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第171話:一方その頃 その1

 ――時を遡る。


 レウルスが孤島でネディと出会い、凍ったスライムを削り出して齧っている頃。


 レウルスと離れ離れになったエリザ達は、座礁した船の中で今後の方針について言葉を交わし合っていた。

 もっとも、言葉を交わしていたのはサラとジルバ、そしてミーアの三人である。エリザは呆然自失としており、話しかけてもろくに反応がない状態だった。


「雨と風も少しは落ち着いてきましたし、明日には天候も回復するでしょう。夜が明けたらヴァルディを目指して進みましょうか」

「そうね……レウルスが岸に着いたらそうするでしょうし、魔力を感じられる距離まで近づいたらこっちから迎えに行けばいいでしょ」

「ジルバさんが一緒なら冒険者のボク達もヴァルディに入れる……のかな?」


 幸い、船室に置いていた荷物は無事だった。浸水によって水浸しになることもなく、誰かに盗まれたわけでもない。

 水の『宝玉』を購入するための資金に、それぞれの旅装、そして持ち主がいなくなったレウルスの防具。砂浜に乗り上げた衝撃で防具が床に転がっていたが、その程度で壊れるほど軟な作りではない。

 傷一つついていない防具はひとまとめにして雨避け用の布で包み、ミーアが背負って運ぶ予定だった。武器や防具の扱いに関してはドワーフであるミーアが一番優れている、という判断からである。


 船長の話では近くに街道はないものの、メルセナ湖に沿うようにして進んでいけば自然とヴァルディに到着するらしい。詳細な現在位置は不明なためヴァルディまでどれほどの距離があるかわからないが、一日も歩けば到着するだろう。

 船長達は天候が回復してから船の修理を行い、メルセナ湖を通ってヴァルディを目指すようだ。ジルバ達からすればラヴァル廃棄街の水不足を解消するのが目的のため、一足先にヴァルディへ入って水の『宝玉』なり水魔法の使い手なりを探すつもりだった。


 これからの予定を確認し合い、その日は雨雲が過ぎ去るのを待って大人しく過ごす。ろくに灯りもないため日が暮れるなり早々に眠りにつく。


 そして、夜が明ける頃には分厚い雨雲も過ぎ去ったのか、数日ぶりとなる晴れ間が顔を覗かせていた。夜明け独特の薄暗さがあるが、空を見上げてみても雨雲の姿はない。

 ジルバ達は朝食を取って準備を整えると、すぐさまヴァルディに向かって出発する。ないとは思うが、レウルスの方が先に到着していた場合は町に入れず困ることになるからだ。


 “先日の一件”が起こった際、寝起きということもありレウルスが身に着けていたものは非常に少ない。『龍斬』と短剣、そして腰に巻いた小物入れ程度だ。残った荷物を確認したところ、財布の類は全て残っている。


 つまり、今のレウルスは1ユラすら持っていないのだ。ヴァルディを始めとした各都市に入るには身元保証金を払う必要があり、金がない以上はどう足掻いても入ることができない。

 普通ならば金がない以上、飢え死にする危険性も考慮するべきだろう。あるいは町の外で魔物に襲われて命を落とすことすら十分にありえる――が、“その点”に関しては誰も心配していなかった。


 レウルスならばその辺の魔物を仕留めて食いつないでいるだろう、と一見薄情にも思える篤い信頼感があったのである。


「……よし! 早くヴァルディに向かうぞ! レウルスもきっとヴァルディに向かっているはずじゃ!」


 ヴァルディへ向かう頃になると、それまで意気消沈していたエリザも元気を取り戻した。


 レウルスとはぐれて既に二日が過ぎているが、サラが消滅していないことがレウルスの生存を裏付けているからだ。

 どんなに時間がかかったとしても、二日も経ったのならばどこかしらの陸地にたどり着いているはずである。それならば、今の自分達にできるのは一秒でも早くヴァルディにたどり着き、向かってくるであろうレウルスを出迎えることだけだ。


 そう結論付けたエリザは勇んで駆け出そうとする。


「ちょっとちょっと! そっちじゃないわよ! エリザってば昨晩の話を全然聞いてなかったわね!?」

「エリザちゃん……ヴァルディはこっちだよ?」


 明後日の方向へ駆け出そうとするエリザをサラが抱き着いて止め、ミーアが苦笑しながら進行方向を指し示す。そんな二人の指摘にエリザは動きを止め、顔を赤くしながらジルバを見た。


「元気になったようで大変けっこうですね。ただ、一人で先走るのはやめてください。レウルスさんから託された以上、エリザさん達を守り抜く必要がありますから」


 エリザの視線を受け止めたジルバは、小さく苦笑しながら言う。エリザの“魔物避け”によって下級の魔物は勝手に避けてくれるが、それ以上となると話は別だ。

 それに加え、危険なのは魔物だけではない。野盗などが近くにいた場合、下級の魔物のように避けてはくれないだろう。熱源を感知できるサラがいるため野盗が接近しても気付けるだろうが、世の中に絶対はない。


 周囲からの苦笑と呆れたような視線を受けたエリザは身を縮こまらせ――それでもヴァルディを目指して歩き出した。








 大雨直後の足場の悪さに加え、不慣れな土地。そのような悪条件を含めても、座礁した船を出発した日の夕方にはヴァルディへ到着した。


 メルセナ湖に沿うようにして進むと、メルセナ湖に合流するレテ川へとたどり着く。そしてレテ川を遡るように進むとその町――ヴァルディが存在した。


 カダーレと同様に、城塞都市と河港が一体化したような形状のヴァルディ。大きさもカダーレに似通っているのは、マタロイ国内における“レテ川下り”の出発点と終着点だからか。


「ここ最近、大剣を背負った冒険者が門に来ませんでしたか? 年齢は十五歳ほどで、赤茶色の髪をした中級下位の冒険者なんですが」


 ヴァルディに到着し、通行の許可を得るなりジルバが門兵へと尋ねる。門兵はジルバの風体とその名前から畏まっていたが、その問いかけには首を横に振った。


「ふむ……そうですか。その方……レウルスという名前なのですが、もしも門に来られたら教会まで伝えていただけますか? 我々精霊教徒の『客人』なのですよ」


 ジルバが笑顔で“お願い”をすると、門兵は頬を引きつらせながら頷く。さすがに素通りで門を通すわけにはいかないが、その程度ならば構わないと判断したのだ。


 ――決してジルバの笑顔に気圧されたわけではない。


「まずは教会で一泊しましょう。この町の精霊教徒も私の顔見知りですし、協力を頼めるはずです。あとは水の『宝玉』か水魔法の使い手が見つかれば良いのですが……」


 その辺りの情報も少しはあるはずで、闇雲に探し回るよりも教会の情報網を借りた方が正確かつ迅速に情報を得られるだろう。そう言ってジルバが促し、エリザ達はヴァルディの門を潜る。


「さーて、町に入ったら快適……ってわけじゃなさそうねー」


 ヴァルディの町に足を踏み入れるなり、サラがげんなりとした口調で呟く。


 雨が上がったとはいっても地面がぬかるんでおり、町の外と同様に歩きにくい。久しぶりの晴れ間ということで多くの人が往来したのか雨を吸った地面は捏ね繰り回されており、一歩踏み出すだけで靴の半ばまで埋まるほど柔らかくなっていた。


「この辺りはさすがに無事でしょうが、レテ川の水が町の方まで入ってきたのかもしれませんね」


 地面の泥濘に辟易とするエリザ達の横で、遠くを見つめたジルバが呟く。ヴァルディの河港まで距離があるが、遠く離れていても喧騒が届いてくるのだ。


 ヴァルディの町はレテ川の水が溢れた時に備えて河港よりも高い位置に築かれているが、今回の大雨は想定よりもレテ川の水位を上げていた。その結果として河港に近い場所が水浸しになった可能性がある。

 余裕があれば復興作業に手を貸したいところだが、と思考するジルバだが、今の自分達が置かれた状況を思い出して頭を振った。


「まずは教会に行きましょうか」


 そう言ってエリザ達を促し、ヴァルディの教会へと向かうのだった。








 明けて翌日。


 教会に一泊して疲れを取ったエリザ達はヴァルディを出てレテ川に沿って歩き、再びメルセナ湖へと足を向けていた。

 水の『宝玉』や水魔法の使い手に関してはヴァルディの教会に協力を頼んでいるため、エリザ達が町の中を駆け回る必要はない。むしろ冒険者のエリザ達が情報を集めようとしても上手くいかない可能性が高いだろう。


 そうなると、エリザ達の行動は離れ離れになったレウルスを探すことに主眼が置かれる。


 教会という信頼できる預け先があるため、旅装や水の『宝玉』の購入資金は預けてあった。急な天候の変化に備えて雨具を人数分、そして食料と財布をリュックに詰め込み、最も身体能力が高いジルバが背負っての移動となる。

 レウルスが生きているのならば、ヴァルディで待てば良い。そうは思うものの黙って待つこともできず、加えて言えば一つ“問題”があったため、エリザ達はジルバ引率のもと再びメルセナ湖へと足を向けたのだ。


 未だにレウルスとの魔力的なつながりが復活しないが、『契約』によって魔力が届く距離まで近づけばレウルスがいる場所もある程度方向が絞れるだろう。


 ヴァルディに到着してわかったことではあるが、先日の大雨で河港に留めてあった船の数割が被害を被っていた。

 船を留めていた縄ごと濁流に流されるか、あるいは船同士でぶつかって破損するか。中には流れてきた流木が直撃して船体に穴が開き、沈んでしまった船もある。

 そうやって船が破損した結果、エリザ達としても非常に困る問題が発生した。


 レテ川はメルセナ湖に“合流”している。つまり、ヴァルディから船でレテ川を渡った先――対岸の方にレウルスが漂着している可能性があるのだ。

 だが、ヴァルディ側では船の破損が目立つため少なくとも数日はレテ川を渡れない。雨が上がったとはいえレテ川の流れも落ち着いてはおらず、対岸へ向かおうと思ってもレテ川の流れによってメルセナ湖へと押し流されるだろう。


 そのため、エリザ達はレウルスがヴァルディ側の岸にたどり着いていることを願いながら捜索を開始した。もしもヴァルディの対岸側に漂着していた場合、金を持たないレウルスではレテ川を渡れないだろう。

 レウルスの場合、泳いで渡ってくる可能性もあるとエリザ達は考えていたが。


「あれ? 誰か近づいてくるわよ……えーっと、熱源が二つ……人間かな?」


 レウルスに魔力がつながることを期待しつつメルセナ湖の湖岸を進んでいくと、不意にサラが声を上げた。

 サラが視線を向けたのは、メルセナ湖の“下流”側である。ところどころに木々が生えて視界が遮られているが、サラの感覚はしっかりと二つの熱源を感知していた。


「船長さん達が修理の材料を買いに来た……とか?」


 サラの声を聞いたミーアが首を傾げながら言う。浸水した船の応急処置をした身としては、船に積んであった補強材だけで足りるか疑問だったのだ。


「二人ということは旅人の可能性も――」


 警戒のためかエリザ達の前に立ったジルバだが、その声が不意に途切れた。それと同時に、背中越しとはいえ鬼気迫るような殺気がジルバから発せられる。


 その殺気の密度は修羅場慣れしていないエリザ達の体を震わせるほどだ。


「ちょ、ちょっとジルバ? いきなりおっかない空気振り撒いてどうしたのよ? 正直言ってかなり怖いんだけど!?」


 ジルバの殺気を感じ取ったサラが抗議するように声を張り上げるが、ジルバが振り返ることはない。無数の針で突き刺すような鋭利な殺気を発するだけだ。


「……エリザさん、サラ様とミーアさんを連れてヴァルディに……いえ、無理ですね。向こうもこちらを捕捉している」


 そう言うなり、ジルバは荷物を地面に下ろして身軽になる。続いて両手を何度か開閉し、自身の体調を確認するように首を回してゴキリと音を鳴らした。


「叶うならばサラ様の火炎魔法で先制したいところですが……あの森、焼き払えませんか?」

「なんでいきなり物騒なこと言ってるわけ!? 冗談にしては性質が悪すぎるわよ!」


 真剣な声色で告げるジルバに対し、サラは目を剥きながら叫んだ。


 可能か不可能かで言えばおそらくは可能だろう。先日の大雨で木々が湿っているが、全力で火炎魔法を行使すれば焼き払うことは不可能ではないはずだ。

 だが、サラとしても理由もなしに森を焼き払うつもりなどない。レウルスが言うのならば焼き払っても良いが、それはそれで大問題に発展するだろう。


「ええ、冗談です……“あいつら”がその程度で死ぬのなら苦労はしませんからね」


 憎々しげに呟くジルバ。その視線は乱立する木々の奥へと向けられている。


「レウルスがいないというのに厄介な……」

「えっと……ボクは何が何だか……」


 明らかに戦闘態勢へと移行したジルバの姿に、エリザは愛用の杖を構えてミーアは首を傾げた。エリザはともかく、ミーアはジルバとの接点も薄い。そのためジルバの言動から何が起こったのか理解できないのだ。


「武器を構えよ、ミーア。ジルバさんがここまで反応するんじゃ……間違いなくグレイゴ教の奴らじゃぞ」

「グレイゴ教……」


 エリザが武器を構えるように促すと、ミーアは眉を寄せる。ドワーフであるミーアは精霊教徒であり、精霊の中でもとりわけ火の精霊を強く信仰していた。

 ミーアの父親であるカルヴァン達は火の利便性を重要視しているが、ミーアが抱くのは弱々しくも確かな信仰心である。そして、そんなミーアでも精霊教が敵視するグレイゴ教のことは知っている。


 精霊教徒として以前に、魔物――ドワーフであるミーアにとっては危険極まりない教義を掲げる集団だ。


「むむむ……ジルバの言う通りまっすぐこっちに向かってくるわね。レウルスがいれば魔力の有無もわかったんでしょうけど……」


 魔法使い同士ならば魔力の有無がわかるものの、魔力を感じ取れる距離は短い。相手が強力な魔法を行使しているならば話は別だが、少なくともサラには熱源以外に感じ取れるものがなかった。


「いえ……相手は確実に魔法を使います。集団ではなく少数、それも“たった二人”で行動しているのならこの場にいることも頷けますから」

「……それは、どういう?」


 確信を込めたジルバの言葉に、杖を強く握り締めたエリザが問う。


「おそらくは、上級の魔物を倒して司教へ昇格しようとしている司祭と、その監督者である司教の二人でしょう……私も以前、そういった組み合わせの二人組と交戦したことがありますから」


 そう説明しながら、ジルバは内心で舌打ちしたい気分だった。


 かつてレウルスには説明したことだが、司教は上級の魔物を倒したことがある者だけが就ける位階だ。上級の魔物を倒せる以上は総じて手練れであり、相性はあるだろうが誰が相手だろうと苦戦は免れない。


 そんな司教に加え、司教になれる――すなわち上級の魔物を倒せる腕があると判断された司祭が一緒にいるのだ。


 ここにレウルスがいないことが悔やまれる。ジルバは心の底からそう思った。レウルスがいたならば、司祭の相手は任せられたのだが。


「ジルバの勘違いで普通の旅人ってことは……」

「私がグレイゴ教徒と旅人を間違える? はは、ありえませんな」


 サラの言葉に笑って答えるジルバ。もっとも、その声色は微塵も笑っていない。


 それだけはありえないと、己の魂にかけて断言できる。近づいてきているのは敵――それも強大な難敵だと。


「複数の魔力を感じて来てみれば……予想外の大物ですね」

「うわ……本当に魔力を持ったのが四人いた……どんな感覚してんです? 俺ぁここまで近づいてようやく感じ取れたんすけど」


 ジルバの言う通り、相手もエリザ達の存在に気付いていたのだろう。乱立する木々から二人組の男女が姿を見せるが、エリザ達を確認するなり気楽な様子で言葉を交わす。


「もっと勘を磨きなさい。そうすれば例え多少の距離があろうと、例え相手が魔力を抑えていようと、魔力を感じ取れます……ただ、今回もあなたの運は悪かったようですね」

「勘ってどうやって磨けばいいんですかねぇ……磨こうと思って磨けるようなもんでもないでしょ? というか、俺の運がいつも悪いように言うのやめてくれません?」


 エリザ達の前に姿を見せた男女は、三十メートルほどの距離を置いて足を止める。


 片や、腰まで伸びた艶やかな黒髪を翻す女性だ。身長は160センチ半ばといったところで、一見すると柔和な笑みを浮かべている――が、細められた真紅の瞳からは奇妙なまでに威圧感を覚えた。美貌ではあるが、怜悧な印象が強いのである。


 外見だけで判断するならば年齢はエリザやミーアよりも上だが、二十には届いていないだろう。幼少の頃だけとはいえ人里で生活していたエリザでさえ見たことがない、“奇妙な服”を身に着けている。

 複層の白い衣服を身に着け、赤みを帯びた太い帯を使って腰よりも高い位置で留めているのだ。腰から下も紺色で幅のある、ズボンらしきものを身に着けている。足元は何の冗談なのか、靴ではなく草で編まれた“何か”を履いていた。


 もしもこの場にレウルスがいれば、目を見開いて驚いただろう。その女性が身に着けていたのは着物に似ており、履物は足袋と草履だったからだ。極めつけは腰元と背中に見える、二振りの日本の刀らしき物体である。


 そんな女性と比べると、もう片方の男性は地味と言っていいだろう。服装に奇抜なところはない。女性の黒髪と違い、乱雑に伸びた赤色の髪はラヴァル廃棄街でもよく見かけるものだ。年齢は二十台前半といった様相で、顔立ちも特徴的というわけではない。


 ジルバほどではないが170センチの半ばを過ぎた長身に、心臓などの急所を守る金属製の部分鎧。腕や足を保護するための手甲や脚甲と、外見だけ見れば冒険者に近い。

 ただし、その身に纏う空気は冒険者のものではない。どこか飄々としてはいるものの、瞳には鋼のような硬い意志が宿っているように思えた。腰元に一振りの曲刀を下げているが、使い込まれていることを示すように柄がすり減っている。


「運が悪いのは確実でしょう? 上級の魔物を探すはずが、よりにもよって精霊教徒の中でもとびきり厄介な相手を見つけるんですから」

「やばい空気は感じますけど、そんなに厄介なんすか?」


 くすくすと笑う女性に男性が尋ねるが、二人ともエリザ達――ジルバから視線を外していない。少なくとも、エリザ達の目から見て会話の最中だろうと微塵も隙が見えなかった。


「ええ……なにせ司教を二人殺されていますからね。わたしも戦ったことがありますけど、危うく殺されるところでした。魔物ではないですが化け物の類ですよ」

「うげっ……それじゃあ、あのおっさんが例の『狂犬』っすか。縄張りはマタロイの南でしょ? なんでこんな場所にいるんだか……」


 女性の言葉を聞き、男性の目付きが変化する。辟易とした言葉を吐きながらも、その瞳には狂的な光が過ぎっていた。


「――化け物とは心外ですねぇ」


 ギシリ、と空気が軋みを上げる。その呟きに呼応するように、ジルバの放つ殺気が膨れ上がる。


 目の前にいるのはジルバにとっての怨敵――グレイゴ教徒の中でも上位に位置する者だ。


 背後に庇われていたエリザ達が一歩といわずに二歩、三歩と後ずさるほど鬼気迫る殺気が放たれていた。


「司教を素手で倒すんですから、化け物という評価は妥当では?」


 煽っているわけではなく、心からの言葉だといわんばかりの様子で女性が言う。女性の小首を傾げながらの発言に反応したのは、ジルバではなく隣に立つ男性だった。


「司教様、司教様、あのおっさん本気でやばいって。人型の上級の魔物だって言われた方が納得できるぐらい殺気が強すぎるって」

「魔物だったらあなたの昇格試験に丁度良かったんですが……それだと死にますか。それに、人間が相手ではいくら倒しても“意味がない”ですし」

「だったら逃げます? 俺としちゃあ試験の方を優先してほしいなぁ、なんて……」


 そうは言いつつも、男性の右手は腰に下げられた曲刀の柄へと伸びつつある。だが、そんな男性の動作を制するように女性が一歩前に出た。


「倒す理由はないんですけど、見逃す理由もないんですよね……なにせ助祭以上に限っても何十人と殺されていますし? ローラン、後ろの子ども達は任せました」

「へいへい。見たところ冒険者みたいですが、斬った方がいいですかね?」


 男性――ローランと呼ばれた男の視線がエリザ達に向けられる。女性もジルバを警戒しつつエリザ達を見たが、すぐに興味を失ったように首を横に振った。


「……いえ、その必要はないでしょう。魔力はそれなりですが“それだけ”のようですし、適当に遊んであげてください。『狂犬』の援護さえさせなければそれでいいです」

「了解、っと」


 女性の指示を聞き、ローランが曲刀を抜く。刃渡りは60センチ程度と少しばかり短いが、刀身は幅があり、鉈のような厚みが見て取れた。


 曲刀を抜いたローランは気軽な様子で歩き出す。その視線はジルバから外されており、エリザとサラ、ミーアの挙動だけを注視していた。

 共に行動している女性が、ジルバを止めると確信しているからだ。


「……エリザさん、相手はあなた方を殺すつもりはないようです。私が到着するまで防戦に徹してください」


 ジルバは割れんばかりに歯を噛み締め、女性を睨み付けながらエリザへと指示を飛ばす。残念ながら、ローランの判断が間違っていないからだ。

 エリザ達を守りながらでは、押し切られかねない。魔法による援護があったとしても、司教と司教並の司祭が相手では手が回らないだろう。そのため、相手の思惑に乗るしかなかった。


 一対一ならば負けはしないが、勝てると断言もできない。それほどまでに眼前の女性は難敵だった。


「お久しぶりです……と言うのもおかしな話ですね。五年ぶりでしょうか……“その節”はどうも」

「…………」


 女性の言葉に応えず、ジルバは無言で腰を落として構えを取る。左手は開いて突き出し、右手は腰元で拳を形作る。女性はそんなジルバの構えを見て薄く微笑んだ。


「問答無用なところは相変わらずのようですね。いやはや、困りました困りました」


 そう言って、女性は二振りの刀に手を伸ばす。右手は腰の刀へ、左手は右肩越しに背中の刀へと伸ばされ、ゆったりとした動作で柄を握り締めた。


 ジルバと女性の間にある距離は十メートルほどだが、互いに一息で詰められる距離でもある。構えを取ったジルバに応えるよう、女性も二刀を引き抜いて白刃を晒す。


「グレイゴ教、司教第三位。『双閃(そうせん)』のカンナ――参ります」


 そう告げて女性――カンナは獰猛に笑うのだった。











キリがいいところまで進もうと思ったら1万字近かった件。


どうも、作者の池崎数也です。

前回の更新で書きそびれましたが、いただいたご感想が1500件を超えました。

更新の度にご感想やご指摘をいただき、ありがとうございます。感謝感謝です。


新年度になって色々と立て込んでいますが、なるべく更新していければと思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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