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第173話:一方その頃 その3

 戦いにおいて、数の差というのは非常に大きなものである。


 レウルスがかつて生きていた世界では一騎当千という言葉もあったが、実際に一人で千人と戦えば後者が勝つだろう。ゲリラ戦などで一対一を千回繰り返すのならば勝機があるかもしれないが、真正面からぶつかればどんな豪傑だろうと敗れ去るに違いない。


 一人で千人と戦うという状況はさすがに実現し得ないだろうが、一人で三人と戦うという状況ならばどうだろうか。その程度ならば十分にあり得る範疇で、それでもやはり数の差で押し切られるのが普通で――ローランはその“普通”の域にいない存在だった。


「うぅむ……打たれ強いねぇ」


 前衛に立って鎚を振るうミーアと、それと火炎魔法で援護するサラ。そして隙を見て雷魔法を放つエリザ。即席ながらもこれまでの付き合いからそれなりの連携を発揮して戦う三人を前に、ローランは呆れたような顔で呟いていた。


「っ……ぐ……まだ、まだ!」


 鎚を両手で握って自らを鼓舞するように声を発するミーアだが、満身創痍といった有様である。

 切り傷はないものの額からは血を流して顔面を赤く染めており、両腕にはいくつもの打撲痕が浮かび上がっている。鎚は先端の鉄塊や柄がところどころ欠けており、肉体と同様に限界が近かった。


 そんなミーアとは対照的に、ローランは無傷である。汗の一つもかいておらず、宣言通りエリザ達を試すように振舞っていた。


 ミーアを無視してエリザとサラを狙い、それをミーアが阻止するべく立ち塞がり、エリザとサラが援護として魔法を撃つ。それを何度も繰り返し、エリザとサラの力を見極めようとしているのだ。


 一時的に攻撃を中断したローランはミーアから距離を取り、相対する三人を見ながら余裕を示すように左手で頭を掻く。


「しかしまあ、なんとも判断に困るな。前衛の嬢ちゃんはドワーフで確定……腕も普通のドワーフだ。高く見積もっても中級中位ってところかね? 後ろの嬢ちゃん達は赤い方が中級上位、もう片方は中級にも届かない……にしちゃあ変な力を感じるな」


 これまでの実戦経験から、“魔物としての格”を当てはめていくローラン。上級の魔物を討伐したことはないものの、戦ったこと自体はあるためエリザ達が上級の域に達していないことは容易に理解できた。


 戦ってみた感触としては、ミーアが中級下位から中級中位、サラは中級上位、エリザは中級にも届かず下級上位が精々といったところだろう。

 魔力の強さ、戦闘経験、使える魔法。それらを計算して結論付けたローランだったが、自らの考えに少しばかり納得のいかない部分があることが引っかかっていた。


「本気じゃないのか、加護を隠してるのか。種族もよくわからん……魔物じゃなくて人間? それにしては違和感が……」


 考えをまとめるようにぶつぶつと呟くローラン。その姿は一見隙だらけだったが、ミーアが鎚で殴りかかろうとエリザやサラが魔法で攻撃しようと、即座に対応してくるだろう。

 時間を稼げるのは自分達にとってプラスに働く。そう判断したミーアは無理に攻撃を仕掛けず防御を固め、エリザとサラもいつでも魔法を撃てるようローランの動きを注視する。


「『変化』じゃない人型の魔物で、何かしらの手段で怪我を治せる……仲間の傷を治せないってことは治癒魔法じゃなくて加護か。そうなると候補がかなり絞られるな」


 ローランは一番弱いと評したはずのエリザへと視線を向ける。だが、その視線にはどこか怪訝そうな色が宿っていた。


「お嬢ちゃん、もしかして吸血種か?」

「っ……」


 ポーカーフェイスを装おうとしたエリザだったが、僅かに肩が震えてしまう。それを見たローランは肩を竦めた。


「なるほど、こりゃまた珍しい魔物……いや、亜人がいたもんだ。ドワーフに吸血種、そうなるとそっちの嬢ちゃんはなんだ? ここにきて人間です、なんて言わねえよな?」

「人間です!」

「……本気なのか嘘なのか、さっぱりわかんねえなぁ」


 ローランの探るような言葉に対し、サラは胸を張って答えた。その返答にローランはため息を吐くと、視線を再びエリザへと向ける。


「と、なると……そっちの嬢ちゃんは本気ってわけじゃねえな。いや、本気かもしれねえが、状況次第じゃまだまだ伸びるってわけだ。でもなぁ、あの“アホ共”の真似をするのはなぁ……」


 何故か悩ましげに眉を寄せるローラン。その視線にエリザは身を震わせ、杖を強く握り締める。

 よりにもよってグレイゴ教徒に吸血種だと見抜かれたのだ。以前遭遇したグレイゴ教徒達のことが脳裏に過ぎり、勝手に体が震えそうになる。


「……この場で殺す必要もないんだが、さすがに吸血種は放置できんわな。スライム並に厄介な――」


 何かしらの結論を下したローランは曲刀を構えたが、不意にその言葉が途切れた。そしてエリザ達から視線を外し、メルセナ湖へと向ける。


「……誰だ?」


 見知らぬ男が見知らぬ少女を抱えて走ってきているのを見て、そう呟いていた。

 







 その光景を目撃した時、レウルスは少しだけ反応に困ってしまった。


 一対一でジルバと互角に渡り合うカンナと、三対一にも関わらずエリザ達を追い詰めて余裕を保つローラン。ローランは構えを取っているだけだが、相対しているミーアが遠目から見てもボロボロだった。


 自分が孤島でスライムを齧っている間に何があったのか、戦っている相手はどこの誰なのか。ネディを抱きかかえたまま疾走していたレウルスはそんなことを考え――即座に思考を放棄した。


 相手がどこの誰かはわからない。だが、襲ってきている以上は敵だ。ラヴァル廃棄街に所属する冒険者としても、エリザ達を身内だと思っている点からしても、容赦や躊躇の必要は微塵もない。


 エリザやサラと結んだ『契約』による魔力の供給は復活しており、『熱量解放』には及ばないもののレウルスの身体能力を劇的に向上させている。ネディを左腕だけで抱きかかえ、右手だけで『龍斬』を抜いてもその疾走は止まらない。


「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」


 注意を引くように咆哮し、全力で跳躍する。狙いはエリザ達と対峙しているローランだ。


 レウルスの声に気付いたのか、それとも事前に気配を察知していたのか、飛び掛かるレウルスを見てもローランに動揺はない。流れるような動きで向きを変え、迎撃態勢を取る。

 その動きを見たレウルスの本能が警鐘を鳴らす。刃を交えてすらいないが、構えを見ただけでも相手の技量が透けて見えるようだった。


 ――それでもレウルスは止まらない。


 愛剣を握る右手に力を込め、ローランの頭頂部目掛けて全力で鉄の塊を叩きつける。例え斬られようと、貫かれようと、その一切に構わないと言わんばかりに。


「っと!」


 ローランはレウルスの斬撃を受け流そうとしていた。だが、レウルスの“勢い”を感じ取って即座に身を翻す。曲刀で受けても圧し折られる。受け流そうとしてもそのまま押し切られる。そんな危険性を感じ取ったのだ。

 瞬時に後退するローランと、目標が消えたことで『龍斬』を地面に叩きつける羽目になったレウルス。空振りの隙を突かれれば非常に危険だが、レウルスは鋭い眼光でローランを睨み付けて牽制する。


「レウルス!」

「やっと戻ってきたわね!」


 駆けつけたレウルスの姿に、エリザとサラが歓喜の声を上げた。レウルスはローランを睨み付けながらその声を背中に受け止め、左腕で抱えていたネディを地面へと下ろす。


「レウルス……くん……」


 エリザやサラと異なる、喜びと同量の安堵を含んだミーアの声。レウルスはローランから意識を逸らさないまま横目でミーアの様子を確認する。


 エリザとサラは無事だが、ミーアはお世辞にも無事とは言えない状態だった。二人を庇って前衛に立ち続けたのか、武器である鎚もその体もボロボロである。

 ボロボロのミーアと、魔力を多少消耗しているが傷一つないエリザとサラ。そんな三人の姿を見ただけで、どんな戦い方をしたのか察しがついた。


「すまん、心配をかけたな……それとミーア、よく頑張った。よく二人を守ってくれた。ありがとうな」


 『龍斬』を地面から引き抜いたレウルスは、労わるように声をかける。ローランに向けていた殺気を消し、言葉通りの感謝を込めてミーアを見つめた。


「あとは任せてくれ……と言いたいんだが、この子を頼む」


 ひとまずネディをミーアに託し、下がるように言う。ミーアはレウルスが連れてきた見知らぬ少女――ネディの姿に目を白黒とさせていたが、今は尋ねるべきではないと判断して頷いた。


「うん、任せて!」


 体はボロボロだが、元気の良い返事だった。その声にレウルスは破顔すると、薄く微笑んだままでローランへと向き直る。


「どこの誰だか知らねえが、俺の身内が世話になったみたいだな」

「……あーあーあー、アンタがレウルスか。なるほどなるほど、アンタも後ろの連中と同じで魔物……いや、人間……魔物……人間か?」


 全身から殺気を放つレウルスと、曲刀を構えるローラン。疑問を表情に浮かべたローランの言葉に、レウルスは少しばかり頬を引きつらせる。


「どこからどう見ても人間だろ。寝ぼけてるのか?」

『サラ、状況を教えてくれ。相手は誰で、一体何があってこんなことになってるんだ?』


 普段ならば“敵”と問答を交わすことなどしない。だが、相手は明らかに手練れだ。そのためローランに向かって軽口を叩きつつ、『思念通話』でサラから情報を得ようとする。

 ローランはまだしも、ジルバと一対一で渡り合えるカンナのことは見逃せなかった。


『グレイゴ教徒の司祭よ。あっちの女は司教だって言ってたわ。レウルスを探してる最中に偶然遭遇したの』

『グレイゴ教徒……しかも司教だって?』


 ジルバから聞いた話では、上級の魔物を倒したことがあるほどの強者だ。そして、そんな司教に及ばずとも司祭でも十二分に厄介な相手と言える。


 レウルスはかつてヴィラと名乗る司祭と戦ったことがある。その時はヴィラの部下もいたが、エリザの雷魔法の援護があっても取り逃がしてしまった。

 ヴィラは高い技量を持ち、それでいてエリザがヴィラ達を憎んで力をつけるためにと躊躇なくレウルスを毒付きの短剣で刺してきた。


 技量の高さもそうだが、何をしでかすかわからない。それがレウルスの持つグレイゴ教徒への印象である。

 ヴィラと戦った時と比べればレウルスも強くなっただろう。『熱量解放』も魔力がもつ限りは自由に使うことができ、エリザやサラと『契約』を結んだことで送られる魔力が身体能力を引き上げ、更には『龍斬』という愛剣がある。


 相手がローランではなくヴィラだったならば、苦戦はしても今度こそ勝利を掴めるはずだ。


『ジルバの話だと、司教に昇進するために上級の魔物を探してるんだって……実力は司教と劣らないって言ってたわ』


 だが、そんなサラの言葉にレウルスは気を引き締める。元々油断するつもりなどないが、警戒心を一段階引き上げる。


『おいおい、司教と変わらない実力かよ……ん? 上級の魔物を探してる?』


 つまり、メルセナ湖を移動した際に引き離しはしたがついてきているであろうスライムをぶつけるのに丁度良いということか。

 そう思考したレウルスだったが、すぐに心中で却下した。


『レウルス?』

『……いや、なんでもない』


 あと何分ほどでスライムが上陸するかわからないが、身内に手を出されたのだ。その借りは自分の手で返すべきだろう。


「人間……人間か。いや、口ではどうとでも言えるな。ドワーフの嬢ちゃんと比べれば楽しめそうだし、剣で語ってもらうとするかね」


 レウルスの殺意を受けたローランは口の端を吊り上げながら言う。それを聞いたレウルスは同じように口を端を吊り上げ、全力で地を蹴るのだった。

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