払い、ローランの首を撥ね飛ばそうとした。しかし不意を突くような斬撃もあっさりと逸らされ、今度はレウルスが後方に跳んで距離を取る。


「チッ……」


 舌打ちを一つ零し、大剣を右肩に担ぎながら前傾姿勢を取るレウルス。仮に鞘から『龍斬』を抜いたとしてもローランを斬れる未来が想像できない。『熱量解放』を使えば押し切れるかもしれないが、レウルスにとって“本命”はローランではないのだ。


『サラ、コイツは俺が抑えるから魔法の準備をしておいてくれ。できる限り強い魔法が必要なんだ。エリザにも声をかけていつでも撃てるようにしてくれ』

『レウルスが抑えて、わたし達が仕留めるのね? まっかせて!』


 ミーアでは難しかったが、レウルスならばローランと互角に渡り合える。その間に魔力を溜めてローランを仕留めれば良いとサラは判断した。


『いや、コイツも仕留めたいけど違うんだ。あとどれぐらいで到着するかわからないけど、デカいスライムが現れるからソイツに向かって撃ち込んでくれ』

『はーい! ……はい? え、ごめん。聞き間違い? 今、デカいスライムって聞こえたんだけど?』

『50メルトぐらいのスライムだ……もっと大きくなってるかもしれないけどな。魔力も近づいてきてるし、準備だけはしておいてくれ』


 レウルスは間合いを測りつつサラに『思念通話』で指示を出す。再会してきちんと声をかける暇もないが、それは眼前の敵とスライムを仕留めてからだろう。


「……ったく、やりにくいったらありゃしない。グレイゴ教徒の司祭ってのは全員そうなのか?」

「おっ、やっとまともに話してくれたな。誉め言葉と受け取っておくぜ」


 言葉ではなく刃を交わし続けても良いが、スライムと戦うことを考えるとなるべく消耗を抑えるべきだ。そう判断したレウルスが言葉を投げかけると、ローランは小さく笑いながら答える。


「それで? 名乗っちゃくれねえのかい?」


 その問いかけにレウルスは僅かに逡巡する。だが、マタロイのみならずグレイゴ教にも有名なジルバと同行していたのだ。少し調べるだけでラヴァル廃棄街に居を構えていることも知られそうである。


「中級下位冒険者、レウルスだ。仲間内からは『魔物喰らい』なんて呼ばれてるよ」


 それでも、一応はラヴァル廃棄街の名前は伏せた。まったくの出鱈目を言っても良かったが、レウルスが知る地名などを出してその場所が襲われたのでは寝覚めが悪い。


「冒険者か……ま、それは別にいいんだが中級下位? ハハハ、面白い冗談だ。いつから冒険者ってのはこんな奴が中級程度に収まるぐらい質が上がったんだ?」


 事実を口にしたというのに、ローランの反応は懐疑的である。言葉通り、面白い冗談を聞いたといわんばかりだ。


「それに『魔物喰らい』ねぇ……冒険者にしちゃあ御大層なあだ名だ。最近は何を食ったんだ? 是非とも教えてくれよ」


 目線や些細な動きで牽制しながら、言葉を投げ合う。互いに言葉は軽く、気の置けない友人同士のようなやり取りだった。


「スライム」

「――――」


 思わず、といった様子で沈黙したローランに対し、レウルスは畳みかけるようにして言葉を続けた。


「凍ってる奴を斬って削り出して一口大にして丸呑みにしたから、食ったって言っていいかわかんねえけどな。味はまあ……食えないこともないけど調味料が欲しくなるな。歯ごたえのある水を噛んでるようなもんだ」


 魔力は十分に回復できたが、という言葉は飲み込む。そこまで話す必要はない。フェイントを掛け合うローランは友人ではなく、敵なのだから。


「……あー、なるほど。人間だと思ったが『変化』を使える魔物だったのか……俺もまだまだ未熟……んん? しかしスライムを食える魔物なんて聞いた覚えが……スライムが『変化』で……いや、共食いをするって話も聞いた覚えが……」


 レウルスの言葉を聞いたローランは構えこそ崩さないものの困惑した様子だった。冗談と笑い飛ばすにはレウルスの顔が真剣過ぎたのである。


『なにやってんの? ねえレウルスなにやってんの? スライムが追ってきてるのってレウルスが齧っちゃったからじゃないの?』

『他に食う物がなかったんだ。仕方ないだろ?』

『スライムもまさか“仕方ない”で食べられるとは思わなかったんじゃないの!?』


 『思念通話』でツッコミを入れるサラだが、レウルスとしても他に食べる物があったのならスライムを食べることはなかった。


『というかこの子は何? なんか滅茶苦茶“嫌な感じ”がするんだけど』

『名前はネディ、俺の命の恩人だ。他の詳しい話は後回しにさせてくれ。時間が足りないからな』


 サラとの会話もそこそこに、レウルスはローランへ殺気をぶつける。剥き出しのレウルスの殺気を受けたローランもそれに応え、“戦意”を漲らせた。


「おうおう、焼け付くような殺気だなぁおい。ここまで魔物かどうか判別が難しい奴も初めてだ」

「俺もここまで魔物扱いされるのは初めてだっての……正真正銘、少しばかり食い意地が張ってるだけの人間だぞ」

「……食い意地が少し張ってるぐらいでスライムを喰らう奴はいないんだよなぁ。ま、与太話かもしれんがね」


 むしろそうであってくれ、と言わんばかりの口振りである。


 そんなローランの呟きにレウルスは反論の言葉を飲み込んだ。遠くない内に“証拠”がメルセナ湖を渡って突っ込んでくると思われたため、ここで言葉を費やすのは意味がないと悟ったのだ。


(できればジルバさんにも警戒を促しておきたいけど……)


 ローランに隙を見せない程度に視線を動かしてみるが、ジルバは相変わらずカンナと真っ向からぶつかり合っている。


 一体どのような技量を持てば可能となるのかわからないが、二刀で攻め立てるカンナを素手で抑え込んでいるのだ。縦横無尽に振るわれる刃を弾き、逸らし、一度たりとも体に触れさせていない。

 逆に言えば“そこまで”の話で反撃を繰り出す隙がないらしく、カンナも健在だ。ここで声をかけて集中を乱せばどうなるか。


(スライムの魔力は……少し……いや、これは……)


 スライムの魔力を感じ取ったレウルスは眉を寄せる。移動速度の差で引き離したからか、まだ距離が離れているのだろう。初めてスライムの魔力を感じ取った時のように、薄っすらとした魔力が漂っているように感じられる。


 だが、レウルスは違和感を覚えていた。


 スライムの魔力は確実に近づいている。薄っすらと感じ取っていた魔力が徐々に強くなっているため、それは間違いないのだが――。 


「殺し合いの最中に気を抜くたぁ余裕だな。気になるものでも……ん?」


 表情を変えたレウルスに対し、ローランは嘲るように言う。しかし、レウルスと同様にスライムの魔力の気配に気づいたのか、横目でメルセナ湖の様子を窺った。


「……お前さん、さっきスライムを食ったって言ったよな。仕留めては……」


 その問いかけにレウルスは答えない。正確には答える余裕がない。


 レウルスは間合いを詰められないよう後方に跳ぶと、遠望するように目を細めてメルセナ湖を見る。


 ――今はまだ距離があるメルセナ湖の湖面に、“百メートル”近いスライムが姿を見せていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ