第172話:一方その頃 その2
ジルバとカンナには特別な“何か”――深い関係であったり、家族であったり、弟子と師匠であったり、といったような背景はない。
五年ほど前に偶然出会い、そのまま殺し合いへと発展しただけの間柄だ。
グレイゴ教徒を心の底から敵視するジルバ。
最年少で司教の座へと昇りつめたカンナ。
カンナはともかくとして、ジルバからすればカンナは捨て置ける相手ではない。若く、若干といえど幼さやあどけなさが残る少女がグレイゴ教の司教なのだ。
成長すればどれほどの手練れとなるか。それを思えば放置もできず、“その時”は偶然に感謝してジルバは襲い掛かった。何か目的があったのか引き連れていた部下を先に仕留め、一対一の状況に持ち込んでから戦いを挑んだのだ。
相手が女性であることも子どもであることも、ジルバからすれば関係はない。一般市民がグレイゴ教を信仰しているだけならば放置するが、カンナはグレイゴ教の司教なのだ。
年齢も性別も外見も、その一点だけで無視し得る。一切の躊躇も容赦もなく、必殺の意思を持って殺せる。
少なくともそれまではそうしてきた。その時もそうであったし、これからもそうだろう。司教に司祭、助祭と、グレイゴ教徒の中でも実戦に携わる者を幾十人も仕留めてきたのだ。
だが、しかし。当時のカンナとの戦いで特筆すべきことがあるとすれば、それは。
――当時、十五歳にも満たないカンナとの戦いが“痛み分け”で終わったことだろう。
腰を落として構えを取るジルバと、二刀を抜いて自然体で立つカンナ。
カンナが持つ刀はそれほど長くない。刀身の長さは60センチに届くかどうかで、分類としては小太刀や大脇差と呼ばれる類のものだ。
ジルバの目から見ても、カンナの握る二刀が業物であることは間違いない。レウルスが振るう『龍斬』には及ばないだろうが、一目見るだけでその切れ味と頑丈さが推し量れる。
刀身には『魔法文字』が刻まれているため魔法具の一種でもあるのだろう。ジルバはそう判断し――関係ないと切り捨てる。
どんな効果があろうと、当たらなければ良いだけの話だ。仮に斬られたとしても、斬られている間に打撃を叩き込めば良い。肉を切らせて骨を断つどころか、命を奪えばそれで良いのだ。
対するカンナも、どっしりと構えを取ったジルバを前にして動かない。
武器がある分、体格の違いを含めても攻撃の間合いの広さではカンナの方が上だ。素手と刃物の殺傷力を比較した場合、“普通ならば”後者に軍配が上がる。
だが、目の前にいるのはジルバである。
刃物で急所を斬れば一撃で仕留められるだろうが、それはジルバも同様だ。むしろ急所を打たずとも触れた部分を粉砕しそうなほど凶悪な攻撃力を持っている。もちろん、急所を打たれれば確実に即死するだろうが。
カンナが両手に持つ武器は業物だが、ジルバは全身が武器であり凶器でもある。それも、頑丈な防具で全身を覆っても防具越しに体を破壊してくるという、カンナをして冗談と思いたくなるような攻撃方法を持つ。
「この張りつめた空気……いやはや、本当に懐かしいですよ。強力な魔物と対峙した時とは別種の緊張感がありますね。五年も経てば貴方も衰えると思ったのですが、むしろ研ぎ澄まされているようで驚くほかありません」
カンナは敢えて気さくに話しかける。ジルバが会話に乗るとは思えないが、少しでも意識が逸れることを期待してだ。
「…………」
しかし、当然ながらジルバは答えない。殺意を込めて細められた目がカンナの隙を探すばかりだった。
言葉をかけたカンナは時折小太刀を揺らしてジルバの動きを誘うが、ジルバには通用しない。それならばと目線や肩、足の動きでフェイントを仕掛けるが、これもまた効果がなかった。
「むう……つれないですねぇ。ローランほど気さくに喋れとは言いませんけど、少しは反応してくれてもいいと思うんですが」
相変わらずジルバは何も言葉を返さない。淡々とカンナの隙を伺い、呼吸を気取られないよう無音で気息を整えるばかりだ。
普段ならば即座に動き、最速で仕留めるだろう。しかしジルバは動かず、後の先を狙って構えを取り続ける。
エリザ達のことを思えば、すぐさまカンナを仕留めて加勢に向かうべきだ。そう思うものの、迂闊に動くこともできない。
カンナはこの五年でジルバが“研ぎ澄まされている”と評した。だが、それはカンナにも当てはまる。
五年という時は長い。かつてカンナと戦った時と比べれば、ジルバも歳を取った。既に四十歳を超え、技術は磨けても肉体は衰えつつある。
そんなジルバと比べ、カンナは純粋に成長した。体が成長し、身体能力も鍛えられ、技量も伸びた。そこに五年間の間で培った経験が加われば、ジルバといえど油断できる相手ではない。
なるべく早急に仕留めたい――が、速戦で仕留められるような相手でもない。
「しかし、なんでこんなところにいるんです? 今は……えーっと、ラヴァル? とかいう町の周辺があなたの縄張りでしょう? それに小さな女の子を三人も連れて……精霊教徒の首飾りもつけてないですし、貴方がただの冒険者を連れて歩くわけもないですよね」
「…………」
「あっ、わかりました! さては全員貴方の子どもなんでしょう? 双子と妹で三人姉妹……いえ、全員貴方に似てませんね、すいません」
「…………」
挑発しているのか、それとも単純な疑問だったのか、カンナはジルバとの間合いを測りながら言葉をぶつける。
しかしそれでもジルバは無言を貫いた。カンナはそんなジルバの様子に唇を尖らせると、わざとらしさを感じるほど大袈裟に視線を逸らしてエリザ達を見た。
「あの子達、全員魔力を持ってますね。特に赤い髪の女の子は魔力が強くて……んー……見習い冒険者? 似たような顔の子が下級上位で、一番小さな子が下級中位? 冒険者の基準はよくわかりませんね」
ジルバの動きを誘うために視線を外したものの、ジルバがそれに釣られることはなかった。ただ一歩、僅かではあるがカンナとの距離を詰める。
当初十メートルほどの距離を隔てて向かい合っていたが、ゆっくりと、しかし確実に距離が縮まっていく。
ジルバもそうだが、カンナも優れた身体能力を持ち、なおかつ『強化』を始めとした補助魔法の使い手でもあった。元々あった十メートルという距離も、二人からすれば大した距離ではない。
ただし、距離があるという事実は覆らない。“最初の一歩”で距離を詰められるとしても、一気に距離を詰めようとすれば隙につながりかねない。故にカンナは言葉を投げかけながら少しずつ距離を詰め、ジルバもまた無言で少しずつ距離を詰める他なかった。
距離が縮まるにつれて空気が張りつめていく。ピリピリと、空気が帯電しているかのように音を立てていると錯覚するほどだ。
「……惜しい、ですね」
彼我の距離が五メートルほどまで縮まった時、カンナが呟く。ここまで近づけば瞬きしている間に踏み込まれるため、自然体を保ったままで二刀を握る両手に力が込められていく。
それでも、カンナは薄く笑みを浮かべていた。無表情で隙を探るジルバに対し、言葉通り惜しそうに、笑みに少しだけ苦々しさを混ぜる。
「色々と確執はありますが、今からでも遅くはありません。グレイゴ教に入りませんか?」
「――――」
カンナの問いかけに対し、ジルバは無言ではなく絶句した。まったく予想外の言葉を投げかけられたと言っても良い。だが、ジルバに隙はない。構えは微塵も揺るがなかった。
「貴方の強さならば特例として司教として迎え入れられるでしょう。大司教の方々からは反発があるかもしれませんが、“我々の教義”に照らし合わせれば納得するはずです」
どうでしょう、とカンナが尋ねる。それは本心からの言葉だったのか、ジルバの動揺を誘うための言葉だったのか。
「貴方の強さはわたしがよく知っています。歳を取ったと言っても、衰えた様子もない。どうですか? 我々と一緒に世界のために尽くしてみませんか?」
追い打ちをかけるようにカンナが言葉を投げかける。その言葉の数々を受け止めたジルバは沈黙を守り抜く――ことはなかった。
「ふ……ははっ……は、ははははははははははははははははははははっ!」
構えを崩し、頭に手を当てながらジルバが哄笑を上げる。隙だらけに見えるほど大仰に、されどその視線はカンナを捉えたまま動かない。
おもしろいことを聞いたと、これほど上出来な冗談は初めてだと、ジルバは心の底から笑い声を上げていた。
「――ふざけるなよ小娘」
そして次の瞬間、それまでの笑い声が嘘だったかのように消え去る。間合いを詰めるためではなく苛立ちを解消するために右足を踏み込み、轟音と共に地面が陥没する。
「“俺”が、グレイゴ教に入信するぅ? 寝言を口走りたいのなら、今すぐ“寝かしつけて”やるぞ」
「あらら……怒らせるつもりはなかったんですよ? いえ、これは本当のことでして……参ったなぁ。仕留めたいのも本心ですけど、貴方ほどの人間の強者と敵対するのも嫌だなぁ、というのも本心でして……ほんとに駄目です?」
小首を傾げて可愛らしく確認を取るカンナ。
「わたし個人の意見でいえば、こっちの司教や司祭達が貴方に殺されたのは彼らが弱かっただけの話ですし? これ以上戦力を削られるのも困るので貴方を殺したいんですが、引き入れられるのならそれでもいいかなぁ、と思ったんですが」
「くどい――死ね」
これ以上の問答は無用。そう言わんばかりにジルバが動く。既に彼我の距離は三メートルを切っており、距離を詰めることが隙につながることもない。
油断も躊躇もなく、初撃から全身全霊だ。地面を割らんばかりに踏み込み、弓のように引き絞った右拳が大砲のように放たれる。
例え腕を斬り飛ばされようが、急所を抉られようが、止まることはない。そう確信させるほどの一撃だ。ジルバの右拳は音を置き去りにする速度でカンナへと迫り――しかし、当たらない。
「わっとと……五年前もそうでしたけど、躊躇なく女の子のお腹を狙うのってどうかと思うんです。避けなかったら内臓が破裂するどころかそのまま貫通しますよね?」
踏み込んだジルバに対し、カンナは即座に退いていた。相打ちを覚悟するどころか、それすら前提に組み込んで殺しにかかるジルバが相手では防御も意味を成さない。ないとは思うが、首を刎ねてもそのまま首だけで襲い掛かってきそうだ。
それ故に、カンナは回避を選択する。ジルバの手が届かないよう後方に跳び、鉄板すら打ち抜きそうなジルバの掌底を回避する。ギリギリで回避することもできるが、ジルバは素手だ。そのまま体や服を掴まれれば一気に引き込まれて殺される。
「ぐだぐだ抜かさずさっさと死ね。今すぐ死ね」
「おお、怖い怖い。死にたくはないので殺させてもらいましょうか」
溢れんばかりの殺意と共に獰猛な笑みを浮かべるジルバに対し、カンナもまた獰猛に笑って返すのだった。
「さあて……お嬢ちゃん達、できれば大人しくしていてくれると嬉しいんだが」
ジルバとカンナが拳と刀を交え始めた頃、ローランはエリザ達を前にして面倒くさそうに告げた。
横目で見てみれば、嬉々として二刀で斬りかかるカンナを素手のジルバが捌いている。縦横無尽に振るわれる剣閃を左手一本で捌き、僅かな隙を狙って右拳でカンナを仕留めようとしていた。
「あっちの『狂犬』の援護さえしなきゃ、俺も手を出すつもりはねえ……いや、本当に意味わかんねえなあの化け物。司教様の斬撃を素手で受け流すとか頭イカレてるんじゃねえか」
右手で握った曲刀で肩を叩きつつ、ローランがぼやくように言う。ゆっくりと、しかし確実にヒートアップしていくジルバやカンナはともかく、ローランには激しい戦意も殺意もなかった。
カンナに命じられたことではあるが、ローランからすれば対峙している相手は背も小さい女の子が三人である。魔力量はそれなりに高いが、それだけの話でしかない。
ジルバのように距離を取っていても感じ取れる物騒さ、危険さは微塵も感じなかった。
それでも仕事は仕事だ、とジルバ達とエリザ達の間に立ち、魔法による援護ができないよう位置取りをする。
数の上では三対一と不利だろう。逆にエリザ達からすれば数の差は有利な点で――それ以外に有利と言える点はない。
(まずい……)
構えすら取らないローランの姿に、エリザは冷や汗が浮かぶのを感じた。
エリザとサラ、ミーアの三人の中でグレイゴ教徒と対峙したことがあるのはエリザだけである。三人の中では最も因縁が深いといっても過言ではない。
グレイゴ教徒はエリザの両親と祖母、そして一目見ることもなく別れることとなった弟妹の仇なのだ。当然ながらグレイゴ教徒に対して良い印象など抱いていない。むしろ憎悪で胸が焦がされんばかりだ。
それでも、グレイゴ教徒に恨みがあるエリザ個人ではなく、“冒険者”としてのエリザの本能が脳内で警鐘を打ち鳴らす。
これまでエリザが交戦したことがあるのは、グレイゴ教の司祭とその取り巻き達だけだ。その中でもヴィラと呼ばれていた司祭の技量は高く、エリザにとって最も頼りとなる男――レウルスと互角の戦いを演じていた。
そして、目の前の男はそんなヴィラよりも遥かに強い。むしろヴィラが連れていた取り巻きも含め、一人で殲滅できるのではないか。
浅いといっても冒険者として修羅場を潜り抜けてきたからか、あるいは吸血種としての本能がそうさせたのか。エリザは額だけでなく杖を握る両手にも冷や汗が滲むのを感じた。
「はんっ! グレイゴ教徒がなによ! ぼっこぼこにしてやるわっ!」
焦るエリザを庇うように、サラが一歩前に出る。そして威嚇でもするように拳を二度三度と突き出し、ローランに対する怯えなど微塵もないといわんばかりに胸を張った。
「あー……嬢ちゃん、元気なのはけっこうなんだが、戦うなら容赦はしねえ。司教様もああ言ってるし殺しはしねえが、ある程度痛い目を見ることになるぞ?」
「ふふん……痛い目を見るのはどっちかしら?」
呆れたように言いつつも、サラの戦意を感じ取ってローランが体勢を変える。半身開いて左手を突き出し、右手だけで曲刀を構えて切っ先をサラへと向けた。そんなローランに呼応するようにサラの周囲に火球が生み出されていく。
「火炎魔法か……まあ、ガキにしちゃあ上出来だな」
サラが発現した火炎魔法を見てもローランは慌てなかった。むしろ少しだけ感心したように呟くだけである。ローランは火球を生み出したサラから視線を外すと、エリザとミーアへ等分に視線を向ける。
「で? そっちの嬢ちゃん達もやる気かい? あの『狂犬』は例外だが、敵でもない人間……それもガキ相手に剣を振るうのは気が乗らねえのよ。大人しくしてるっていうのなら、そこの赤い嬢ちゃんを止めてくれると助かるんだが」
戦意を見せるサラなど、子どもの癇癪と大差ない。そう言いたげなローランだったが、その言葉に反応したのはサラではなくエリザだった。
「貴様らグレイゴ教徒が……どの口でそれを言うんじゃ!」
ローランの危険さを感じ取り、サラを止めるべきか迷っていたエリザが吠える。ローランが戦わないというのなら、ジルバが勝利することを祈って大人しくしていれば良いのだ。
だが、ローランの言葉はエリザの堪忍袋の緒を容易く引きちぎる。
「……ん? そりゃあ一体どういうことだい?」
突如として激昂したエリザに、ローランは眉を寄せて怪訝そうな顔をした。そんなローランの反応はエリザの神経を逆撫でし、迷いを消し飛ばして杖をローランへと向けさせる。
「敵でもない人間に剣を振るうつもりはない? 何の冗談じゃそれは! それならば何故ワシの家族を殺した!?」
エリザの怒りに呼応したのか、握り締めた杖から紫電が弾ける。バチバチと音を立て、目に見えるほどの雷が杖に纏わりついていく。
「話が見えないんだが……ん? まさかどこかの馬鹿が……っておいおい、それぐらいにしときな嬢ちゃん。魔力の制御ができてねえぞ。ほれ、他の嬢ちゃん達も止めてやれよ。そのままだと自爆するぞ」
エリザの言葉に首を傾げつつも、ローランはサラとミーアにエリザを止めるよう言う。怒りのあまり杖の使い方を忘れたのか、エリザは地面に杖を突き刺していないのだ。そのため弾ける雷がエリザの肌を叩き、徐々に傷を作り出していく。
「『狂犬』さえ仕留められればお前さん達には用がねえ。大人しくしてりゃあ手は出さん。手当てもしてやるから早く魔法を解け、な?」
歯を食いしばりながら雷魔法を行使しようとするエリザの姿に、ローランは幼子をなだめるように言う。エリザ達との間に認識の違いがあるように感じたが、何かしら勘違いをしているのだろうと思ったのだ。
「なんであの化け物と一緒に行動していたのかは問わねえし、邪魔さえしなけりゃ本当に手を出さねえから……お?」
自分の言葉を証明するように曲刀の切っ先を下げたローランだったが、突如としてエリザとサラが大きく視線をずらした。ほぼ同時に、音が立つほどの速度でメルセナ湖へと視線を向ける。
「この感覚は……」
「やっと帰ってきたわね!」
発現していた魔法を解除し、喜びの声を上げるエリザとサラ。ミーアだけは困惑していたが、二人の様子から何が起きたのかを悟る。
「――へえ、そういうことかい」
そして、ローランだけはエリザとサラの反応ではなく、エリザの体を注視していた。
今しがた自爆してできたエリザの傷が、徐々に塞がっている。それに気付いたローランは一度下げた曲刀を再び構え直した。
「『狂犬』と一緒にいるぐらいだからただの人間じゃないと思ったが、あんたら魔物か。『変化』で人間に化けてるわけじゃなさそうだが……そうなるとそっちの鎚を構えてる嬢ちゃんはドワーフだな。他の二人は……」
ミーアの小柄さと手にしている武器からドワーフだと判断したローランだが、エリザとサラの姿を見直して眉を寄せる。
「双子の魔物たぁ聞いた覚えがないな。魔力量で判断するなら中級の魔物ってところだが、火炎魔法に雷魔法、ついでに治癒魔法……じゃないな、何かの加護か? エルフって線は薄そうだし、精霊にしては魔力が弱すぎる。おいおい、まさか新種の魔物か?」
擬態しているのだろうか、と僅かに悩むローラン。しかしすぐに相手の種族はどうでも良いと割り切った。
グレイゴ教徒であるローランからすれば、重要なのは一つだけである。
――すなわち、魔物として上級以上に強いかどうかだ。
「ま、見た感じそうは見えないが……試すだけ試してみようかい」
魔力が弱くても強い魔物というのは存在する。魔力の量が強さに直結する部分もあるが、中には例外も存在するのだ。
エリザ達がその例外であることを祈り、ローランは地を蹴る。上級の魔物ならば殺すが、“そうでないなら”殺す必要もない。
一応は加減をしつつ、エリザ達の動き次第では全力を出せるよう注意を払う。
「来るならボクが相手だ!」
エリザとサラに向かって斬りかかろうとしたローランだったが、それを遮るようにミーアが突っ込んでくる。両手で握った鎚を振りかぶり、急速に間合いを詰めてくるローランの顔面目掛けて鉄の凶器を振るった。
ドワーフの膂力に『強化』を加えた一撃は、ミーアの小柄さが嘘のように重い。直撃すれば巨石すら粉砕できるだろう。常人が受ければ、防御ごと打ち抜いて致命傷になり得る。
「ああ、お嬢ちゃんにゃあ興味がねえんだわ。上級を名乗れるぐらい強くなってから出直してくれるか?」
だが、ローランは常人とは程遠い。顔面目掛けて迫りくる鎚を容易く曲刀で弾いて逸らし、刃を返して峰打ちでミーアを気絶させようとする。
「くっ!?」
レウルスがこの場にいない以上、前衛を務められるのはミーアしかいない。
自分が負ければそのままエリザとサラが危険に晒される――瞬時にそう悟ったミーアは首筋を狙って迫る曲刀に鎚の柄を滑り込ませ、紙一重のところで峰打ちを受け止めた。
「へぇ……ちったぁやるみたいだな。ま、ドワーフならおかしくはないか」
峰打ちを止められたローランはミーアを褒めるが、その口調はどこまでも軽かった。曲刀を引き、再び振るい、ミーアの防御を崩すべく斬撃を加えていく。
「ミーアから離れなさいよこのオッサン!」
必死に食い下がるミーアを援護すべく、サラが両手を打ち合わせた。するとローランの左右に火球が発生し、サラの手の動きに合わせるように挟撃する。
ローランはミーアを深追いせず、後方に跳んでサラの火球を回避した。ローランを挟み込もうとしていた二つの火球はそのまま一つになると、後方へ退いたローランを追うようにして放たれる。
「おっと! 器用だなぁ嬢ちゃん。あとオッサンはやめてくれ。これでもまだ二十五歳だ。お兄さんって呼んでくれや」
追尾するように迫る火球を前に、ローランは軽口を叩きながら曲刀を振るう。サラが放った火球は直撃すればそのまま燃やし尽くしそうな火力があったが、曲刀の刃は容易く火球を斬り裂いて霧散させた。
ローラン自身の腕に因るものか、『無効化』でも使ったのか、それとも曲刀が魔法具なのか。サラはエリザを背後に庇いつつ、先ほどつながったレウルスの魔力に向かって『思念通話』で声をかける。
『レウルス! 聞こえてる!?』
しかし、レウルスからの返事はない。『契約』による魔力がつながっただけで、『思念通話』が届く範囲にはいないのだろう。それでもレウルスの魔力が少しずつ近づいているのが感じ取れたため、どうしたものかと頭を悩ませた。
「……ジルバさんの言った通り、防戦に徹するしかあるまい。サラはミーアの援護を、ミーアは可能な限り持ち堪えてほしい……レウルスさえくれば、ワシらの勝ちじゃ」
サラと同様に頭を悩ませていたエリザだが、三人がかりでもローランに勝つのは難しいと判断する。
ミーアが前衛を受け持ち、サラがその援護を、そしてエリザが隙を見て雷魔法を撃ち込む。そうして時間を稼ぐしかない。レウルスもそうだが、ジルバがカンナを倒して合流するかもしれないのだ。
「レウルス? なんだいそりゃあ。お嬢ちゃん達みたいに新種の魔物か?」
「到着してのお楽しみよ! それまでにアンタが立っているかわからないけどね!」
「はっはっは、元気だなぁ嬢ちゃん。それが可能だと思うなら……ま、やってみるといいさ」
そう言ってローランは曲刀を構え直し、エリザ達もまた気を引き締め直すのだった。